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第28話:追体験・後編
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玲瓏の魂は、八年前の、あの地獄の瞬間を、蓮紫釉そのものとなって体験していた。
組紐が、首に食い込む。
息ができない。
薄れゆく意識の中で、最後に紫釉の脳裏に浮かんだのは、愛しい人の顔。
(……れいろう……)
そして、彼に生きてほしいと願う、ただ、それだけの想い。
『あいして、る……――だから、どうか……私を、忘れて』
紫釉しゆの最後の意識が、ぷつりと途絶えた、その瞬間。
玲瓏の魂は、凄まじい衝撃と共に、現実の霊廟の中の、己の肉体へと引き戻された。
「―――が、あ……っ、あああああああああああああああっ!」
今まで、どんな苦痛にも、決して声を上げることのなかった男が、獣のような絶叫を上げた。
魂が、肉体へと、無理やり押し戻される、その物理的な激痛。それ以上に、彼の精神を破壊していたのは、追体験した、あまりにも残酷な真実だった。
真実。
これが、真実。
紫釉は、絶望して死んだのではない。力を失ったことを嘆いて死んだのでもない。
ただ、ひたすらにこの愚かな自分を救うためだけに。
他の導心を受け入れようとしない、自分の頑なな執着が彼を死に追いやった。
自分が、紫釉を、殺した。
その、あまりにも残酷な真実の重圧は玲瓏の精神を完全に破壊する寸前まで追い詰めていた。
(私が……私が、お前を……!)
自責の念が、彼の魂を内側から食い破る。体からは制御を失った『気』が荒れ狂い、霊廟の壁がびしびしと音を立ててひび割れていく。暴識に陥る寸前だった。
嗚咽と共に大量の血が口から溢れる。
だが。
「……まだだ……」
玲瓏は、血を吐きながら、かろうじて理性の糸を繋ぎとめた。
(まだ、終われない……)
ここで自分が壊れてしまえば、今度こそ、本当に、全てを失う。
紫釉のあの悲しい覚悟を無駄にしてしまう。
(お前は、私に生きろと言った)
(ならば、私は、生きる。……お前と、共に)
玲瓏はその地獄の苦しみを、己の執念だけで捻じ伏せた。
そして、荒れ狂う自らの力を再び還魂の法の儀式へと注ぎ込む。
代償は、支払われた。
今こそ、その魂を取り戻す時。
玲瓏の意識は再び肉体を離れた。
今度こそ彼が向かうのは、魂が輪廻の環へと向かう境界の世界。
そこは光も闇も時間さえも意味をなさない混沌の空間だった。過去、現在、未来、全ての死者の魂が色とりどりの光の粒子となって、巨大な川の流れのように渦巻いている。喜び、悲しみ、怒り、愛。ありとあらゆる感情が声なき声となって、玲瓏の魂を直接叩きつけてくる。
この中からたった一つ。紫釉のあのか細く、しかし琥珀色に輝く、魂の光を見つけ出さなければならない。時間はない。一度川の流れに乗ってしまえばもう二度と取り戻すことはできなくなる。
「どこだ……」
玲瓏は自らの魂を削りながら、その意識を極限まで広げた。
「どこにいる、私の紫釉……!」
無数の光。無数の記憶。その奔流が玲瓏の意識を押し流そうとする。
だが彼は諦めなかった。
(お前は、私を忘れて逝った)
(だが私は、決してお前を忘れない)
(たとえ億の魂があろうとも。お前の魂の、その穏やかで優しく、そしてどこか寂しげな音色をこの私が間違うはずがない)
その執念が奇跡を呼んだ。
無数の光の流れの遥か彼方。川の対岸へと今にも渡ろうとしている、一つの小さな光。
それは他のどの光とも違う、温かくそして懐かしい琥珀色の輝きを放っていた。
「――見つけた」
玲瓏はその光に向かって、傷だらけになった自らの魂の手を力強く伸ばした。
「――帰ろう、紫釉」
その声はとても優しく響いた。
ただ、愛しい人の名を呼ぶ、穏やかな声。
しかし魂の川の抵抗は凄まじくなかなかその光に触れることができなかった。
還るべき場所へと還ろうとする魂を、現世へと引き戻す行為。それは世界の理そのものへの反逆で、近付くだけでも体に相当な負担がかかる。
その手が、か細い光に触れようとしたその瞬間。
