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嵐の前の安らぎ
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「用意できているかい。」ダイスケがドキュメンタリー仕立ての海外の番組を視ていると、乱暴にドアを叩きながら雪乃が言った。 時計を見るとまだ、約束の三十分前だった。
ダイスケは、「直ぐに用意しますから、部屋で待っていてください。」と雪乃に言い、急いで用意を始めた。 久しぶりにスーツに袖を通し、ネクタイを結んだ。
今日は、NPO団体ダブルメモリーを横浜のNPO協働推進課に申請することになっていた。 雪乃の部屋に行くと、提出予定の書類が順番通りに並べられており、雪乃はダイスケに書類に不備がないかチェックするように促した。 雪乃の言葉にダイスケは、「大丈夫じゃないですか。」と答えると、雪乃は、「種類に不備があったら二度手間になるから。 最終チェックは、大事だよ。」と少し怒った様子で言った。 そこでダイスケは慎重に書類を確認したうえで、鞄にしまうとインターフォンが鳴った。 おそらく山田であろう。 時計を見ると約束の時間になっていた。 山田の愛車は、メルセデスAMGC63Sで、ダイスケに 「これ、アーマーゲーね。凄いでしょうと。」と自慢してきた。山田の一番のお勧めは、セラミックカーボンディスクブレーキだそうだが、「そのスペックを発揮する場所が日本のどこにあるだろうか?」とダイスケは思いながら、山田の子供のような態度を微笑ましく思った。 助手席に乗り込むとAMGパフォーマンスシートがダイスケの体をしっかりと包んだ。 逗子ICから横浜駅東口まで高速で移動するとETC割引があっても片道で1300円ほど掛かる。 山田の懐事情を考えれば、些末な金額とは思ったが、ダイスケは、国道16号で向かうことを提案した。 平日の16号は、思ったより空いていたが、いつも通り、金沢八景駅前と根岸駅前の長い交差点で捕った。
「今日見ていたドキュメンタリー風の番組ですけど」と、曙町の風俗街に差し掛かったところで、ダイスケがおもむろに口を開いた。
「何の番組だい?」雪乃の問いにダイスケが答えた。
「東南アジアの密林でイギリスの研究者がアメリカ兵を救出するために、前に研究対象として一緒に暮らしていたことがある部族の首狩りの習慣を復活させて、日本軍をやっつけた話を、救出されたアメリカ兵やイギリス兵、現地の種族のインタビューを交えた形式で放映されていて、その行為が日本人に対する残虐行為とのタイトルながら、日本人が現地人にどれだけ酷い仕打ちをしていたかについても織り込みながら、研究者の英雄譚のような展開で語られていた話です。」
山田が「どんな、酷い仕打ちを行っていたって?」と聞くと
ダイスケは、「現地人は、日本人は女と見ると直ぐに手を出しとか、何かあると殺されたとか、言っていたし。アメリカ兵も捕まったら拷問のうえに殺されるとか言ってました。」
雪乃が「戦争は、そういうものだよ。 特に敗戦目前の部隊では、目の前の生にしがみ付くものさ。 そして、そういったことは海外では今も繰り返し語られている。 日本人も海外の目をもっと気にして、慎ましく発言すべきだね。」 そう言うと、悲しい目をした。
横浜のNPO協働推進課に入り、書類を提出すると担当者がNPO法第2条2項二のイロハに該当しないことをしつこく確認してきた。 特に日韓関係が今に状況にあっては、ロの政治上の主義や公職者に対する活動の取り締まりが厳しくなるっているようであった。
(特定非営利促進法第2条2項)
二 イ その行う活動が次のいずれにも該当する団体であること。
ロ 政治上の主義を推進し、支持し、又はこれに反対することを主たる目的とするものでないこと。
ハ 特定の公職(公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)第三条に規定する公職をいう。以下同じ。)の候補者(当該候補者になろうとする者を含む。以下同じ。)、
若しくはしくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対することを目的とするものでないこと。
