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第7話
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ただ、純粋に恐ろしく、このままでは呑まれてしまうと、田辺は咄嗟に視線を下げた。その判断は正解だろう。人は、常に勢いと狂気に引き付けられてしまうものだ。
それは、歴史を鑑みれば分かる。過去の大戦や外国の殺人鬼、犯罪者が祭り上げられる理由は、人間の深いところを知りたいという好奇心からだろう。だが、一度、陥ってしまえば、もう這い上がってくることはできない。
田辺から見た野田は、もはや、そんな場所にまで到達しているように思えた。目的に、はっきりとした輪郭があるからこそ、余計に質が悪い。誰かに心酔するほどに、人は目的を見失う。
「悪魔に魂を売っただと?ふざけるな!そんなものは、ただの強弁だろうが!」
そう鼻息荒く言った斎藤に、野田は抑揚のない声で返す。
「その通りだ。だが、それがどうした?」
「......なんだと?」
「お前に分かるか?理不尽に唯一の女性を奪われた俺の気持ちが!悲しみが!辛さが!お前に分かるのか!それが、どれほど身を切る思いか!味わったことがあるのか!胸が押し潰され、裂かれるような痛みが!お前に分かるのか!......うぐっ!」
野田は、口を抑えるが、指の隙間から吐瀉物が漏れだし、踞ると、盛大に吐き出した。噎せながらも、涙に濡れた瞳だけは、鋭利な刃物を連想させる。固い意思に裏付けされた強い眼力で、その場にいる男達の動きを止めた。ハンカチで口元を拭い、肩で息をしながら、すくっ、と立ち上がった。
「お前らには、到底、理解なんざ出来ないんだろうな......」
鼻を鳴らし、覚束ない足取りで田辺へと歩み寄った野田は、何も言わずに右手を差し出す。
田辺は俊巡しつつも、ゆっくりと掴んだ。
「田辺......俺が恨んでいるのは、お前ではない、東だけだ。だから、どうか、これ以上、俺の邪魔をしないでくれないか?ここで大人しくしていてくれれば、お前らに危害を加えないと約束する」
「......だから、僕達をこの場所に連れてきた......そういうことですか?」
「そうだ。これが、この場所こそが俺の全てだ......もう、隠していることもない」
田辺は、野田の背後にある檻を見る。新崎優奈は、相変わらず、声なき声を発しているだけだ。まるで、必死に生命にすがりつこうと、何もない空間に手を伸ばしているかのようだった。その姿が、とても痛々しい。
記者は、現実を様々な人間に伝える仕事だが、果たして、これが現実なのだろうか。いや、悩むことなどなく、まごうことなき現実だ。しかし、認めたくはなかった。ここにきて、自身の心に僅かながらの罪悪感が芽生えていることを田辺は自覚している。始まりは、田辺が東を追い詰めたこと。振り返ればほんの一瞬の出来事のように思える。
だが、終わらせるには、多数の犠牲が必要になる。ならば、いっそのこと、ここで終わりにするべきなのではないか。そうすれば、守るものがある浜岡も斎藤も、無事に帰せる。それで良いじゃないか。
それは、歴史を鑑みれば分かる。過去の大戦や外国の殺人鬼、犯罪者が祭り上げられる理由は、人間の深いところを知りたいという好奇心からだろう。だが、一度、陥ってしまえば、もう這い上がってくることはできない。
田辺から見た野田は、もはや、そんな場所にまで到達しているように思えた。目的に、はっきりとした輪郭があるからこそ、余計に質が悪い。誰かに心酔するほどに、人は目的を見失う。
「悪魔に魂を売っただと?ふざけるな!そんなものは、ただの強弁だろうが!」
そう鼻息荒く言った斎藤に、野田は抑揚のない声で返す。
「その通りだ。だが、それがどうした?」
「......なんだと?」
「お前に分かるか?理不尽に唯一の女性を奪われた俺の気持ちが!悲しみが!辛さが!お前に分かるのか!それが、どれほど身を切る思いか!味わったことがあるのか!胸が押し潰され、裂かれるような痛みが!お前に分かるのか!......うぐっ!」
野田は、口を抑えるが、指の隙間から吐瀉物が漏れだし、踞ると、盛大に吐き出した。噎せながらも、涙に濡れた瞳だけは、鋭利な刃物を連想させる。固い意思に裏付けされた強い眼力で、その場にいる男達の動きを止めた。ハンカチで口元を拭い、肩で息をしながら、すくっ、と立ち上がった。
「お前らには、到底、理解なんざ出来ないんだろうな......」
鼻を鳴らし、覚束ない足取りで田辺へと歩み寄った野田は、何も言わずに右手を差し出す。
田辺は俊巡しつつも、ゆっくりと掴んだ。
「田辺......俺が恨んでいるのは、お前ではない、東だけだ。だから、どうか、これ以上、俺の邪魔をしないでくれないか?ここで大人しくしていてくれれば、お前らに危害を加えないと約束する」
「......だから、僕達をこの場所に連れてきた......そういうことですか?」
「そうだ。これが、この場所こそが俺の全てだ......もう、隠していることもない」
田辺は、野田の背後にある檻を見る。新崎優奈は、相変わらず、声なき声を発しているだけだ。まるで、必死に生命にすがりつこうと、何もない空間に手を伸ばしているかのようだった。その姿が、とても痛々しい。
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だが、終わらせるには、多数の犠牲が必要になる。ならば、いっそのこと、ここで終わりにするべきなのではないか。そうすれば、守るものがある浜岡も斎藤も、無事に帰せる。それで良いじゃないか。
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