内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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暖衣飽食の夢

50. 討伐

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男は頭を擦っていた。と言うのも、昨日の夜に敵襲に気づけなかった罰として、しこたま殴られたからである。確かにこの男が敵の存在に素早く気が付いていたら五人の仲間の命を救えていたのも確かだ。

二度とそんな過ちは犯さぬよう気合を入れて自身の目の前を見張っていると、今日は何処かの誰かがこちらに向かってくるのが確認できた。少し拍子抜けである。

「頭、かしらー! なんかこちらに向かって来やすぜ!!」

お頭と呼ばれた男は見張りからの声を聞くと、周囲のむさ苦しい男どもに武器を持たせ迎撃の準備を行わせた。今日は昨日とは違い、まともに迎撃が出来そうだ。

お頭も準備を済ませて身構えていると、相対している集団から一人の青年、いや少年が前絵と進み出でた。よく見ればこの集団はみんな子どもではないかと、お頭が呆気にとられたのは言うまでもないだろう。

「お、おお、お前たちが、この辺を荒らしてる、ぞ賊だな。大人しくすればわ、悪いようにはしない」

たどたどしく述べる少年の口上を一通り聞いた賊の集団は、一瞬静まった後、一斉に腹を抱えた笑い出した。

「おいおい、聞いたか。このケツの青い小僧どもがオレたちを捕まえるとよ」
「これでもオレらは公の陪臣よ。お前らひよっ子に遅れを取るわけがないだろ」
「おう、お前ら。やっちまえぇぇっ!!」

怒号を上げながらこちらに向かってくる十人の賊。新兵の中には気圧されて尻餅をつきそうになる者もいたが、ジョイが背中を叩いて活を入れると予定通り一目散に逃げ始めた。

「うわぁぁぁぁぁぁーー!!」

ジョイが大袈裟に叫びながら逃げ走る。これを遠くで見ていたバルタザークは人選に間違いが無かったことを確信していた。

ジェイクにはあのように震える所作はできないだろうし、ジョルトは気位が高くて弱者のような役回りや立ち居振る舞いは出来なかっただろう。ジョイの器用さと機転があればこそであった。

「よしっ! 全員、斉射開始ぃー!!」

バルタザークは賊を充分に引き付け、ジョイたちと入れ違いになって攻撃を開始した。丁度、逃げ道の真ん中に立っていたバルタザークは槍を持って暴れている。

「お前ら! 一人足りとも逃がすんじゃねーぞ! しっかり狙いを定めろ!!」

バルタザークは全員仕留めるよう指示をだした。矢が賊を目掛けて乱れ飛んでいった。事前の準備通り、矢は大量にあるので射ち尽くす勢いで弦を鳴らしていった。

これは、兵のみんなに敵兵を殺す経験を積ませるためであった。戦であっても敵兵を殺せない味方がいることをバルタザークは知っていた。

領民や新兵を守るという大義名分を与えて幼い少年たちに大人を殺させる。バルタザークとて心が痛まないわけではなかったが、必要なことだと割り切って命令を下したのである。

「射ち方やめっ!」

バルタザークが号令を出すと、全員がぴたりと射撃の手を止めた。ただ弓を打つだけなのに大きく呼吸が乱れて肩で息をしてる兵士が何人もいる。それだけ心に重圧がかかったのだろう。そして、兵士たちにはさらなる過酷が待ち構えていた。

「良し、じゃあ死体を検分しろ。刺さった矢は抜いて集めておけ」

当たり前だが死体をまじまじと見る機会なぞ、そうそうないだろう。新兵たちもこの作業に参加していたが、軒並み吐き倒していた。

そして、中にはまだ息がある賊も居た。幸か不幸か深い茂みの中に居たため、命を保っていたのであった。バルタザークは無情にも発見したボルグにトドメを刺すよう指示を出した。

全員の視線がボルグを貫いていた。ボルグは一度は躊躇ったが周囲を見回すと腕に力をいれて倒れ込んでいる男に剣を深く突き刺していった。戦と言うのは攻め手が有利な場合と守り手が有利な場合がある。今回は前者だ。

「よし、十人全員の死体があるな」

全員を仕留めたことを確認するとバルタザークは十人全員を丁寧に埋葬してから賊が拠点にしていた場所へと向かった。

そこにはムグィクが大樽で九つと干し肉が大樽で四つ置いてあった。そかにも果実酒の大樽がいくつか転がっている。どうやら随分と派手に飲み食いをしていたらしい。

おそらくスポジーニ領のデレフ村から奪ってきた食糧だろう。そしてその横には両手は縛られた若い妙齢の女性が三人、あられもない姿で横たわっていた。

「女性は手厚く保護しろ。ジョルトとジョイ、何人かを連れてアシュティア村まで送ってあげろ。残りはこの場の食料を不傾館まで運ぶぞ」
「はい!」
「了解です!」

ジョルトとジョイの二人は返事をして手早く女性を保護してアシュティア村へと向かった。残りは賊が使っていたであろう荷車に散乱した糧秣などを積み直して不傾館へと向かう。

「ちょっと待て。これも積んでおいてくれ」

バルタザークがそう言って荷車に載せたのは賊が使っていた装備一式であった。普段であれば金目のモノとして荷駄に積むのだが、今回は意味合いが異なっていた。

バルタザークは賊の拠点でごうごうと音を立てて燃えている松明を手に持ち、それで足元を照らしながら帰路に着いた。




不傾館に戻るとセルジュは一睡もせずにバルタザークたちの帰りを待っていた。幼い身体でこの睡魔に抗うのは困難を極めたが、不安で眠れないということが後押しをしてくれたお陰もあって起きていることが出来た。

「おかえり。どうだった?」
「んー、まぁ賊はみんなとっちめたぞ」

誰一人として欠けることなく討伐できたのだがバルタザークの歯切れは良くない。セルジュはそんなバルタザークを不審に思っていると、バルタザークから一振りの剣が投げ渡された。

バルタザークは軽々と扱っているが、五歳の男の子に鉄の剣は重たすぎる。セルジュは受け止めきれずに尻餅をついてしまった。

「っててぇ。これが、なに?」

セルジュは尻を擦りながらバルタザークから投げ渡された鉄の件を明かりの近くで観察する。良く目を凝らすと剣の腹の部分に紋章が掘ってある。が、セルジュにはどこの紋章なのか見当がついていなかった。

「それはレグニス公んとこの紋だ。」

セルジュたちは、なぜ賊がそんな紋付きの剣を帯剣していたのか今となっては分からないが、ある程度の仮説を立てることはできた。

「んーと、レグニス公とジグムンド候の戦での逃亡者がここまで逃げてきて狼藉を働いた、と」

セルジュは眠い頭をフル回転させて仮説を組み立てる。

「あくまで推測だ。それなら、この賊の首をスポジーニ卿んとこに送りつけて『名もなき者がやりました』で穏便に終わらせておいた方が良いんじゃないか?」

セルジュはバルタザークの言いたいことを汲み取った。話を纏めるとこうだ。

このままセルジュ達が賊の正体をスポジーニ東辺境伯へ伝えるとレグニス公と戦になる可能性が高い。スポジーニ東辺境伯には村を襲われたという充分な理由があり、また、レグニス公はジグムンド候との戦に負けたばかりなので相手をしやすいという打算もあるだろう。

それであれば、名も知らぬ賊であったと言うことにして話を穏便に終わらせてしまおうというのがセルジュとバルタザークの目論見である。

「そうしておいた方が良いかもね」

しかし、この判断が波乱を呼ぶとはセルジュもバルタザークも思っても居なかったのであった。
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