女神の白刃

玉椿 沢

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第4章「母であり、姉であり、相棒であり……」

第49話「こわいほのお どうしよう」

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 外から聞こえ始めた爆音は、インフゥの足を止めさせた。

 ――始まった!

 ファンから穏やかなままでは終わらない事は聞いていたのだが、それでも精剣せいけんスキルが交叉する爆音は目と耳を向けさせられる。

 ――大丈夫?

 窓の外へ顔を向けそうになるインフゥだが……、

「わん!」

 ホッホが一声、吠えた。

 それは「集中力を切らせるな」とでもいっているかのようで、インフゥの意識を室内へと向け直させる。

「ごめん」

 インフゥは一言、謝り、ホッホの後を付けていく。ホッホの吠え声は目立つが、始まってしまった衝突は上を下への大騒ぎとなっている。手が空いている者は全て出払う。そもそも人質となっているオークの子供たちは、牧場主の側でも村人の側でも人質という役割は変わらない。

 ――助け出すなら、今なんだ!

 インフゥは自分の頬を張り、気を取り直した。ファンは、こういう事態をも好機と想定しているはず、と師を信じて。

 ――自分の事は心配いらないッスよ。逃げ回っていれば良いんだから、簡単な話ッス。

 ファンはそういった。火中でこそ好機が作れるのならば、そこで活路を見出すのがファンだ。

「行こう!」

 インフゥはもう一度、今度は自分へ言い聞かせるようにいった。ファンが想定していた事態が、どれ程の混乱であったかは分からない。この騒ぎはインフゥが想像していたよりも大きくなっている。それでもファンは独力で何とかする、と信じられるくらいには信頼関係を結べていた。

「ホッホ、頼む」

 嫌な予感を振り払うように、インフゥはホッホに子供たちの方へ案内するよう促した。

***

 確かにインフゥが心配する通り、今の状況はファンが想定していた状況からはかけ離れている。

 牧童頭はシューティングスターを振るい、そこら中でくすぶっていた火球に火を点けたのだ。

 足下や石壁に潜んでいた火球は四方八方から襲いかかってくるし、板塀いたべいで燻っていたものは周囲を火の海へ変えていく。

「大乱中は、このスキルで一部隊を壊滅させた事もあるんだ!」

 牧童頭の高笑いが続いていた。確かに足下と頭上は死角である。そして周囲を塀や立木で囲まれた場所ならば、四方八方から無差別攻撃を受ければ一部隊を壊滅させる事も不可能な話ではない。

 今も敵味方を関係なく暴れる火球は、文字通り暴威だ。板塀を破壊し、そのまま木造の古い住宅を燃やしていく。

 木の発火温度は200度。

 周囲にそんな熱源が出現すれば、戦場は灼熱の地獄と化す。

「確かに、ご近所の迷惑を考えてちゃ使えない手だ」

 その地獄の中にあっても、ファンは冷静さを失わない。炎は体力を消耗させていくが、最も怖いのは体力の消耗により判断力が鈍る事だ。

 判断力が鈍れば次に来るのは逃避したいという欲求だが、その欲求は厄介な事に、戦闘力を保持しているが故に雑な攻撃へと繋げてしまう。

 ――急所は急所故に、容易に打つ事は出来ぬ。

 ファンは自分の中に師の言葉を蘇らせた。

 ――何より重要なのはよ。何が何でも強振しないければならない事は絶対に、ない。

 逃避に根付いた攻撃は、その一撃必殺を望み、すがり付いた強振、大振りになる。

 ――大振りしたところで、一撃必殺は望めん。

 有効な行動ではなくなるのに、冷静さ判断力を失ってしまえば、その窮地から逃れようと大振りな攻撃を繰り出してしまう。

 それは逃避だと叩き込まれたファンは、その海の中にいても腰を落とし、非時ときじくを構える体勢を保持する。

 ――良いか。一撃必殺に必要なのは最短距離を最速で走らせる事。百戦百勝など必要ない。ただ一戦し、ただ一勝する、それだけだ。

 師の言葉があるからファンは耐えられる。

 土台、戦いなど自分の思い通りにはならず、水を汲んだ桶に顔をつけるようなもの。顔を上げた方が負けるようにできている。

 今、シューティングスターのスキルを存分に使っている牧童頭だが、その実、ファンには命中していない。

 ――大振りしてるだけだ。

 ファンの非時はノーマルにすぎないが、精剣を持った旅芸人の噂は常にある。それを警戒している気配があった。

 たかくくる。

 望まない噂であり、旅芸人として名を売りたいファンにとっては悪名に等しいのだが、そういう剣士がウロウロしている噂が縛り付けているが故に、今、牧童頭が逃げ腰になっていると高を括り、腹を決める。

 腰を落とし――、

「!」

 牧童頭はコマ落としのように見えたはずだ。インフゥにはり足と教えたが、ファンが行えばただの摺り足では済まない。体幹と軸とを一致させられるファンの運足法は、常人が三拍子で動くところを一拍子で動く。

 地面を蹴るのではなく、脱力によって得られた荷重移動を柔らかな体幹で前進へと変える技術こそ、御流儀ごりゅうぎすたれていった原因でもある高度な身体能力のたまもの

 一瞬、交叉する火球が激しくなり、ファンもそこに活路を見た。

 ――やっぱり焦りか!

 火球は飽和攻撃とは言い難い。無差別でもなく、明らかにファンの動きに釣られている。それもタイミングが全て同じであれば回避しがたいが、ファンの動きに釣られているだけでは、どうしても一拍も二拍も遅れる。

 ファンが叩き込まれた最短距離を走るという教えは、こんな間隙をう時にこそ最大の効果を発揮する。

 それでも切っ先をファンに向けている牧童頭であるから、一撃必殺とは行かない。

「カッ……!」

 牧童頭の息を詰まらせたのは、ファンが左の肩口から剣士の胸板へ向かって体当たりを見舞ったからだ。

 息が詰まれば死に体となり上体が起き上がり、次の瞬間、ファンは右足で踏み込み、精剣で一撃を加える。

 だが、その一撃が脳天ではなく精剣を持つ右手であったのは、ファンの耳に板塀を破壊して飛び出してくる轟音が聞こえ、インフゥの気配がしたからだ。

 シューティングスターを持てなくなれば火球も操れまいと思っての一撃だった。

「インフゥか!」

 間合いを取り直しながらファンが顔を向けた。

 予想通り、シューティングスターのスキルによって炎に包まれた屋敷からインフゥが飛び出してきた所だった。

「こっちだ!」

 手を振るインフゥは、捕らわれていたオークの子供に手を振っていた。まだ焼け落ちるという程ではないが、急ぐ必要がある。シューティングスターと牧童頭を切り離したのは、これを感じての事だった。

 シューティングスターを蹴飛ばしたファンが、インフゥの元へ走ろうとする。

 だが、その足を止める光景があった。

「がああああああ!」

 耳をつんざく雄叫びは、燃えさかる板塀を叩き壊して出てくるオークのもの。


 この牧場で唯一のオークは、有り得ない巨体を誇っていた。


「インフゥ、急げ!」

 ファンはオークとの距離を測り、対峙する体勢を取りながら怒鳴った。この雄叫びだ。何をしに出て来たかくらい想像できる。
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