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2◇失意◇
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鏡を見て今日もショックを受ける。
若々しかった外見は、今ではくすみ、老いぼれた枯れ木となってしまった。肌にはシミやシワ、なんだか分からないイボまである。
そんな外見と目を合わせて今日も今日とて失意に落ちる。
なにが悲しくて、いや、なにもかもが悲しくて否応なく悪夢のような現実を直視しなきゃならなくなる。痛感する自分の外見年齢に、成す術なく落ち込んだ。
この外見のせいで実家からは遠ざけられて、郊外の一軒家で一人寂しく暮らしている。よぼよぼの老人、独りで。
魔女に呪いを掛けられた後、俺はよたよたといった足取りで家へ向かった。ゆっくりとした歩みのせいで、着いた頃には夕方から夜になってしまった。
我が家は名家と名高い伯爵家。家と言うが、本来は屋敷である。
そんな豪華な屋敷に直進する見知らぬ爺さん。つまりは俺が門の前に立つと、当然のように門番に阻まれた。
「おいおい爺さん、ダメじゃないか。こんなところに来ちゃ。ここはあのヴィン家のお屋敷だぜ?」
「俺はここの人間だ。通してくれ」
「はぁああ? 爺さん嘘も大概にしろよ。ヴィン家の祖父母は知ってっけど、アンタみたいな顔じゃなかったぜ? もっと小綺麗な爺さん婆さんだったよ。ほら、さっさと家に帰んな」
しっしっと手を払う門番に苛立ちながら、自分の名を明かす。
「俺はルンガだ! ここを通せ」
「ぶっは! 爺さん冗談も程々にしてくれよ。ルンガ坊っちゃんといやぁ、アンタとそれこそ正反対の麗しの君だぞ?」
「そうそう。男にしとくのが勿体無い美人さんだ。あ~俺ルンガ坊っちゃん相手なら起つが、爺さん相手じゃ逆に萎えちまうよ。ぎゃははは!」
なんて下世話な門番なんだ。元に戻ったら執事長辺りに躾直してもらおう。
「何度も言わせるな」
「ま、確かに態度は腹立つぐらい高圧な坊っちゃんに似てなくもないが……なぁ? それって俺らをキレさせるだけだぜ爺さん。ボケが始まってるんだろうが、大人しく小屋に帰んな!」
「なッ……!!」
それから俺は何度言っても分からない門番を強行突破しようと足を前に出した。しかし、慣れない細足は上手く力が入らず、簡単に転んでしまった。
「お、俺達は何もしてないからな!? 爺さんが勝手にこけただけだからな!」
言われなくても分かってる。俺は別に耄碌した爺さんじゃないんだ。ただ、呪いだとか言うのを掛けられて……手足が枯枝みたいになってるだけだ。
「何を揉めているのです?」
と、そこへ馬車の音と共に青のドレスをまとった貴婦人が登場した。
「母様……!」
そこから俺は痛む足をなんとか叱咤して、母の前に立つと、自分がルンガであることをアピールした。
結果は、幸いにも俺の着ていた服が母さんの手作りであり、世界に一着しかない衣装で、家族にしか見抜けない些細な癖があったから俺がルンガ・ヴィンであると理解されたのである。
母さんは俺に駆け寄ると泣き崩れた。その日の家族会議は誰しもが沈痛そうな面持ちをしていた。
そして、俺にもその瞬間が訪れた。鏡越しに向き合った見知らぬ爺さん。よたよたと鏡に近寄り、俺の視界を遮るそいつ。それこそが、まさか自分だなんて、どうして素直に受け入れることができるだろうか。
それまで可愛い女の子から大人なお姉さんに至るまで幅広い女性にモテにモテた。門番じゃないけど、男に声を掛けられたことだって一度じゃない。でも今日日お声掛けなんて来ないだろう。ナンパなんてやったところできっと、箸にも棒にも掛からないはずだ。
こんな、こんな、ただの爺さんには。
あの絶望を、俺は忘れられないでいた。
今でもたまに悪夢を見る。朝起きたら急に老人へと変化している夢。でもその夢が夢じゃないと知らされて俺はまた塞ぎこむのだ。そう、今日のように。
魔女に呪いを掛けられたあの日から月日は経ち、俺は暮らすには普通なら不自由ない一軒家を与えられている。俺が、若者ならばの話だが。
