侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第三幕~あなたに奪える命はありません①~

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 茶会事件から2年が経った。

 ウルスラは14歳となり、ウェーブがかった水色の髪は腰のあたりまで伸ばしていた。淑女教育はほぼ終えて、次は社交に精を出している。侯爵家の一人娘であり、内務大臣であるウルスラとの交流を望むものは多い。

 その中にはウルスラの婚約者を狙うものも少なくなかった。婚約者が『あの』モートンということもあり、伯爵家や侯爵家の次男、三男あたりは取って代われる可能性にかけてさりげなく口説こうとする。

 もちろんウルスラはそれを断っている。彼女のとってモートンとの婚約は結婚が目的ではないのだから当然だ。

 今日のウルスラは久しぶりにのんびりとした休日を楽しんでいる。…という体で自室に引きこもっていた。本命はモートンへの復讐劇の思案中である。

 部屋には最近流行りのガラス細工の小物が増えていた。動物をかたどった繊細なガラス細工は、熟練のガラス職人が手掛けた見事な工芸品だ。窓から差し込む光に輝き、神秘さを感じさせる。かわいいもの好きのウルスラは、動物は動物でも子どもの状態を模したものを特注でいくつか作らせていた。子猫のガラス細工はひと際お気に入りの一品である。

(ぬいぐるみもいいけど、ガラス細工もきれいで素敵だわ。前はぬいぐるみを捨てて、味気ない部屋にしてしまったけど…。ふふ、こういう楽しみ方ができるのなら、死に戻りも悪いことだけではないわね。)

 子猫のガラス細工を一つ手に取り、軽く指を滑らせる。滑らかなガラスの感触に、細部までこだわった子猫の造形を指で感じられるのは、至極のひと時である。

 お気に入りの小物たちに囲まれた部屋で過ごすのが、ウルスラは好きだ。部屋の隅には4つ子の一人であるアーサーがたたずみ、気配なく給仕してくれる。豊かな香りを立ち上らせる紅茶を飲むと、一気に頭がさえわたってきた。

 今は「そろそろ何か起こすはずだ」と睨み、現状把握をやり直しているところである。

 例のモートンは2年も経ったということで、茶会事件以前の状態を取り戻しつつある。人の噂も七十五日といったもので、モートンの虚言癖は早々に忘れ去られていた。モートンを慕う令嬢や婦人たちは以前のように彼を屋敷に呼びつけたりと、婚約者のウルスラの存在など知らぬとばかりだ。

 以前と違うのは、同性の友人がほぼいないこと。2年経過したことで、モートンの美しさはますます磨きがかかっている。そのせいで婚約者がモートンに夢中になってしまうということで、令息がモートンとの交流を持とうとしない…というのは以前からあったが、それがより顕著になったようだ。

 逆に、モートン経由で未婚令嬢との接点を持とうと目論む者もいるが、それを友人という扱いにしていいかは何とも言えない。

 さすがにモートンもそういった人物の狙いが分かっているのか、関わろうとはしない。食事の誘いや、誰かの誕生日パーティーへの参加を打診されるが断っている。モートンがパーティーに参加すると分かると、令嬢たちの参加率がぐんと上がるのだ。

 完全とは言えないまでも、元通りになろうとしているモートンにウルスラが不満を覚えるのは当然だった。

 ウルスラが孤立させられたときは、元に戻ることはできなかったのだ。原因はモートンを信奉する令嬢と夫人の存在が、ウルスラの名誉を貶め続けたから。つくづく、顔がいいというのは厄介極まりない。

 とはいえ、あれでモートンがつぶれてしまい、次が起きなくなってしまってはそれはそれで問題だ。あれで終わっては、ウルスラのほうが納得いかない。

(あの状態から立ち直ってくるのは予想外だけど…だからこそ仕返ししがいがあるというものだわ。まだまだ、あなたにやり返さないといけないことはいっぱいあるんですもの。せいぜい足掻いてくださいね、モートン様)

 獲物は歯応えが無くては面白くない。それに、立ち直ったのならそれを再び叩き潰すという楽しみも増えるというもの。

 モートンの監視は続いているが、特に怪しい動きはない。だが、そろそろモートン以外の監視を始める頃合いだろう。もしかしたらもう動きだしているかもしれない。

 そこで、ウルスラはアーサーに一つの指示を出す。

「あなたには執事長の息子の監視を頼むわ。夜だけでいいの」
「かしこまりました」

 ウルスラは次にモートンが何を仕掛けてくるのかを振り返った。

 次に仕掛けてくるのは、両親と執事長の殺害のはずだ。モートンが両親を殺害したのは、暫定爵位を早急に引継ぐため。暫定爵位を得られれば、ヴィンディクタ家の当主という立場になれるのだ。

 暫定爵位とは、その家の血筋を継いだ男児がおらず、娘だけの場合にその婿に一時的に与えられる爵位だ。現在ヴィンディクタ家で爵位を持てるのはウルスラの父のみ。ウルスラの父が亡くなれば、ウルスラと結婚したモートンに暫定爵位が与えられる。

