モブだけど推しの幸せを全力サポートしたい!

のあはむら

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囁かれる悪意

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舞踏会が終盤に差し掛かり、華やかな音楽と笑い声が会場を包む中、クラリスの胸の内には抑えきれない焦燥感が渦巻いていた。

セシルとディランが仲睦まじく踊るその光景――それは、クラリスにとって到底容認できない、苛立ちと嫉妬の火種となっていた。

「どうしてあんな庶民が王子と踊っているのかしら……」
クラリスは扇を握る手に力を込め、取り巻きたちに小声で命じた。
「いいこと?あの子を転ばせて、みんなの笑い者にして差し上げなさい」
取り巻きたちは一瞬戸惑ったものの、クラリスの冷たい視線に押されて渋々頷く。

取り巻きたちはどこか不安そうな表情だ。無理もない。舞踏会という公の場でそんなことをすれば、自分たちの立場にも影響が出る可能性があるのだから。

しかし、クラリスはそんな不安を意にも介さず、扇をひと振りして静かに合図を送った。
合図を受けた取り巻きの一人が、ぎこちない足取りで舞踏会場の中央へと進み出る。そして、わざと足をもつれさせるようにして、セシルの方へと倒れ込んだ。

「きゃっ!」
セシルが一瞬よろめいた。しかし、次の瞬間、ディランが素早く手を伸ばし、彼女の腰を支えた。
「大丈夫か?」
ディランの冷静な声が響く。
セシルは驚きながらも「は、はい……ありがとうございます」と頬を赤らめた。

周囲からはほっとしたようなため息が漏れる。クラリスはその光景を見て歯を噛み締め、すぐに次の手を打とうとする。


(そろそろクラリスの嫌がらせイベントが本格的に始まるはずだ)
エリスは心の中で静かに呟いた。

ゲームではまさにこのタイミングでクラリスが動き出し、舞踏会の真ん中でセシルとディランに派手な恥をかかせる展開が待っていた。そして、この嫌がらせを華麗に乗り越えることで、二人の親密度が大きく上昇するという重要なイベントだったのだ。

もちろん、この場面を回避するという選択肢も存在した。しかし、それでは親密度の上昇は不十分。むしろ、この困難をどう乗り越えるかが二人の絆を深める最大の鍵となる。

「どうしたの?そんなにキョロキョロして。俺と踊るの、そんなに落ち着かない?」
ルークは軽口を叩きながらも、エリスの緊張を感じ取っているようだった。
「セシルが上手く踊れているか、どうしても気になってしまって…ルーク様と踊れることは大変嬉しく思っています」
エリスはそう言いつつも、やはり目線はどうしても二人を追ってしまう。


舞踏会場の天井には、豪奢な魔導式のシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。この学園の舞踏会場に設置された照明は、最新の魔工学によって制御されており、特定のエリアを集中的に照らしたり暗くしたりすることができる。
そのため、照明の明暗を微妙に操作することで、舞台演出のような効果を生み出すことが可能だった。

クラリスは事前に、取り巻きを通じて会場の裏手にある照明制御盤に細工を施していた。
この制御盤は、魔力を込められた特殊なクリスタルによって接続されており、特定のエリアを局所的に暗転させることができる仕組みだった。
普段は厳重に管理されている場所だが、取り巻きたちの貴族特権を巧みに使い、クラリスはその警戒を掻い潜っていたのだ。

「……そろそろよ。準備なさい」
クラリスの指示で、取り巻きの一人が魔導通信石を手に取り、合図を送る。わずかに遅れて、会場の一角に配置されたクリスタルが暗く沈んだ。それと同時に、ディランとセシルが踊っているあたりの照明が不自然にふっと消えた。

会場の照明は全体としては煌びやかな光を放っていたが、その一角だけが闇に包まれる異様な光景に、貴族たちが小声でざわめく。


「えっ……何?」
突然の暗転に驚いたセシルは、一瞬バランスを崩しかけたが、すぐにディランが手を引いて支えた。
「落ち着け、何か仕掛けられた可能性がある」
ディランは冷静に周囲を見回しつつも、足元に注意を向けていた。だが、暗闇では微細な動きも見えづらい。

だが、エリスにはわかっていた。この暗闇こそ、クラリスが仕掛けた嫌がらせの第一段階だということを。

(二人とも気を付けて……!)
エリスが心の中で祈った次の瞬間、クラリスの取り巻きの一人が暗闇に紛れてセシルに近づき、強引にセシルを突き飛ばした。

「きゃっ――!」
セシルの悲鳴が響き渡り、バランスを崩した彼女は勢いよく床に倒れ込む。

続いて「プシューッ!」という不穏な音とともに、ワインが勢いよくサーバーのノズルから噴き出した。赤紫色の液体は高圧で空中を描き、真っ直ぐにセシルの方へ向かって飛び散る。

「きゃっ!」
セシルは驚き、思わず後ろへ身を引いたが、避け切れるはずもなくワインは深紅のドレスに容赦なく降りかかった。

そして倒れ込んだセシルの顔や全身に、まるで嘲笑うかのように冷たい液体が容赦なく降り注ぐ。
「………っ!」
セシルが驚きの声を上げる間もなく、赤紫色の液体が次々に顔から髪、そしてドレスへと染み込んでいく。何が起こったのか分からず、呆然とした表情でその場に座り込んだまま動けずにいる。

二人が踊っていたフロアは、一瞬にして静寂に包まれた。

セシルは倒れ込んだまま、顔を上げようとするも、全身にまとわりつく冷たい液体の感触に動けずにいた。髪からドレスの裾にかけて、濃厚な赤紫色のワインが容赦なく染み込み、ぽたぽたと床に滴り落ちる。

