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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑪~
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あれから1週間が経った。
モートンはあの1件が無かったかのように振る舞っている。騎士としての業務はこなしているし、休日にはウルスラの元を訪れ、逢瀬を楽しんでいた。
もう、彼にはそれしかないように。
事あるごとに「結婚したい」と口にするモートンのことが、おかしくて、哀れでしかたない。
(本気で、私と結婚できると思っているのかしら?)
ヴィンディクタ家に来れば、彼への使用人のあたりはキツイ。目に見えて分かりやすくはないのは、さすが侯爵家の使用人だ。だが、その雰囲気が一切歓迎していないことは、空気に過敏な者ならすぐ気付くだろう。
それをモートンは気付いていないのか、気付いて無視しているのかはウルスラにも分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。
なぜなら、まだ終わっていないのだから。ウルスラの仕掛ける策は、あれで終わりを迎えてはいない。これからが最後の仕上げ。完全にモートンの心を破壊する、最後の一手がまだある。
(さぁモートン様。愛した者が奪われる苦しみ、あなたにも味わわせて差し上げます)
かつて自分が両親を何度も殺されたように。愛する者を失う悲しみ、それを少し違う形で彼に味わわせる。
もちろん、そのためにラトロ家の面々を殺すなどという選択は取らない。それではモートンにはあまり効果が無いと踏んでのことだ。
モートンが明確に「愛している」と告げた者。その者を奪ってこそ、彼に効果があるのだから。
「さぁ、行くわよ」
「はっ」
護衛としてラルフを連れ、ウルスラは馬車に乗り込んだ。
温かな日差しが降り注ぎ、王都の大通りは人でにぎわっている。特に市場は人手ごった返し、とてもではないが馬車が通れない。
そういった狭くなってる道を避け、馬車はあるアパートの前で止まる。馬車を降りたウルスラはためらいなくアパートへと踏み込んでいった。
そしてあるドアの前で止まる。ドアノブに手を掛けると、鍵がかかっているようでドアは開かなかった。ウルスラは後ろに控えるラルフを見やる。
主の意図を読み取ったラルフは一歩前に進んだ。ウルスラは入れ替わるように後ろに下がると、ラルフは鍵を取り出し、ドアのカギ穴に差し込んだ。
ガチャリと音が響き、鍵が開いたことを知らせた。ラルフは一度振り返り、ウルスラと目を合わせる。ウルスラがうなずいたことを確認し、ドアを開けた。
ラルフが開けたのは、万が一中から攻撃されることを警戒してのことだ。中にいるであろう人間に、そんなことをする気力があるかは不明だが、念には念をいれておくことを忘れない。
ドアが開くにつれ、中で何か重いものが落ちる音が響いた。同時に、中からは血が腐ったような臭いが漂う。それを意味するところを、ウルスラは察した。
(…どうやら、あれからそのままだったようね。なら、『交渉』は楽に進みそうだわ)
ラルフが先に部屋に入り、わずかにカーテンの隙間から光が差し込むだけの部屋を見渡す。
小さなベッド。小さなクローゼットに、机に椅子。棚。しおれた1輪の花だけが生けられた花瓶。
一度見た光景だ。違うのは、ベッドと壁の間に、少し黄ばんだ毛布の塊があること。それはちょうど人1人が収まっていそうなサイズ感だ。そこにお目当ての人物がいることに、ウルスラは口元をゆがめた。
木の床を鳴らしながら、ウルスラとラルフはその塊へと近づく。音の近づく恐怖に耐えかね、毛布の隙間から中にいる人間が覗き込んできた。
艶を失い、ぼさぼさとなった黒髪。黒い瞳の周りは、隈で覆われている。やつれた顔の色は見るからに悪く、異臭もそこから漂ってくる。
この部屋の主ユーリスの変わり果てた姿を前に、ウルスラは無邪気な笑顔のままで挨拶をする。
「ごきげんよう、ユーリス。お加減はいかが?」
「ひっ!」
だがユーリスの反応はウルスラと対極であり、一目ウルスラを見ただけで悲鳴を上げた。当然だろう、彼女の今の状況の元凶は間違いなくウルスラであり、怯えないわけがない。
だが、彼女にも意地があるのだろう。怯えの表情を怒りに変え、ウルスラを睨みつけた。
「な、なによ!こんなところに来て…まだ何かしようっていうの!?」
彼女なりの精いっぱいの虚勢だろう。声こそ大きいが、震えている。
しかしウルスラは、あれだけのことがあってもなおこの態度を、素直に賞賛した。さすがは元貴族令嬢。大したものである。
だがそれは、きっと彼女の心を支える何かの存在があってこそだ。では、その存在が無くなってしまえば?
