モブだけど推しの幸せを全力サポートしたい!

のあはむら

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夜はこれから

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更衣室の外で待つ間、エリスはディランの横に立ちながらちらりと彼の横顔を盗み見た。
ディランはいつも通り冷静な表情をしているが、その瞳の奥には少し苛立ちが垣間見えるような気がする。

「ディラン様、さっきはありがとうございました」
エリスは小声で感謝を伝えた。

「…別に礼を言われるようなことはしてない」
ディランは視線を前に向けたまま淡々と答える。
「それより、お前はなぜ最初からドレスを用意していた?」
「えっ、それは……」
エリスは少し言葉に詰まった。
(しまった、ここでちょっと鋭いツッコミが来るとは!)
「まさか……何かを予期していたわけではないだろうな?」
ディランの声にはわずかな疑念が混じっている。

エリスは慌てて笑顔を作り誤魔化す。
「いやぁ、セシルのことだから何か服にこぼしそうだし、心配で念のために持ってきただけです!」

ディランは一瞬眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。
「ディラン様は着替えなくてもよろしいのですか?」
エリスが恐る恐る尋ねると、ディランは腕を見下ろした。

その腕には、先ほどセシルを支えた際に付着したワインがべっとりと染み込んでおり、優雅な紺色のタキシードの袖が見るも無残な状態になっている。

「……必要なら考えるが、今はそれどころではない」
ディランは平然とした口調だが、袖口を気にする様子は隠せない。
「いや、これは完全に着替えが必要な状況じゃないですか?袖、真っ赤ですよ!」
ディランは軽く肩をすくめる。
「気にするな。舞踏会はもう終盤だ。袖が汚れていようと関係ない」
「いや、王子としてそれはどうかと……。ほら、せっかくセシルが気を取り直して戻ってくるんですから、ディラン様も少し気分を変えた方が――」

ディランは一瞬口を開きかけたが、思い直したように黙ったままエリスを見下ろした。軽くため息をつきながら、「……分かった。着替える」とようやく折れた。


その時、更衣室の中からセシルの声が響いた。
「エリス~!助けて~!」
エリスは思わず天を仰ぐ。
「セシル?どうしたの?」
エリスは小声で焦りながら控え室の扉越しに呼びかける。
「このドレス、一人で脱ぐの無理だよ~!」
「……本当にもう!」
エリスはディランに気まずそうな視線を向けながら、「少々お待ちを……」と更衣室に入ろうとする。

しかし、そんなエリスをディランが手で制した。
「俺は別の部屋を使う。お前はセシルを手伝ってやれ」

「え、でも……」
戸惑うエリスに、ディランは冷静な声で続ける。
「…セシルがまた何か言い出す前に済ませた方がいい」

エリスは頷き、更衣室の扉を開ける。案の定セシルが背中のボタンを外せず、ドレスをもて余していた。
「エリス~、助けて!」
「もう、しょうがないな……ほら、じっとしてて」
エリスはセシルの背中のボタンを外しながら、小声でぼやく。
「セシル、今は重要な場面だからね?これからディラン様と二人で特別な時間を過ごすせるんだから、もっと気を引き締めよ!」

「特別な時間?でも、さっきワインまみれになったし、早く帰ってお風呂に入りたいよ」
「帰るなんて言語道断!」
エリスは即座に反応する。
「ここで帰ったら、クラリスの思うツボだよ!それに、これを乗り越えたら、セシルとディラン様の関係はもっと深まるの!だから、ここで踏ん張らなきゃ!」
エリスが熱を込めて説得する。

「関係が深まる……?」
セシルはぽかんとした表情でエリスを見つめ、首をかしげた。
「私、ディラン様と深い関係にならないといけないの?」
その言葉にエリスは盛大にずっこけそうになった。
(いやいやいや!それ言っちゃダメでしょ!?乙女ゲームのヒロインはそこを目指すものなのに!)

