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Ⅰ 豚王子、覚醒す
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麻布の罪人服に着替えさせられ、護送用馬車に大荷物のように詰め込まれる。
そして揺られること数日間。用を足すのに降ろされるたび、豚だのゴミだのと罵られ、何度も蹴られ……僕が王族であったことはおろか、人としての尊厳さえ消えようとしていた。
「やれやれ、やぁっと着いたか。さあ、降りろ! ……くそっ、重い豚め!」
衛兵たちに乱暴に引きずり下ろされ、無様に地面に転がる。その目の前に広がっていたのは、真っ黒な土の上に曲がりくねった木が折り重なる、不気味な森だった。
ここが、ミドゥンの森。魔核や魔銀など、魔法道具などに用いられた残滓の廃棄場所で、通称「ゴミ捨て場」。長い間にわたって蓄積されたせいで、森全体が瘴気に覆われてしまっている。
衛兵は僕の手錠を外すと、食料らしきものが入った麻のずた袋を押し付け、森のほうに向かって蹴飛ばした。
「おら、さっさと森の中に入れ。お前が見えなくなるまでが、おれたちの仕事だからな」
もう、言葉で抗う気力もない。ただ言われるがまま、ふらふらと森に向かって歩いていく。数歩行っては、追い立てるように地面に矢が突き刺さる。
背中に衛兵たちがあざ笑うのを聞きながら、僕は、吸い込まれるようにして、森の闇に溶け込んでいった。
◆
肌を撫でる湿った風。鼻につく腐臭、耳に届く鳥獣の奇声。寝物語の暗黒そのものが僕の五感にまとわりつき、残ったわずかな気力をごっそり奪い取っていく。
数刻もせず、とうとう足が身体を支えきれなくなり……どさりと落ち葉の中へ倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……もう、だめだ……」
それでも、水筒を出そうと、手が無意識に麻袋を開けようとしている。こんなになってもまだ、心の奥底では、生きたいらしい。
だけどその希望は、一瞬にして絶望に変えられた。
「なん……だ、これ」
麻袋に手を入れた瞬間、ぐちゅりと生々しい感覚が指に触れる。そこには、腐った生肉だけが入っていた。
「うわあっ!」
咄嗟に突き放すも……なぜそんなものを持たされたのか、すぐにわかった。
彼方から、落ち葉をザッザッと踏む音が聞こえてくる。僕は慌てて顔を上げた。
<<グウゥゥゥウ……>>
そこにいたのは、身の丈が馬よりも大きい魔狼だった。黒い毛皮に、血のように赤い瞳。僕を睨みつけながら、ゆっくりと近づいてくる。
「ヒュッ……」
恐怖で声が飲み込まれる。逃げなきゃいけないのに、ぶよぶよとした身体を、もう起こすことすらもできない。
(……そうだ。僕はみんなに言われた通り、『ゴミ』としてここで死ぬんだ。魔狼のエサになって、誰にも知られず、無価値な骸になるんだ……)
<<ゴァァアアア──ッ!>>
魔狼は僕の無力さを見切り、大口を開け、その涎にまみれた牙を見せつける。なまあたたかい息が、僕の顔へと吹き付けられた。
僕が目をつぶり、覚悟を決めたその時。僕の全身を切り裂くように、まばゆい光があふれ出した。
「──! えええっ?」
<<グルアッ!>>
魔狼は激しい光に面を食らったのか、短い悲鳴を上げて後ずさりした。
その光の中心で、僕の頭の中に、見たことのないメッセージが書き込まれた。
[────スキル【収集】>>>【価値反転】に進化、完了────]
「進化、だって……──! ううっ?」
頭の中に焼けつくような痛みが。同時に、過去数年間、僕が集めに集めた情報たちが、次々とその構造組成をつまびらかにしていく。
『何を、何にしたいのか』
僕の心に問いかけてくる〝何か〟。
ふと、導かれるように……足元の折れた枝を拾い上げる。そのまま、軽くなった身体を持ち上げ、両の足で立ち上がった。
枝をぎゅっと握りしめ、その価値を補助スキル【鑑定】で読み取る。
[瘴気まみれの小枝 >>> 聖樹の木剣──反転しますか?]
