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第10章 私は今最高に幸せだなんて、絶対みんなに知ってもらいたい!

第37話 運命なんかじゃない

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 パパとママへ

 忙しさにかまけて、なかなか帰省できなくてごめんなさい。本当は、今すぐにでも飛んで帰りたいくらい会いたいです。
 今日は、お別れを伝えるためにペンをとりました。

 これまで秘密にしていたけど、私には前世の記憶があります。

 前世の私は、こことは違う世界で暮らしていました。両親とはあまり仲が良くないし、友達もいなくて、ずっと孤独でした。そんな孤独を埋めるために、水商売の男性に入れ込んで借金をつくってしまう、どうしようもない女でした。

 生まれ変わってパパとママの下に産まれることができて、私は幸せでした。たくさんの愛情に包まれて、私は大人になりました。そんな私を愛してくれる人が、たくさんいました。前世では、愛を渇望して必死になればなるほど孤独になっていった気がします。前世の私はそんな自分が大嫌いでした。愛されたいと思うのに上手く行かない、そんな自分が惨めでした。

 でも、今は違います。私は私のことが大好きです。自分の生き方を自分で決めて、その生き方を認めてくれる人がいて、そんな私を愛しいと言ってくれる人がいるから。

 ぜんぶ、パパとママのおかげです。
 ありがとう。

 どうやら、私は元の世界に帰らないといけないらしいです。でも、私はそんなこと納得できません。だから、最後までその運命に抗うつもりです。
 でも、この手紙がパパとママのところに届いたということは、私はこの世界から消えてしまったということです。悲しいけれど。

 もう会えないけど、いつもパパとママを思っています。
 どうか、私のことを忘れないで下さい。あなたたちの娘は、最後まで戦ったと胸を張って下さい。

 また生まれ変わっても、パパとママの子供になりたい。
 愛しています。

 エミリー

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「エミリーさん、どうかしましたか?」

 急に黙り込んで手を止めた私に、サイラスくんが声をかける。

「にゃあ」

 白い猫──アニーも、私に身体を擦り寄せてきた。

「なんでもないよ。ちょっと懐かしいものを見つけたの」
「何ですか?」
「……秘密」

 人に見せるには恥ずかしいその手紙を、私は元通りに片付けた。捨ててしまう気にはなれなかったのだ。

「まだボクに秘密があるんですか?」

 サイラスくんが私を後ろから抱きしめて耳元に唇を寄せるので、思わずビクリと肩が震えた。

「んっ、ちょっと……」
「ね、教えて下さいよ」

 言いながら、彼の手がエプロンに潜り込もうとあやしく動いたので、私はその手をピシャリと叩いた。

「もう! 早く片付けないと、日が暮れちゃうよ!」
「……」
「サイラスくん?」
「……はーい」

 サイラスくんは不満そうな声で返事をしてから、渋々と作業に戻っていった。彼は今、猫たちの寝床を準備している。ケージに入れられた仔猫たちがニーニー鳴きながら作業が終わるのを待っていて、その隣では黒猫のテッドが鼻先をフンフンと鳴らしながらサイラスくんに指示を出している。

「分かってるって。……え? こっちじゃダメ?」
「にゃー」
「じゃあ、こっち?」
「にゃん」
「ん。これは?」
「にゃー」

 楽しそうに話す一人と一匹に、私は笑みをこぼした。それから、そっとサイラスくんの背後に忍び寄る。

「サイラスくん」
「……っ」

 大きな背中に抱きついて、ギュッと身体を寄せた。彼の耳がわずかに赤くなる。

「早く終わらせて、ゆっくり休もう。ね?」

 耳元で囁くように言うと、サイラスくんはぎゅーっと目を瞑って唸った。

「んんん。……2時間で終わらせます」
「ぜんぶ?」
「全部、です」

 引っ越しの荷物は、まだ半分くらい残っている。2時間ぽっちで全て片付けることができるだろうか。

「任せてください!」

 ふんと息を吐いて、サイラスくんの手の動きが速くなった。その様子を見たテッドは、呆れた様子で『にゃあ』と鳴いたのだった。


 * * *


 私とサイラスくんが無事に町に戻ってから、いくつかの変化があった。

 1つ目は、私たちが結婚したことだ。
 その日の内に役所に転がり込み、婚姻届を提出した。
 両親への報告が後になってしまったことだけが申し訳なかったが、翌週に報告のために帰省したところ、両親は『気にするな』と言って笑ってくれた。

『エミリーさんは世界で一番素敵な女性なので、1日も早くボクのものだと宣言しなければ、夜も眠れません!』

 というサイラスくんの言葉に、パパもママも拍手喝采だった。
 パパはすっかりサイラスくんのことが気に入って、自分の店を継いでくれとまで言い出す始末だった。首都で細々と営んでいる洋品店は、自分の代で畳むつもりだと言っていたのに。

 それも含めて、これからどう暮らすのか二人で話し合った。首都で両親の店を手伝いながら暮らすのも悪くない選択肢だ。
 いろいろ話し合ったが、結局は西の町で暮らすことに決めた。【西の賢者】の『運命の書シナリオ』がなくなったことで、世界にどんな変化が起こるかわからないから。真実を知っている私たち二人は、それに備えておくべきだろうと結論を出したのだ。
 サイラスくんは冒険者として、私は公営ギルド職員として仕事を続けることになった。

 2つ目の変化は、猫のアニーと一緒に暮らすようになったことだ。
 【東の魔女】の屋敷では確かに猫又の姿をしていた彼女だったが、なぜか普通の猫に戻っていた。理由はよくわからないが、一緒に老いながら暮らしていけるということだ。その方が良いだろうと、【東の魔女】なら、そう言う気がした。

 3つ目の変化は、その3日後にはアニーがオス猫のテッドを連れて帰ってきて、しかもすぐに妊娠したことだ。私もサイラスくんも驚くほどのスピード婚にスピード妊娠だった。
 産まれた仔猫は5匹。結婚してからも住み続けていた私の部屋では手狭になり、こうして郊外に一軒家を購入することになったのだ。

 そして。

 仔猫の中に、艷やかな黒の毛並みを持つメスと、輝くような金の瞳を持つオスが産まれたことは、きっと偶然じゃない。

「これは、運命なんかじゃないよね」

 魂が、互いに引き合ったのだ。私が両親の下に導かれたように。

「ちがいます。運命なんかじゃない。……ボクとエミリーさんと、同じだ」
「うん、そうだね」

 私とサイラスくんが出会って、そして互いに惹かれ合ったように。

「かわいい」
「そうだね。かわいいね」

 サイラスくんが、小さな命を抱き上げてくしゃりと顔を歪ませた。
 産後でクタクタのアニーと、それを労うテッド。二匹を差し置いて、私たち二人は声を上げて泣いたのだった。
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