女神の白刃

玉椿 沢

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第7章「白刃は銀色に輝く」

第106話「喧嘩などしてる場合じゃありません」

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 店主が「厄介だ」といっていた通りである。

 通常、全滅や壊滅という言葉は、人っ子一人いなくなった事を示す言葉ではない。全滅とは三割の損害、壊滅とは五割の損害とされる。


 だが、この戦いは敵の十割を消失させなければ止まらなかった。


 大打撃を与えられるワールド・シェイカーと帝凰剣ていおうけんの連携があればこそ、拾えた勝利であり、初めての大活劇だとうそぶいていたファンも息切れしている。

「これは、確かにたまらんッスわ」

 座り込みこそしないものの、帽子を脱ぎ、上着の胸元を開けて衣装・・を着崩しているファンへ、ユージンが人の悪そうな笑みと共に冗談めかす。

「コボルト100匹と打ち合った時でも、そんなツラは見せなかったのにな」

 確かにコボルト100体と戦った事もあるファンだが、今とは状況が違う。

「あの時は、精剣を持ってた白いコボルトを討てば士気が下がって、散り散りになってくれたからッスよ」

 そもそも白いコボルトを討ったのはユージンであって自分ではない、とファンは苦笑い。

「100人斬りしろっていわれたら、流石に自分も無理ッス」

 雑兵の10や20を斬った程度でへばっていては御流儀ごりゅうぎの名が泣く、といっていたファンだったが、全てのコボルトを斬って捨てられた自信はない。

 しかしファンとエル、ユージンとカラ、そして村人の結束、その全てが欠けていなかったからこその勝利――それは誇れるものである。

「勝てたんだから、いいだろうさ」

 パトリシアは乱れた髪を掻き上げ、汗の湿り気に顔をしかめさせながらも、「人心を無視する領主を討って回っている剣士」の噂を思い出していた。

「それに100人斬りの剣士という事になっている。大乱中は珍しい話じゃなかったと聞いているしな」

 自信がないというファンとヴィーだが、パトリシアには二人ならば可能だと説得力を持っているように感じている。

 しかしファンは「いやいや、無理無理」とおどけて笑う。

「大乱中は、精々、10人も斬ったら百人斬りだの千人斬りだのっていわれたんスよ、きっと。ねェ?」

 ファンから水を向けられるヴィーも同様だ。

「噂話には、尾ひれがつきものだね」

「尾ひれも胸びれも背びれもついて、何なら尾頭おかしら付きッスわ」

 ファンが笑うと、精剣から人の姿に戻ったエルも、笑っていられる事態ではないと思いつつも笑ってしまう。

「お疲れ様でした」

 笑っている事は大切だ。油断は言語道断であるが、余裕とて持っていなければならないもの。心得ていないファンではないと知っている。

 何より、戦闘が終了した事が見て取れたのか、村から駆け出てくる少年へ、それ以外のどんな顔ができようか。

「ファン! みんな!」

 死闘ではなく活劇なのだ、と思ってくれているからこそ、少年は声をかけられる。

 危ういところで拾えた勝利も勝利には違いないのだ、とカラがユージンに目配せした。

「暗い顔は止め」

 今後の不安を顔に出したままでは、守るべき相手に不安を与えるばかりになる。楽勝だといった風に、ファンは大きく手を振った。

「勝てたッスよ」

 ファンもこれから・・・・が分かっている分、明るく、大声で。

 ――たった一人で部隊を編成できるスキルッスか。

 装えているかどうか、ファン自身もわかっていなかったが、それは別として、少年は全員が無事である事に胸を撫で下ろした。

「よかった!」

 そんな少年の頭を、ユージンが横から手を伸ばして、わしわしと撫でる。

「まぁ、凄い精剣スキルだった事は、認めるしかねェけどな。でも勝てる相手だったな」

 続け、とユージンがヴィーに顎をしゃくる。

「死人を使役するスキルなら、剣士をたおせば事足りるな」

 ヴィーも同様に楽勝だと装った。

「脅威ではありますが、見ようによっては好機でもある。敵が仕掛ようとしてくる事がわかるんだから」

 対処のしようがある、というのは心構えの話である。

 だが剣士と言われ、少年は身体を硬くした。

「剣士……」

 その様子は、剣士を直に見ているからだ、と皆に感じさせるもの。

「知ってるんスか? 誰が剣士なのか」

 ファンは眉間に皺を寄せてしまいそうになるのをこらえ、逆に目を見開いて少年の顔を覗き込んだ。

「それは――」

 少年は言い淀んだが、沈黙は訪れなかった。

「私だよ」

 不意にかけられた声は、不意を突かれる事が最大の禁忌きんきとされているファンとヴィーがいるのにも関わらず、皆に衝撃を与えてきた。

 衝撃の原因は二つ。

 一つは誰も気配を感じていなかった事。


 そしてもう一つは、その声がファンとエルには聞き覚えがあった事だ。


 鼻の先まである長い前髪を左右に分け、それ以上に長い後ろ髪は首の後ろで束ねるという髪型。

 冷血動物を思わせるような冷たい瞳と、体温を感じさせない風貌。

 それらに反し、生暖かささえ感じる声の持ち主は――、

フミ・・……」


 少年の口から出た名前は、あの日、ファンが斬り捨てたはずの領主だ。


 フミは、平然と歩いてくる。

「一年ぶりくらいか?」

 笑みを浮かべているフミは、他人のそら似や双子の兄弟などというものではない。エルは思わずファンに耳打ちする。

「斬ったんじゃなかったのですか?」

「斬った」

 手応えがあったし、それは今も残っている、とファンは即答した。感触を確かめるように右手を握ったり開いたりするのは、動揺か?

 それが面白いフミは、声をあげて笑う。

「斬られたよ、斬られましたよ」

 ファンの振るった非時の軌跡に沿って、大きく手を振りながら。

「肩から胸まで、袈裟斬りに。しかし、袈裟斬りはよくなかった。首を切らねば、な」

 それは今、自分が操っている死人と同じ。

 ――どういう仕掛けだ?

 ファンも冷たい汗が頬を伝うのを感じるが、態度にはおくびも出さない。寧ろ戯ける。

「あ、ひょっとして、親切で全部、教えてくれたりするッスか?」

 戯け、軽口を叩きつつ、スローイングナイフを投擲する隙を伺う。首を切らなければならないというのだから、スローイングナイフでは無意味かも知れないが。

「ふふん。おまけしようか」

 フミもスローイングナイフは無意味と分かっているからか、声が軽い。

「精剣の仕掛けを解き明かせたのは、そう――」

 大きく手を広げたフミは、一際、大きな声を出す。


「私は、精剣を作った男の末裔・・・・・・・・・・だったのだ」


 まるで平伏ひれふせとでもいうような口調だった。
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