もうすぐ冬が近づく季節。建前ばかりを優先した住居には隙間風が入り込み、足腰にくる。老化して、まず始めに分かったのは、大したことをしないでも何気なく動くだけで腰が痛むことだった。神経に作用してるのか、詳しいことは分からないが、とにかく地味に痛い。ピキッと体が固まるように動けなくなるのだ。じんわりと痛みが退くのを待ってから、のろのろと行動を再開する。それだけで時間が経過するのだからたまったものじゃない。
食事ひとつとっても大変な困難である。
指先は簡単に震えるから、食事はまともに食べられない。スープはよく溢すし、パンは柔らかくなきゃ噛みきれない。自分でも手のかかるものになってしまったことに嫌気が差した。
暮らすのは俺一人だが、世話役の執事や侍従なんかは数人ここへやってくる。だが彼らによく思われていないのは知っている。本邸から見れば寂れた郊外にあるここへ来るのは半ば左遷。その上、世話をする相手が本当に元のルンガ様か怪しいとのこと。呪いをなんていうインチキ紛いのこじつけでヴィン家の皆様は騙されているのではないか、とメイド達が話しているのを聞いたことがある。というか俺のことを耳が遠いと思っているのか目の前でぺちゃくちゃ喋っているのを聞いていた。我慢強くならなきゃ老人なんてやっていられない。
でも悔しい思いだってある。老人の体だからと動かないでいるのも体に悪いし、気が滅入る。だから散歩を日課にしている。本来の顔の時は、媚びを売られしなを作られした俺。だが、今では遅い俺を追い越す時には舌打ちをして抜かれていく。
実年齢はまだ25歳なのに、満足に用だって足せない自分が情けなくなるし、恥ずかしい。でもそんな泣きたい気持ちを発散する術はない。
この三年間、俺は魔女や呪いについて暇さえあれば調べた。だが結果は散々なものだった。おとぎ話や伝承、ホラの中にしか魔女は存在せず、呪いなんて所詮まやかし程度のものだった。根性や部屋の家具の配置なんていうのが対策に載っているぐらいだった。
実質的な解決策が見いだせないまま、焦りすら緩やかに衰え、そして、ついには諦めの境地へと至った。
吐く息は白いままなのに、この肺は簡単に音を上げる。ぜぇはぁと耳障りな音をかき鳴らしては俺の生を繋いでいた。
若々しかった外見は、今ではくすみ、老いぼれた枯れ木となってしまった。肌にはシミやシワ、なんだか分からないイボまである。
そんな外見と目を合わせて今日も今日とて失意に落ちる。
なにが悲しくて、いや、なにもかもが悲しくて否応なく悪夢のような現実を直視しなきゃならなくなる。痛感する自分の外見年齢に、成す術なく落ち込んだ。
この外見のせいで実家からは遠ざけられて、郊外の一軒家で一人寂しく暮らしている。よぼよぼの老人、独りで。
魔女に呪いを掛けられた後、俺はよたよたといった足取りで家へ向かった。ゆっくりとした歩みのせいで、着いた頃には夕方から夜になってしまった。
我が家は名家と名高い伯爵家。家と言うが、本来は屋敷である。
そんな豪華な屋敷に直進する見知らぬ爺さん。つまりは俺が門の前に立つと、当然のように門番に阻まれた。
「おいおい爺さん、ダメじゃないか。こんなところに来ちゃ。ここはあのヴィン家のお屋敷だぜ?」
「俺はここの人間だ。通してくれ」
「はぁああ? 爺さん嘘も大概にしろよ。ヴィン家の祖父母は知ってっけど、アンタみたいな顔じゃなかったぜ? もっと小綺麗な爺さん婆さんだったよ。ほら、さっさと家に帰んな」
しっしっと手を払う門番に苛立ちながら、自分の名を明かす。
「俺はルンガだ! ここを通せ」
「ぶっは! 爺さん冗談も程々にしてくれよ。ルンガ坊っちゃんといやぁ、アンタとそれこそ正反対の麗しの君だぞ?」
「そうそう。男にしとくのが勿体無い美人さんだ。あ~俺ルンガ坊っちゃん相手なら起つが、爺さん相手じゃ逆に萎えちまうよ。ぎゃははは!」
なんて下世話な門番なんだ。元に戻ったら執事長辺りに躾直してもらおう。
「何度も言わせるな」
「ま、確かに態度は腹立つぐらい高圧な坊っちゃんに似てなくもないが……なぁ? それって俺らをキレさせるだけだぜ爺さん。ボケが始まってるんだろうが、大人しく小屋に帰んな!」