今回の計画は、日本政府の政治的な取り組みを批判するものではないことをみんなで共有していた。 申請書類に不備がないことを確認すると申請が受理され、4か月以内に問題がなければ、承認されるだろうと担当者から伝えられた。 帰りは、ダイスケお気に入りの国道357号経由を通ると、横浜港の工場群には、既に明かりが灯っていた。
火曜日の朝、掲示板を見ると綱島から「編集が終了したため確認してほしい」との連絡が書き込まれていたため、リンクされているページにアクセスした。 なるほど、優秀なユーチューバーとは、コンセプトだけでなく技術も最高のものを持っているようだ。 昭和風のがらんとした何もない6畳の部屋で歌う歌には悲哀が流れ、ダイスケの目にも涙が滲んだ。
この歌は、ダイスケたちの代弁者であり、慰安婦たちの代弁者のように思えた。 直ぐにでも、多くの人に見て欲しかった。 ダイスケが1時間ほど繰り返し、動画を見ていると、千鶴から、「今日、7時ごろにアパートに集まれないか?」と書き込みがあった。 綱島以外が了解と書き込んでいた。 綱島は、編集作業で力尽きて寝ているのだろう。 昼には気付くであろう。
7時過ぎに雪乃の部屋に行くと、既に来ていた綱島が得意げに自分の仕事を自慢していた。千鶴が、綱島を「師匠」と呼び、綱島は、千鶴をふざけて「弟子よ」と、言っていた。
ダイスケが綱島の労をねぎらうと、綱島は照れ笑いをした。 全員が集まると今日中に動画をユーチューブに挙げることで同意した。 綱島がグーグルのアカウントを取得し、動画をアップした。 それぞれが、自分のスマホやパソコンで動画を再生すると正常に視聴することができた。
「これで、全世界の人が見ることができるようになったのね。」 感慨深そうな口調で千鶴が言った。
「ここで、今後の計画について相談したいことがあります。」そう、綱島が言うとスクリーンにパワーポイントの画面が映し出された。
「自分のパソコンで見たい方は、ホームページの「当該計画における変更についての提言」のファイルを開いてください。」と綱島が言った。
ダイスケと山田は、綱島の言うとおりファイルを開いた。
「ダイスケさんが立てた計画では、ここで韓国に渡り、元慰安婦の話を聞いたうえで、2曲目を韓国の田舎で撮影し、公開する。 同時に日韓問題について反感を持つ人たちに接触し、当該計画の参加を促す。 という進行で、良いでしょうか。」
ダイスケは、「そうだ。」と答えた。綱島は、ダイスケの言葉に頷くと、話を続けた。
「今回は、曲も歌声も映像も非常によく出来ていて、かなり話題になると予測されます。そのため、公開していませんが、千鶴とジウの情報が検索され、直ぐに二人の情報がネットに晒されることになると思われます。」 山田が「そういうものなのか」と言うと、
「間違いありません」と綱島が答えて、話を続けた。
「ここで、ジウの国籍が韓国であることに辿り着きます。 また、歌詞にある”少女“、
”憎しみ“、”戦争“などの言葉から慰安婦の歌であることを推測し、反日工作と断定されると予測されます。」
「怖い、怖い。」と山田が言うと、「千鶴たちは大丈夫なの?」と千鳥が言った。
綱島は「大丈夫ですよ。実害はないでしょう。」と言いつつも、「怒りや、憎しみに満ちた悪意のコメントに晒されることになるでしょう。 しかし、歌を聞いて、それでも賛同してくれる人たちを囲い込み、その中から、仲間に囲い込むという方法は、どうでしょうか?」
「で、その方法は?」と雪乃が綱島に聞いた。
「ユーチューブでは、コメントを書いた人物を特定することはできません。 ただ、コメントに対し、コメントすることができます。 そこで、仲間に入れたい人を特定して、ファンサイトに誘導して、会員に登録させます。 そこで、メールマガジンで最終的に賛同してくれる人を本計画のメンバーに勧誘するという計画です。」と綱島が答え、ジウに 「来週末の韓国訪問で元慰安婦の人とのアポイントは取れた?」と聞いた。
ジウは、「ダイスケさんから提案された通り、基金を受け取っていない元慰安婦のおばさんにも面談できる手配が整ったわ。」と言うと、綱島はなおも続けた。
「産の我々の計画だけでは不十分です。そこで、新たに加わったメンバーからも元慰安婦へのメッセージを送るのです。」
