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第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」
第36話「センチになって 可愛いあのこの 夢を見る」
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躍り出た長身は、軽業ではファンを凌ぐヴィーだ。身体の重心移動と跳躍を組み合わす事で、より高く、そして連続で飛び続けてくる。その上、最も手近な剣士が、ファンたちへスキルを降らせようと見下ろす形になっていた事が禍した。
「へぐ……」
ヴィーが剣士の頭に手を掛け、呻き声すら押しつぶして着地する。その瞬間も、手にしている剣を一閃させ、切っ先が届く範囲にいた剣士の首を掻き切っていた。
剣士が一斉にヴィーに向き直るのだが、精剣からスキルは放てない。
「待て! 放つな!」
衛兵は必死の声を上げさせられた。
ヴィーはするりと身体を滑り込ませ、領主の方へ移動していたからだ。無差別に攻撃スキルを放てば、流れ弾が領主に当たる。
「なら、斬りかかってくればいいだろう?」
精剣も刃物だぞというのは、ヴィーの嘲笑だ。嘲笑を浴びせても、接近戦で活きるスキルを宿した精剣がないのでは剣士は来ない。純粋な剣技でヴィーに勝る事など不可能なのだから。
斬り込んでくる気配がないと確信したヴィーが視線を巡らせる。領主は声を掛けるだけしか考えられていない訳ではないのだろうから、昇降する仕掛けがあるはずだ。それも隠すような仕掛けではあるまい。
――それか!
ヴィーの目が、天蓋から伸びている赤い紐を捉えた。頭上から降りてくる自分に天使や神を投影しようとしているのだろう、と思わされる、派手さだった。
紐を引いて仕掛けを操作すれば、ここへファンやパトリシアが昇ってくる。
「待て!」
紐を握ったヴィーへ領主の声が届いた。
「ここまで土足で上ってくるのは、見上げた度胸だ」
そんな言葉で顔を向けさせられたヴィーは、軽く首を傾げる。
何をいおうとしているのか分からなかったからだ。
「時間稼ぎですか?」
だからそういうと、紐を引いた。ゴグッと低い音がして、仕掛けが動く気配がする。水力なのか、それとも重量物を落下させる事で運動エネルギーを得ているのかは分からないが、壁の一部が分かれて隠されていた階段が姿を見せる。
下は、既にファンと村人が制圧してしまっていた。敵と諸共に葬ろうとしていたのだから、衛兵など散り散りだ。
「上がれ上がれ!」
領主のところまで詰めてしまえと、村人が気炎を吐く光景は、領主にとって悪い夢か?
領主へと歩を進めるヴィーも、それをいう。
「酷い夢ばかり見ているだろう? 特に最近は」
酷い夢が眼前に来たのだ。
「案外、自分のしている事が何を招くか自覚しているし、最近、地方領主を討った剣士の噂まで聞いた訳だ」
Lレアの精剣を宿す身であるから、そうそう討たれるような事はないと高を括っていられるのは、剣士の道理――精剣を得る事こそが命題だ――を知っている相手だからこそ。それに対し、伝え聞くフミを討った剣士は、Hレアの精剣を渡すというフミを無視し、アンコモンの精剣を振るって斬ったという。
「その剣士に対する恐怖が収まらないのでは?」
ヴィーのいう通り。自分たちと違う行動原理を持ち、実際に行動する者に対する領主の恐怖は大きいという一言では収まらない。
――当然だ!
領主はギッと歯軋りした。
何もかもを奪われ続ける戦乱時に生まれ、既に何も持っていないにもかかわらず、何か持っているはずだと辱めを受けるだけだった少女時代。
それを埋めるかのように、自分の身に宿ってくれたLレアの精剣。
それを振るうに値する剣士と出会い、結ばれ、やっと手に入れた地位。
夫となり領主となった剣士が不意の病に斃れた時、それらを守った自分を、誰に咎められる資格があろうか!
「本来、私がいるべき場所、生きるべき時なのに……」
歯軋りが大きくなる領主の気持ちは、ヴィーが言い当てる。
「そうでもしなければ、守れなかったか」
全ては自分の身を守るため――。
その時、領主がヴィーの表情に何かを見たのは逆光のためか?
