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鰥寡孤独の始まり
33. いやがらせ勝負
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セイファー歴 756年 5月23日
ダドリックは吹き出る汗を手の甲でときどき拭いながら、背筋を伸ばして渦中の人物が来るのを待つ。
「いやぁ、すみませんな。遅くなりました」
薄くなった頭を撫でながら渦中の男であるジャッド=リスがダドリックの向かいの席に座る。まずは他愛のない世間話から話はスタートした。
「未だ五の月だというのに暑くて敵いませんな」
「うむ。この暑さで作物が弱っているらしい。南の戦もあった故、今年の作物は期待できそうもないな」
会合は和やかなムードでスタートを切った。しかし、話が本題に入るに従って二人の顔が段々と強張っていった。
「それで、今日こちらへいらしたのは今の『領地を分けてくれ』というお話で?」
「左様。無論、タダで寄越せなどとは言わん。それに見合うだけの報酬を支払おう」
そう言ってダドリックが提示したのは金貨一〇〇枚である。たった一平方キロメートルの土地にこの金貨の枚数は破格といっても過言ではない。
本来であればすぐに飛び付きたいジャッドではあったが、こうも話がウマいと何か裏があるのではと勘ぐってしまうのが領主の性であろうか。
もう一度、よくよく領地に目を凝らす。ダドリックが提示している土地はリス領の最東端の北側である。なぜこの地を欲するのか。ここを手に入れてどう使うのかを考えてハッと気が付いた。
「なるほどなるほど。アシュティアに頼まれましたか」
「はて、なんのことかな?」
ダドリックは惚けはしたが事実その通りであった。そして、アシュティアのために使うのであればジャッドは譲りたくはないと考えていた。
ここでジャッドは天秤に掛ける。自身のセルジュに対する憎しみと金貨一〇〇枚、果たしてどちらが大事なのかを。
「申し訳ないが、この話は飲めませぬな」
苦渋の決断の末、ジャッドはセルジュに対する憎しみ、つまり自身のプライドを選択した。ダドリックはこの日もセルジュと会談したときと同様に。ジャッドとの話も平行線を辿って話が終着してしまった。
ダドリックはそのままの足でセルジュの元へと向かう。リス領とアシュティア領は隣に位置しているので馬を走らせれば一時間もかからずにアシュティア領のアシュティア村へと到着することができた。
「突然の訪問ですまないが、領主であるセルジュ殿にお会いしたい」
館の掃除をしていたドロテアに言付けるとドロテアは側にいた一人の男の子にセルジュに来客が来たことを伝えるよう指示を出し、ドロテア本人はダドリックをいつもの通り応接間へと通した。
ダドリックは訪問するたびにセルジュが居ないことを領民たちの元にいるのだと勝手に解釈し、領民思いの良い領主であると思い込んでいた。
「お待たせして申し訳ありません」
「なんの、こちらこそ突然お尋ねして申し訳ない」
ダドリックはやって来た少年を改めて見る。どこからどう見ても普通の六歳児だ。なのに、何故だかこれから歴戦の猛者を相手にするかのような緊張感が体の中に芽生えていることがおかしくて笑みが溢れた。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
これから申し訳ない話を切り出すというのに、どうして笑みが溢れてしまったのかダドリックにも謎であった。セルジュはそれを気にも留めずに本題を切り出すよう急かす。
「それで、本日の御用は」
「先ほどジャッド=リスの元を訪ねて来たのだが、けんもほろろに断られてしまってな」
「それでは我々が鞍替えをするのも辞さない、と?」
「構わん。構わんが、その場合は真っ先に全力をあげてここに攻め入るだろう」
ダドリックの真っ直ぐの視線がセルジュを捉える。その目からセルジュはダドリックが本気であると感じていた。しかし、セルジュは努めて気に留めてないふりをする。
「それは脅しですか?」
「事実を言ったまで」
このままでは形勢が悪くなると判断したセルジュは話を妥協する方向へと舵を切ることにした。どちらに転んでもセルジュには損がないと考えていたからである。それに本当に攻め込まれたら一溜まりも無い。
