宿縁に咲く桃花

Teo

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第3話:測魂の儀

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紫雨しぐれたちが案内されたのは、先ほどの広間よりもさらに神聖な空気が漂う、円形の祭壇の間だった。
天井は高く、壁には仙界せんかいの成り立ちを記したと思しき壁画が描かれている。中央には黒曜石でできた祭壇が鎮座しており、その上に儀式に用いるための水晶のような霊石れいせきが安置されていた。霊石は自ら淡い光を放ち、周囲の空気を厳かに震わせている。
人々は祭壇の間に入ると、私語をぴたりと止め、固唾をのんで成り行きを見守っていた。この儀式の結果が仙界の未来を左右する。その緊張感が肌を刺すように伝わってきた。

壮年の男――この仙家を取り仕切る長老の一人であるらしい――が、祭壇の前に進み出た。
「これより、皆様の魂に宿る階位を拝見いたします。仙女様、どうぞ前へ」
長老に促され、みどりが傲慢なまでの自信を湛えた笑みで一歩前に出る。彼女はもう、自分が特別な存在であることを微塵も疑っていなかった。
「その霊石に、そっと手を触れてくだされ」
翠は言われるがまま、白く細い指を霊石へと伸ばす。その指先が触れた瞬間。

霊石が、天をくかのような凄まじい黄金の光を放った。

間を埋め尽くした光は暖かく、清浄で、神々しささえ感じさせる。人々はあまりの眩しさに目を細め、その奇跡的な光景に感嘆の声を漏らした。やがて光が収束すると、霊石の表面に天へと優雅に昇る龍をかたどった荘厳な紋様がくっきりと浮かび上がっていた。

「こ、これは……なんと! 龍皇級(りゅうおうきゅう)の導心どうしん!」

長老が歓喜に震える声を上げる。その言葉を合図に、沈黙していた人々から爆発的な歓声が沸き起こった。
「おお、龍皇級の導心様! 此度の召喚で、これほどの御方をお迎えできるとは!」
「なんと素晴らしい! これで仙界は安泰だ!」
これで仙界は救われる。誰もがそう確信し、翠に向けて再びひれ伏し、感謝と賞賛の言葉を口々に叫んだ。熱狂の渦の中心で、翠は恍惚とした表情を浮かべている。

次に、長老は興奮冷めやらぬ様子であきらに視線を向けた。
「そちらの殿方も、どうぞ」
曉は、この異様な熱狂に警戒心を解かないまま無言で祭壇へと進み、霊石に手をかざした。
すると今度は、霊石が先ほどの黄金の光とは対照的な、荒々しくも力強い、鮮血のような赤い光を放った。その光は、全てを焼き尽くすかのような凄まじい力を感じさせる。やがて光が収まると、そこには大地を力強く駆ける龍をかたどった、勇壮な紋様が浮かび上がっていた。

「龍皇級の覺者かくしゃ! なんと、龍皇級の導心様と共に、龍皇級の覺者殿までお越しになるとは!」
仙界の人々の興奮は最高潮に達した。最高の導心と、最高の覺者。これ以上ないほどの奇跡的な組み合わせに、誰もが天の采配を信じて疑わなかった。

そして最後に、紫雨の番が来た。
二人続けて龍皇級となれば、最後の一人も、と人々の期待に満ちた視線が紫雨一人に集まる。その善意の圧に、紫雨は縮こまるようにして祭壇へと進んだ。曉が心配そうにこちらを見ているのが視界の端に映った。「大丈夫だよ」と口の中でだけ呟き、紫雨はそっと霊石に手を触れた。

ひんやりとした石の感触が指先に伝わる。
――その、次の瞬間。

霊石は、ほんの一瞬、弱々しい黄色い光を放ったかと思うと、まるでため息をつくようにすぐに沈黙してしまった。表面に浮かんだのは、小さな土塊のような、あまりにも頼りない紋様だった。

祭壇の間を、気まずい沈黙が支配する。先ほどまでの熱狂が嘘のようだ。
やがて、長老がわずかに眉を曇らせ、落胆の色を隠せない声で告げた。

「……黄階(こうかい)の、導心です」

その言葉が、紫雨の運命を決定づけた。
脳裏に、先ほどまでの説明がぼんやりと蘇る。魂の階位は、上から順に、数百年に一人現れるかどうかの伝説的な『神籍(しんせき)』、翠や曉が該当する極めて希少で強力な『龍皇級(りゅうおうきゅう)』、優秀とされる『仙将(せんしょう)』、最も人口の多いとされる『地仙(ちせん)』。そして、一番下位にあたるのが『黄階(こうかい)』。自分とあの二人との間には、絶望的なほどの差があった。

「黄階か……。だが、どのような階位であれ、導心様がお一人でも多くお越しくださったことは天の恵みだ」「ああ、全くだ。あるいは、あのお二人の強大なる魂に引かれて、共に参られたのかもしれぬな」
期待が大きかった分、落胆の色はありつつも、人々の囁きには導心という存在そのものへの敬意が込められていた。憐れむような視線が、かえって紫雨の胸に突き刺さる。
翠はそんな紫雨を一瞥すると、ふっと憐れむように息を吐いた。
「まあ、可哀想に。よくあるんですよ、召喚ものの話に巻き込まれておまけで召喚されちゃう人。そういう人のことを巻き込まれモブって言うんですけど……」
その言葉には、棘のかわりに砂糖をまぶしたような、甘くどろりとした優越感が含まれていた。曉が何か言い返そうと口を開きかけたが、紫雨は小さく首を振ってそれを制した。

自分でも、少しがっかりした。でもそれ以上に、曉が龍皇級という素晴らしい階位だと知り、誇らしい気持ちの方が強かった。だが、その胸の奥にはやはり疼くような痛みが走っていた。
このどうしようもない無力感は、まるで昔から知っている感情のようだった。何かを守ろうとして、守れなかった。何かを諦めなければならなかった。そんな、記憶のない痛みが胸を締め付ける。

長老は一つ咳払いをすると、三人に改めて向き直った。その態度は、階位に関わらず礼節を重んじるものだった。
「皆様、本日はお疲れ様でした。仙界での生活に慣れていただくため、宮殿の東翼とうよくにそれぞれお部屋をご用意しております。明日より、皆様にはこの仙界で生きていくための術を学んでいただきます」

紫雨は、曉たちと自分が離されなかったことに内心ほっとしていた。
神官に案内され、三人は同じ回廊を歩いていく。与えられたのは、それぞれが独立した、しかし同じ造りの美しい部屋だった。
自室に入り、一人きりになった紫雨は石造りの窓辺に立った。そこからは、月明かりに照らされた美しい庭が見える。
自分は、この世界でどうなってしまうのだろう。
言いようのない孤独と不安に、紫雨はただ立ち尽くす。そして自分の両手を見つめた。この手は、あまりにも無力で、何も掴むことなどできはしない。
そう思った瞬間、また朝の夢の残滓が胸をよぎった。

――大切な何かを、その腕で守ることさえ叶わなかった、あの絶望が。

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