ディランは瞬時に異変を察知し、素早くセシルのそばにかがみ込んだ。「大丈夫か?」と問いかけながら、ハンカチを取り出してセシルの顔に付いたワインを拭おうとする。

その時――

照明がパッと元に戻り、さっきまでの暗闇が嘘のように舞踏会場は再び煌びやかに照らされた。

観客たちは一瞬遅れて状況を理解し、ざわざわとしたざわめきが広がる。「何が起きたの?」「え、どうしたの?」と困惑する声が飛び交う。

一方、クラリスは少し離れた位置で扇を広げ、上品な微笑みを浮かべながら取り巻きと視線を交わしていた。
「まぁ、照明に続いてワインサーバーの不具合かしら?こういう設備の不具合って怖いですわね、うふふ……」

倒れ込んだセシルはようやく立ち上がろうとするも、濡れたドレスが重くなり、なかなか動けない。
「……ディラン様、ごめんなさい……せっかく踊ってくださったのに、私……」

ディランはそんなセシルをじっと見つめ、「気にするな。立てるか?」と静かに声をかけた。その声は冷静だったが、その瞳の奥には怒りの色が垣間見える。

ルークもエリスのそばに立ち、いつもの軽い調子を抑えた声で言った。
「これはただのハプニングって感じじゃないな。エリス、心当たりがあるんじゃないか?」
(心当たりしかないよ……でも、実際に目の前で見ると、想像以上に派手でタチが悪い!)

「まぁ……その……」
エリスは視線を泳がせながら適当に誤魔化そうとしたが、ルークの鋭い視線に気付き、観念して小声で呟いた。「クラリス様……の、可能性が高いと思います」

「やっぱりか」とルークは呆れたようにため息をつきつつ、「さすがにこれは度が過ぎてるな」と真剣な表情を見せた。
一方、ディランはセシルを支えながら、周囲を静かに見渡していた。その鋭い眼光は、ただならぬ気配を放ち、周りの観客たちがざわつく。
「怒っていますわ……」
「あれは見過ごせないよね……」とひそひそ声が聞こえる中、クラリスは涼しい顔を崩さずに扇をゆらゆらと揺らしていた。

「まぁまぁ、大丈夫かしら?」
クラリスはあくまで心配するような素振りでセシルに声をかけた。
「本当にお気の毒ですわね。せっかく素敵なドレスをお召しになっていたのに、こんなことになってしまうなんて。あら、それに……どうやらお肌にもワインがついてしまったようですわね。大丈夫かしら?後でシミにならなければ良いのですけれど」
その声は一見優しげでありながらも、含み笑いと明らかな嘲りを含んでいた。

セシルはディランに支えられたまま、困惑した表情で「だ、大丈夫です……」と答えたものの、声はどこか震えていた。
周囲を見渡すと、最早誰も踊っておらず、会場にいたほぼ全員が二人に注目している。静まり返った空間に、緊張感が張り詰めていた。

会場中が静まり返ったまま、誰も動けずにいる中、ディランはセシルを支えつつ、冷静な表情で前に一歩踏み出した。
「心配をかけてしまったことをお詫びする。ただ、少々ハプニングがあっただけだ」

その低く落ち着いた声は、驚くほど静かなのに会場の隅々まで澄み渡るように響き渡った。
「皆が楽しむための舞踏会だ。このようなことで雰囲気を乱してしまったのなら、私も責任を感じる」

ディランは淡く微笑みを浮かべ、場を和ませるように言葉を続けた。
「さあ、気を取り直して、最後まで思いきり楽しんでほしい」

その静かでありながら確かな威厳を帯びた言葉は、凍りついていた空気を少しずつ溶かしていく。会場に漂っていた緊張感は次第に和らぎ、人々は再び笑顔を取り戻し、舞踏会の華やかな雰囲気が静かに戻り始めた。

しかし、エリスはまだ気を抜けない。

「セシル、控え室で少し休もう?」
エリスはセシルの耳元でそっと囁いた。

「う、うん……ディラン様、服を汚してしまってごめんなさい…」
セシルは困ったようにディラン様の袖に視線を落とす。そこにはセシルのワインまみれの手が触れた跡がくっきりと残っていた。

「気にするな」ディランは淡々とした口調で言い、「歩けるか?」ともう一度優しく声をかける。

セシルはぎこちなく頷き、エリスとディランに支えられながらゆっくりと歩き出す。
控え室へ向かう道中、周囲から注がれる好奇の視線をひしひしと感じたがエリスは意識的に気に留めないよう足を進めた。

控え室に着くと、エリスは扉を閉めて深く息をついた。
「ふぅ……とりあえずここまで来られて良かった」
「ごめんね、エリス……私、また迷惑かけちゃった……」
セシルはしゅんとした表情でうつむく。
「いやいや、セシルは悪くないし!それにセシルはよく頑張ったよ」
エリスは努めて明るい声をかけた。

その時、ディランが淡々とした声で言った。
「着替えた方がいいな。このままでは風邪をひく」
「でも、替えのドレスなんて……」
セシルが不安そうに言うと、エリスはすかさずバッグから何かを取り出した。
「じゃーん!予備のドレス、用意しておきました!」
「え!?いつの間に!?」
驚くセシルに、エリスは得意げに笑った。
(ゲームの中だとセシルに同情した友達…つまり私がセシルに予備のドレスを渡す展開だったからね。ちゃんと準備しておいた。)

「これなら色も違うし、さっきのとは印象が変わるはず。セシル、着替えておいで!」
「ありがとうエリス!」
セシルは嬉しそうにドレスを抱きしめ、更衣室に入る。その背中を見送りながら、エリスはほっと胸を撫で下ろす。
(……ここまでは予定通りに進められている。でも、ここからもきっと大変…!)
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