【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜

鈴木 桜

文字の大きさ
25 / 38

第25話 森の獅子

しおりを挟む

 『救貧きゅうひんの英雄』と呼ばれるようになった私には、いくつかの変化がありました。

 一つ目は、社交界での扱いです。

 外国人とはいえ『公爵令嬢』の身分がありましたから、元々とても丁寧に対応されてはいました。しかし元は敵国の人間ですから、距離を取られて陰口をささやかれるのが常でした。哀れなもの、嫌いなもの、そういう目を向けられていました。

 ところが、そういった視線がぐんと減り、親しみと尊敬の眼差まなざしを向けられることが多くなったのです。

「貴女の出自ではなく、貴女自身の素晴らしさに皆が気付いたのですよ」

 そう言ってくださったのは、リッシュ卿でした。
 今日は、新しい屋敷の調度品ちょうどひん選びにお付き合いいただいています。
 これが二つ目の変化。

 私たちは、大きな屋敷に引っ越しました。

「それにしても、こんなに大きなお屋敷では持て余してしまうわ」

 皇帝陛下から与えられた屋敷は、それはそれは大きな屋敷なのです。
 一階には大小合わせて三つのサロンと食堂、温室まであります。
 二階には寝室が十部屋ほど。化粧専用の部屋に衣裳室、浴室もあります。
 庭は前の屋敷の五倍はあるでしょう。屋根裏の使用人部屋も十倍ほどになっています。

「先ほども申し上げたように、社交界での立ち位置がずいぶんと変わりました。これからは、夜会やお茶会を主催することも増えるでしょう」

「そうね」

「屋敷の広さとしては、このくらいが妥当です。前の屋敷が小さすぎたんですよ」

「そうみたいね。でも、調度品を選ぶだけでも一苦労だわ」

 一通りの家具を決めて、今は休憩中。
 半日以上の時間がかかっていて、正直とても疲れています。

「しかし、良いこともあるでしょう?」

「ふふふ。そうね」

 リッシュ卿の言う通り、屋敷が大きくなって嬉しいこともあります。
 使用人の人数を増やすことができます。
 庭からは子供たちの笑い声が聞こえてきます。今日は天気が良いので大物の洗濯を教える、とナタリーが話していました。

「子供たちにとって、ここは天国のような職場になるでしょうね」

「あら。厳しく鍛えるわよ」

「そうして一人前のメイドやフットマンになった子供たちを、他の屋敷へ送り出すのですね?」

「ええ」

「誰も損をしない、みんなが幸せになれる。素晴らしい事業です」

「そうね」

「貴女がなされば、真似をする貴族も出てくるでしょう」

「そこまでの影響力があるかしら?」

「ありますとも。いまや、貴女がバンベルグの貴婦人たちの流行の最先端ですよ」

 刺繍も上手く流行に乗りました。
 工房は大忙しで、フェルメズ王国からも職人を呼び続けています。三軒目の工房も、順調に稼働していると聞いています。
 裏通りに店を構えていた『アンナ&リリア』は、表通りに二店舗目を出店しました。

