侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

文字の大きさ
4 / 62

序幕~必ず殺してくる男④~

しおりを挟む
「うっ………はっ!」

 ウルスラは目を覚ました。

 そこには見覚えがあるベッドの天蓋があり、部屋は薄暗い。心臓はやかましく騒ぎ、冷汗がびっしょりと身体を濡らしている。

 目を閉じれば瞼の裏にはモートンの笑みが張りつき、すぐに見開いた。あの恐ろしい笑顔には恐怖しか感じない。

 今の自分がどうなっているのかを確認しようとし、刺されたはずの胸に手を当てる。

 そこには何もなかった。包帯も巻かれていないし、16歳としてほどほどに膨らんだはずの胸も無い。

 そこから、ウルスラは自分の身に何が起こったのかを理解した。

(私、また戻ってきたの……?なんで、どうして……!?)

 一度目は、何かの奇跡だと思った。
 二度目ともなれば、奇跡で済ませていいことじゃない。何者かの仕業か、それとも自分が全く知らない何かなのか。
 全く分からないけれど、胸を刺された痛みと、その後絶命するまでの苦しみだけは鮮明に覚えている。

(あれで終わりだと思ったのに……私が一体何をしたっていうの……?)

 モートンに二度も殺され、二度も死に戻りをしている。ウルスラは、呪いのような自分の生に疑問を感じ、落胆するしかなかった。

 フラフラとベッドから抜け出すと、今日の日付を確かめようと日記帳を取り出す。日付は想像した通り、一度目の死に戻りと同じ日付だった。

 つまり、また9歳に戻っていたのだ。

(愛していても殺される……婚約しなくても殺そうとしてくる……私は、どうすればいいの?)

 どうすればモートンに殺されずに済むのか。
 ベッドに戻り、布団にうずくまって考えても分からない。

 そのうち、ウルスラを起こしに来た侍女が部屋に入ってきて、準備を整えられると食堂に連れていかれる。最初と異なり、二度目では殺されなかった両親。その事実だけが、ウルスラの心を軽くした。

 暗い顔をしたウルスラを両親は心配するが、夢見が悪かったといってその場は誤魔化しておく。もちろん、心の暗さはそのままだ。

 その後、ウルスラはどうしたらモートンに殺されずに済むのかを考え続けた。

 しかし、そのたびにモートンの恐ろしい笑顔がちらつき、恐怖で考えがまとまらない。いくらモートンを避けても、必ずモートンはウルスラに近づいてくる。それが前回で証明されてしまったため、避ける作戦も使えない。

 そのうちに1年が過ぎ、10歳になってモートンと出会うことになるお茶会に出席することになってしまった。

「おいお前、なんだその髪は!変なの~」
「ほんとだ、縮れてておかしなやつだ!」

 そこで2人の少年に絡まれてしまう。
 彼らは怖くない。二度も16歳まで生きたウルスラにとって、同じ年ごろの彼らのからかいなどもはや何の効果も無いのだ。

 だが、彼らが出てくるということは次にどうなるのか。それが分かっているウルスラの表情はこわばり、それは少年たちのからかいを恐れているように見えるだろう。

 そこへ、あの男が出てきて、少年たちとウルスラの間に割り込んできた。

「やめろよ!彼女が嫌がっているだろう」
「げっ、モートンじゃん」
「くそっ。あっち行こうぜ」

 少年二人はさっさとどこかへ行ってしまった。初めての時はそれにどれだけモートンを頼もしく思ったことか。

 今は違う。彼が振り向くことが恐ろしくてたまらない。

「大丈夫かい?怖い思いをしたね」
「ひっ…!」

 ウルスラからすれば、今目の前にいる男こそが最も怖い存在だ。
 だがモートンはウルスラの恐れを、あの二人のせいだと思い込んでいるようだ。

「ああ、こんなに怯えて。大丈夫だよ、彼らはどこかに行ってしまった。これからはぼくが君を守るから」

(いや、いや、いや!来ないで来ないで来ないで来ないで……来ないでぇ!)

 モートンの極上の笑みに、遠くで黄色い悲鳴が上がった。
 まだ少年と言える10歳のモートンだが、この時で既に彼の美貌は知れ渡っている。だからこそ、ウルスラへの嫉妬や妬みはすごいものであり、その後にウルスラが孤立することにもつながるのだが。

 その美貌もウルスラには全く効果が無い。その笑顔は死神の微笑みにしか見えないのだから。前回の死に戻りの時と同じく、モートンのウルスラを見る目には獲物を狙う狩人の殺意が込められている。

 恐怖で動けなくなったウルスラの手を無理やり取ったモートンは、そのまま茶会の場へと連れ戻していく。

 握られるのが嫌で、その手を今すぐにでも振りほどきたかったけど、モートンの力は強かった。それに、ウルスラの恐怖は増していくことになる。

 この件がきっかけで、モートンの実家であるラトロ家からウルスラへの婚約の申し出が出された。それをウルスラは虚ろな目で了承した。

 どうせ断っても、彼は衛兵として屋敷にやってくる。どちらを選んだとしても、彼から逃げることはできないのだから。

(……もう、殺されないように、彼の言いなりになりましょう。決して彼には逆らわず、私の命以外はすべてを彼に捧げましょう……)

 ウルスラは命が助かること以外の全てを諦めた。決して彼には逆らわず、隷属することを決める。それ以外に、彼女が助かる道は無いのだと思うしかなかった。

 二度も同じ人物に殺されれば、逆らう気も起きなくなる。

 奴隷のようにモートンに従うウルスラに両親は訝しむが、ウルスラは決して胸の内を明かすことはなかった。

(私が言いなりになれば、きっとお父様もお母様も殺されないはずだわ。だから、きっと……大丈夫……)

 何の根拠もなく、ウルスラはこれが正しいのだと信じ切っていた。いや、それ以外に選択肢が無かったとも言える。

 だが、それはたやすく裏切られることになる。
 12歳の頃には、やはりウルスラは友人たちとの間でお茶会に呼ばれず、招待しても断られるようになり、孤立していった。

 14歳のときには、両親と執事長の乗った馬車が襲撃され、命を落とした。

 最初の時と何も変わらず、大切な人の命を守れなかったウルスラは心を壊し、まるで操り人形のようにモートンに付き従うだけの存在となった。

 そして17歳になる前。再び毒を飲まされ命を落とした。

 ウルスラは思い知られることになる。モートンは何があろうと、ウルスラの死を望んでいることを。

(モートン様は……そこまで私を憎んでいるのね……)

 死の直前、モートンの憎しみの深さを思い知りながらウルスラの意識は闇に沈んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。 三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。 やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。 するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。 王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。

行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~

柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。 そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。 クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。 さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。

薔薇の令嬢はやっぱり婚約破棄したい!

蔵崎とら
恋愛
本編完結済み、現在番外編更新中です。 家庭環境の都合で根暗のコミュ障に育ちましたし私に悪役令嬢は無理無理の無理です勘弁してください婚約破棄ならご自由にどうぞ私ちゃんと手に職あるんで大丈夫ですから……! ふとした瞬間に前世を思い出し、己が悪役令嬢に転生していることに気が付いたクレアだったが、時すでに遅し。 己の性格上悪役令嬢のような立ち回りは不可能なので、悪足掻きはせず捨てられる未来を受け入れることにした。 なぜなら今度こそ好きなことをして穏やかに生きていきたいから。 三度の飯より薔薇の品種改良が大好きな令嬢は、無事穏便な婚約破棄が出来るのか――?

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

処理中です...