「うん、お願い」
ぼそりとつぶやいた瞬間、枝が脱皮するように黒ずんだ樹皮をはらはらと落とし、光り輝きながら一振りの木剣へと姿を変えた。
[聖樹の木剣:世界樹の因子を付加された木。聖魔術【浄化】付与。瘴気や呪怨を打ち払う力を持つ]
わかる、何もかも。7年もの間、集めこまれた僕の知識と、秘められた物の真実が、手から腕へと伝い、僕の頭の中で重なり合う。
「価値……反転。この時を迎えるために僕は、ずっと苦しんできたんだね」
生まれ変わった自分への興奮で、喉から飛び出そうなほど、心臓が高鳴り続けている。
目の前では、魔狼が目を固くつぶりながら苦しそうに頭を振っている。今度は僕がゆっくりと近づき、光る木剣を頭上に高く掲げた。
「ありがとう、僕を目覚めさせてくれて。だけど君と、お別れしなきゃいけないんだ」
<<グルァアア────ッ!>>
魔狼は怒りに任せ、気配を頼りに僕へと襲い掛かった。
それは驚くほどに、躊躇なく。僕が木剣を振り下ろすと、一閃、鋭い光が魔狼の身体を頭から真っ二つにした。
魔狼は断末魔の声さえ上げることなく、二つに分かれて、落ち葉を巻き上げながらどさりと沈んだ。
「やった……」
魔の獣とはいえ、初めての殺生。なのに心は静かに、目の前の凄惨さを受け入れている。それに呼応するように、手に握られた木剣は、ひとまずの役目を終え、その光をすうっと落ち着かせた。
腰ひもに差し込み、森の奥をじっと見据える。
行きの馬車で聞こえてきた衛兵の話では、父王はまだ、生きている。他にも気にかかることは山ほどある。間に合うかどうか、わからない。だけど……
「必ず、戻る。王城と家族、それに、僕自身を取り戻すために」
まずはこのゴミ捨て場から這い上がる。何にも屈しない心と力を手に入れて。
意を決し、力強く、森の奥へと足を踏み込む。
ただ……この時僕は、自分の身に起こったとんでもない事実に、全く気が付いていなかった。
そして揺られること数日間。用を足すのに降ろされるたび、豚だのゴミだのと罵られ、何度も蹴られ……僕が王族であったことはおろか、人としての尊厳さえ消えようとしていた。
「やれやれ、やぁっと着いたか。さあ、降りろ! ……くそっ、重い豚め!」
衛兵たちに乱暴に引きずり下ろされ、無様に地面に転がる。その目の前に広がっていたのは、真っ黒な土の上に曲がりくねった木が折り重なる、不気味な森だった。
ここが、ミドゥンの森。魔核や魔銀など、魔法道具などに用いられた残滓の廃棄場所で、通称「ゴミ捨て場」。長い間にわたって蓄積されたせいで、森全体が瘴気に覆われてしまっている。
衛兵は僕の手錠を外すと、食料らしきものが入った麻のずた袋を押し付け、森のほうに向かって蹴飛ばした。
「おら、さっさと森の中に入れ。お前が見えなくなるまでが、おれたちの仕事だからな」
もう、言葉で抗う気力もない。ただ言われるがまま、ふらふらと森に向かって歩いていく。数歩行っては、追い立てるように地面に矢が突き刺さる。
背中に衛兵たちがあざ笑うのを聞きながら、僕は、吸い込まれるようにして、森の闇に溶け込んでいった。
◆
肌を撫でる湿った風。鼻につく腐臭、耳に届く鳥獣の奇声。寝物語の暗黒そのものが僕の五感にまとわりつき、残ったわずかな気力をごっそり奪い取っていく。
数刻もせず、とうとう足が身体を支えきれなくなり……どさりと落ち葉の中へ倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……もう、だめだ……」
それでも、水筒を出そうと、手が無意識に麻袋を開けようとしている。こんなになってもまだ、心の奥底では、生きたいらしい。
だけどその希望は、一瞬にして絶望に変えられた。
「なん……だ、これ」
