二度転生令嬢の落ち着く先

蒼黒せい

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第9話

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 大珍事を起こしてしまった翌日。
 普通なら気が滅入りそうなものなのに、何故か私の気分は晴れ晴れだった。
 昨日は、徹底的に『女』を意識させられた日だった。
 …意識どころか危機もあったけど、この際それは気にしない。

 それに、陛下の部屋での一幕も意味があった。
 私は、どこかずっと『グリエ』のつもりがあった。
 シセリアでいるはずなのに、どこか『グリエ』のままなところもあった。
 けれど、昨日私は明確に『グリエ』を終えた。
 図らずも、陛下に『グリエ』として伝えたかったことを伝えられたから。
 だから、もうここにいるのはシセリア、ただ一人。

 シセリアのようで『グリエ』でもあった。昨日までの私。
 でも、今日ここにいるのはシセリアだけ。
 侯爵令嬢にして一介の騎士である、シセリア。
 それが今の私。

 サラシで胸を巻き…気持ち少しだけ締め付けは昨日より緩く。
 騎士に性別は関係ない。
 と思いながらも、むしろ性別にこだわっていたのは私のほうだったかもしれない。
 こだわっていたから、胸のふくらみを無理に潰していた。
 でも、もうこだわらない。
 普通のブラでは激しい動きに耐えられないから、サラシを巻く必要はあるけれど、潰す必要はない。
 髪を櫛で梳き、まとめて後ろに流す。

 細剣を腰に帯び、訓練所へと向かった。




「おはようございます」

 訓練所に入っての第一声。
 私の挨拶に、先に来ていた騎士たちの反応は何故か微妙。

「あ、ああ、おはよう…」

 どこかぎこちない挨拶。
 遠慮しているような、接し方が分からないような……腫物扱いとは違う。
 確かに昨日はここでいろいろと恥を晒したところはあったけれど、それをからかわれこそすれ、この反応は予想外だった。
 そこに団長も到着する。

「おはようございます」
「!? あ、ああ…」

 団長の似た反応。
 というよりは、どこか顔が赤い気もする。
 しかも、何故か一歩距離が開けられた。

 距離が遠い……物理的にも精神的にも。

(何なの、この状況?)

 このままでは訓練にならない。
 そこで、他の騎士に指示を出していた副団長を掴まえることにした。

「副団長、少しよろしいでしょうか?」
「え、あ、後にしていただけますか?少し急ぎの事情があり…」
「副・団・長?」

 明らかに反応がおかしい。
 ので、腰に帯びた細剣の柄にそっと手を添える。
 すると、固まった副団長は観念したように息を吐いた。

「…わかりました。ではこちらに」
「はい」

 指示を出し終えた副団長とともに、訓練所の端のほうへ移動する。
 …普段なら察して、人目が付きづらい執務室に移動するものなのに、そこには行かなかった。
 まるで、人目が無くなることを避けるように。

「…それで、何でしょうか?」
「皆さん、私を避けてますよね?」

 まだるっこしいのは面倒なので直球で。
 明らかに副団長は顔を引きつらせた。
 避けてる自覚がある反応ですね。

「それ、は……」
「それは?」

 ぐい、と迫ると下がられた。
 …少しショック。

「その、ですね…」
「ええ」
「ええと……」
「………」
「わかった、分かりました。言いますので離してください」

 ちょっと柄に手を載せたらなんだか素直になってくれました。
 便利ですね。

「…昨日、陛下の部屋に連れていかれました、よね?」
「…ええ」

 大変不本意ながら。
 その言葉に少し渋面になると、副団長は少し不思議そうな顔をした。
 が、すぐに困ったような顔に戻る。

「それで、ですね……陛下とあなたが…………」
「私と陛下が?」

 何故そこで陛下が出てくる?
 疑問に思っていると、爆弾発言が飛び出してきた。

「関係を……持った、と……」
「…………」

 顔どころか全身が硬直した私。
 え、なに?
 昨日のこと、そう思われてるの?
 私、陛下と致したと?
 男女の関係になってしまったと?

「それで……」

 副団長がこちらをちらりと見る。
 それが何を言いたいのかはすぐに察した。

「陛下とは何もありません。誓って、何も」
「そう…なんでしょうけども、その、昨日の陛下の行動が…あまりにあれ、だったもので。城内では陛下がついに女性に興味を持ち、そのまま……という噂が」
「……城内?」
「城内、です」

 騎士団どころじゃない。
 城内。
 ……どうりで、訓練所に来るまで人とすれ違わなかった…いや、避けられてたのだと納得。
 ちょっととんでもないことになってる…よね?

