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第9章 離れたくないだなんて、絶対あなたにだけは気付いてもらいたい!
第36話 また会おう
しおりを挟む「ははは! その胆力は、普通とは言えないな!」
【西の賢者】は嬉しそうに笑って、ぐいっと熱燗を呷った。隣の【東の魔女】がさっとお酌する。
「完敗だよ」
そう言ってから、【西の賢者】はおもむろにお猪口を膳に置いた。
「認めざるを得ない。ヒトに運命など必要ない、ってことをな」
がっくりと項垂れた【西の賢者】に、今度は【東の魔女】がふんっと鼻を鳴らした。
「やっと分かったかい、このボンクラ」
どうやら、私たち人間はこの二人の何万年にもわたる夫婦喧嘩に巻き込まれていたらしい。怒ればいいのやら、呆れればいいのやら、私もサイラスくんも微妙な表情を浮かべるしかなかった。
「ま、ここらが潮時だったんだよ。……だから、お前さんも手助けしたんだろ?」
「え?」
ニヤリと笑った【東の魔女】に、【西の賢者】が苦笑いを浮かべた。そして、ぱちんと指を鳴らす。すると、その姿が一瞬にして変わってしまった。新たに現れたのは、中年の冒険者。それは、
「イアン⁉」
私を助けてくれた、同郷だと言っていた、あの男の姿だった。
「このボンクラはね、お前さんにいくつか嘘をついてたんだよ。ちゃんと説明しな」
「わかってるよ」
イアンの姿をした【西の賢者】は、もう一度指を鳴らして元の姿に戻った。
「まず、イアン・セヴァリーなんていう転生者は存在しない。その正体は、俺だ。あんたに近づくために、一芝居打ったってわけだ」
「どうして……」
「興味だな。俺の運命で縛ることができない存在というものに、興味があった。他の方法で思惑にはめられるかどうかも、試したかった」
これを聞いて毛を逆立てたのはサイラスくんだ。私がポンポンと肩を叩くと少しばかり怒りを収めたが、彼の方を睨んだままだ。
「それじゃあ、聖女様は?」
「あれも、俺の分身だ。今頃、ランドルのおっさんと二人で魔王攻略に勤しんでるんだろうなぁ」
「……最悪だ」
サイラスくんがつぶやいた。その複雑な気持ちが分かって、私も深い溜息を吐いた。
「それと、あんたをこの世界に転生させたのが【東の魔女】だって話。あれも嘘だ」
「ええ⁉」
なんということだ。それでは、全ての前提が崩れてしまう。
「お前さんがこの世界に転生したのは、本当に偶然なんだよ」
説明してくれたのは、【東の魔女】だった。
「お前さんは前の世界で死んで、魂だけになった。ところがお前さんは、ただの魂のくせに『愛されたい』と強く願った」
それは、なんとなく分かる。確かに私は、愛されなかった人生を悔いて、愛されたいと強く願いながら死んだ気がする。
「そして両親……、今世の両親だ。彼らは、『これから産まれてくる我が子を愛したい』と心から願った。愛されたいと願ったお前さんの魂と、愛したいと願った両親の魂が引き合って、この世界に引き寄せちまったんだ」
「そんなことが……」
「まあ、あっちもこっちもそっちも、世界ってのは繋がってるんだ。そういうことが起こっても不思議じゃあない。現に、この猫又は自力で世界を渡ってきたんだからな」
「にゃあ!」
猫又が元気に鳴いて、私にスリスリと身体を擦り付けた。
「そんなあんたが勇者の運命に巻き込まれることになったのも、全て偶然だ」
【西の賢者】が、またお猪口を手にとって酒を呷った。
「じゃあ、私が強制送還されるって話は?」
「嘘だ」
──ガシャン!
今度こそ、サイラスくんが立ち上がって【西の賢者】の胸ぐらを掴んだ。
「なんで、そんな嘘を! おかげでエミリーさんが危険な目にあった!」
「そうだな。悪かったと思ってるよ」
「じゃあ、なんで……!」
「サイラスくん!」
今度は私が宥めても収まらなかった。【西の賢者】の胸ぐらを掴んだまま、フーフーと荒い息を繰り返している。相当怒っているのだ。
「……俺が失くしちまったものをさ、見せてくれるんじゃないかと思ったんだよ」
「え?」
【西の賢者】が、【東の魔女】の方をチラリと見た。
「はなしてやっとくれよ。若そうに見えても、齢数万年のじじいなんだから」
【東の魔女】に言われて、ようやくサイラスくんは【西の賢者】の胸ぐらを掴んでいた手をはなした。
「抗えない運命なんてものを目の前にして、あんたたち二人がどうするのか見てみたかったんだ。……結果は、まあ、こういうわけだ」
がっくりと項垂れた【西の賢者】の肩を、【東の魔女】がポンポンと叩いた。
「潮時だよ。この星には、もう私たちは必要ない」
「必要ない?」
首を傾げた私に、【東の魔女】が笑った。
「ヒトに運命など必要ない。それを、お前さんたち二人が証明した」
【西の賢者】も笑顔で頷いた。
「これからこの星は、この星に生きるモノたちの力で動かしていくんだ」
「でも、それじゃあ西側の国々はどうなりますか? これまで、【西の賢者】の『運命の書』があったから、平穏に過ごせていたと……」
「さあな。どうなるかは俺たちにも分からない。だが、『運命の書』が消えた途端に争いを始めるような、そんな愚かな生き物なのか、ヒトってのは?」
これには、即座に首を横に振った。
「そういうことだ」
二人が立ち上がって、手を繋いだ。あの石版に描かれていた二人の姿、そのままに。
「お前さんは、どうする?」
【東の魔女】に問われた猫又は、さっと私の肩に飛び乗った。
「うん。それがいい。達者で暮らしな」
「にゃあ」
いつの間にか狐と狸が座敷に勢揃いしていた。ふすまがそっと開かれると、その向こうには白く光る世界が広がっていた。
「どこに行くんですか?」
「行くというか、還るってところだな」
「かえる?」
首を傾げた私に、また二人が笑った。
「また会おうってことだ」
二人が光に向かって一歩踏み出した。
「あの!」
それを、思わず引き止めた。
「なんだい?」
「あの時、サイラスくんに絨毯を届けてくれて、ありがとうございました」
「……バレたか」
答えたのは【西の賢者】だった。助けてくれたのは、【東の魔女】かと思っていたが、そうではない。元々の持ち主である【西の賢者】が、絨毯に命じてくれたのだ。
「私たちを試している最中だったのに、どうして?」
あれがなければ、私は耐えられなかったかもしれない。そうであれば、『ヒトに運命など必要ない』と証明できなかったはずだ。
「どうしてかな。……俺は、ずっと待ってたのかもしれないな。あんたら二人を」
くしゃりと笑った【西の賢者】の肩を、【東の魔女】が優しく撫でた。
「それじゃあ」
「はい。また、お会いしましょう」
二人は軽く手を振って、光の中に消えていった。
そして、私もサイラスくんも猫又も、狐も狸もお屋敷も、何もかもが温かい光に包まれて。
気がついたときには、私とサイラスくんは第9公営ギルドの前に佇んでいた。
服も浴衣ではなく元通り。新米冒険者姿のサイラスくんと、ギルド職員の制服姿の私。
ただ一つ元通りでなかったのは、
「にゃあ」
私の足元で白いネコが寂しそうに鳴いていたことだけだった。
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