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六 兄の大望
三
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春常は再び床上の紙を見つめ、それから春信に視線を移した。
灯火が、兄の白い顔に微妙な陰影を作り出している。眼差しの中で赤く揺れるのは、炎の色か、あるいは学校にかける兄の熱か。
春信は眼病を患いながらも国史館の執筆を進め、門生に講義をし、時に請われて大名の邸宅にも単身で赴いて儒学を講じることもあった。また書の流麗さも既に評判になっており、書を求められて贈ったりもした。書については、父春勝はあまり得手ではなかった。
だが決してお役目に忠実な真面目一方の男ではなかった。数日前には国史館の業務を終えた後で、皆で弘文院山荘内の桜を愛で、詩を賦しながら散策を楽しんだし、離れを与えられていることもあって、門生たちは気軽に春信を訪問し、談笑する声がよく庭まで聞こえていた。
「………兄上」
何故か胸が詰まって、春常は膝の上で拳を握りしめた。
ついて行きたいと思っていた。どこまでもその背を追っていきたいと。だが兄は、あまりにも遠くにいる。
遙か先へ先へ―――まるで生き急ぐように。
春常は、その腕を掴んで引き戻したい衝動に駆られた。
「つね?」
兄が訝しげに呼ぶ。春常は立ち上がった。
兄上。
「駄目です………」
呻くような声が漏れる。座ったままの兄は驚いた顔をしている。
「つね?」
「駄目ですよ、こんな………こんな、遅くまで………」
ふっと春信の頬が緩んだ。
「ごめんよ」
春信は立ち上がり、春常の肩を叩いた。
「もう休むよ」
「そうして下さい」
春常は言った。
「兄上のお考え、素晴らしいと思います」
辛うじてそう続けた。春信は頬笑んだ。
「有難う。つねがそう言ってくれるのが、やっぱり一番心強いな」
兄の言葉はいつも優しい。鼻の奥がつんとした。春信は身をかがめ、床の紙を取り上げた。
「引き留めて済まなかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
春常は早足に庭を突っ切って部屋に戻った。褥に横たわったが、何故か中々寝付けなかった。
※
灯火が、兄の白い顔に微妙な陰影を作り出している。眼差しの中で赤く揺れるのは、炎の色か、あるいは学校にかける兄の熱か。
春信は眼病を患いながらも国史館の執筆を進め、門生に講義をし、時に請われて大名の邸宅にも単身で赴いて儒学を講じることもあった。また書の流麗さも既に評判になっており、書を求められて贈ったりもした。書については、父春勝はあまり得手ではなかった。
だが決してお役目に忠実な真面目一方の男ではなかった。数日前には国史館の業務を終えた後で、皆で弘文院山荘内の桜を愛で、詩を賦しながら散策を楽しんだし、離れを与えられていることもあって、門生たちは気軽に春信を訪問し、談笑する声がよく庭まで聞こえていた。
「………兄上」
何故か胸が詰まって、春常は膝の上で拳を握りしめた。
ついて行きたいと思っていた。どこまでもその背を追っていきたいと。だが兄は、あまりにも遠くにいる。
遙か先へ先へ―――まるで生き急ぐように。
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「つね?」
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「駄目です………」
呻くような声が漏れる。座ったままの兄は驚いた顔をしている。
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ふっと春信の頬が緩んだ。
「ごめんよ」
春信は立ち上がり、春常の肩を叩いた。
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「有難う。つねがそう言ってくれるのが、やっぱり一番心強いな」
兄の言葉はいつも優しい。鼻の奥がつんとした。春信は身をかがめ、床の紙を取り上げた。
「引き留めて済まなかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
春常は早足に庭を突っ切って部屋に戻った。褥に横たわったが、何故か中々寝付けなかった。
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