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まるでフィクションのような

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「君って、漫画の主人公みたいだよね」

そう友人は嬉しそうに、全身ずぶ濡れの男に向かって言った。

漫画の主人公なんて、そんな優しいものではない。
ただ人より少しだけ運がないだけだと思っている。

友人と遊びに行くと高確率でゲリラ豪雨になる。
何もないところで転ぶのはまだ良いが、転んだ先に出っ張ったレンガがあり強打する。
家の鍵やスマホや財布をよく無くして、戻ってきた事はない。

他にも言い出したらキリがないが、運がいいと思った事は一度もない。

気を付けていても、別のトラブルが発生するから防ぎようがない。

そんな不幸体質な生活を送っていても、不幸にならない日がある。

それは友人が隣にいる時だ。

友人は正反対の超が付くほどの幸運体質だ。

なくしものはした事がなく、大切な日はいつも晴れ。
くじ引きは必ず上位景品が当たり、不幸を感じた事がない。

誰が見ても幸運体質が主人公に見えるのに、友人は変な事を言う。

もっと早く彼と会っていたら、不幸だと思う日は少なかったのかもしれない。

彼と会ったのは高校に入ったばかりの時、いつものようにゲリラ豪雨でバスが事故で動かなくなり遅刻寸前だった時だ。
走っても間に合わないだろうと思っていたが、全速力で高校に向かって走っていた。

その時、同じく遅刻寸前で走る男と出会った。
遅刻するというのにヘラヘラ笑っていて、諦めているだけだと思っていた。

「僕、絶対遅刻しないから安心して」

何処からそんな自信が来るのか理解出来なくて、遅刻確定だから聞き流していた。
小学校も中学校も遅刻常習犯になっていたから、気にしていなかった。
気にするのは入学して数日で遅刻すると、教師に目をつけられる事だけだ。

不良じゃないのに、不良だと思われるのは嫌だ。

そんな不安は、いい方向で無駄に終わった。

彼の言った通り、遅刻しないで学校に到着した。
今までだと、こうなると必ず遅刻していた…運良く遅刻しなかった日はないほどに…

彼はもしかしたら幸運体質なのかもしれないと気付いた。
自分が不幸体質なら、幸運体質も居ても不思議じゃない。

幸運と不幸がいれば緩和されると思い、彼と友達になる事にした。
明るい彼はすぐに受け入れてくれて、彼といると普通の人間になったかのように不幸にならなかった。
だからといって、幸運体質になったわけでもない。

普通でいい、普通が一番だと大学生になった今でも思う。

大切な友人だ、大学が違っても休日に遊ぶほどに。

今日も友人に誘われて、友人の住むマンションに向かった。

友人に迎えられて、部屋に入ると紙が床に広がっていた。
慌てて紙を掻き集めていて、手伝って自分も集めるとすぐに床が綺麗になった。

「ごめんね、散らかってて」

「仕事か?大変だな」

「そんな事ないよ、毎日が楽しいよ」

友人の言葉には嘘偽りがなく、本当に楽しそうな顔をしていた。
高校の時に言っていた夢が叶ったから、羨ましい。
自分はまだ、なにがしたいか見つからない…会社員に落ち着きそうな気がする。

紙を机の上に置いて、ゲーム機を手に取っていた。
今日はゲームをするために友人の家に来ていた。

自分は普通の大学生で、友人は大学生兼売れっ子の漫画家だ。

男同士の恋愛、ボーイズラブ…通称BLと呼ばれる漫画を描いていた。
元々絵が上手かった友人は、高校生の時から何度か漫画を描いて見せてくれた。

最初はびっくりしたが、特に何も思う事はなく自然と受け入れた。
元々そういうのが好きで、見たりしていて自分でも描きたいと思って描いたんだと言っていた。
リアルの恋愛対象は女性だけど、趣味としてBLを楽しんでいる。
漫画だけじゃなく、アニメやゲームもしていて一緒に何度かやった事がある。
友人にとって夢であり天職なんだと自分でも思う。

何のゲームか分からずに来たが、BLゲームという事は分かっている。

ゲーム機をテレビにセットして、大画面でゲームをする事になった。
あまりゲームをやらないが、友人とこうしてゲームをするのは楽しい。
BLに詳しくはなったが、好きかと言われたら熱中するほどではないから普通だ。

ゲームが始まると慣れた操作で、ストーリーを進めていく。
すると、だんだんと内容を思い出してきて懐かしい気分になる。

ゲームは友人と交互にやるのが決まりで、恋愛シミュレーションゲームだからいつも先にハッピーエンドを迎えない。
適当にしているわけではないが、どちらかがキャラクターの気持ちを理解していないんだろう。
きっと自分なんだろうな、と思いながら自分の番が来た。

ゲームを進めると恋愛の邪魔をする当て馬と呼ばれるキャラクターが出てきた。
性格悪いし、主人公に言い寄って攻略キャラクターに誤解されて嫌な奴だなと当時も思っていた。

「なんか当て馬って必要あるのか分からないな」

「そう?」

「攻略対象でもないのに、恋愛の邪魔して主人公が可哀想じゃないのか?」

「僕は当て馬も必要だと思うよ、だって恋愛に欠かせない存在だから!」

「恋愛に…」

「そうだよ、決して結ばれないからこそ、恋愛に奥手なキャラも彼のおかげで主人公に告白出来たりするし!」

確かに友人の言っている事は納得出来るものがあった。
言い寄っているが、手を出す前に誰かが助けにくる。
当て馬は当て馬でゲームではないところで幸せになっていると友人は適当な事を言っていた。
ゲームにないのに何処で幸せになったって分かるんだ?公式の裏設定か?

友人の番になりゲームを進めていると、友人はふと手を止めた。

買ってきた缶コーヒーを開けようとした手も止まる。

友人は画面から目を離さず「久々にこうして遊べて嬉しかった」と口にした。

そういえば、最近お互い忙しくて会えていなかったな。
一日はあっという間に過ぎ去っていき、また忙しい日々に戻った。






「おめでとうございます!一等温泉旅行招待券です!」

人生で初めて訪れた幸運はスーパーのくじ引きだった。
友人がいない今、自分の実力で幸運を掴み取ったのだと嬉しかった。

落ちそうになった買い物袋を抱えて、温泉旅行招待券をもらった。
ペア宿泊券で、友人を誘ったが締切が近いようで断られた。

一人でもいいみたいだし、他に長く付き合っている友人もいないし一人で温泉旅行に行く事にした。

それが、自分の最大にして最後の不幸だと知らずに小さな幸運に内心はしゃいでいた。

旅館は普通に綺麗なところで、温泉も有名なところで満足した。

しかし、帰る日…それは突然起こり…命を落とした。

旅館で殺人事件が起きて、名探偵とか名乗る人も出てきた。
容疑者にされた宿泊客は帰れず、取り調べが始まった。

クタクタで、もう一泊で喜ぶ元気もなく部屋に帰ろうとした。

その時、第二の殺人を目撃してしまい巻き込まれて殺された。

誰が想像出来ただろうか、推理小説のような事が起きて死ぬとか。
あのくじ引きは決して幸運なものではなかったんだ。

その後犯人が捕まったのかとかは知らないが、ただ一つだけ言える事がある。

友人が自分を漫画の主人公と言っていたが、こんな雑な死に方をするのはやっぱりモブキャラ止まりだろうな。
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