「わかりました。では金と人をいただきたい」
「人?」
張り詰めていた雰囲気が一気に和らいだ。その感じを見逃すセルジュではなかった。
「鍛治師と大工と農民を何人か。ああ、技術があるなら流民でも構いません。税を納めなくて良い今のうちに国力を高めていきたいので」
セルジュは素直に自身の思惑を話す。変に隠し通そうとするから反って疑われるのだとセルジュは考えていた。
「それであれば構わないだろう」
「具体的にどれくらい可能でしょう」
「そうだな。鍛治師と大工は最低でも一人ずつは送ろう。農民に関しては南からの難民が溢れているからな。一〇〇は送れるだろう」
「わかりました。こちらも受け入れの用意がありますので、具体的な数が判明しましたらお教え願いたいです。それから金貨の方は」
「儂の権限で動かせるのは金貨一〇〇枚じゃな」
「もう一声の一五〇で。経済が止まっているので干上がってしまいます」
「一二〇。それ以上は無理じゃ」
「わかりました。では一二〇でお願いします」
話はセルジュが妥協したときから風向きが変わり、トントン拍子に進んでいった。結局、セルジュは流民とお金をもらう約束をして話を集結させた。
ダドリックを見送るとき、セルジュはダドリックに一つだけ忠告をした。
「ダドリックさん、一つだけお願いがあります」
「なにかね?」
「もしかしたら。もしかしたらですよ? リス領が荒れるかもしれません。でも、直ぐに兵を出さずに私のところまでお越しください」
ダドリックはセルジュのこの言葉で感じ取った。コイツは何かをしでかすつもりである、と。そして、ダドリックは小考した上で、次の言葉を述べた。
「……それは我が主の益になることか?」
「もちろんです」
「わかった。それならば何も言うまい。もし、嘘だった場合は、覚悟しておくのだぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してアシュティア領を去っていった。その後ろ姿をずっと眺めながらセルジュは一人呟いた。
「ジャッド=リス。邪魔をするならどいてもらうしかないからね」
こうしてセルジュの、アシュティア領の存亡を賭けた仕掛けが始まった。
ダドリックは吹き出る汗を手の甲でときどき拭いながら、背筋を伸ばして渦中の人物が来るのを待つ。
「いやぁ、すみませんな。遅くなりました」
薄くなった頭を撫でながら渦中の男であるジャッド=リスがダドリックの向かいの席に座る。まずは他愛のない世間話から話はスタートした。
「未だ五の月だというのに暑くて敵いませんな」
「うむ。この暑さで作物が弱っているらしい。南の戦もあった故、今年の作物は期待できそうもないな」
会合は和やかなムードでスタートを切った。しかし、話が本題に入るに従って二人の顔が段々と強張っていった。
「それで、今日こちらへいらしたのは今の『領地を分けてくれ』というお話で?」
「左様。無論、タダで寄越せなどとは言わん。それに見合うだけの報酬を支払おう」
そう言ってダドリックが提示したのは金貨一〇〇枚である。たった一平方キロメートルの土地にこの金貨の枚数は破格といっても過言ではない。
本来であればすぐに飛び付きたいジャッドではあったが、こうも話がウマいと何か裏があるのではと勘ぐってしまうのが領主の性であろうか。
もう一度、よくよく領地に目を凝らす。ダドリックが提示している土地はリス領の最東端の北側である。なぜこの地を欲するのか。ここを手に入れてどう使うのかを考えてハッと気が付いた。
「なるほどなるほど。アシュティアに頼まれましたか」
「はて、なんのことかな?」
ダドリックは惚けはしたが事実その通りであった。そして、アシュティアのために使うのであればジャッドは譲りたくはないと考えていた。
ここでジャッドは天秤に掛ける。自身のセルジュに対する憎しみと金貨一〇〇枚、果たしてどちらが大事なのかを。
「申し訳ないが、この話は飲めませぬな」
苦渋の決断の末、ジャッドはセルジュに対する憎しみ、つまり自身のプライドを選択した。ダドリックはこの日もセルジュと会談したときと同様に。ジャッドとの話も平行線を辿って話が終着してしまった。
