感染

saijya

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第3話

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    野田貴子と口先で囁いた斎藤の脳裏を、ある人物が掠めた。
 瞠目した斎藤は、顔の下半分を掌で覆う。九州地方感染事件のことは存じている。その対処に当たっているのは、厚生労働省、その中枢に立つ男は確かに野田という名前だ。
 何かの間違いであってほしいと願いながら、斎藤はくぐもった声で言った。

「浜岡......俺の勘違いなら無視してくれよ」

「勘違いじゃないんですよねぇ......」

 浜岡は、即座に踵を返した斎藤の腕を掴んだ。

「離せ......俺には関係のないことだ」

「そういう訳にもいかないんですよねぇ......それに、関わりがないこともない。警察手帳を見せてオートロックが解除されたのは確認されましたよね?それがどういう意味かは分かりますよねえ?」

 さっきまでの慇懃な態度は、完全に隠れてしまっている。この独特な間延びした口調は、外行きの為に見繕った敬語ではなく、プライベートでの話し方だ。
 何手も先を読まれていた。それなりの付き合いの長さもあるだろうが、斎藤の動きまで考慮している浜岡に、時と場所が違っていたなら素直な称賛を送りたい。
    気分は最悪だ。野田の一人娘の居場所を知ってしまった。ニュースでの発表に、今回の事件はテロリストの仕業とあった。
    国際規模のテロリストなど、個人が相手にするには、大きすぎる。 

「浜岡......お前、最初から......」

「何分、田辺君があの性分なので心強い味方は作れないと考えまして......ただ、斎藤さんを引き入れようと思ったのは、警察署で貴方を見てからですよ」

 ニコリと笑った浜岡は、握っていた腕を解放してもう一度、頭を垂れる。

「お願いします。ここだけは助けて頂けませんか?どうにも信用してもらえず、警察も同行することでどうにか承認してもらえたんです」

 斎藤には、ここで振り返らずにロビーへと歩を進めて無かったことにする選択肢もある。しかし、浜岡のつむじがそれを阻んでいた。浜岡がこの先にいるのは野田貴子だと明かしたのは何故だろうか。ここまで周到に準備を行う男が、最後に不利になるようなことを口にするだろうか。それとも、まだ、何か隠玉を用意しているのか。いや、それなら、野田貴子の存在を知らせる筈がない。

「浜岡、これ以上、何かあるのか?」

 浜岡は顔を下げたまま、首を振った。

「これ以上は何も用意できませんよ。なにせ急な展開を迎えたものでしすから......しかし、一つ、利点があるとすれば......」

 意味深に言葉を区切った浜岡は、斎藤が短く声を掛けてから顔を上げた。

「九州地方感染事件について、まだ世に広まっていない驚愕の事実を知ることが出来る。これだけは、間違いないですねえ」

 斎藤は、言い回しに片眉を曲げる。

「......犯人は、発表にあったテロリストではないのか?」
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