「で、その数は。」雪乃が聞くと「少なくとも50人は必要かと。」と綱島が答えた。
ダイスケが「ファンサイトの作成やら、コメントへの対応やらでスケジュール的に厳しいものになるけど、綱島くん、大丈夫?」と聞くと
「問題ありませんよ。ここまで来たら、留年しても良いくらいです。」と綱島が答えた。
千鳥が「そんなこと言ったら駄目よ、ご両親が悲しむわ。」と言うと「冗談ですよ。」と綱島が笑っていたが、おそらく本気でそう考えているのであろう。
また、「千鶴ちゃんとキムジウさんもコメントに対応するのに忙しくなると思うけど。」とダイスケが言うと、「コメントの対応は、ダイスケさんもお願いします。」と綱島が言った。
綱島の予測では、二人の情報は、2,3日で特定されコメントが荒れてくることが予測された。 ファンサイトは、明日の千鶴の放課後に撮影を行い、二日以内に作成することになった。 また、コメントの対応では、決して慰安婦や韓国、日本のことについての見解は書かず、来たコメントに対しては、丁寧に対応することとした。 また、千鶴とキムジウのインスタグラムやツイッターのサイトを非公開のするように依頼すると、二人は不満そうにしていたが承諾した。 この後、綱島から飲みに誘われた。 千鶴も行きたそうな顔をしていたが、千鳥に「こんな時間から高校生が駄目でしょう。」とたしなめられ、残念そうな顔を
した。 雪乃は、「年寄りもこの時間からはきついよ。」と辞退したため、山田とキムジウを含めた4人で逗子駅へバスで向かった。
ダイスケたちは、駅近くの魚が美味いカウンター呑みの小さな居酒屋に入った。以前友達に連れられて行ったことのあるダイスケは、その後もこの店を訪れたが、確かに魚は美味かったが、店が狭いために隣に大柄の人がいるとぶつかってくるため、きゅうくつで足が遠のいていた。 その後、店の前を通ると禁煙のマークが貼られるようになっていたが、綱島やキムジウが煙草を吸わないし、普通の居酒屋よりも高級感があるためこの店を選んだ。
暖簾をくぐるとママさんが、「あら久しぶりね。」と驚いたように言った。 繁盛店であったが、今の逗子は、週末でもなければ、夜の9時を過ぎると人はいない。 ダイスケたちの他には一組のカップルがいるだけであった。 ママさんが「今日は、どうしたの。」と聞くとダイスケは、「まあ、ちょっとありまして。」と答えた。
「生ビールでいいわね。」とママが聞いてきたので、4人は頷きダイスケは刺し盛りと小鉢を幾つか頼んだ。 4人は乾杯して、暫くは山田の学生運動の頃の思い出話を聞いていた。 「雪乃たちと机で廊下にバリケードを作り、アジトに見立てたり、理想とする共産主義の素晴らしさを語りあったものだよ。 もちろん、そのころは十分に安保も共産主義も理解していなかったし、その時代にあった閉塞感に流されていたことは否めなかったが。」
「ともかく我々はなすべきである」との使命感が確かにあったらしい。 その後、北朝鮮やソ連の内情が暴かれ目指したユートピアが嘘であったことが暴かれ、ソ連が崩壊していった。 そして山田自身、中卒のサラリーマンとして身を粉にして働き、気が付くと今のいいお爺ちゃんになっていたとのことであった。 しかし、かつて山田が抱いていた「世界を変えたい」との想いは、今でもどこかに持ち続けていた。 だから、雀荘でのダイスケとの何気ない会話に飛びついたのだった。 ダイスケは納得した。 あのような場末の何気ない会話がこのように進展してきたのは、山田の学生時代のころからの想いであったのかと。
綱島が言った。「僕も共感しました。 ダイスケさんの言葉に。僕は、ユーチューバーとしてある程度成功していますし、学校も結構いい学校で、成績もいい。 さらに言えばルックスもまあまあで、人との関係も良好です。 このままで行けば、一流企業はどこでも行けるし、将来も安泰と思っていました。 だけど、本当にやりたいことをしているわけでもなかった。 今後どうなるか分からないけど、今皆とやってることが将来本当に僕がしたいことであることは間違いないのです。 少しでも、世界を変えることができれば、僕の人生にとっては貴重な経験になると思うのです。」
