【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

文字の大きさ
9 / 102
第1部 勤労令嬢、愛を知る - 第1章 勤労令嬢と侯爵様

第8話 旅立ちと出会い

しおりを挟む

 ジリアンが屋敷を出発したのは、旅立ちを決意してから5日後のことだった。

 彼女が暮らしているマクリーン侯爵の屋敷は、王国の南東に位置する領地の、さらに東端に位置している。旅の目的地を首都ハンプソムとするならば、大人の足で歩いて20日ほどかかる距離だ。子供の足なら、もっとかかる。
 この長旅のためには、まずは路銀ろぎんを準備しなければならない。宿に泊まったり食料を買ったりするためだ。また、野宿に備えて毛布や茶道具、食料も。

 ジリアンは持ち前ので、それらの準備をあっという間に済ませてしまった。路銀は魔法で編んだレース編みを売って稼いで。その他の必要なものは、夜な夜な隠蔽いんぺい魔法で隠れて屋敷の中から集めたり、魔法で作ったりして。

(魔法は使っていいって言ってたもんね)

 言い訳がましく言ってはみたが、見つかったら叱られるかもしれない。

(でも、私はやらなくちゃ)

 そうしなければならないと、ジリアンの決意は固かった。


首都ハンプソムへ行きます。心配しないでください』

 短い手紙と、路銀を稼ぐために借りた絹糸やら食料やらの分の銀貨をサイドテーブルに置く。朝にはオリヴィアが気づくはず。
 時間は深夜。あたりは真っ暗だが、暗視の魔法を使えばなんてことはない。魔法で獣が苦手な匂いをまとっているので、襲われる心配もない。夜盗が襲ってきたら、隠蔽いんぺい魔法で隠れて逃げればいい。

「よし!」

 ジリアンは、いさんで出発した。
 その後ろを一つの人影がついていくことに、彼女は気づいていなかった。




「お前、一人なのか?」

 旅立って三日目の朝、宿で朝食を食べているときのこと。ジリアンと同じ年頃の少年が話しかけてきた。金髪に金眼の、美しい少年だった。

「そうだけど」
「子供が一人で、どこいくんだよ」
「……どこでもいいでしょ」

 少年の喧嘩腰けんかごしの言い草に、ジリアンの言葉尻も冷たくなってしまったのは仕方ないことだ。

首都ハンプソムだろ?」
「だったら?」
「お前……!」

 少年の顔が赤く染まる。怒らせてしまったらしい。
 この時になって、ジリアンは『しまった』と思った。少年の身なりは上等で、後ろには数人の大人がついている。たぶん貴族だ。怒らせてしまっては、いけなかった。

「……坊ちゃん」

 後ろに控えていた大人の一人が、少年に声を掛ける。

「心配しているのだと、そのようにお伝えしませんと」

 その言葉に、少年の顔がさらに赤く染まった。

「……心配?」

 首を傾げるジリアンに、少年が息を吐いた。

「そうだよ。昨夜ゆうべも大変だったんだろ?」

 宿に泊まるために、すったもんだあったことを言っているのだ。ジリアンのような子供が一人で宿に泊まるのは普通のことではない。きちんとお金を払うと言っても、なかなか頷いてもらえなかったのだ。

『親は?』
『いません』
『じゃあ、一人なのかい? そんな馬鹿な』
『お母さんもお父さんも、馬車の事故で死んでしまって……』
『おや。それは気の毒に……』
首都ハンプソムの叔母さんの所に行くんです』
『金はどうしたんだい?』
『お母さんの服と、銀の食器をぜんぶ売りました』
『そうだったのかい……』

 こんなやり取りを経て、ようやく宿の女将さんを説得することができたのだ。1日目の夜も、同じようなやりとりをしている。ジリアンは嘘をつくのが苦手なので、胃がキリキリと痛んだものだ。

