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第26話 差し入れとレースのハンカチ
しおりを挟む今日の天気は晴れ。外出日和です。
「シーリーン嬢!?」
到着したのは、近衛騎士団の訓練場。
デラトルレ卿には内緒で来ました。
「ごきげんよう。精が出ますね」
騎士団長には、手紙で『見学したい』と伝えてありましたから、快く案内していただくことができました。
「差し入れを持って来ました。休憩にしませんか?」
「ありがとうございます」
ちょうどキリの良いところだったのでしょう。
見習いの騎士たちが、日陰にテーブルを運んできてくれました。
デラトルレ卿を誘って座ります。
「サンドウィッチを作ってきたの。ハムはお好き?」
「作ってきた……?」
「ええ。ちょっと形は悪いけど、卵の殻が入るような失敗はしていないはずよ」
「……神よ」
「え?」
デラトルレ卿が手を組んで空へ祈りを捧げ始めました。
どうしたのでしょうか。
「ありがたく、頂戴します」
「どうぞ召し上がれ」
大きな口でサンドウィッチを頬張る姿を横目に見ながら、お茶を淹れます。
サンドウィッチに合わせてクロエが選んでくれた茶葉を持って来ました。良い香りです。
「美味しいです」
「よかったわ」
慣れない調理で自信がなかったけれど、味は大丈夫だったようです。
「……貴女が鹿を焼いてくださった日が懐かしい」
「本当ね。ずいぶんと前のことのような気がするわ」
私が帝国にやって来た頃は、冬と春の間でした。
今は夏が始まろうとしています。
「それで?」
「え?」
「今日は、どういったご用向きでいらしたんですか?」
食後にはお茶を飲みながら他愛もない話を楽しんでいました。しばらくすると、デラトルレ卿が首を傾げて言いました。何か用件があると思ったのでしょう。
「ここのところ、屋敷に来てくださらないから」
この二週間ほど、多忙のようで顔を合わせる機会がありませんでした。
「えっと、それは、その……」
急にデラトルレ卿がしどろもどろになってしまいました。
「私に会いたかった、とか。そういうことでしょうか?」
「そうよ」
もちろん。
帝国に来てすぐの頃。デラトルレ卿だけでなく、リッシュ卿が何だかんだと用事を見つけては訪ねてきて下さるので、私は寂しい思いをしなくて済んだのです。
「それは、その……。私もお会いしたかったです」
「ふふふ。会いに来てよかったわ」
デラトルレ卿は、この国で初めて私の味方になってくれた人です。
やはり、会えない日が続くのは寂しいのです。
迷惑になるかもしれないと思いましたが、思い切って訪ねて来て正解でしたね。
「あら。顔が赤いわよ」
デラトルレ卿の顔が、赤く色づいています。
「気にしないでください。ただの日焼けです」
それにしては、さっきまでは普通の顔色だったような気がするけれど。
「大丈夫です」
「そう?」
そうはいっても、本当に真っ赤です。
扇子でパタパタと仰ぐと、デラトルレ卿が目を細めました。
「涼しいです」
風が吹いて、緑の葉がサラサラと音を立てています。
遠くでは木刀がぶつかり合う音と掛け声が聞こえてきます。馬場からは馬蹄の音。
「……」
しばらく、無言で風を感じていました。
こんな風に過ごすのも、悪くありませんね。
「……久しぶりにゆったりできました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……シーリーン嬢、お願いがあるのですが」
「お願い、ですか?」
「まだ、忙しい日が続きそうなのです。何か、あの……。貴女の持ち物をお貸しいただけませんか?」
「私の持ち物を?」
「はい。……それを見る度に今日のことを思い出すことができます。そうすれば、元気が出るような気がするのです」
「わかりました。では……」
持ち歩いても邪魔にならないもので、なにか良い物はあるでしょうか?
ティーカップは論外ですし、扇子も嵩張ってしまいます。
「これがいいわ」
差し出したのは、ハンカチです。
「私が編んだレースだから、少し不格好だけど」
縁を飾る白いレースは、ジモーネ嬢に習って私が編んだものです。
あまり上手ではありませんが自分でなら、と思い使っています。
「いいえ、そんな、とんでもない! ……とても綺麗なレースです」
「そうかしら」
「ありがとうございます」
デラトルレ卿が、宝石でも扱うような手つきでハンカチを受け取ります。
ただのハンカチなのに。
「これで、もう少し頑張れそうです」
「よかったわ。そういえば、どうしてそんなに忙しいの?」
「そろそろ社交シーズンが終わります。毎年、この時期には皇帝主催の大舞踏会が控えていますし」
「訓練や準備で忙しいのね?」
「はい。それと……」
言いかけて、口をつぐんでしまいました。
ギッとテーブルが音を立てます。
デラトルレ卿が、テーブルに乗り出して私の耳に顔を寄せたからです。
「令嬢の連続毒殺事件の調査をしています」
この一ヶ月ほど、首都を騒がせている事件です。
夜会や舞踏会に出席した若い令嬢ばかりが、すでに四人も亡くなっているのです。
しかも、全員が毒を飲んで亡くなっています。
「近衛騎士団が調査を? 第一騎士団の仕事ではないの?」
「さすがに貴族令嬢が四人も亡くなっていますから。皇帝陛下から徹底的な調査を命じられたのです」
「それで、近衛騎士団が?」
「はい。第一騎士団は警備が主な仕事ですから、貴族相手の調査となると動きが取りづらいのです」
「なるほど」
何かと力関係が難しいようです。
近衛騎士団であれば皇帝陛下の勅命を盾にして多少の強引な調査ができる、というわけですね。
「犯人は捕まりそうですか?」
「容疑者は何人かいるのですが、全員が同じような状況でして」
「というと?」
「四人の令嬢と婚約関係にあった男性たちです。それぞれ、家同士だったり本人同士だったりが揉めていたことが分かっています」
「令嬢が毒殺された夜会にも、一緒に出席していたのね?」
「その通りです」
「四人とも、今は拘束されているの?」
「いいえ。確たる証拠がないので、逮捕できていません。それに……」
デラトルレ卿が、渋い顔で冷めたお茶を飲み干しました。
「四人とも犯人だとは言い切れない状況です」
「普通に考えれば、四人がそれぞれ殺害したと思えるけれど?」
「四件とも同じ毒が使われているのです。あり得ない話です」
「確かに」
「もし四人が別々に令嬢を殺害したということならば、その毒を彼らに提供して殺人を唆した人物がいるはずです」
「それで、四人をそのまま泳がせているのね」
「その通りです。四人とも犯人なのか、それとも一人なのか」
「私に、何かお手伝いできることはあるかしら?」
「ありがとうございます。何か情報が入ったら、教えていただけますか?」
「任せて」
「それと……」
デラトルレ卿が、テーブル越しに私の手を握りました。
お互いに食事中でしたから素手です。
驚きましたが、今日はおかしな声を上げることはありませんでした。
私の周囲の男性たちはスキンシップが多いから、少しは慣れてきたのかしら?
「夜会や舞踏会では、気をつけてくださいね」
「私は大丈夫よ。私にはそもそも婚約者がいませんからね」
「そうですが。……気をつけてください」
「はい」
返事をすると、デラトルレ卿がにっこりと笑いました。
「それから、また、会いに来ていただきたい、です」
「ええ。今度はジモーネ嬢たちも誘って来ますね。賑やかな方が嬉しいでしょう?」
「……そういうところです」
「え?」
「なんでもありません」
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