その言葉にキムジウが「私もそう思いました。 でも、ダイスケさんや千鶴ちゃんみたいに私もジウちゃんとか、ジウとか呼んで欲しいの。」といって顔を赤らめた。 ダイスケは、照れながら「わかったよ。ジウちゃん。」と答えた。
ダイスケは、「直ぐに用意しますから、部屋で待っていてください。」と雪乃に言い、急いで用意を始めた。 久しぶりにスーツに袖を通し、ネクタイを結んだ。
今日は、NPO団体ダブルメモリーを横浜のNPO協働推進課に申請することになっていた。 雪乃の部屋に行くと、提出予定の書類が順番通りに並べられており、雪乃はダイスケに書類に不備がないかチェックするように促した。 雪乃の言葉にダイスケは、「大丈夫じゃないですか。」と答えると、雪乃は、「種類に不備があったら二度手間になるから。 最終チェックは、大事だよ。」と少し怒った様子で言った。 そこでダイスケは慎重に書類を確認したうえで、鞄にしまうとインターフォンが鳴った。 おそらく山田であろう。 時計を見ると約束の時間になっていた。 山田の愛車は、メルセデスAMGC63Sで、ダイスケに 「これ、アーマーゲーね。凄いでしょうと。」と自慢してきた。山田の一番のお勧めは、セラミックカーボンディスクブレーキだそうだが、「そのスペックを発揮する場所が日本のどこにあるだろうか?」とダイスケは思いながら、山田の子供のような態度を微笑ましく思った。 助手席に乗り込むとAMGパフォーマンスシートがダイスケの体をしっかりと包んだ。 逗子ICから横浜駅東口まで高速で移動するとETC割引があっても片道で1300円ほど掛かる。 山田の懐事情を考えれば、些末な金額とは思ったが、ダイスケは、国道16号で向かうことを提案した。 平日の16号は、思ったより空いていたが、いつも通り、金沢八景駅前と根岸駅前の長い交差点で捕った。
「今日見ていたドキュメンタリー風の番組ですけど」と、曙町の風俗街に差し掛かったところで、ダイスケがおもむろに口を開いた。
「何の番組だい?」雪乃の問いにダイスケが答えた。
「東南アジアの密林でイギリスの研究者がアメリカ兵を救出するために、前に研究対象として一緒に暮らしていたことがある部族の首狩りの習慣を復活させて、日本軍をやっつけた話を、救出されたアメリカ兵やイギリス兵、現地の種族のインタビューを交えた形式で放映されていて、その行為が日本人に対する残虐行為とのタイトルながら、日本人が現地人にどれだけ酷い仕打ちをしていたかについても織り込みながら、研究者の英雄譚のような展開で語られていた話です。」
山田が「どんな、酷い仕打ちを行っていたって?」と聞くと
ダイスケは、「現地人は、日本人は女と見ると直ぐに手を出しとか、何かあると殺されたとか、言っていたし。アメリカ兵も捕まったら拷問のうえに殺されるとか言ってました。」
雪乃が「戦争は、そういうものだよ。 特に敗戦目前の部隊では、目の前の生にしがみ付くものさ。 そして、そういったことは海外では今も繰り返し語られている。 日本人も海外の目をもっと気にして、慎ましく発言すべきだね。」 そう言うと、悲しい目をした。
横浜のNPO協働推進課に入り、書類を提出すると担当者がNPO法第2条2項二のイロハに該当しないことをしつこく確認してきた。 特に日韓関係が今に状況にあっては、ロの政治上の主義や公職者に対する活動の取り締まりが厳しくなるっているようであった。
(特定非営利促進法第2条2項)
二 イ その行う活動が次のいずれにも該当する団体であること。
ロ 政治上の主義を推進し、支持し、又はこれに反対することを主たる目的とするものでないこと。
ハ 特定の公職(公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)第三条に規定する公職をいう。以下同じ。)の候補者(当該候補者になろうとする者を含む。以下同じ。)、
若しくはしくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対することを目的とするものでないこと。
今回の計画は、日本政府の政治的な取り組みを批判するものではないことをみんなで共有していた。 申請書類に不備がないことを確認すると申請が受理され、4か月以内に問題がなければ、承認されるだろうと担当者から伝えられた。 帰りは、ダイスケお気に入りの国道357号経由を通ると、横浜港の工場群には、既に明かりが灯っていた。
