ダークマター~二つの記憶

おはようバス

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台風19号

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それ以後も、コメント数が膨らみ、第1回大規模集会に向け、ダイスケたちは忙しい毎日を過ごしていた。 ダイスケはパチンコに行きたい欲望に苛まれながらも我慢をしていた。
いつの間にか沢田のりも事務所を訪れるようになり、事務所が手狭になっていた。 そんな時である。 超大型の台風十九号が発生し関東へ向かう進路がニュースで伝えられた。
テレビを囲む仲間たちからアパートが耐えられるのか心配する声が上がった。 雪乃がこのアパートは、築年数は古いものの鉄筋コンクリート製であり、氾濫しそうな河川も崩れ落ちる崖もないことから問題がないと言うと、キムジウから
「みんなでここに非難しない?」と提案があった。 キムジウにとっては先日のゼロワン襲撃に備えたお泊り会が楽しかったのかウキウキとした口調であった。 千鶴が「賛成。」と言うと、千鳥もまんざらではない様子で
「仕方ないわね。」と言った。山田は、
「年寄りに雑魚寝はきつい。 ダイスケの部屋で綱島くんと三マーかね。」と言うと 、沢田のりが「私も麻雀出来ます。」と話に割り込んだ。 山田が「煙草でモクモク」と言うと、沢田が嫌な顔をして「それは無理です。」と言い、ダイスケと山田が申し訳なさそうに顔を合わせて笑った。綱島が
「交流の為です。禁煙麻雀は?」と言うもダイスケと山田の表情が沈むのを見て沢田が
「久しぶりのガールズトークの方が楽しそう。」とフォローした。
その日は台風が接近しているとのことで、みんな早めに帰ったため、ダイスケは久しぶりにPCXで横須賀方面のパチンコ屋に向かった。 パチンコ屋に入ったダイスケは久しぶりだったせいもあり、自ら定めた期待値を超えない台に座りサンドに札を供給し続けていた。 困ったものだ。 他の店に行けば期待値を超えた台を取れる可能性があったのに、と考えると無性に腹が立ったが、久しぶりのパチスロで、打つ時間が少しでも欲しかった。 結局費やした時間もお金も戻りはしなかった。
部屋に戻ったダイスケはヤケ酒を煽りながら、台風接近のニュースを見つめつつ考えていた。 平成三十年の七月豪雨により二百数十名の被害者が出た日本の防災行政は、この台風においても多くの国民の命を奪うのではないかと。 進む酔いに怒りが込み上げてきた。
技術大国と胸を張る日本の政治家たちは国民の命を守る取組を本気で行っているのだろうか? 従来の金の掛かるダムや堤防対策以外に新たな取り組みをしているのだろうか? 確かに荒川の地下神殿と呼ばれる巨大な貯水所や鶴見川の水を逃すための新横浜緑地など新たな取り組みもみられるが、それも新たなテクノロジーによるものではなく、旧来型の逃がす、貯めるというものであった。 それでもしないよりはましであるが、ましであるだけで国民の命や財産を守ることが出来るのかと疑問に思ってしまう。 だが、酒が全身に回るとただ眠りに落ちて行くだけだった。

その日は朝早くから仲間たちが事務所に集まってきた。 お互いに持ち寄ったお菓子を見つめながら、あれが足りない、これがないなどと不満が出て、千鶴と真凛が山田に車を出させ、東逗子のヨークマートに買い出しに出かけた。 真凛はハザードマップで自宅が危険地区にあるため、家族を連れて避難してきた。 真凛の母親は気まずそうな表情で挨拶をすると、千鳥が「大歓迎よ。」と言いつつ、
「食事の用意とか手伝ってもらえます?」と用事を頼んだ。
昼からダイスケと山田と綱島が麻雀を開始する頃にはある程度のグループが出来ていた。
「ダイちゃん、今回の台風でも、いつもと変わらずになるのかな。」と山田が聞くと、
「何を期待しているのです、山田さん。期待は裏切られるためにあるのですよ。」と答え、綱島が「そのとおり。ロン、ピンフ。」と言って手配を倒した。 国士をテンパっていた山田が自分の手配を晒すと「くー、なるほど。」と悔しがっていた。綱島が
「でも、なんで日本では台風の度に人が死ぬのですかね?」と疑問を吐くと、ダイスケは「そうだな。」と困った顔で呟いた。 麻雀も一息つき事務所に顔を出すと、みんながテレビに噛り付き台風情報を見ていた。
「やっぱり凄そうですよ。勢力もあまり衰えていないし直撃もまぬがれない状況です。」と沢田が言うと、雪乃が
「加藤の部屋の雨戸が閉まっていなかったようだけど、大丈夫かな。」と心配した。
「自己責任。」と綱島が切り捨てるも、千鶴が「念のため声掛けてきます。」と席を外した。 「そろそろ晩御飯の用意しなくっちゃ。」と千鳥が席を立つと、綱島が
「僕も何か手伝いますよ。」と声を掛けた。流石、綱島である。日本人は、伝統的に自分の持ち場を心得ることが暗黙の了解のもとに昔から強要されている感がある。今回の場合は、料理を作るのは母親の仕事だとして、雪乃、千鳥、真凛の母親がするのが当然との空気があった。 それをサポートするのも女性という空気感のなか、気軽に声を掛ける綱島に男として負けているとダイスケが感じていると、山田が
「俺もああいう声掛けが出来ていたら、嫁さんも愛想尽かさなかったのかも。」と反省する表情になった。 ダイスケが、
「できないことを後悔せずに、できるように努力しましょう。」と自らも反省し諭すように言うと、山田が「ドンマイ。」と言って煙草を吸うために外に出ていった。