霊廟の中に留まる玲瓏の口から再び大量の血が噴き出した。
彼の肉体が、限界を迎えていた。
組紐が、首に食い込む。
息ができない。
薄れゆく意識の中で、最後に紫釉の脳裏に浮かんだのは、愛しい人の顔。
(……れいろう……)
そして、彼に生きてほしいと願う、ただ、それだけの想い。
『あいして、る……――だから、どうか……私を、忘れて』
紫釉しゆの最後の意識が、ぷつりと途絶えた、その瞬間。
玲瓏の魂は、凄まじい衝撃と共に、現実の霊廟の中の、己の肉体へと引き戻された。
「―――が、あ……っ、あああああああああああああああっ!」
今まで、どんな苦痛にも、決して声を上げることのなかった男が、獣のような絶叫を上げた。
魂が、肉体へと、無理やり押し戻される、その物理的な激痛。それ以上に、彼の精神を破壊していたのは、追体験した、あまりにも残酷な真実だった。
真実。
これが、真実。
紫釉は、絶望して死んだのではない。力を失ったことを嘆いて死んだのでもない。
ただ、ひたすらにこの愚かな自分を救うためだけに。
他の導心を受け入れようとしない、自分の頑なな執着が彼を死に追いやった。
自分が、紫釉を、殺した。
その、あまりにも残酷な真実の重圧は玲瓏の精神を完全に破壊する寸前まで追い詰めていた。
(私が……私が、お前を……!)
自責の念が、彼の魂を内側から食い破る。体からは制御を失った『気』が荒れ狂い、霊廟の壁がびしびしと音を立ててひび割れていく。暴識に陥る寸前だった。
嗚咽と共に大量の血が口から溢れる。
だが。
「……まだだ……」
玲瓏は、血を吐きながら、かろうじて理性の糸を繋ぎとめた。
(まだ、終われない……)
ここで自分が壊れてしまえば、今度こそ、本当に、全てを失う。
紫釉のあの悲しい覚悟を無駄にしてしまう。
(お前は、私に生きろと言った)
(ならば、私は、生きる。……お前と、共に)
玲瓏はその地獄の苦しみを、己の執念だけで捻じ伏せた。
そして、荒れ狂う自らの力を再び還魂の法の儀式へと注ぎ込む。
代償は、支払われた。
今こそ、その魂を取り戻す時。
玲瓏の意識は再び肉体を離れた。
今度こそ彼が向かうのは、魂が輪廻の環へと向かう境界の世界。
そこは光も闇も時間さえも意味をなさない混沌の空間だった。過去、現在、未来、全ての死者の魂が色とりどりの光の粒子となって、巨大な川の流れのように渦巻いている。喜び、悲しみ、怒り、愛。ありとあらゆる感情が声なき声となって、玲瓏の魂を直接叩きつけてくる。
この中からたった一つ。紫釉のあのか細く、しかし琥珀色に輝く、魂の光を見つけ出さなければならない。時間はない。一度川の流れに乗ってしまえばもう二度と取り戻すことはできなくなる。
「どこだ……」
玲瓏は自らの魂を削りながら、その意識を極限まで広げた。
「どこにいる、私の紫釉……!」
無数の光。無数の記憶。その奔流が玲瓏の意識を押し流そうとする。
だが彼は諦めなかった。
(お前は、私を忘れて逝った)
(だが私は、決してお前を忘れない)
(たとえ億の魂があろうとも。お前の魂の、その穏やかで優しく、そしてどこか寂しげな音色をこの私が間違うはずがない)
その執念が奇跡を呼んだ。
無数の光の流れの遥か彼方。川の対岸へと今にも渡ろうとしている、一つの小さな光。
それは他のどの光とも違う、温かくそして懐かしい琥珀色の輝きを放っていた。
「――見つけた」
玲瓏はその光に向かって、傷だらけになった自らの魂の手を力強く伸ばした。
「――帰ろう、紫釉」
その声はとても優しく響いた。
ただ、愛しい人の名を呼ぶ、穏やかな声。
しかし魂の川の抵抗は凄まじくなかなかその光に触れることができなかった。
還るべき場所へと還ろうとする魂を、現世へと引き戻す行為。それは世界の理そのものへの反逆で、近付くだけでも体に相当な負担がかかる。
その手が、か細い光に触れようとしたその瞬間。
霊廟の中に留まる玲瓏の口から再び大量の血が噴き出した。
彼の肉体が、限界を迎えていた。
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