蒼穹 -小説 山崎闇斎-

深川ひろみ

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一 土佐の海

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 寛永十九年(一六四二年)、秋。
 土佐浦戸湾の港は、今日も大変な賑わいである。
 長宗我部ちょうそかべ氏が土佐を治めていた頃、ここには浦戸城があった。今からおよそ四十年前、関ヶ原での戦いで挙げた功によりこの地を与えられた山内一豊は、浦戸城を廃城とし、新たに土佐城を築いた。だが城は少し内陸に移ったとはいえ、浦戸の港は、変わらずこの国の玄関口であり続けている。中央を険しい山脈が貫く四国の南半分にあって、土佐は陸路による交通よりも、むしろ海路によって外とつながった国であった。
 人々が行き交う喧噪から少し離れて、僧形の青年が一人、海を見つめて旅姿で佇んでいる。
 二十五歳である。僧の形をしているが、この男は僧侶ではない。
 僧であった頃に絶蔵主ぜつぞうすと名乗っていたこの男は、今は還俗し、山崎清兵衛としてここに立つ。
 つい先日まで、浦戸湾を見下ろす吸江寺ぎゅうこうじ―――「吸江」は、かつてこの地に庵を結んだ夢窓国師むそうこくしが、浦戸湾につけた名である―――の僧侶であったが、今は僧籍を棄て、それによって寺のみならず国主山内忠義の怒りをも買い、土佐を逐われる身であった。
 かれは海を見ている。どこまでも広く青い、南国の海と空である。
 感慨深げな眼差しであった。
 その唇から、一人の故人の名が洩れた。
湘南しょうなんさま―――」
 秋の風がその声をさらっていく。
 六年前に離れ、今また戻ろうとする京の地のことを、今、かれは思い出している。
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