火曜日の朝、掲示板を見ると綱島から「編集が終了したため確認してほしい」との連絡が書き込まれていたため、リンクされているページにアクセスした。 なるほど、優秀なユーチューバーとは、コンセプトだけでなく技術も最高のものを持っているようだ。 昭和風のがらんとした何もない6畳の部屋で歌う歌には悲哀が流れ、ダイスケの目にも涙が滲んだ。
この歌は、ダイスケたちの代弁者であり、慰安婦たちの代弁者のように思えた。 直ぐにでも、多くの人に見て欲しかった。 ダイスケが1時間ほど繰り返し、動画を見ていると、千鶴から、「今日、7時ごろにアパートに集まれないか?」と書き込みがあった。 綱島以外が了解と書き込んでいた。 綱島は、編集作業で力尽きて寝ているのだろう。 昼には気付くであろう。
7時過ぎに雪乃の部屋に行くと、既に来ていた綱島が得意げに自分の仕事を自慢していた。千鶴が、綱島を「師匠」と呼び、綱島は、千鶴をふざけて「弟子よ」と、言っていた。
ダイスケが綱島の労をねぎらうと、綱島は照れ笑いをした。 全員が集まると今日中に動画をユーチューブに挙げることで同意した。 綱島がグーグルのアカウントを取得し、動画をアップした。 それぞれが、自分のスマホやパソコンで動画を再生すると正常に視聴することができた。
「これで、全世界の人が見ることができるようになったのね。」 感慨深そうな口調で千鶴が言った。
「ここで、今後の計画について相談したいことがあります。」そう、綱島が言うとスクリーンにパワーポイントの画面が映し出された。
「自分のパソコンで見たい方は、ホームページの「当該計画における変更についての提言」のファイルを開いてください。」と綱島が言った。
ダイスケと山田は、綱島の言うとおりファイルを開いた。
「ダイスケさんが立てた計画では、ここで韓国に渡り、元慰安婦の話を聞いたうえで、2曲目を韓国の田舎で撮影し、公開する。 同時に日韓問題について反感を持つ人たちに接触し、当該計画の参加を促す。 という進行で、良いでしょうか。」
ダイスケは、「そうだ。」と答えた。綱島は、ダイスケの言葉に頷くと、話を続けた。
「今回は、曲も歌声も映像も非常によく出来ていて、かなり話題になると予測されます。そのため、公開していませんが、千鶴とジウの情報が検索され、直ぐに二人の情報がネットに晒されることになると思われます。」 山田が「そういうものなのか」と言うと、
「間違いありません」と綱島が答えて、話を続けた。
「ここで、ジウの国籍が韓国であることに辿り着きます。 また、歌詞にある”少女“、
”憎しみ“、”戦争“などの言葉から慰安婦の歌であることを推測し、反日工作と断定されると予測されます。」
「怖い、怖い。」と山田が言うと、「千鶴たちは大丈夫なの?」と千鳥が言った。
綱島は「大丈夫ですよ。実害はないでしょう。」と言いつつも、「怒りや、憎しみに満ちた悪意のコメントに晒されることになるでしょう。 しかし、歌を聞いて、それでも賛同してくれる人たちを囲い込み、その中から、仲間に囲い込むという方法は、どうでしょうか?」
「で、その方法は?」と雪乃が綱島に聞いた。
「ユーチューブでは、コメントを書いた人物を特定することはできません。 ただ、コメントに対し、コメントすることができます。 そこで、仲間に入れたい人を特定して、ファンサイトに誘導して、会員に登録させます。 そこで、メールマガジンで最終的に賛同してくれる人を本計画のメンバーに勧誘するという計画です。」と綱島が答え、ジウに 「来週末の韓国訪問で元慰安婦の人とのアポイントは取れた?」と聞いた。
ジウは、「ダイスケさんから提案された通り、基金を受け取っていない元慰安婦のおばさんにも面談できる手配が整ったわ。」と言うと、綱島はなおも続けた。
「産の我々の計画だけでは不十分です。そこで、新たに加わったメンバーからも元慰安婦へのメッセージを送るのです。」
「で、その数は。」雪乃が聞くと「少なくとも50人は必要かと。」と綱島が答えた。
ダイスケが「ファンサイトの作成やら、コメントへの対応やらでスケジュール的に厳しいものになるけど、綱島くん、大丈夫?」と聞くと