ウルスラの狙いはそこにあった。彼女の心を折り、彼女を手に入れる。モートンが唯一「愛している」と告げた存在を。
(ユーリスが私の下にいると知った時、モートン様はどうなってしまうかしらね?)
これから行われるのは、ユーリスのかろうじて残った心を完全に破壊し、それをウルスラが救い上げる行為。いわばマッチポンプだが、それを非難するものはここにはいない。ユーリス本人はそれに気付かないだろうし、ラルフがそれを否定することはない。
非難するならモートンだろうが、その時にはもうユーリスにはモートンの声は届かない。
(さぁ、始めましょう)
ここから、ユーリスの心を壊す交渉が始まる。
「ユーリス、この度は本当に残念でしたね」
「なっ……!元はといえばあなたが原因でしょう!」
「私が?一体どこに、私が原因だという証拠があるのですか?」
「しらばっくれないで!あなたがモートン様を虐げていたのは知っているのよ」
ウルスがモートンのことを虐げている。そう聞かされたユーリスはそれを信じ、それゆえにウルスラを悪徳貴族と決めつけた。だから、排除されるのは当然だと考えている。
今の言葉を聞いて、ユーリスはまだモートンのことを愛しているのだと悟った。こんなことになってもなお、あんな男を愛しているのだからユーリスもまた、愚かな存在だと言えよう。
(哀れな女。今、あなたの信じているもの、そのすべてを打ち崩してあげるわ)
ウルスラはまずそこから崩すことにした。
「私がモートン様を虐げる?これはまたおかしなことを」
ウルスラは口元に手を当てて、こらえきれない笑いを隠す。それがよほど癪にさわったのか、ユーリスはますます声を荒げた。
「あんたみたいな醜い女は、モートン様に嫉妬したんでしょう!?はっ、これだから高位貴族の女は傲慢で嫌いなのよ」
「確かにモートン様の顔が美しいのは認めますが、それで嫉妬する理由にはなりませんわ」
「何よ、何を言ったところで、あんたがモートン様との婚約を嫌がったのが全てよ。それが嫉妬でなくて何だというのよ!」
ユーリスの言葉にウルスラは笑った。それはもう、部屋に響き渡るほどに。
突然笑い出したウルスラにユーリスは顔に恐怖を募らせ、毛布を抱き込んだ。
「ふふふ…つまり、あなたの言い分ですと、モートン様は私との婚約を嫌がったと?」
「そうよ!あんたがさっさと婚約を解消していれば…」
「でしたら、どうしてあなたはモートン様に殴られたのですか?」
「っ!?」
ユーリスはようやく気付いた。自分の言ったことの矛盾に。
モートンが本当にウルスラとの婚約を嫌がっていたのであれば、絶好のチャンスはあったのだ。にもかかわらず、モートンは婚約を解消しなかった。それどころか、解消しないために、ユーリスを殴り、お腹にいた子どもを見捨てた。
つまり、モートンは婚約を嫌がっていない。解消する気は無かったのだ。
その事実に気付いたユーリスは、顔色を無くした。だが、モートンが話したその後の話を思い出した。
モートンはヴィンディクタ家を乗っ取るつもりでいた。そのためには結婚しなくてはならない。だから、あの場では婚約を継続するために、あんなことでもやらざるを得なかったのだ。
ユーリスは、そうモートンの行動を正当化した。どれだけひどいことをされたとしても、最終的には自分のためなんだという確信さえ得られれば、耐えられる。
(そうよ、モートン様は仕方なくあんなことをするしかなかったんだから!今に見ていなさい、あんたはモートン様によって排除されるのよ)
最後に勝つのは自分だ。目の前の女じゃない。それを確信し、ユーリスの顔には再び生気が戻る。
「モートン様にも事情があるのよ。そんなこと…」
「あなたよりも、私の家を乗っ取ることのほうがそんなに大事ですか?」
「なっ!?」
思わぬウルスラの発言に、ユーリスは言葉を失った。
モートンはあの1件が無かったかのように振る舞っている。騎士としての業務はこなしているし、休日にはウルスラの元を訪れ、逢瀬を楽しんでいた。
もう、彼にはそれしかないように。
事あるごとに「結婚したい」と口にするモートンのことが、おかしくて、哀れでしかたない。
(本気で、私と結婚できると思っているのかしら?)