「なッ……!!」
それから俺は何度言っても分からない門番を強行突破しようと足を前に出した。しかし、慣れない細足は上手く力が入らず、簡単に転んでしまった。
「お、俺達は何もしてないからな!? 爺さんが勝手にこけただけだからな!」
言われなくても分かってる。俺は別に耄碌した爺さんじゃないんだ。ただ、呪いだとか言うのを掛けられて……手足が枯枝みたいになってるだけだ。
「何を揉めているのです?」
と、そこへ馬車の音と共に青のドレスをまとった貴婦人が登場した。
「母様……!」
そこから俺は痛む足をなんとか叱咤して、母の前に立つと、自分がルンガであることをアピールした。
結果は、幸いにも俺の着ていた服が母さんの手作りであり、世界に一着しかない衣装で、家族にしか見抜けない些細な癖があったから俺がルンガ・ヴィンであると理解されたのである。
母さんは俺に駆け寄ると泣き崩れた。その日の家族会議は誰しもが沈痛そうな面持ちをしていた。
そして、俺にもその瞬間が訪れた。鏡越しに向き合った見知らぬ爺さん。よたよたと鏡に近寄り、俺の視界を遮るそいつ。それこそが、まさか自分だなんて、どうして素直に受け入れることができるだろうか。
それまで可愛い女の子から大人なお姉さんに至るまで幅広い女性にモテにモテた。門番じゃないけど、男に声を掛けられたことだって一度じゃない。でも今日日お声掛けなんて来ないだろう。ナンパなんてやったところできっと、箸にも棒にも掛からないはずだ。
こんな、こんな、ただの爺さんには。
あの絶望を、俺は忘れられないでいた。
今でもたまに悪夢を見る。朝起きたら急に老人へと変化している夢。でもその夢が夢じゃないと知らされて俺はまた塞ぎこむのだ。そう、今日のように。
魔女に呪いを掛けられたあの日から月日は経ち、俺は暮らすには普通なら不自由ない一軒家を与えられている。俺が、若者ならばの話だが。
もうすぐ冬が近づく季節。建前ばかりを優先した住居には隙間風が入り込み、足腰にくる。老化して、まず始めに分かったのは、大したことをしないでも何気なく動くだけで腰が痛むことだった。神経に作用してるのか、詳しいことは分からないが、とにかく地味に痛い。ピキッと体が固まるように動けなくなるのだ。じんわりと痛みが退くのを待ってから、のろのろと行動を再開する。それだけで時間が経過するのだからたまったものじゃない。
食事ひとつとっても大変な困難である。
指先は簡単に震えるから、食事はまともに食べられない。スープはよく溢すし、パンは柔らかくなきゃ噛みきれない。自分でも手のかかるものになってしまったことに嫌気が差した。
暮らすのは俺一人だが、世話役の執事や侍従なんかは数人ここへやってくる。だが彼らによく思われていないのは知っている。本邸から見れば寂れた郊外にあるここへ来るのは半ば左遷。その上、世話をする相手が本当に元のルンガ様か怪しいとのこと。呪いをなんていうインチキ紛いのこじつけでヴィン家の皆様は騙されているのではないか、とメイド達が話しているのを聞いたことがある。というか俺のことを耳が遠いと思っているのか目の前でぺちゃくちゃ喋っているのを聞いていた。我慢強くならなきゃ老人なんてやっていられない。
でも悔しい思いだってある。老人の体だからと動かないでいるのも体に悪いし、気が滅入る。だから散歩を日課にしている。本来の顔の時は、媚びを売られしなを作られした俺。だが、今では遅い俺を追い越す時には舌打ちをして抜かれていく。
実年齢はまだ25歳なのに、満足に用だって足せない自分が情けなくなるし、恥ずかしい。でもそんな泣きたい気持ちを発散する術はない。
この三年間、俺は魔女や呪いについて暇さえあれば調べた。だが結果は散々なものだった。おとぎ話や伝承、ホラの中にしか魔女は存在せず、呪いなんて所詮まやかし程度のものだった。根性や部屋の家具の配置なんていうのが対策に載っているぐらいだった。
実質的な解決策が見いだせないまま、焦りすら緩やかに衰え、そして、ついには諦めの境地へと至った。
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