「今ならば、許してやろう」
取引できると思った。
「もしもその気があるのなら、我が精剣を操る資格もやる。奴らを斬り捨てるというのなら」
ヴィーの技量にLレアの精剣が加われば、ファンもパトリシアも、何ならこの場にいる全員を血祭りに上げる事も可能だ。
「剣士になりたいのだろう? Lレアがあるぞ」
「そうだねェ」
ヴィーの顔がフッと階段の方へ向けられた。
「精剣……欲しいねェ。とても、とても……」
「そうだろう! なら――」
領主が身を乗り出した。
だから次にヴィーから出て来た言葉を聞いたのは、領主だけだっただろう。
「とてもとても欲しいけれど、どうにも非時には届かない……」
ヴィーの目には、Lレアが輝いて写っていない。
だから剣が閃いて――。
「へぐ……」
ヴィーが剣士の頭に手を掛け、呻き声すら押しつぶして着地する。その瞬間も、手にしている剣を一閃させ、切っ先が届く範囲にいた剣士の首を掻き切っていた。
剣士が一斉にヴィーに向き直るのだが、精剣からスキルは放てない。
「待て! 放つな!」
衛兵は必死の声を上げさせられた。
ヴィーはするりと身体を滑り込ませ、領主の方へ移動していたからだ。無差別に攻撃スキルを放てば、流れ弾が領主に当たる。
「なら、斬りかかってくればいいだろう?」
精剣も刃物だぞというのは、ヴィーの嘲笑だ。嘲笑を浴びせても、接近戦で活きるスキルを宿した精剣がないのでは剣士は来ない。純粋な剣技でヴィーに勝る事など不可能なのだから。
斬り込んでくる気配がないと確信したヴィーが視線を巡らせる。領主は声を掛けるだけしか考えられていない訳ではないのだろうから、昇降する仕掛けがあるはずだ。それも隠すような仕掛けではあるまい。
――それか!
ヴィーの目が、天蓋から伸びている赤い紐を捉えた。頭上から降りてくる自分に天使や神を投影しようとしているのだろう、と思わされる、派手さだった。
紐を引いて仕掛けを操作すれば、ここへファンやパトリシアが昇ってくる。
「待て!」
紐を握ったヴィーへ領主の声が届いた。
「ここまで土足で上ってくるのは、見上げた度胸だ」
そんな言葉で顔を向けさせられたヴィーは、軽く首を傾げる。
何をいおうとしているのか分からなかったからだ。
「時間稼ぎですか?」
だからそういうと、紐を引いた。ゴグッと低い音がして、仕掛けが動く気配がする。水力なのか、それとも重量物を落下させる事で運動エネルギーを得ているのかは分からないが、壁の一部が分かれて隠されていた階段が姿を見せる。
下は、既にファンと村人が制圧してしまっていた。敵と諸共に葬ろうとしていたのだから、衛兵など散り散りだ。
「上がれ上がれ!」
領主のところまで詰めてしまえと、村人が気炎を吐く光景は、領主にとって悪い夢か?
領主へと歩を進めるヴィーも、それをいう。
「酷い夢ばかり見ているだろう? 特に最近は」
酷い夢が眼前に来たのだ。
「案外、自分のしている事が何を招くか自覚しているし、最近、地方領主を討った剣士の噂まで聞いた訳だ」
Lレアの精剣を宿す身であるから、そうそう討たれるような事はないと高を括っていられるのは、剣士の道理――精剣を得る事こそが命題だ――を知っている相手だからこそ。それに対し、伝え聞くフミを討った剣士は、Hレアの精剣を渡すというフミを無視し、アンコモンの精剣を振るって斬ったという。
「その剣士に対する恐怖が収まらないのでは?」
ヴィーのいう通り。自分たちと違う行動原理を持ち、実際に行動する者に対する領主の恐怖は大きいという一言では収まらない。
――当然だ!
領主はギッと歯軋りした。
何もかもを奪われ続ける戦乱時に生まれ、既に何も持っていないにもかかわらず、何か持っているはずだと辱めを受けるだけだった少女時代。
それを埋めるかのように、自分の身に宿ってくれたLレアの精剣。
それを振るうに値する剣士と出会い、結ばれ、やっと手に入れた地位。
夫となり領主となった剣士が不意の病に斃れた時、それらを守った自分を、誰に咎められる資格があろうか!
「本来、私がいるべき場所、生きるべき時なのに……」
歯軋りが大きくなる領主の気持ちは、ヴィーが言い当てる。
「そうでもしなければ、守れなかったか」
全ては自分の身を守るため――。
その時、領主がヴィーの表情に何かを見たのは逆光のためか?
「今ならば、許してやろう」
取引できると思った。
「もしもその気があるのなら、我が精剣を操る資格もやる。奴らを斬り捨てるというのなら」
ヴィーの技量にLレアの精剣が加われば、ファンもパトリシアも、何ならこの場にいる全員を血祭りに上げる事も可能だ。
「剣士になりたいのだろう? Lレアがあるぞ」
「そうだねェ」
ヴィーの顔がフッと階段の方へ向けられた。
「精剣……欲しいねェ。とても、とても……」
「そうだろう! なら――」
領主が身を乗り出した。
だから次にヴィーから出て来た言葉を聞いたのは、領主だけだっただろう。
「とてもとても欲しいけれど、どうにも非時には届かない……」
ヴィーの目には、Lレアが輝いて写っていない。
だから剣が閃いて――。
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