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Ⅰ 豚王子、覚醒す
1-6.
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ヒナと森を出る準備をしながら、忙しく数日を過ごしている。
森を出てからの商いについて、彼女は驚くほど雄弁にアドバイスをくれた。
「エル様、エリクサー以外にもお薬を作れるんですよね?」
「うん。濃度を変えれば、傷薬から病の治癒まで、けっこう幅広くできるよ」
「では、エリクサーは一、二本にして、後は隠しておいて。傷や解毒用を中心に作りませんか。そのほうが売りやすいし、危ない目に遭わなくて済みます」
「何で危ないの?」
「エリクサーは王都の薬店でさえも常備していない超高級品ですから。そんなものがほぼ無限に作れるなんてことになると……」
「わかった。本物かを疑われる以前に、誰かに監禁されて、死ぬまでエリクサーを作らされそうだね」
「ああ、やめてください。想像しただけで泣きそう。とにかく、簡単なポーション専門にして、いい薬を適価で売っていると、人々の間で噂になる程度にしておくのが無難です」
「確かに……さすがだね、ヒナ。ありがとう」
「えへへ。じゃあご褒美に、なでなでしてください」
艶やかな黒髪を流すようにして、そっと頭を撫でる。そのたび、弾けるような笑顔を見せてくれるから、僕のほうがご褒美をもらっている気持ちになる。
しかしなるほど。僕も王城の常備薬にエリクサーがあるなんて聞いたことがない。それほどのものということか。世間に疎い点を、ヒナが補ってくれるのは本当に助かる。
そうだ。もっと早く、力に目覚めていれば。〝あの時〟も、慌てふためいてカーミラたちにやり込められることはなかった。エリクサーがあれば、父王だって……いや。今は「たられば」を言っている時じゃない。
ひとまずは荷物を軽くするため、瓶だけを作っておこう。薬の中身は都度補充する。水さえあれば大丈夫だから……って、薬師が聞いたら怒りそうな話だ。
◆
旅支度に欠かせない、背嚢と服を作る。特に服は、ヒナの話からすれば、良いものを着ていると悟られないほうがいい。
「今着ている『聖樹皮の衣』なんて、鑑定持ちに見られたら大変だものな」
その辺の木から適当に樹皮を剥がし取り、繊維の元を準備。ここから服を作るんだけど……市井の人たちの服を思い出しながら、何とか【反転】して形にしていく。
……っと。普通の衣服にするのはいいけど【清浄】だけは付与される仕立てにしないと。この瘴気の中ではやっていけない。
「ヒナ、こんな感じでどうかな」
できあがったチュニックとホーズを着て、見てもらう。
「わあ~! 素敵。バッチリです。そこはかと漂う高貴さと、神々しいお顔が隠しきれないのは仕方ありませんね」
「ありがとう。でも、ただでさえ目立つ僕たちだ。もうひと工夫を考えるよ。とりあえず先に、ヒナの服も見よう見まねで作ってみるから、少しだけ待ってて」
「あの……エル様。それなら、お願いが。…………し、下着を、いただきたいんですっ!」
叫ぶように言うと、ヒナは、両手で顔を覆った。黒髪からのぞく耳が真っ赤になっている。
「わ、わかった。とりあえず、頑張ってみるよ」
彼女は堪り兼ねて、ぴゅうと外へ出ていく。さすがの僕も、デリカシーというものを察した。
「下着か。そういや自分のも要るな」
しかし女性ものとなると……頭の中で侍女たちが洗濯場で干していたものを思い出す。そこやっと僕も、顔が赤くなった。
◆
夜。ふと、これからのことを考え込み始めてしまい、寝付けなくなってしまった。
隣の寝床からは、すやすやと心地よさげなヒナの寝息が聞こえる。毎日楽しそうに、一生懸命で。彼女のためにも、万全にしてここを発たないと。スキルでどうにでもなる、なんて考えは捨てないといけない。まだまだ未知数なんだから。
<<……カリ…………カリカリ…………>>
……うん? 扉の方から、弱々しく引っかく音が聞こえてくる。
虫か、魔獣か。結界が張られているこの〝城〟には近づくことさえできないはずなんだけど。
枕元に立てかけている『聖樹の木剣』を握りしめ、そっと扉へと近づく。間違いなく、何かが引っかいている。
閂を引き、ゆっくりと扉を開ける。すると……
「ぅわっ!?」
ころりと、何かが隙間から転がり込み……はたと動かなくなった。
「──! 何ごとですか?」
「ヒナ、灯りを点けて。何かが入ってきた」
するどく飛び起きたヒナが、カンテラに火を入れる。
それを受け取り、床へ近づけると……握りこぶしほどの、ぽってりとした白い獣が、ぷるぷると震えている。
「霜鼠だ。こんな瘴気の森に……いったいどこから」