「俺も首都ハンプソムに向かってる。……一緒に行くか?」
「え?」
「俺の馬車に乗せてやるよ」

 少年の申し出は、かなり魅力的だった。
 彼について行けば予定よりも早く首都ハンプソムに着けるし、宿に泊まるのに余計な嘘を言わずに済む。
 けれど、それでは意味がない。ジリアンは自分の力だけで、首都ハンプソムに辿り着かなければならないのだ。

「私は大丈夫」
「でも……」
「親切にしてくれて、ありがとう」
「……おう」
「私、ジリアン」
「俺はアレン」
首都ハンプソムで会えるかもしれないね」
「そうだな」

 握手を交わして、そこで別れた。ジリアンは徒歩で、少年たちは馬車で出発して。

(これっきりになるかもしれないけど、いい人だったわね)

 ところが、その夜の宿も一緒になった。

「なんで?」

 馬車ならば、あと二つ三つ先の街まで行けたはずだ。

「……急いでないから」
「でも」
「いいんだよ」

 少年とジリアンがそんなやり取りをしている間にも、少年の付き人が宿の手続きをしてしまった。

「あちらのお嬢さんも一緒です」

 と。

「金は払えよ」
「わかってるよ!」

 その翌日も、翌々日も、少年は同じ宿に泊まってくれた。
 ジリアンを連れとして扱ってくれるだけだが、それだけでありがたかった。嘘をつかなくて済むから。




 5日目。ジリアンは街までたどり着くことができず、ついに野宿をすることになってしまった。

(仕方がないわ)

 そのための準備もしてきたので、ジリアンは慌てることはなかった。日が沈む前に安全に眠れそうな場所を探す。

(この木の下なら、大丈夫ね)

 りんごの木だ。上の方にヤドリギが垂れ下がっているのが見える。これなら魔除けにもなるからちょうどいい。街道からもわずかに外れているので、夜盗にも見つかり辛いはずだ。
 あとは、適当な枝を拾ってきて周囲に円状に立てていく。一つずつ指で触れて回れば、簡易結界の完成。ジリアン以外の生き物が入れば、魔力が揺れるので飛び起きることができる。獣避けの匂いも周囲にまいておけば完璧だ。
 魔法で茶を淹れて。夕飯は持ってきた小麦粉を魔法でパンに変えた。

 毛布にくるまって、さて眠ろうかと思った時だ。

「お前、こんなところで寝る気かよ!」

 アレンだった。
 簡易結界の向こうで、肩を怒らせて怒鳴っている。

「だって、街まで行けなかったし」
「だからって、女の子が一人で野宿なんかするなよ」
「仕方がないじゃない」
「だから、俺と一緒に行こうって言ったのに!」
「そうだけど……」
「……魔法使えるからって、なんでも一人でできると思うなよ」

 アレンが簡易結界をまたいで、中に入ってきた。

 ──リンッ。

 ジリアンの魔力がわずかに揺れたが、嫌な感じはしなかった。

「俺もここで寝る」
「なんで? 馬車で街まで行きなよ。まだ間に合うよ?」

 彼も貴族なら暗視魔法が使えるだろうから、この時間でも馬を走らせることができるはずだ。

「いいんだよ」

 アレンは、ジリアンの隣にどかりと座り込んだ。

「お付きの人たちは?」
「そのへんにいるだろ」
「いいの?」
「いいんだよ」

 そして、ジリアンと同じように木の幹に背を預けて丸くなった。

「お前、なんで一人なんだよ」
「なんでって、お母さんもお父さんも死んじゃって……」
「それ、嘘だろ?」
「……」

 ジリアンは、黙ったまま毛布に魔法をかけた。毛布が2倍の大きさになる。彼女が使っているのとは反対側の端をアレンに差し出すと、彼も毛布に潜り込んだ。夏とはいえ、夜は肌寒いのだ。

「私ね……クェンティンと同じなの」
「クェンティンって……『クェンティンの冒険』?」
「うん」
「同じって、どういうことだ?」

(アレンになら、話してもいいかもしれない)

 彼はジリアンの話を聞いても笑ったりしないと、そう思ったのだ。


「私には、生まれてきた意味がわからないの」
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

処理中です...