夕方の六時を過ぎる頃には深刻な雨による影響があるとして、相模川上流の城山ダムの緊急放流が伝えられた。 ダイスケが
「事前放流してなかったのかな? これは大規模水害になるかも。」と言うと、山田が
「ダイちゃん大丈夫。日本にはその道のプロがいるから。 計算されているよ。」と勝ち誇ったように言った。 その言葉にダイスケが怒りを露わにして
「日本に災害のプロなんているわけないじゃないですか。平成三十年の鹿野川ダムの緊急放流で何が起こったのか覚えてませんか? 緊急放流をしたことで五名の命が奪われ、三千件の民家が浸水しました。 なぜ、そのようなことが起きたのか。 その理由は簡単ですよ。 ただ過去の事例に照らし合わせるだけの危機管理しか、この国ではできないからです。 結局、想定できなかったという理由で失われたのは国民の命と財産であり、それを復興するのに一体どれくらいの金が失われ、どれだけの時間がさかれたのでしょう?」と捲し立てた。 山田は沈んだ表情で「申し訳ない。」と言うと、ダイスケは
「山田さんを責めているわけではないですよ。 しかし、想定外と言う口実の元に、災害被害をあたかも避けられないもののように見せるマスコミや政府、治水をするための予算がないと開き直る自治体。 何なんですか。 本当に国民を馬鹿にしていると思いませんか?」と言うと綱島が、
「広大な国土に沢山の人が住んでいるからね、国も自治体も。」と言いかけると、ダイスケは、言葉を遮るかのように
「なら、なぜ自治体はハザードマップに示された所に住居を立てる許可を出すのか? 許可を出したのであれば国民の命と財産を守る義務がなるのではないか。 大体、第二東名や首都高環状線のようなものすごくお金が掛かる事業よりも、国土の強靭化が、なぜ先行されなかったのか? そもそも、ハザードマップを作っているのだから自衛しろとばかり、被害にあった国民に仕方ないと諦めさせる。誰のための政治なのか?」と憤った。
結局今回の台風では百人弱の国民が死亡し、浸水家屋は甚大な数に上った。 もし、この被害額を防災に充てていたのであれば、果たしてどうだったかと思わざるを得なかった。

ダイスケは震災翌日に平塚のデニーズを目指しPCXを走らせていた。 134号線の稲村ケ崎でまた、道路の陥没が起きていたため、鎌倉の大仏前を通る道に迂回した。 ダイスケの住む地区は停電にはならなかったが、鎌倉では一部停電しており、信号が作動していなかった。 藤沢を経由して江の島へ向かうと防砂林のない道は砂に覆いつくされていた。 轍の後を辿るように注意深くバイクを操り、防砂林のある場所になると、今度は落ちた松葉でもう何年も使われていない山道の様相に替わっていた。 湘南大橋から見る光景は、相模川からの甚大な土砂により茶色く濁った海が痛々しく映った。 ここまで家屋の被害はあまり見受けられなかったのは箱根の山が雨を吸収してくれたからかと思った。 平塚のデニーズに着くと、電気が落ちておりブラインドが窓を覆っていた。 なるほど大きな企業はきちんと対策していたらしい。 午後には開くらしいが今日は諦めるほかなかった。
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