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2章 学園での生活
55話 少年の本音
しおりを挟む兄様を呼ぶ声は震えていた。
兄様はとても優しい目をしながら頭をゆっくりと撫でてくれた。その暖かさに涙が流れてきた。
「リディ、どうしたの?何をそんなに考え込んでいるの?お兄ちゃん達に教えてよ。
1人で、考え込まないで.......。」
心配してくれているのが嬉しくて話そうと口を開いた。
「う......あの、ね......ッ。ウッ.......ヒック」
しかし、出てくるのは嗚咽ばかりで言葉は出なかった。
「落ち着いて、落ち着いて。まずは深呼吸しようか。
はい、吸って......はいて.......。もう一度。」
兄様は上手く話せない僕の背中を撫でながら一緒に深呼吸をしてくれた。
「どう?落ち着いた?」
「はい。
ありがとうございます。」
兄様のおかげで落ち着いたから、コクンと頷いて、しっかりとお礼を伝えた。
「じゃあ、今度こそ聞かせてもらえる?」
兄様に言われて再び口を開いた。今度はちゃんと言葉を話せた。
僕は心の中の不安を吐き出した。
意味のないことだと、困らせるだけだと、わかっているのに.......
「あのね......僕の父さんが見つかって、そのあと、父様と母様は僕のことを「養子」から「後ろ盾をしている子供」ということにした。
わかってるんだ、僕だって。変えないといけないことになったのは僕の身分のせいだって。
でも......。でも、今までは養子として家族に入れてもらっていたから「父様」「母様」と呼ばせて貰っていたのに...。姉様も兄様も同じ。弟として可愛がってくれていたから僕も兄と姉と思っていたのに。養子じゃなくなって、他人に戻ってしまった今、今までとおんなじように呼んでもいいのかなって、今まで通り接してもいいのかなって、思って......」
僕の心の中にあった不安はこれで全部じゃない。まだある。
でも、これだけ吐き出したことでわりと心が軽くなっていることに気がついた。
「そんなこと?
呼び方なんて変えなくてもいいんだよ。いままで通り「お兄ちゃん」って呼んで大丈夫。
態度だって、今まで通りで構わないさ。」
「そうよ、何も変わらないわ。
リディは大切な弟よ。いままで通り「お姉ちゃん」って呼んでいいよの。
接したかも、いままで通りじゃないと寂しく感じるわ。」
「父上も、母上も、僕達と同じ気持ちのはずだよ。何も変わらなくていいんだ。」
兄様も、姉様も、優しい言葉をかけてくれる。とてもあたたかい、落ち着ける言葉を。
でも。
「それだけじゃ、ないんです。」
「それだけじゃない。」その言葉を聞くと姉様は不安そうな顔をして、兄様は辛そうな顔になって話を聞こうとしてくれる。
言っても意味のないことでも、兄様と姉様が聞いてくれる。そう思うことで僕は話始めた。
「僕が、姉様の馬車の前に飛び出したとき、凄く汚れていて酷い見た目でした。
血が出ていたし、土や葉っぱが沢山ついていて。それでも、姉様は馬車が汚れるのを気にもせずこの家まで連れてきてくれました。
父様も、姉様の連れてきた見ず知らずの子供である僕を、養子として迎え入れてくれた。
母様も、素性のわからない僕のことを受け入れて、本当の子供のように接してくれた。愛してくれた。
兄様は、何も知らなかった僕に魔法のことなど色々なことを教えてくれた。それに、姉様と一緒に、僕のことを危険や悪意から守ってくれた。
使用人の人、特にシェナとリュナもそう。1人では出来ない色々なことを手伝ってくれたし、困っていたら助けてくれた。
...........。
僕は、優しくて暖かいこの家の人達が大好きです。だからこそ、離れないといけないと思うと悲しくて、苦しくなるんです。」
泣いてはいない。泣きそうなのを堪えて僕は思っていたことを口にした。
僕の隣国行きは決まっている。だからこそ、離れるのは絶対だし言っても意味はないのだ。
でも、全て本音だ。フォール公爵家のみんなが大好きだという思いは特に。
「リディ......!
リディ....、私も、あなたの事が大好きよ。本当に。」
そう言いながら、姉様は、兄様に正面から抱きしめられている僕の後ろに来てゆっくりと抱きしめてきた。
いつもの、少し乱暴な抱きしめ方ではなく兄様と同じ、優しく、包み込むような抱きしめ方だった。
いつも、飛びついて来ていたから、姉様にこんな風に抱きしめて貰ったのは初めてだ。
よく考えたら兄様に優しく抱きしめられたのも初めてかもしれない。
一度、止まっていた涙がまた溢れてきた。
「ぼ、ぼく、は......ッ。
離れたく、ない......。別れたくない!
........わかって、ます。無理なことくらい。
父様は、この国に必ず必要な人です。母様だって父様と離れるとは思えない。
兄様はフォール公爵家の長男で跡取りです。姉様も、1人娘でいつかは結婚していなくなってしまいます。
本当なら、一生出会うことはなかったはずなんです。でも....出会って、関わって、大好きになって、別れないといけなくて.....。
わがままを、言ってる自覚はあるんです。
父さんが見つかって......とても、うれしかったです。でも、この家の人たちと別れることになると知って、心の底から喜ぶことなんて出来ませんでした。離れないといけないなんて、考えてなかった!別れることになるなんて、思ってなかったよ!
ッ..............フッ、ウッ..........。
離れたく、ないよ......。一緒に、いたいよ....!」
思い切り気持ちを吐き出した。
それを聞いた兄様と姉様は驚いたような顔をして僕に問いかけてきた。
「リディ!
大丈夫、大丈夫よ。きっと上手く行くから。」
「本当に、離れたくない?
僕たちと、一緒にいたい?」
「本当....!
離れたくないよ!一緒に、いたいよ!」
「あぁ、ほら、泣かないで。ね。」
僕は泣き出してしまった。
心と頭がいっぱいで兄様と姉様が何を言ったのか、僕が何を答えたのか、全くわからなかった。ただ、心のままに叫んだ気がする。でも、なんと答えたのか、本当に何もわからない。
僕は兄様の胸を借りてひたすら泣き続けた。
その間、兄様はずっと頭を撫でてくれていた。
気がつけば僕は意識を失っていた。
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