ダドリックはそのままの足でセルジュの元へと向かう。リス領とアシュティア領は隣に位置しているので馬を走らせれば一時間もかからずにアシュティア領のアシュティア村へと到着することができた。
「突然の訪問ですまないが、領主であるセルジュ殿にお会いしたい」
館の掃除をしていたドロテアに言付けるとドロテアは側にいた一人の男の子にセルジュに来客が来たことを伝えるよう指示を出し、ドロテア本人はダドリックをいつもの通り応接間へと通した。
ダドリックは訪問するたびにセルジュが居ないことを領民たちの元にいるのだと勝手に解釈し、領民思いの良い領主であると思い込んでいた。
「お待たせして申し訳ありません」
「なんの、こちらこそ突然お尋ねして申し訳ない」
ダドリックはやって来た少年を改めて見る。どこからどう見ても普通の六歳児だ。なのに、何故だかこれから歴戦の猛者を相手にするかのような緊張感が体の中に芽生えていることがおかしくて笑みが溢れた。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
これから申し訳ない話を切り出すというのに、どうして笑みが溢れてしまったのかダドリックにも謎であった。セルジュはそれを気にも留めずに本題を切り出すよう急かす。
「それで、本日の御用は」
「先ほどジャッド=リスの元を訪ねて来たのだが、けんもほろろに断られてしまってな」
「それでは我々が鞍替えをするのも辞さない、と?」
「構わん。構わんが、その場合は真っ先に全力をあげてここに攻め入るだろう」
ダドリックの真っ直ぐの視線がセルジュを捉える。その目からセルジュはダドリックが本気であると感じていた。しかし、セルジュは努めて気に留めてないふりをする。
「それは脅しですか?」
「事実を言ったまで」
このままでは形勢が悪くなると判断したセルジュは話を妥協する方向へと舵を切ることにした。どちらに転んでもセルジュには損がないと考えていたからである。それに本当に攻め込まれたら一溜まりも無い。
「わかりました。では金と人をいただきたい」
「人?」
張り詰めていた雰囲気が一気に和らいだ。その感じを見逃すセルジュではなかった。
「鍛治師と大工と農民を何人か。ああ、技術があるなら流民でも構いません。税を納めなくて良い今のうちに国力を高めていきたいので」
セルジュは素直に自身の思惑を話す。変に隠し通そうとするから反って疑われるのだとセルジュは考えていた。
「それであれば構わないだろう」
「具体的にどれくらい可能でしょう」
「そうだな。鍛治師と大工は最低でも一人ずつは送ろう。農民に関しては南からの難民が溢れているからな。一〇〇は送れるだろう」
「わかりました。こちらも受け入れの用意がありますので、具体的な数が判明しましたらお教え願いたいです。それから金貨の方は」
「儂の権限で動かせるのは金貨一〇〇枚じゃな」
「もう一声の一五〇で。経済が止まっているので干上がってしまいます」
「一二〇。それ以上は無理じゃ」
「わかりました。では一二〇でお願いします」
話はセルジュが妥協したときから風向きが変わり、トントン拍子に進んでいった。結局、セルジュは流民とお金をもらう約束をして話を集結させた。
ダドリックを見送るとき、セルジュはダドリックに一つだけ忠告をした。
「ダドリックさん、一つだけお願いがあります」
「なにかね?」
「もしかしたら。もしかしたらですよ? リス領が荒れるかもしれません。でも、直ぐに兵を出さずに私のところまでお越しください」
ダドリックはセルジュのこの言葉で感じ取った。コイツは何かをしでかすつもりである、と。そして、ダドリックは小考した上で、次の言葉を述べた。
「……それは我が主の益になることか?」
「もちろんです」
「わかった。それならば何も言うまい。もし、嘘だった場合は、覚悟しておくのだぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してアシュティア領を去っていった。その後ろ姿をずっと眺めながらセルジュは一人呟いた。
「ジャッド=リス。邪魔をするならどいてもらうしかないからね」
こうしてセルジュの、アシュティア領の存亡を賭けた仕掛けが始まった。
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