ヴィンディクタ家に来れば、彼への使用人のあたりはキツイ。目に見えて分かりやすくはないのは、さすが侯爵家の使用人だ。だが、その雰囲気が一切歓迎していないことは、空気に過敏な者ならすぐ気付くだろう。
それをモートンは気付いていないのか、気付いて無視しているのかはウルスラにも分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。
なぜなら、まだ終わっていないのだから。ウルスラの仕掛ける策は、あれで終わりを迎えてはいない。これからが最後の仕上げ。完全にモートンの心を破壊する、最後の一手がまだある。
(さぁモートン様。愛した者が奪われる苦しみ、あなたにも味わわせて差し上げます)
かつて自分が両親を何度も殺されたように。愛する者を失う悲しみ、それを少し違う形で彼に味わわせる。
もちろん、そのためにラトロ家の面々を殺すなどという選択は取らない。それではモートンにはあまり効果が無いと踏んでのことだ。
モートンが明確に「愛している」と告げた者。その者を奪ってこそ、彼に効果があるのだから。
「さぁ、行くわよ」
「はっ」
護衛としてラルフを連れ、ウルスラは馬車に乗り込んだ。
温かな日差しが降り注ぎ、王都の大通りは人でにぎわっている。特に市場は人手ごった返し、とてもではないが馬車が通れない。
そういった狭くなってる道を避け、馬車はあるアパートの前で止まる。馬車を降りたウルスラはためらいなくアパートへと踏み込んでいった。
そしてあるドアの前で止まる。ドアノブに手を掛けると、鍵がかかっているようでドアは開かなかった。ウルスラは後ろに控えるラルフを見やる。
主の意図を読み取ったラルフは一歩前に進んだ。ウルスラは入れ替わるように後ろに下がると、ラルフは鍵を取り出し、ドアのカギ穴に差し込んだ。
ガチャリと音が響き、鍵が開いたことを知らせた。ラルフは一度振り返り、ウルスラと目を合わせる。ウルスラがうなずいたことを確認し、ドアを開けた。
ラルフが開けたのは、万が一中から攻撃されることを警戒してのことだ。中にいるであろう人間に、そんなことをする気力があるかは不明だが、念には念をいれておくことを忘れない。
ドアが開くにつれ、中で何か重いものが落ちる音が響いた。同時に、中からは血が腐ったような臭いが漂う。それを意味するところを、ウルスラは察した。
(…どうやら、あれからそのままだったようね。なら、『交渉』は楽に進みそうだわ)
ラルフが先に部屋に入り、わずかにカーテンの隙間から光が差し込むだけの部屋を見渡す。
小さなベッド。小さなクローゼットに、机に椅子。棚。しおれた1輪の花だけが生けられた花瓶。
一度見た光景だ。違うのは、ベッドと壁の間に、少し黄ばんだ毛布の塊があること。それはちょうど人1人が収まっていそうなサイズ感だ。そこにお目当ての人物がいることに、ウルスラは口元をゆがめた。
木の床を鳴らしながら、ウルスラとラルフはその塊へと近づく。音の近づく恐怖に耐えかね、毛布の隙間から中にいる人間が覗き込んできた。
艶を失い、ぼさぼさとなった黒髪。黒い瞳の周りは、隈で覆われている。やつれた顔の色は見るからに悪く、異臭もそこから漂ってくる。
この部屋の主ユーリスの変わり果てた姿を前に、ウルスラは無邪気な笑顔のままで挨拶をする。
「ごきげんよう、ユーリス。お加減はいかが?」
「ひっ!」
だがユーリスの反応はウルスラと対極であり、一目ウルスラを見ただけで悲鳴を上げた。当然だろう、彼女の今の状況の元凶は間違いなくウルスラであり、怯えないわけがない。
だが、彼女にも意地があるのだろう。怯えの表情を怒りに変え、ウルスラを睨みつけた。
「な、なによ!こんなところに来て…まだ何かしようっていうの!?」
彼女なりの精いっぱいの虚勢だろう。声こそ大きいが、震えている。
しかしウルスラは、あれだけのことがあってもなおこの態度を、素直に賞賛した。さすがは元貴族令嬢。大したものである。
だがそれは、きっと彼女の心を支える何かの存在があってこそだ。では、その存在が無くなってしまえば?
