【価値反転 ⇄】豚王子は覚醒スキルで、呪われた運命を全てひっくり返す! ~謎の美少女とちびモフモフも、一緒に立ち向かいます!~

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Ⅰ 豚王子、覚醒す

1-1.

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『醜い豚王子め』

 の光も届かない、瘴気に満ちた黒い森。『ゴミ捨て場』とも呼ばれる場所で、僕はふらふらと足取りもおぼつかないまま、さまよい歩く。みんなの罵倒ばとうを何度も、何度も頭に巡らせながら。

 「ハァ……ハァ……もう、だめだ……」
 
 身体が重すぎる。
 ぶよぶよと脂肪にまみれた身体では、森の中を大して歩くこともできない。息切れを起こし、胸を押さえ、僕はみじめに落ち葉の中へ倒れ込んだ。ブロンドの巻き毛に落ち葉が絡み、にじみ出る脂汗がべとべとして、身体中を黒い土まみれにする。

『役立たずのゴミスキル持ちが』

 涙が、つうと頬をつたう。
 その通りだ。僕は何もできない、ただの豚でゴミの役立たず。それが僕、〝元〟ラグジャラス王国第一王子、エルヴィンのすべてだった──


 
 ──三日前。

 執務室で、父王リカルドが突然、血を吐いて文机デスクの上に突っ伏した。談笑を突然に打ち破った真っ赤な血に、僕は全身が凍り付いた。
 背中ではガシャンと派手に食器を落とす音が。振り向くと、茶の用意をしていた侍女が、震えながらこちらを見ている。

「だ、だっ……誰かっ! 王が……エルヴィン様が、王をっ!」
「なっ!? 違っ、僕は──」

 衛兵たちと共に息も荒く駆け付けたのは義母──王妃カーミラだった。彼女は王と、うろたえる僕を交互に見るなり、顔を引きつらせて叫んだ。

「何ということを! すぐに治療師をっ。衛兵! そこの乱心者を捕らえよ!」
「ちょっと、待って! 僕がなぜ──うぶっ!」

 屈強な衛兵は、太りに太った僕の巨体などものともせず、たちまち床へ組み伏せた。僕は終始、何が起こったのかまったくわからないまま、重い手錠を掛けられ、執務室から連れ出された。容態のわからぬ父王と、薄く笑ったように見えた王妃を背中にして……


 
 初めて入った牢獄。王族の僕が入ることなど夢にも思わなかった部屋。ごつごつとした石床は、ただ冷たく、寒かった。
 与えられた毛布一枚で震えていると、コツコツと石段を降りてくる小さな靴の音が聞こえる。

「兄さま……」

 消えそうな声で僕を呼ぶのは、第二王子──義弟のシリルだ。小さな手に、湯気の立つコップを抱えている。辺りをきょろきょろしながら、鉄格子の隙間からそっと僕へ渡した。白湯さゆだ。自分でいれたのだろうか。

 健気なさまに僕が泣きたいのに、彼のほうが栗色の瞳をうるませている。

「ダメだよシリル、こんなところへ来ちゃ。王妃カーミラに怒られるよ」
「かまうもんか。それより、兄さまが……おやさしい兄さまが、大好きな父王さまに毒を盛るなんて。そんなこと、あるはずが」
「毒……?」
「お母さまがそうだって。ぼくを王にしたくないから、先にじぶんが王になろうとして……って。ぼく、よくわからなかったんだけど」

 僕はそっと腕を伸ばし、シリルの頭を撫でた。

「あったかい飲み物をありがとう。さあ、誰かに見つからない内に、もうお戻り。僕は大丈夫だから」

 手の甲で涙をぬぐいながら、小さな肩を落として、とぼとぼと石段を戻っていく。
 
「どうして……こんなことになったんだ」
 
 王妃カーミラが──彼女が僕を毛嫌いしているのはわかっていた。それでも、一生懸命、愚鈍な僕に代わって父王を支えてくれていた。そんな彼女を疑いたくはない。
 
 じゃあ誰が……いや、王城の誰もが、僕がこうなると願っていたんだろう。この役立たずな僕が、落ちるところまで落ちていくことを。
 
 そんなに食べるわけじゃないのに、病気でもないのに、ぶよぶよと太ったこの身体。魔力はあっても魔法のひとつも使えず、王族教育もままならず。
 そして天恵──スキルは【収集】なんていう、過去の文献にも類を見ないもの。しかも、ただ手にしたもの、触れたものの、見てわかる程度の情報を集めるだけという。

