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02 ええっ なんの儀式が始まったんだ ?

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 ゆっくりと深い闇に堕ちていく町の片隅で… 只々、途方に暮れていた。

 辛いことなんて… 早く忘れたほうが良いと、知っている。
 気にしないほうが良いんだと… 頭では、わかってる。

 なのに……

 もし、ああしていたら ? 
 もし、ああしなければ ? 
 ボルトの言うとおりにしていた良かったのだろうかか ? 
 だけど、それではパーティーにとって良い方向にいくとは思えないし。
 そんなことを、ぐるぐると考えてしまう。
 それはただ、思考が迷走しているだけで…
 目に映るすべてが、セピア色のように見える。
 
  
 気が付けば、かたわらには相棒の魔狼コタローが寄り添うようにたたずんでいて、肩に乗るスライムも僕を気遣うようにこちらを見て、優しく「大丈夫だよ」と伝えるかのように、ホントに優しい微振動を送っている。

 隣の大きな木の上では、使い魔のブルーコンドルが周囲を警戒しつつこちらをチラチラと見つめ、心配そうに見守っていた。

 事の次第を理解して一緒にいてくれる、そんな仲間が居てくれるだけでもいくらか心は救われたんだ。
  
 僕はコタローを抱き寄せて温もりを分け合った。



 ずいぶんと長い間、今迄のことを思い返しては打ち消し、答えの出ない問答を繰り返していた。

 沈んだ気持ちにはなんの変化もなかったけれど、涙は枯れたようだ。やがて、スッと立ちあがり町の外に向かってゆっくりと歩き出した。
 
 深い茂みの森の中。恐ろしく夜目のきくコタローが先導してくれなければ進めないほどの、真っ暗闇な細道を、トボトボと何の目的もなく歩いたんだ。

 信じていた仲間にあんなふうに傷つけられて、裏切られたのだ。もう人がたくさん暮らす街には居たくなかった。

 すべてを失っても僕に寄り添ってくれる、気のおけない使い魔たちと、ただ静かに暮らしたかったんだ。
 街より森へ行こう。
 結論が出たのはただ、それだけ。

 明確な目的地は無かった。
 ただ、森へ…… モヤのかかったような、ぼんやりとした思考の中、ほとんど投げやりな気持ちで、真夜中の森へ踏み込んだのだ。

 まともな人間ならば決して近付かないだろう。
 漆黒しっこくの森には危険が多いからだ。
 だけど、危険だとかなんてどうでもよかった。

 辛くて苦しい、深い思考の闇の中で、僅かにポツリと光るその一点に向かって歩いて行くしか、他に道がなかったから…


 「ァゥーーーーーーーーーー !」

 狼の遠ぼえだろうか ?

 今も、Bランクパーティーでも危ない魔物で、人よりも大きな身体を持つ、飢えたダークウルフの群れがうろついていた。

 奴らは夜行性で、単体でも並の冒険者ならば、一瞬で命を刈り取ることができるほどの力を持っている。

 それが40数頭の、とても大きな集団を作っているのだ。
 このような大きな群れは冒険者にとって最悪のものだった。

 「ガルッ !!」

 実は僕が思っていたよりも、かなり近くにまで迫っていた。

 その中でもひとまわり大きな、恐ろしいオーラをまとった群れのリーダーは、フラフラと深夜に街からやって来た、間抜けな人間をとっくに察知していた。

 ボスウルフの探知能力は凄まじく、エサの少ないこの森で長年生き抜いてきたその力で、また一人の冴えない冒険者を鋭い牙にかけようとしていたのだ。

 すでにこの時、もうすぐ目の前にまでやって来ていた。

 人間より一回りも二回りも大きい身体を持った、どう猛なヤツラだ。

 身の毛もよだつボスウルフの周りには更に、40数頭もの恐ろしいウルフがいて、彼の動向をうかがっている。

 ボスウルフが攻撃に移れば、手下どもは一斉に襲いかかってくるにちがいない。
 
 そうなってしまうと、これだけの数が相手ではたとえ魔狼のコタローだったとしても、僕を守りきることは難しいだろう。

 だけど、すべてが嫌になったしまった僕は逃げる気力も無くて、たとえ奴らにヤられたとしても、もうどうでもイイとさえ思っていたんだ。
 
 できることなら、痛みや苦しみが少ないように一息で仕留めてもらいたいものだ。

 僕のすぐそばまで近付いてきた。

 (ああー、殺られる !)

 と思った瞬間、どう猛なソイツは手足を伸ばして腹を地につけた。

 それからやがて、仰向けになっていた。

 むむっ ? どういうことだ !? 

 すると、奥に控える40数頭の手下たちもリーダーの近くから、同じように仰向けになっていったのだ。
 スキルか ? それとも… 
 いったい何の儀式が始まったというんだ ?


 警戒して身体をこわばらせていた僕は、戦う気まんまんだったコタローと顔を見合わせた。

 コタローは首をかしげている。
 こんなときに不謹慎かもしれないけど、わが相棒ながらカワイイな !

 それにしてもどうしたんだろう ? コイツらは戦う気は無いのだろうか ? それともどこかで、変なキノコでも食べてしまったのかな ?