エリスは慌てて声を上げる。
「ディラン様は学園でも一番の王子様なんだよ?今ここでディラン様ともっと仲良くなれれば、セシルがもっとみんなから認められるようになるの!」
「認められるって言われても……別に今のままでも十分楽しいよ?」
セシルはのんびりとした口調で答える。
(この天然っぷり……恐ろしい……!)エリスは心の中で頭を抱えた。
「楽しいのはいいけど、クラリスに馬鹿にされっぱなしで終わっていいの?悔しくないの?」
セシルは少し考えるように眉をひそめる。
「うーん、確かにクラリス様に馬鹿にされるのは嫌だけど……でも、別に私、クラリス様に認められなくても困らないし……」
「セシル、ここはただの認められるとかそういう話じゃなくて、思い出の話なの!」
「思い出?」
セシルはきょとんとする。
「そう、思い出!」
エリスはさらに力を込める。
「後で振り返ったときに、『あの舞踏会は最高だった』って思えるような素敵な記憶を作るためなんだよ!特にディラン様と一緒にいられるなんて、これ以上ないチャンスなの!」
エリスは思考を巡らせ、説得を試みる。
「いい?今ここで帰ったら、せっかくの舞踏会が『せっかく踊れたのに転んじゃってワインもかけられた日』になっちゃうんだよ!それって悲しくない?」
「うーん、そう言われると……」
セシルは少し考えて、「確かにその思い出は悲しいかも」と呟いた。

(よし、食いついた!)
エリスは勢いづいて言葉を続けた。「だからこそ、ここからが本番なの!ディラン様と素敵な場所に行って、特別な思い出を作るんだよ!それが後々大事な宝物になるんだから!」
「そっか、エリスがそう言うなら……やってみる!」
セシルはニコッと笑って立ち上がった。

(よし、なんとか話が進んだ……!)エリスはほっと胸を撫で下ろす。
(頼むからこの後は正規ルートを外れないでくれ……!)

更衣室の中、エリスはセシルの背中のリボンを結びながら焦りを隠せなかった。
(ゲーム内の正規ルートだと、セシルが「少し外の空気を吸いたい」と言ってディラン様が特別な場所に誘うイベントになるはず……。この選択肢をちゃんとセシルに言わせなきゃ、正規ルートが台無しになる!)

一方、セシルは簡素なドレスを着終え、更衣室の鏡を見つめて満足げに笑った。
「この服、シンプルだけど可愛いね!ありがとう、エリス!」

「う、うん、そうだね……」
エリスは苦笑いしながら、セシルを促すように立ち上がった。
「ほら、ディラン様も待ってるし、そろそろ外に出ようか?」

更衣室のドアを開けると、ディランが腕を組んで少し離れたところで待っていた。

「ディラン様、お待たせしました!」

ディランは控え室の前で待っていたものの、少し疲れた様子で軽くため息をつき淡々と話す。
「舞踏会はついさっき終わったところだ。疲れているなら、もう少し休んでいてもいいし、そのまま帰っても構わない」

(ダメ!帰るなんてあり得ない!)エリスは一瞬で思考を巡らせ、明るい声で提案する。
「でも、せっかくの舞踏会の夜ですし、少し外の空気を吸った方が気分転換になりますよね?」

セシルはエリスの言葉にきょとんとした表情を浮かべ「気分転換?」と首をかしげる。

(よし、ここで誘導だ!)
エリスは焦りを悟られないように笑顔を浮かべたまま言葉を続ける。
「うん!外の空気を吸えば、さっきの嫌な思い出も吹き飛んで、気持ちもスッキリすると思うんだよね~」
「…確かに、外の空気を吸うと気分が変わるかもしれないね!」
セシルはニコッと笑い、素直に頷いた。
「じゃあ、外に行こうかな!」

(よし!誘導成功!これで正規ルートに進める!)

ディランはセシルの言葉を聞き、静かに頷くと「なら、少し付き合おう」と短く言った。

「エリスも一緒に来てね!」
セシルがエリスの腕を引っ張りながら無邪気に言った。

(えっ、私も!?ここはディラン様と二人きりになる場面じゃ…でも、エリスだけだと心配だしな…)

セシルはそんなエリスの心情など気にも留めず「じゃ、行こう行こう!」と楽しげに庭の方へ歩き出した。
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