「さて。それでは、休憩はこれくらいにして。続きを見ましょうか」

 リッシュ卿が合図すると、部屋の外から布のかかった板のようなものが運び込まれて来ました。

「今度は何を見るのかしら?」

「絵画です」

 布を取り去ると、色とりどりの絵画が姿を見せました。
 大小様々な絵画が、どんどん部屋に運び込まれて来ます。

「……困ったわ」

「どうされました?」

「私、絵の良し悪しはわからないのよ」

 そう言うと、リッシュ卿が笑いました。

「良し悪しなどいいのですよ。貴女の好きなものを選んでください。ここにお持ちしたものは、どれを飾っていただいても恥をかくようなことはありませんよ」

「そう?」

 そう言われてしまっては、仕方がありません。

「うーん。食堂には、この絵にしましょう。温かみがあるわね」

「では、季節によって掛け替えられるように、こちらの絵も合わせて購入しましょう」

「サロンには、ドレスのお嬢さんたちがいらっしゃるから。あまり派手な絵画ではない方がいいと思うのよ」

「その通りですね。では、こちらの風景画はいかがですか? 色使いが優しいので、どんなドレスの方がいらっしゃっても邪魔をすることはないでしょう」

 などなど。
 リッシュ卿が的確なアドバイスをしてくださるので、絵画選びは思いのほかスムーズに進みました。
 疲れている私に気遣ってくださったのかもしれませんね。

「最後に玄関ホールに飾る絵画です。こちらはお客さまが一番最初に目にするものですから、屋敷の印象を決めると言っても言い過ぎではありません」

 運び込まれて来たのは、大きな絵でした。
 玄関ホールの正面の壁に、ちょうどよい大きさです。

「これだけは貴女のために、この屋敷のために描き下ろしてもらいました」

「まあ」

「といっても、新進の画家ですから、有名になるのはこれからですね」

「リッシュ卿が選んだ先生なのでしょう?」

「はい」

「では、きっと出世なさるわね」

「ええ」

 布が取り払われると、まず目に入ったのは新緑が輝く森の景色です。
 その森の奥には透き通るような湖が描かれています。
 湖のふちに、一頭の獅子がいました。
 黄金のたてがみを風に揺らしながら、黒々とした瞳がこちらを見つめています。
 その瞳は、宝石のようにキラキラと輝いています。

「獅子の瞳には、砕いた尖晶石ブラック・スピネルを使いました」

 いつの間にか、部屋の中に一人の青年が立っていました。
 猫背が特徴的な彼が、この絵を描いた画家でしょう。

「本物には到底及びませんが、手を尽くしました」

「本物?」

「本物の『獅子姫』は、もっともっと美しく、気高く、神々しい……」

 画家が、うっとりとした表情を浮かべて私を見ています。
 少し足が引けてしまったことは、たぶん仕方がないことです。

「ああ、もっともっと精進しなければ。貴女の美しさは、こんなものではない……!」

 画家はいつの間にか取り出した板に紙を敷き、スケッチを始めてしまいました。

「えっと……」

「ちょっと、変わった人なので。貴女に会いたいというので連れて来ましたが、退室してもらいますか?」

「いいえ。このままでいいわ。彼が満足するまで付き合いますよ」

「ありがとうございます。彼は、貴女の美しさに感銘を受けて、ここのところはずっと貴女ばかりを描いています」

「そうなの?」

「彼は男爵家の次男で、貴女を見るためだけに夜会に通っているんですよ」

「まあ」

「その情熱を見込んで、貴女の肖像画・・・を依頼したのですが……」

「出来上がったのはこの絵だった、と」

「はい。……彼の目には、貴女の姿はこんな風に見えているのですね」

「嬉しいわ」

「きちんとした肖像画を描かせてもいいのですよ?」

「いいえ。素晴らしい絵だわ」

 本当に。
 私を描いていたら獅子の姿になってしまった、とは。
 そんなに嬉しいことはありません。

「これは、私からの贈り物です」

「よろしいの?」

「ええ」

「先日も宝石をいただいたばかりだわ。その前には、素敵なドレスを」

「どれも貴女にお似合いになるだろうと選んだものです」

 嬉しいのですが、困ってもいます。
 リッシュ卿からの贈り物は、どれもこれも高価なものばかりなものだから。
 訪ねてくるときには、花束を欠かしたこともありません。
 本来であれば、男性が恋人に贈るようなものばかりです。

「……私にではなくて、意中の女性に贈り物をした方がよいのではないの?」

 そう言うと、リッシュ卿がため息を吐きました。

「そういうところですよ、シーリーン嬢」

「どういうことなの?」

「あまり深く考えないでください。私は貴女に・・・贈り物をしたいのです」

「私は、その理由が知りたいのだけど」

 リッシュ卿が、困ったように眉を下げました。

「それをお話しするには……まだ少し、陽が高いようです」

 陽の高さと、いったい何が関係しているのでしょうか。
 首を傾げる私に、リッシュ卿は朗らかに笑っていました。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです

鍛高譚
恋愛
内容紹介 「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」 王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。 婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。 「かしこまりました」 ――正直、本当に辞めたかったので。 これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し…… すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。 そしてその瞬間―― 王宮が止まった。 料理人が動かない。 書類が処理されない。 伝令がいない。 ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。 さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。 噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。 そしてついに―― 教会・貴族・王家が下した決断は、 「王太子廃嫡」 そして。 「レティシア、女王即位」 婚約破棄して宰相をクビにした結果、 王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――? これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの 完全自業自得ざまぁ物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...