 「クンクン、クンクン ♪♪♪」

 んっ ? 彼らの態度を見たところ、まだ確信は無いけど、僕に対する親愛の気持ちを伝えようとしているようにも感じられたんだ。


 △△△△実はダークウルフの気持ちを言葉にするならば……

 「好き好き♡♡ 可愛がって♡ 撫でて撫でてーー !!!」

  といった感じで、あちらから見た僕は敵どころか、まるで素敵な恋人がやって来たかのようにさえ思えていたのだった。 

 ……こいつオスだけどね !

 おそるおそる手を伸ばして、首の辺りをカリカリと掻いてやると、クンクン言って気持ち良さそうにしている。

 "ひょっとして……  お前達も付いて来たいのか ? "

 僕は言葉にしなくても魔物と念話で通じ会えるスキルを持っていた。

 「クウーーン !」

 「あああっ !!」

 すると、ダークウルフのリーダーと僕との間で金色の粒が糸のように淡く光り、あっという間にテイムの契約が結ばれたんだ。


 そのリーダーのアタマを撫でていると、手下のウルフ達はオレもオレも、ワタシもと、僕に撫でられる合戦のように集まって来ては順番にテイムされ、ウルフ達は芋づる式に次々とテイムされていったのだ。
 
 そしてそして……  なんと ? 驚くことに、ダークウルフの群れの40数頭が丸ごと使い魔になってしまったのだ。あり得ないよ !

 ふと、こんなにたくさんの魔物を簡単にテイム出来たっけ ? という疑問を感じたけれど、僕は深く考える性格ではなかった。そんな細かい性格の人はテイマーには向いていないのだ。

 ☆☆この"テイム"とは魔物が人と仲間になり、魔物は人の使い魔となること。それにはお互いの信頼関係が必要なんだ。

 今回はウルフたちが僕のことを好きすぎたので、あっさり全員がテイムされたんじゃないかな ?


 「リーダー君、宜しくな、俺はリョーマっていうんだ。リーダー君と呼ぶのも味気無いね !! 
 じゃあ君に名前を付けようかな ? ダークウルフのボスだから…… ウルボス、今から君はウルボスだよ !!!」

 「ワウッ ワウッ !!!」

 ボスは名付けられると、とても喜んでクルクルと回って声をあげた。
 すると、やがて明るく光ってひと回り大きくなり、毛づやもツヤツヤのサラサラに、驚くほど良くなった。

 ウルボスは強くなったのが分かるのか、すごく喜んで僕の近くまで来てスリスリしている。

 「むむっ ? 名付けると進化するのか ?
 急に光ってビックリしたぞっ !
 じゃあ、君にも名前を付けよう、ウルフだから…… ウー、 ウルアだ !」

 さっきと同じように光って、少し進化したようにみえる。ウルアも喜んでいるね !

 鑑定で確認しながら"ウルア"って名を付けてみたから、ステータスが上がったのが確認できたんだ。
 数値は下っ端からボスになるくらい、大きく上がった。これはおどろきだ !?

 一応、種別はダークウルフのままだね。

 続けて、ウルイ、ウルウは欠番にして、女の子をウルエ、次はウルオ、ウルキ、嬉しくなって、群れの全員に名前をつけたんだよ。




 なにやらコタローがウルボスとじゃれている。
 んっ ? それとも、なにかモメてるのかな ?
 早々にケンカはやめておくれよ !

 《おい ! 俺様がリーダーに任命されたウルボスだぜ !
 コイツらの中じゃあ一番強いんだからな !
 お前も見た感じ、誇り高きウルフの一族なんだろう ? 
 俺の配下に加えてやろう !》

 魔狼のコタローに対してずいぶんと上から目線でワウワウと言って、その首すじあたりにカプッと甘がみしようとした。
 自分の方が格上だと分からせようとしたんだろうね。

 すると、コタローはそんな思惑をあっさりと裏切った。まさにその寸前、甘噛まれそうになった瞬間に超絶的なスビードでウルボスの背後に回り込んだのだ。

 それは目に追えるか追えないかの、一瞬消えたように見えるほどの恐るべきスピードだった。
 超体育会系なウルフ社会に生きる彼らにとっては、そのスピードを見ただけで相手の強さを感じ取っていた。
 二頭のやり取りを見ていた群れの仲間たちも驚いていた。

 しかし、それだけにとどまらず、コタローは一度3メートルほどの距離をとったところから、恐ろしい威圧感を放ちながら、今度はあっという間に距離を詰めてウルボスの鼻頭に前足をポンと乗せたのだ。

 まるで、オマエとオレとでは格が違うだろう ! とでも言うかのように恐ろしい魔力と威圧感を放って睨みつけていた。

 しかし、仲良しのボクでも恐いくらい、キレキレな感じだよ。
 大丈夫かな ? 
 大ゲンカになっちゃわないよな ?
 急に見ず知らずのウルフの群れが何十頭も仲間になっちゃったからな。すぐに仲良くしろってのも無理なことなのかな、って思って僕はちょっと心配になった。