 両親が健在の状態でウルスラとモートンが結婚しても、爵位を持つ父がいる限りモートンに暫定爵位が与えられることはない。

 暫定爵位は、通常の爵位と同等の権利と義務が生じる。違いは、一時的だということと、暫定爵位を与えられた者の血筋に爵位を継ぐ権利が無いということ。例えば、ウルスラとモートンが結婚しても、離婚すればモートンは暫定爵位を失う。当然、離婚後にモートンとウルスラ以外の女性との間で男児が生まれても、その男児は一切爵位に関係ない。

 モートンが暫定爵位を得てヴィンディクタ家を乗っ取るには、ウルスラの両親は邪魔なのだ。

 しかしモートンの狙いはそれだけではない。彼はヴィンディクタ家を乗っ取るに当たり、ヴィンディクタ家の血筋を引き継がせないようにしていた。よほどウルスラのことが憎いのだ。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』とは前世の記憶。

 本来であれば、その家を引き継げるのは血筋を継ぐ男児のみ。仮に暫定爵位を持った状態のモートンがウルスラ以外の女性との間で子どもを設けても、その子どもはヴィンディクタ家に関わることは許されないのだ。

 そこでモートンはウルスラを殺害し、その上でモートンと別の女性との間に生まれた子どもをウルスラとの子どもだと偽って届け出ようとしていた。そのためには、モートンが暫定爵位を持っていなければならない。

 暫定爵位においても、例外がある。それは、出産と同時に母親が亡くなったとしても、その子供が生きていれば父親には暫定爵位が継続されること。その例外を、モートンは悪用しようとしていた。

 執事長は屋敷の管理全般の権利を委ねられている。当然資産の管理も含まれていた。モートンにとっては執事長が健在では、いくら当主になってもヴィンディクタ家の資産を好きに使うのは難しいだろう。

 そのため、彼まで殺害されてしまっていた。

 執事長を殺害し、人事権まで握れば目障りな古参の使用人も解雇できる。そうやって、彼はヴィンディクタ家を乗っ取ったのだ。



 さて、ここでウルスラは過去の死に戻りのときの記憶を思い返していたとき、気付いたことがあった。

 それは、執事長が亡くなり、その座を引き継いだ息子の羽振りが良くなったような気がしたことだ。

 彼の名前はマイク。まず、執事長へ就任させたのはモートンだ。当時、両親の死によって悲しみの淵にいたウルスラに代わり、モートンが屋敷のことを指揮していた。

 使用人の人事もウルスラの知らぬ間に行われ、長年仕えていた使用人が次々に解雇された。新しい使用人ばかりになったことを覚えている。その使用人にはずいぶんと舐めた態度を取られたことも。

 執事長になったのだから、収入も増えて多少派手になることもあるだろう。だが、今思えば派手過ぎる。身に着ける指輪の数はあからさまに増え、しかもその一つ一つに大粒の宝石が付いていた。とても使用人の給与で買えるものではない。

 それに死に戻りの中で、両親と執事長の死回避のため画策したとき、執事長とマイクが言い争っていたこともある。そのときにマイクが犯人ではないかという推理もしていた。

 ウルスラは過去に自分が立てた推理を立証としようとした。なので、4つ子に監視を命じたのだ。

 夜だけを命じたのは、日中は基本的に屋敷での業務に従事しているので、監視の必要性は無いと判断してのこと。だが、今後の調査次第ではモートンよりも彼のほうが重要かもしれない。

(モートン様一人で、あの事件を起こせたとは思えないのよね。それこそ共謀者がいるはず。それにマイクが関わっていたとすれば、両親の動向を調べて計画を立てることも可能。もし、彼が共謀者なら、遠慮なく地獄に叩き落してやるわ)

 モートンに協力した者には一切容赦しない。

 2年前、モートンのために噂を流した二人は、今悲惨な目に合っている。国境付近の砦に配属された子爵家の令息は訓練の最中に落石事故に遭い、両足を複雑骨折。歩行は絶望的だという。

 実家の下男となった男爵家の令息は、実家だからと下男としての仕事をさぼったため、その仕事すらクビに。それからは町を転々とし、盗みと強盗でなんとか食いつないでいた。しかしついに捕まり、今は牢屋の中にいるようだ。

 その二人について、モートンはあれから一切口にしていないようだ。彼にとっては友ではなかったらしい。最初に殺された時にも感じたことだが、彼は他人に対し冷酷だ。一部の例外を除けば、他人を貶めることに一切のためらいが無い。

 まるで、自分の目的外の存在は一切不要とでも言うように。

 他人を切り捨ててでも目的を達成しようとするモートンと、信頼する部下とともにモートンを追い詰めるウルスラ。二人の姿はまさに対比と言える。

(ふふっ……モートン様、今度こそあなたの心を粉々に打ち砕いてあげますわ。私の両親と執事長を殺そうと計画したこと、それ自体を死ぬまで後悔するようにね)
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