「問題ありませんよ。ここまで来たら、留年しても良いくらいです。」と綱島が答えた。
千鳥が「そんなこと言ったら駄目よ、ご両親が悲しむわ。」と言うと「冗談ですよ。」と綱島が笑っていたが、おそらく本気でそう考えているのであろう。
また、「千鶴ちゃんとキムジウさんもコメントに対応するのに忙しくなると思うけど。」とダイスケが言うと、「コメントの対応は、ダイスケさんもお願いします。」と綱島が言った。
綱島の予測では、二人の情報は、2,3日で特定されコメントが荒れてくることが予測された。 ファンサイトは、明日の千鶴の放課後に撮影を行い、二日以内に作成することになった。 また、コメントの対応では、決して慰安婦や韓国、日本のことについての見解は書かず、来たコメントに対しては、丁寧に対応することとした。 また、千鶴とキムジウのインスタグラムやツイッターのサイトを非公開のするように依頼すると、二人は不満そうにしていたが承諾した。 この後、綱島から飲みに誘われた。 千鶴も行きたそうな顔をしていたが、千鳥に「こんな時間から高校生が駄目でしょう。」とたしなめられ、残念そうな顔を
した。 雪乃は、「年寄りもこの時間からはきついよ。」と辞退したため、山田とキムジウを含めた4人で逗子駅へバスで向かった。
ダイスケたちは、駅近くの魚が美味いカウンター呑みの小さな居酒屋に入った。以前友達に連れられて行ったことのあるダイスケは、その後もこの店を訪れたが、確かに魚は美味かったが、店が狭いために隣に大柄の人がいるとぶつかってくるため、きゅうくつで足が遠のいていた。 その後、店の前を通ると禁煙のマークが貼られるようになっていたが、綱島やキムジウが煙草を吸わないし、普通の居酒屋よりも高級感があるためこの店を選んだ。
暖簾をくぐるとママさんが、「あら久しぶりね。」と驚いたように言った。 繁盛店であったが、今の逗子は、週末でもなければ、夜の9時を過ぎると人はいない。 ダイスケたちの他には一組のカップルがいるだけであった。 ママさんが「今日は、どうしたの。」と聞くとダイスケは、「まあ、ちょっとありまして。」と答えた。
「生ビールでいいわね。」とママが聞いてきたので、4人は頷きダイスケは刺し盛りと小鉢を幾つか頼んだ。 4人は乾杯して、暫くは山田の学生運動の頃の思い出話を聞いていた。 「雪乃たちと机で廊下にバリケードを作り、アジトに見立てたり、理想とする共産主義の素晴らしさを語りあったものだよ。 もちろん、そのころは十分に安保も共産主義も理解していなかったし、その時代にあった閉塞感に流されていたことは否めなかったが。」
「ともかく我々はなすべきである」との使命感が確かにあったらしい。 その後、北朝鮮やソ連の内情が暴かれ目指したユートピアが嘘であったことが暴かれ、ソ連が崩壊していった。 そして山田自身、中卒のサラリーマンとして身を粉にして働き、気が付くと今のいいお爺ちゃんになっていたとのことであった。 しかし、かつて山田が抱いていた「世界を変えたい」との想いは、今でもどこかに持ち続けていた。 だから、雀荘でのダイスケとの何気ない会話に飛びついたのだった。 ダイスケは納得した。 あのような場末の何気ない会話がこのように進展してきたのは、山田の学生時代のころからの想いであったのかと。
綱島が言った。「僕も共感しました。 ダイスケさんの言葉に。僕は、ユーチューバーとしてある程度成功していますし、学校も結構いい学校で、成績もいい。 さらに言えばルックスもまあまあで、人との関係も良好です。 このままで行けば、一流企業はどこでも行けるし、将来も安泰と思っていました。 だけど、本当にやりたいことをしているわけでもなかった。 今後どうなるか分からないけど、今皆とやってることが将来本当に僕がしたいことであることは間違いないのです。 少しでも、世界を変えることができれば、僕の人生にとっては貴重な経験になると思うのです。」
その言葉にキムジウが「私もそう思いました。 でも、ダイスケさんや千鶴ちゃんみたいに私もジウちゃんとか、ジウとか呼んで欲しいの。」といって顔を赤らめた。 ダイスケは、照れながら「わかったよ。ジウちゃん。」と答えた。
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