【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
7 / 102
第1部 勤労令嬢、愛を知る - 第1章 勤労令嬢と侯爵様

第6話 何もさせてくれない大人たち

しおりを挟む

「お手紙ですね、お嬢様」

 ロイド氏が指差す方を見ると、開かれた窓から何かが飛び込んでくるのが見えた。
 真っ白な封筒に、赤い封蝋ふうろうが押された手紙。三日にあげず届くので、すっかり見慣れてしまったそれ。
 ジリアンが手のひらを差し出すと、封筒はふわりとそこへ着地した。
 手紙を目的の人に向けて魔法だ。

「旦那様からですか?」
「はい」

 封筒の表にはジリアンの名前、裏にはマクリーン侯爵の名前。流麗りゅうれいな文字でつづられたそれは、侯爵の直筆だとロイド氏に教えてもらった。
 代筆ではなく、侯爵が自らが書いた手紙ということだ。

『養子縁組の手続きが終わった。魔法使用者登記レジストレーションも済んだので、魔法を使っても構わない。健康を大事に』

 短い手紙だ。
 おまけのように付け足される最後の一言が、ジリアンには不思議だった。

(まるで私のことを心配しているみたい。そんなはず、ないのにね)

「お返事を書きましょうか」

 ロイド氏に促されて、書斎に向かう。ジリアンのために用意された書斎には、彼女の背丈にピッタリの椅子と机が準備されている。
 オリヴィアが上質な便箋を用意してくれたので、さっそく返事を書き始めた。

『お手紙ありがとうございます。手続きありがとうございました。私は、お屋敷のみなさまのおかげで元気です』

 そこまで書いて、ジリアンは頭を抱えてしまった。

「どうされましたか?」
「……これ以上、書くことがありません」

 用件だけでは、あまりにも短い。失礼にあたるだろう。かといって、何を書けばよいのか分からないのだ。をしていないジリアンには、報告することも相談すべきこともないのだから。

「なんでもいいんですよ?」
「なんでも?」
「ええ。読まれた本の内容とか、お散歩で見た花が美しかったこととか」
「どうでもいいことばっかり書いたら、わずらわしくありませんか?」
「そんなことはありませんよ」
「はい……」

 結局、ジリアンは用件のみを綴った手紙に『お身体を大事になさってください』とだけ付け足して封筒に入れた。その様子を見ていたオリヴィアも、何か言いたげではあったが結局何も言わなかった。
 青いシーリングワックスを垂らし、印璽シーリングスタンプで刻印する。印璽シーリングスタンプは、何代か前の侯爵夫人のものを使わせてもらっている。侯爵のそれとよく似たデザインだ。恐れ多いと断ったが、差出人を証明するために必要だと言われてしまっては仕方がない。

「では、お送りしますね」

 ロイド氏が窓を開け放つ。

「クリフォード・マクリーン侯爵閣下へ」

 その言葉に応えるように、手紙がふわりと浮いて窓の外へ飛んでいった。
 このまま首都ハンプソムのタウンハウスまで、空を飛んでいくらしい。

「……それは、私でもできますか?」
「手紙を送る魔法ですか?」
「はい」
「必要ありませんよ?」
「え?」
「私がいたしますから、お嬢様の手を煩わせるまでもありません」

 にこりと笑ったロイド氏に、ジリアンは曖昧に笑うことしかできなかった。
 周囲の大人たちは、いつもなのだ。




 ──ジリアンが侯爵の屋敷で暮らすようになって、すでに1ヶ月が経とうとしている。

 はじめの数日は眠って食べてを繰り返すだけだった。それほど、ジリアンは疲れていたのだ。医師の診断では栄養も足りていなかったらしく、とにかく滋養じようのつくものをたくさん食べさせてもらった。おかげで細くて骨張っていた腕が、わずかに丸みを持ち始めている。

 数日前からは、午前には家庭教師がつくようになった。貴族としての教養を身につけるように、と。
 午後には特にすることがなくなってしまうので、オリヴィアやロイド氏が尋ねてくれる。

「何か、やりたいことはございますか?」

 と。
 けれど、ジリアンには『やりたいこと』が分からなかった。仕事以外のことに時間を使ったことがないから。

「……ありません」

 毎回そう答えるジリアンを誰も叱ったりはしなかったが、ほんの少し悲しそうな顔をさせるのが辛かった。
 『やりたいこと』が分からないジリアンのために、周囲の大人たちはいろいろなものを準備してくれた。外へピクニックに連れて行ってくれたこともあるし、街へ買い物に出たこともある。

 どれも楽しい。
 けれど、ジリアンは不安を消すことができなかった。

(私は何の役にも立っていない。このままじゃ、追い出される!)

 ジリアンは、なんとかして仕事をさせてもらおうと必死になった。

「働かせてください」
「その必要はございませんよ」

 大人たちは、ジリアンの懇願こんがんを笑顔でかわすだけ。ジリアンにはのだ。
 水汲みも、湯沸かしも、薪割りも、掃除も、ジリアンが魔法を使えばあっという間に済ませることができるのに。


「魔法は、貴族の特権です」

 ある日、ロイド氏が教えてくれた。

「貴族は魔法を武力として行使し、領民や国民を守るのです。人の手でできることに、魔法を使ったりはしません」

 ジリアンには納得できなかった。
 けれど、そういうものだと言われてしまえば、それ以上反論することはできなかった。




「今日は、図書室で本を読みましょう」

 手紙の返事を書いてしまえば、今日もすることがない。そんなジリアンが案内されたのは、無数の本棚で埋め尽くされた部屋だった。

「これが、図書室ですか?」
「男爵様のお屋敷には、ありませんでしたか?」
「はい。こんなにたくさんの本を見たのは、初めてです」
「それはそうでしょう! ここは、国内でも一二を争う蔵書量ですぞ!」

 驚くジリアンに声をかけてくれたのは、白髪の男性だった。老人と呼んでも差し支えないだろう。

「この図書室の司書を務めております」
「よろしくお願いします」

 差し出された手を握り返すと、白髪の老人はにこりと笑った。

「さて。本日はどのような本をご所望ですか?」
「……」

 問われても返事ができないジリアンに、老人も怒ったりはしなかった。

「……では、こちらはどうですか?」

 老人は本棚から取り出した一冊の本を、書見台に広げてくれた。促されてパラパラとめくると、挿絵が入った子供向けの物語だとわかった。



「『クェンティンの冒険』……?」
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...