平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます

クズねこ

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お兄様との夜

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夜は、静かだった。
屋敷の中にある時計の針の音だけが、遠くで響いている。

ベッドの上で目を閉じても、なかなか眠れなかった。昼間の指導の緊張がまだ残っているせいかもしれない。けれど、それ以上に――お兄様の言葉が、ずっと頭の中で繰り返されていた。

「ユキは、俺の言うことを、信じていればいいんだよ」

あの声が、どうしてか胸の奥に刺さって離れない。低くて穏やかな声なのに、言葉の端が、どこか鋭かった。優しいのに、抗えない。“信じるしかない”と、自然に思ってしまうような響きだった。

(……寝よう、寝ないと)

目を閉じて深呼吸をする。けれど、瞼の裏に浮かぶのは、お兄様の横顔。昼間はどこまでも冷静で、完璧な人。それなのに、あの言葉を口にしたときだけ、ほんの一瞬、感情が滲んだ気がした。

(あの時、少しだけ……寂しそうに見えたなぁ)


♢♢♢


(廊下に出てみようかな……)

寝巻きのまま、そっと部屋を出る。夜の屋敷は、まるで別世界みたいだった。

月明かりが長い廊下を淡く照らし、絨毯の上を歩く足音がやけに大きく響く。昼間は人の声や気配で満ちていたのに、今は、世界の中で自分ひとりだけ取り残されたような静けさ。

(この時間に、まだ起きてる人なんて、いないよね)

ふと、遠くの方からほのかな光が見えた。温室の方角。こんな時間に灯りがともっているなんて珍しい気がする。

もしかして誰かいるのかな?

近づくと、ガラス越しに見えたのは――シスお兄様だった。

薄い寝衣の上からガウンを羽織り、月明かりの下で立っている。その姿はどこか現実離れしていて、銀の髪が光を受けて静かに揺れていた。

(……綺麗)

声をかけようとした瞬間、先にお兄様が振り向いた。

「……ユキ?」

その声は、驚きよりも先にやわらかかった。

「起きていたの?」

「ごめんなさい、眠れなくて……」

「そう」

お兄様は一歩、ゆっくりと近づいてくる。その動きひとつひとつが、やけに丁寧で。昼間とはまるで違う空気をまとっていた。

「夜は冷えるから。風邪、引いちゃうよ」

そう言って、ガウンの裾を少し広げた。ふわりと香る布の匂い――それは、お兄様の香りだった。

「こっちにきて。……少しだけだから」

その言葉に逆らえなくて、気づいたら隣に立っていた。お兄様の肩にほんの少し触れただけで、心臓が跳ねる。


♢♢♢


温室の中は、夜でもかすかに花の香りが残っていた。昼間よりも甘く、濃い香り。湿った空気の中に、月明かりが静かに差し込んで、花びらの縁を淡く光らせている。

「眠れないときは、こうして外を眺めるといい」

「……お兄様も、眠れなかったんですか?」

「そうだね。考えごとをしていた」

「どんなことを?」

お兄様は少し黙って、視線を窓の外に向けた。ガラス越しの月を見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「人って、どうしても失いたくないものができると……それだけで、弱くなるんだ」

「……失いたくないもの?」

「そう。手に入れた瞬間から、怖くなる」

お兄様の横顔は、月に照らされて淡く輝いていた。その瞳の奥に映っていたのは、どこか遠い景色。まるで、誰かを思い出しているような目だった。

(誰のことを言ってるんだろう……)

沈黙が流れたあと、ふいにお兄様の手が俺の髪に触れた。指先が、ゆっくりと確かめるように滑っていく。

「……少し伸びた?」

「え?」

「髪。光に透けると、昔のままだね」

「昔……?」

「ごめん。何でもない」

小さく微笑むお兄様。けれど、その笑みは、どこか壊れそうで――見ているだけで胸が締めつけられる。

「ユキ。――お前は、俺が守る」

「……え?」

「どんなことがあっても、ね」

その言葉はやさしかった。でも同時に、逃げ道を塞ぐようでもあった。胸の奥がざわめく。けれど、声が出なかった。

お兄様はそれ以上何も言わず、そっと髪から手を離した。その動きひとつひとつが、名残惜しそうで、切なかった。

「もう遅いから。部屋に戻りな」

「はい……おやすみなさい、お兄様」

「……うん。おやすみ、ユキ」

背を向けて歩き出そうとした瞬間、袖口を掴まれた。
指先が、ほんの少しだけ震えていた。

「……何かあったら、必ず俺のところに来てね。誰にも言わずに」

低い声。
けれどその中に、どうしようもない“焦り”が混じっているように聞こえた。

「はい。シスお兄様」

俺が頷くと、お兄様はゆっくりと手を離した。指先の温度が、皮膚の上に残る。その感触だけが、いつまでも消えなかった。

♢♢♢

部屋に戻っても、やっぱり眠れなかった。
窓の外にはまだ月が残っていて、
さっきの温室の光景が、まぶたの裏に焼きついている。

(お兄様……どうしてあんな顔、してたんだろう)

あんなに完璧で、誰にも心を見せないお兄様が、
今夜だけは少し違っていた。
触れる手が震えて、目の奥が揺れて、
まるで、壊れそうなほどの“想い”を抱えているみたいだった。

(俺のこと……守る、って言ったけど、
 あれは優しさなのかな、それとも――)

考えても答えは出なかった。
けれど、胸の奥があたたかくて、苦しくて、
眠れない夜のまま、朝を迎えるような気がした。


その夜から、ユキの中で何かが変わり始めていた。

それが“愛”なのか“恐れ”なのか、まだ誰にもわからなかった。

___


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