 確かにベッドまで連れてかれたのは事実だけれど、連れていかれただけであとは侍女たちの世話になっている。
 少なくとも陛下と二人きりだった時間は……ちょっとだけあるけれど。
 まさか、と思いつつも一応確認してみる。

「あの……」
「何でしょうか?」
「このまま騎士団解雇…なんてことはありません、よね?」
「…事実でなければ、ありえません。ただ……」
「ただ?」
「…騎士団に入ろうとする令嬢は、今後増えるでしょうね」
「あ」

 前例になっているだけに、何も言えない。
 女性でも騎士になれる。
 陛下と接近できる機会もある。
 となれば……

「未だ未婚の陛下の伴侶になることを望む令嬢は星の数ほどいますから。……たとえ一度は落ちても」
「一度落ちて?」
「知りませんか?陛下が大神殿の奥で伴侶を決めているのを」
「…ええ、知ってます」

 詳しく知ってる。
 知りたくて知ったわけじゃないけど、とてもよく知ってる。

「どうやって決めているのかは存じませんが、あれで落ちてもあきらめない令嬢は数多くて……ならばとなんとか直接接触を図ろうとする令嬢が本当に多いんです」

 大神殿で行われる光の宣託の決定は絶対。
 それが王家の決まり事だ。
 その光に選ばれなかったものは、絶対に王の伴侶と認められない。
 例え、万が一王の戯れがあっても伴侶にはなれない。
 子を宿したとしても、だ。
 光の宣託が示した伴侶以外は、王妃になることも、その子が王位を継ぐことも許されない。
 国に災厄を引き起こすから。
 外れたのに諦めない令嬢たちには、憐みも覚える。

「ですから、今後は大変ですよ。ひっきりなしに入団希望が来るでしょうね」
「………」

 何と言えば良いかわからない。
 私のせい、とは言いたくない。
 むしろ私は被害者と言いたい。

「…まぁ、そういうわけで、他の騎士はあなたが……陛下の寵愛を受けたのではないか、と。だから、どう接していいか分からないんですよ」
「そういうことですか」

 納得。
 確かに、今では勝手に王妃もしくは愛妾候補になっている私と、ただの騎士扱いでは接しづらいだろう。
 かといって、はっきりと『陛下とは何の肉体関係もありません』なんて言えない。
 ええ、これでも一応女性ですので。
 一人や二人ならともかく、堂々と公言したくない。

 でもこのままでは、訓練にはならなさそう。

「それに、関係が無いとしても陛下が貴女に特別な感情を抱いているのは事実でしょう?」
「それは……」

 身体の関係が無いと分かってか、副団長はずいぶんと深く突っ込んできた。
 とはいえ、陛下自身が運んで自室に連れ込んだのは事実。
 それだけでも、私が陛下にとって他の令嬢とは違うのは明らか。

「騎士団に入ってきた女が珍しいから、ですよ。きっと増えれば陛下の興味も薄れます」
「本当にそう思ってます?」
「………」

 さすがは副団長。
 そう単純に思ってはくれないようで。
 視線が明後日の方向に向いてしまう。

「……そう思ってます。私は」
「そう……ですか」

 そう思いたい。思わせて。
 できればこのまま平凡な騎士生活を続けさせて。

 …なのに、現実は残酷で。



「シセリア…お前に陛下から『親衛隊』への異動が命じられた」
「…………」

 団長の言葉に、私は引きつらせた笑みを浮かべるしかなかった。

(何してくれてんのよ、あのあほルド!!)

 心の中だけでも悪態をつくことは許してほしい。
 ますますもってあり得ない……むしろ、やってはならないことをしでかしてくれる陛下に頭を抱えるしかなかった。

「…早々に、親衛隊宿舎に来るように……とのことだ」

 続く言葉を、団長は私から視線を外して告げた。
 親衛隊は、同じ騎士であっても扱いが違う。
 王族の身辺警護を務める親衛隊は、陛下の細かなスケジュールも把握している。
 いつ、どこに陛下がいるのか、何をしているのか。
 それを知る親衛隊は、同じ城内であっても騎士たちと行動を共にすることは無い。
 機密保護のため、接触できる相手も限られる。
 なので、これまで私は侍女宿舎で生活していたが、異動を機に親衛隊用宿舎に移ることになる。
 …女であることを自覚した直後に、男しかいない宿舎に移ることになったのは何かの嫌がらせ?
 一気に気分が落ち込む。

 同じ騎士ながら、親衛隊は別格の扱い。
 ガイアス団長は騎士団団長であるけれど、親衛隊はその配下ではない。
 親衛隊を配下としているのは陛下だ。
 だから、もう団長の部下ではなくなる。

「お世話になりました」
「………ああ」

 こちらを見ない団長の顔は険しい。
 その険しい理由は何なのかわからないけれど、私には何も言えることは無いような気がした。

「今まで…ありがとうございました」

 辞令を受け取り執務室を出る。

「シセリア!」

 部屋を出た直後、執務室のドアが開いて団長が顔を出した。

「…辛くなったらいつでも戻ってこい」

 そうとだけ言って、ドアは閉められた。
 告白されて以降、団長とはギクシャクしてしまったけれど、こうして気遣ってもらえたのは純粋にうれしかった。

(ありがとうございます…)

 心の中でだけお礼を言って、執務室を今度こそ後にした。
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