 《ボスなら勝手にやれば良いさ。しかしなあ、お前の配下になるつもりは毛頭ない !》

 《うわわわわーー !!
 分かった分かった。
 どうやらアンタにゃあ、かないそうにないぜ。
 でも、ホントに良いのか、オレがボスのウルボスで ?
 良かったらアンタにウルボスをゆずるぜ !
 ほら、ウルボスな。ど、どうぞ…… 》


 《お前……  アホかーー !!!!!
 そんなの要らんわー !!
 ハア、ハア…… 》

 《まぁまぁ。そんなに照れなくても良いから !
 とってもボスが、お似合いですよ !》

 《アホかー ?! 照れてへんわーー !!!
 そもそもやなあ ! オマエの為にリョーマが名付けたんだから大事にしろや !
 ホントのこと言うとな、俺は仲間をまとめたりは苦手でな、ボスの座も要らんし。それはまとめるのが上手なオマエが守ってくれ》

 実は、ボスとか、群れとかは面倒だった。
 ましてや、自分がウルボスと呼ばれるなんて、ダサくて有りえないと思った。
 こうなったら、少しばかり褒めておいて、適当にコイツにやらせるしかないというところまで追い込まれていた。

 だけど、ウルフたちもとても強そうだけど、コタローはひとつ抜けた感じなのかな ? やっぱり、魔狼は伊達じゃないな。

 

 そうして、じゃれ合いは終わったのか、仲直りして話がまとまったようで、僕のほうに戻って来た。

 「ケンカにならなくて良かったよ。だけどさあ、ちょっとだけヒヤヒヤしたぞ !」

 僕はそう言って双方の頭を撫で、首の辺りをワシャワシャとしてやった。
 
 それを見たウルフ達は全員そろってワフワフ言って寄って来たぞ。
 みんなを思いっきりワシャワシャしてやると、スゴく嬉しそうだ。 
 おーーー ! カワイイ奴らだー。

 するとその時、何だか体がメチャクチャ軽くなった気がしたんだ。

 「おー、僕のステータスもすごく上がってるー !」

 こんなに強い魔物が40数頭も使い魔になったんだから当然だよね。

 鑑定してみると、ダークウルフの特性であるスピードとパワーのステータスがとんでもなく上がって、その他のステータスもかなり上昇していた。

 テイムした魔物の能力が高いとテイマーのステータスもかなり上がる。
  
 能力が低い魔物のときはそれなりに上がるんだ。
  
 そして風魔法とスピードUP、探知、疾走のスキルを覚えた。  

 このように、テイムして使い魔となった魔物のスキルを獲得することもあるんだ。

 「あっそうだ。君も名付けよっか ? スライムだから、スラクで良いかな ?」

 スライムは「つけてつけて~~」って答えるように、肩の上でピョンピョンと跳び跳ねて、喜びを表現していた。

 この子との付き合いはかなり長い。

 はなしはできなくても飛んだりブルブル震えたりして、お互いにナニが言いたいのかが分かるくらいの親愛度なんだ。

 すると、スラクはウルフの時よりも驚くほどに強く光って、体が青色から白っぽい透明に変わったんだ。

 「うおおおおーーー !!!! まぶしい、スゴい光だ !」

 「 ……リョーマ、名前、ありがとう !!」

 「 …………………えーっ、スラクが話してるのかい ? 念話じゃないよねぇ、話せるようになっちゃったの ?」

 「リョーマと、おはなし……  したかったよ !」

 「僕もスラクと話せて嬉しいよ !!」

 鑑定すると、スラクはハイスライムからグレートスライムに進化していたよ。
 あまり聞いたこともない、とても珍しい種類のスライムになっていて、驚いてしまった。

 嫌なことばかりあったけど、なにやら、追放されて逆に運が向いてきたのかも知れないな ?

 
 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 これらの出来事は、ついこの前に獲得した "テイムマスター" の称号が関係していたんだ。

 数々の経験を積んでテイムマスターとなったことで、魔物を見つめるだけでもかなりの魅力をアピールし、その声も、手触りも、匂いでさえも魔物を惹きつけるのだった。

 そう考えれば、ウルボスが好き好き状態になっちゃったのも、至極当然のことだったのかもね ?

 「森の中で、どこか落ち着けるところを知らないかい ?」

 ウルボスに問い掛けると、「モリ、ミンナ、シッテル」と答えた。

 「おっ ! ウルボスもカタコトの言葉を話すから、すんごい驚いちゃったよ」

 ウルボスは案内するように先を歩く。ふさふさのしっぽは右に左に揺れている。そうとうご機嫌なんだろうね。

 しばらく森の中を歩くと、洞窟に到着したんだ。

 「ココ、クル、イツモ !」

 「うん、良いね !」

 中は広く雨風をしのげる良いところだったからウルボスを褒めてあげると、とても喜んでいる。
 コイツ……  強もてなのにな。案外ちょろい奴だなぁ。
 
 △△△△△ウルボスはそんなふうに思われても全然問題なかった。それ以上にリョーマがとっても大好きだったのだ。

 「うわあい ! カッコいい洞窟 !」
  
 そして、スラクは大喜びだった !

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