ウルスラの狙いはそこにあった。彼女の心を折り、彼女を手に入れる。モートンが唯一「愛している」と告げた存在を。
(ユーリスが私の下にいると知った時、モートン様はどうなってしまうかしらね?)
これから行われるのは、ユーリスのかろうじて残った心を完全に破壊し、それをウルスラが救い上げる行為。いわばマッチポンプだが、それを非難するものはここにはいない。ユーリス本人はそれに気付かないだろうし、ラルフがそれを否定することはない。
非難するならモートンだろうが、その時にはもうユーリスにはモートンの声は届かない。
(さぁ、始めましょう)
ここから、ユーリスの心を壊す交渉が始まる。
「ユーリス、この度は本当に残念でしたね」
「なっ……!元はといえばあなたが原因でしょう!」
「私が?一体どこに、私が原因だという証拠があるのですか?」
「しらばっくれないで!あなたがモートン様を虐げていたのは知っているのよ」
ウルスがモートンのことを虐げている。そう聞かされたユーリスはそれを信じ、それゆえにウルスラを悪徳貴族と決めつけた。だから、排除されるのは当然だと考えている。
今の言葉を聞いて、ユーリスはまだモートンのことを愛しているのだと悟った。こんなことになってもなお、あんな男を愛しているのだからユーリスもまた、愚かな存在だと言えよう。
(哀れな女。今、あなたの信じているもの、そのすべてを打ち崩してあげるわ)
ウルスラはまずそこから崩すことにした。
「私がモートン様を虐げる?これはまたおかしなことを」
ウルスラは口元に手を当てて、こらえきれない笑いを隠す。それがよほど癪にさわったのか、ユーリスはますます声を荒げた。
「あんたみたいな醜い女は、モートン様に嫉妬したんでしょう!?はっ、これだから高位貴族の女は傲慢で嫌いなのよ」
「確かにモートン様の顔が美しいのは認めますが、それで嫉妬する理由にはなりませんわ」
「何よ、何を言ったところで、あんたがモートン様との婚約を嫌がったのが全てよ。それが嫉妬でなくて何だというのよ!」
ユーリスの言葉にウルスラは笑った。それはもう、部屋に響き渡るほどに。
突然笑い出したウルスラにユーリスは顔に恐怖を募らせ、毛布を抱き込んだ。
「ふふふ…つまり、あなたの言い分ですと、モートン様は私との婚約を嫌がったと?」
「そうよ!あんたがさっさと婚約を解消していれば…」
「でしたら、どうしてあなたはモートン様に殴られたのですか?」
「っ!?」
ユーリスはようやく気付いた。自分の言ったことの矛盾に。
モートンが本当にウルスラとの婚約を嫌がっていたのであれば、絶好のチャンスはあったのだ。にもかかわらず、モートンは婚約を解消しなかった。それどころか、解消しないために、ユーリスを殴り、お腹にいた子どもを見捨てた。
つまり、モートンは婚約を嫌がっていない。解消する気は無かったのだ。
その事実に気付いたユーリスは、顔色を無くした。だが、モートンが話したその後の話を思い出した。
モートンはヴィンディクタ家を乗っ取るつもりでいた。そのためには結婚しなくてはならない。だから、あの場では婚約を継続するために、あんなことでもやらざるを得なかったのだ。
ユーリスは、そうモートンの行動を正当化した。どれだけひどいことをされたとしても、最終的には自分のためなんだという確信さえ得られれば、耐えられる。
(そうよ、モートン様は仕方なくあんなことをするしかなかったんだから!今に見ていなさい、あんたはモートン様によって排除されるのよ)
最後に勝つのは自分だ。目の前の女じゃない。それを確信し、ユーリスの顔には再び生気が戻る。
「モートン様にも事情があるのよ。そんなこと…」
「あなたよりも、私の家を乗っ取ることのほうがそんなに大事ですか?」
「なっ!?」
思わぬウルスラの発言に、ユーリスは言葉を失った。
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