麻袋に手を入れた瞬間、ぐちゅりと生々しい感覚が指に触れる。そこには、腐った生肉だけが入っていた。
「うわあっ!」
咄嗟に突き放すも……なぜそんなものを持たされたのか、すぐにわかった。
彼方から、落ち葉をザッザッと踏む音が聞こえてくる。僕は慌てて顔を上げた。
<<グウゥゥゥウ……>>
そこにいたのは、身の丈が馬よりも大きい魔狼だった。黒い毛皮に、血のように赤い瞳。僕を睨みつけながら、ゆっくりと近づいてくる。
「ヒュッ……」
恐怖で声が飲み込まれる。逃げなきゃいけないのに、ぶよぶよとした身体を、もう起こすことすらもできない。
(……そうだ。僕はみんなに言われた通り、『ゴミ』としてここで死ぬんだ。魔狼のエサになって、誰にも知られず、無価値な骸になるんだ……)
<<ゴァァアアア──ッ!>>
魔狼は僕の無力さを見切り、大口を開け、その涎にまみれた牙を見せつける。なまあたたかい息が、僕の顔へと吹き付けられた。
僕が目をつぶり、覚悟を決めたその時。僕の全身を切り裂くように、まばゆい光があふれ出した。
「──! えええっ?」
<<グルアッ!>>
魔狼は激しい光に面を食らったのか、短い悲鳴を上げて後ずさりした。
その光の中心で、僕の頭の中に、見たことのないメッセージが書き込まれた。
[────スキル【収集】>>>【価値反転】に進化、完了────]
「進化、だって……──! ううっ?」
頭の中に焼けつくような痛みが。同時に、過去数年間、僕が集めに集めた情報たちが、次々とその構造組成をつまびらかにしていく。
『何を、何にしたいのか』
僕の心に問いかけてくる〝何か〟。
ふと、導かれるように……足元の折れた枝を拾い上げる。そのまま、軽くなった身体を持ち上げ、両の足で立ち上がった。
枝をぎゅっと握りしめ、その価値を補助スキル【鑑定】で読み取る。
[瘴気まみれの小枝 >>> 聖樹の木剣──反転しますか?]
「うん、お願い」
ぼそりとつぶやいた瞬間、枝が脱皮するように黒ずんだ樹皮をはらはらと落とし、光り輝きながら一振りの木剣へと姿を変えた。
[聖樹の木剣:世界樹の因子を付加された木。聖魔術【浄化】付与。瘴気や呪怨を打ち払う力を持つ]
わかる、何もかも。7年もの間、集めこまれた僕の知識と、秘められた物の真実が、手から腕へと伝い、僕の頭の中で重なり合う。
「価値……反転。この時を迎えるために僕は、ずっと苦しんできたんだね」
生まれ変わった自分への興奮で、喉から飛び出そうなほど、心臓が高鳴り続けている。
目の前では、魔狼が目を固くつぶりながら苦しそうに頭を振っている。今度は僕がゆっくりと近づき、光る木剣を頭上に高く掲げた。
「ありがとう、僕を目覚めさせてくれて。だけど君と、お別れしなきゃいけないんだ」
<<グルァアア────ッ!>>
魔狼は怒りに任せ、気配を頼りに僕へと襲い掛かった。
それは驚くほどに、躊躇なく。僕が木剣を振り下ろすと、一閃、鋭い光が魔狼の身体を頭から真っ二つにした。
魔狼は断末魔の声さえ上げることなく、二つに分かれて、落ち葉を巻き上げながらどさりと沈んだ。
「やった……」
魔の獣とはいえ、初めての殺生。なのに心は静かに、目の前の凄惨さを受け入れている。それに呼応するように、手に握られた木剣は、ひとまずの役目を終え、その光をすうっと落ち着かせた。
腰ひもに差し込み、森の奥をじっと見据える。
行きの馬車で聞こえてきた衛兵の話では、父王はまだ、生きている。他にも気にかかることは山ほどある。間に合うかどうか、わからない。だけど……
「必ず、戻る。王城と家族、それに、僕自身を取り戻すために」
まずはこのゴミ捨て場から這い上がる。何にも屈しない心と力を手に入れて。
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