霜のようにふわふわとした毛に包まれた、ネズミの仲間だ。極端に憶病で、こんな夜にうろうろしないはず。
僕はそっと抱き上げて、その小さな顔をのぞき込んだ。薄目を開けて、今にも気を失いそうにしている。
ヒナは慌ててエリクサーを手に取った。
「エル様、お手を」
差し出した手のひらに、エリクサーを数滴たらす。僕はそれを、霜鼠の口へと近づけた。
鼻をスンスンとさせたのち、小さな舌でひと舐めする。
<<──!>>
閉じかけていた瞼を力強く見開くなり、あっという間にエリクサーを舐めつくした。
「もっと要るかい?」
僕の声掛けに、つぶらな瞳を向けながら、解したようにコクコクとうなずく。ヒナが再び僕の手のひらへ注ぐと、さっきとは打って変わって、元気よくぺろぺろと舐め始める。
「か、かわいい。かわいすぎる……」
見惚れるヒナの顔が、カンテラに紅く染まっている。僕の、少し荒んでいた気持ちが、彼女と霜鼠で交互に癒されていく。
「──あ! 見てください、霜鼠がっ!」
全身の毛がふわっと逆立ち、まばゆい光を放つ。
一瞬の出来事。その直後、あらたな【鑑定】の結果が、僕の頭の中に飛び込んできた。
──聖獣チラ──
オス 2歳
認識受容、隠蔽
格納、絶界
────────
「聖獣だって? 名前は……チラ。君、チラって言うんだ」
<<きゅう>>
チラは手のひらの上で、すくっと二本足で立ち上がると、小さくひと鳴きして、ぺこりと挨拶らしき仕草をした。
よく見ると……さっきと変わって、額に金色の逆三角形が、紋章のように浮かび上がっている。
「名をお持ちの聖獣は、神に仕えるとされています。それがエル様の元に……やっぱり、すごいお方です!」
スキルを三つも持っている。聖獣自体、初めて見るのに……しかも名を持っているなんて。さっきの癒し気分が一気に吹き飛んで、混乱してしまった。
チラは僕の腕を駆け上がり、左肩にちょんと乗る。そして、僕の頬をぺろっと舐めた。
「ああ! いいなあ。わたしだってしたことが無いのに!」
<<きゅきゅっ>>
ぷうと頬を膨らませるヒナを見るなり、今度は彼女の肩へと飛び移り、頬を舐める。
「きゃっ、くすぐったい!」
僕とヒナ、交互に親愛の情を見せるチラ。ヒナも、とても嬉しそうにその背中を撫でている。どうやら、図らずも新しい〝家族〟が加わったようだ。
捨てられたはずの僕に、こんなに心おだやかにしてくれるものたちが付いてくれるなんて。今は……今だけは、この胸の奥底にある、決して取り除けない不安に、蓋をしておこう。旅立ちまで、そんなに時間は無いのだから。
森を出てからの商いについて、彼女は驚くほど雄弁にアドバイスをくれた。
「エル様、エリクサー以外にもお薬を作れるんですよね?」
「うん。濃度を変えれば、傷薬から病の治癒まで、けっこう幅広くできるよ」
「では、エリクサーは一、二本にして、後は隠しておいて。傷や解毒用を中心に作りませんか。そのほうが売りやすいし、危ない目に遭わなくて済みます」
「何で危ないの?」
「エリクサーは王都の薬店でさえも常備していない超高級品ですから。そんなものがほぼ無限に作れるなんてことになると……」
「わかった。本物かを疑われる以前に、誰かに監禁されて、死ぬまでエリクサーを作らされそうだね」
「ああ、やめてください。想像しただけで泣きそう。とにかく、簡単なポーション専門にして、いい薬を適価で売っていると、人々の間で噂になる程度にしておくのが無難です」
「確かに……さすがだね、ヒナ。ありがとう」
「えへへ。じゃあご褒美に、なでなでしてください」
艶やかな黒髪を流すようにして、そっと頭を撫でる。そのたび、弾けるような笑顔を見せてくれるから、僕のほうがご褒美をもらっている気持ちになる。
しかしなるほど。僕も王城の常備薬にエリクサーがあるなんて聞いたことがない。それほどのものということか。世間に疎い点を、ヒナが補ってくれるのは本当に助かる。
そうだ。もっと早く、力に目覚めていれば。〝あの時〟も、慌てふためいてカーミラたちにやり込められることはなかった。エリクサーがあれば、父王だって……いや。今は「たられば」を言っている時じゃない。
ひとまずは荷物を軽くするため、瓶だけを作っておこう。薬の中身は都度補充する。水さえあれば大丈夫だから……って、薬師が聞いたら怒りそうな話だ。
◆
旅支度に欠かせない、背嚢と服を作る。特に服は、ヒナの話からすれば、良いものを着ていると悟られないほうがいい。
「今着ている『聖樹皮の衣』なんて、鑑定持ちに見られたら大変だものな」
その辺の木から適当に樹皮を剥がし取り、繊維の元を準備。ここから服を作るんだけど……市井の人たちの服を思い出しながら、何とか【反転】して形にしていく。