[鉄格子:鉄]
[コップ:土]
[白湯:水]

「……本当に、何の意味もない」

 王族のスキルだからと最初はみんな調べてくれたけど、とうとうわからなかった。
  
 8歳の時にこのスキルを受けてから……最初は幼心に面白かった。何でも拾って集めてきては、それが文字になって頭の中に浮かぶのが、単純だけど会話をしているみたいで。母様が亡くなったばかりだったから、寂しさを紛らわすのもあった。

 でもそれから、どんどん太りはじめて……10歳になる頃には、こんな大石を積み上げたような身体になってしまった。気が付けば、世話係の侍女にまで馬鹿にされ、『豚王子』『ゴミ集め』と陰でささやかれるまでに。それでもなぜか、興味を持ったものを拾わずに、手に取らずにはいられなかった。
 
 17歳の今になっても、ただ太っているだけ。そんな僕に母様の面影を追って、いつまでもやさしく、甘やかしてくれて父王。唯一の心の拠り所である実の父親を、なぜ僕が、毒など盛らなきゃいけないんだ。

「はは……こんなの、悪夢だ。明日になったら、またいつも通りに決まってる」

 僕はただ、黒く冷たい石壁に向かって、乾いた笑いをぶつけた。


 
 翌日になっても、悪夢は覚めなかった。
 ほとんど眠ることのできなかった僕に、その続きを、とことん現実として突きつけた。
 
 重い手錠は外されることなく、衛兵によって乱暴に王座の間へ転がされる。僕は正面を見上げて驚いた。カーミラが、血の色のような深紅のドレスに身を包み、王座に座っている。なぜ、隣の王妃の座じゃなく、そこへ。

 片眉を跳ね上げ、忌々いまいまし気に僕をひと目見ると、扇で合図をする。そばに立つ宰相ガリエルが、書状を開いて読み上げた。

「エルヴィン。そのほうを、王リカルド=ライゼンドール殺害未遂の罪により廃嫡はいちゃく。『ミドゥンの森』へ追放処分とする」
「──! な、なんだって?」

 わずか数秒で棒読みされた内容を、僕はまったく理解できなかった。
 カーミラは、扇で口元を隠しながら、冷たく言い放った。

「王がサインに使っていた羽ペンから、猛毒の粉が飛散していたのです。あれはお前が作って王に渡したものでしょう? もはや申し訳の余地はありません」
「確かに、僕が作ったものだけど……だからと言って、僕には毒を仕込む理由がない!」
「はん、往生際の悪い」

 カーミラはさも話すのが面倒そうに、ガリエルへと説明を振った。

「……そのほうの部屋にあった『収集箱』なるガラクタ容れから、蝕瘴石しょくしょうせきの欠片が見つかったのだ。【収集】スキルの癖が仇になったな」
「そんなものっ……僕は、知らない!」

 ガリエルは片眼鏡モノクルをくっと押さえ、呆れたように大きくため息をついた。

「本来なら即刻死刑。それを、王妃の温情で追放の処分となったのだ。感謝するがいい」
「そんな……そんな、一方的に。僕は何もしていない! たった一日で……なぜ、もっとちゃんと調べてくれないんだ!」
「連れていけ。それだけよく太っているんだ。〝ゴミ捨て場〟でせいぜい一日一時間でも長く生き抜いて、その罪をつぐなうがいい」
「待ってくれ! 父王は無事なのか? せめて、容態だけでも──」

 ガリエルは追い払うように手を振り、カーミラは僕を見ようともせず。
 僕は両脇を衛兵に抱え引きずられ、王座から遠のいていく。扉の外に出され……僕が子供の時から見ていたその景色は、大きな音と共に閉ざされた。
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