……っと。普通の衣服にするのはいいけど【清浄】だけは付与される仕立てにしないと。この瘴気の中ではやっていけない。
「ヒナ、こんな感じでどうかな」
できあがったチュニックとホーズを着て、見てもらう。
「わあ~! 素敵。バッチリです。そこはかと漂う高貴さと、神々しいお顔が隠しきれないのは仕方ありませんね」
「ありがとう。でも、ただでさえ目立つ僕たちだ。もうひと工夫を考えるよ。とりあえず先に、ヒナの服も見よう見まねで作ってみるから、少しだけ待ってて」
「あの……エル様。それなら、お願いが。…………し、下着を、いただきたいんですっ!」
叫ぶように言うと、ヒナは、両手で顔を覆った。黒髪からのぞく耳が真っ赤になっている。
「わ、わかった。とりあえず、頑張ってみるよ」
彼女は堪り兼ねて、ぴゅうと外へ出ていく。さすがの僕も、デリカシーというものを察した。
「下着か。そういや自分のも要るな」
しかし女性ものとなると……頭の中で侍女たちが洗濯場で干していたものを思い出す。そこやっと僕も、顔が赤くなった。
◆
夜。ふと、これからのことを考え込み始めてしまい、寝付けなくなってしまった。
隣の寝床からは、すやすやと心地よさげなヒナの寝息が聞こえる。毎日楽しそうに、一生懸命で。彼女のためにも、万全にしてここを発たないと。スキルでどうにでもなる、なんて考えは捨てないといけない。まだまだ未知数なんだから。
<<……カリ…………カリカリ…………>>
……うん? 扉の方から、弱々しく引っかく音が聞こえてくる。
虫か、魔獣か。結界が張られているこの〝城〟には近づくことさえできないはずなんだけど。
枕元に立てかけている『聖樹の木剣』を握りしめ、そっと扉へと近づく。間違いなく、何かが引っかいている。
閂を引き、ゆっくりと扉を開ける。すると……
「ぅわっ!?」
ころりと、何かが隙間から転がり込み……はたと動かなくなった。
「──! 何ごとですか?」
「ヒナ、灯りを点けて。何かが入ってきた」
するどく飛び起きたヒナが、カンテラに火を入れる。
それを受け取り、床へ近づけると……握りこぶしほどの、ぽってりとした白い獣が、ぷるぷると震えている。
「霜鼠だ。こんな瘴気の森に……いったいどこから」
霜のようにふわふわとした毛に包まれた、ネズミの仲間だ。極端に憶病で、こんな夜にうろうろしないはず。
僕はそっと抱き上げて、その小さな顔をのぞき込んだ。薄目を開けて、今にも気を失いそうにしている。
ヒナは慌ててエリクサーを手に取った。
「エル様、お手を」
差し出した手のひらに、エリクサーを数滴たらす。僕はそれを、霜鼠の口へと近づけた。
鼻をスンスンとさせたのち、小さな舌でひと舐めする。
<<──!>>
閉じかけていた瞼を力強く見開くなり、あっという間にエリクサーを舐めつくした。
「もっと要るかい?」
僕の声掛けに、つぶらな瞳を向けながら、解したようにコクコクとうなずく。ヒナが再び僕の手のひらへ注ぐと、さっきとは打って変わって、元気よくぺろぺろと舐め始める。
「か、かわいい。かわいすぎる……」
見惚れるヒナの顔が、カンテラに紅く染まっている。僕の、少し荒んでいた気持ちが、彼女と霜鼠で交互に癒されていく。
「──あ! 見てください、霜鼠がっ!」
全身の毛がふわっと逆立ち、まばゆい光を放つ。
一瞬の出来事。その直後、あらたな【鑑定】の結果が、僕の頭の中に飛び込んできた。
──聖獣チラ──
オス 2歳
認識受容、隠蔽
格納、絶界
────────
「聖獣だって? 名前は……チラ。君、チラって言うんだ」
<<きゅう>>
チラは手のひらの上で、すくっと二本足で立ち上がると、小さくひと鳴きして、ぺこりと挨拶らしき仕草をした。
よく見ると……さっきと変わって、額に金色の逆三角形が、紋章のように浮かび上がっている。
「名をお持ちの聖獣は、神に仕えるとされています。それがエル様の元に……やっぱり、すごいお方です!」
スキルを三つも持っている。聖獣自体、初めて見るのに……しかも名を持っているなんて。さっきの癒し気分が一気に吹き飛んで、混乱してしまった。
チラは僕の腕を駆け上がり、左肩にちょんと乗る。そして、僕の頬をぺろっと舐めた。
「ああ! いいなあ。わたしだってしたことが無いのに!」
<<きゅきゅっ>>
ぷうと頬を膨らませるヒナを見るなり、今度は彼女の肩へと飛び移り、頬を舐める。
「きゃっ、くすぐったい!」
僕とヒナ、交互に親愛の情を見せるチラ。ヒナも、とても嬉しそうにその背中を撫でている。どうやら、図らずも新しい〝家族〟が加わったようだ。
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