2 / 16
2◇失意◇
しおりを挟む
鏡を見て今日もショックを受ける。
若々しかった外見は、今ではくすみ、老いぼれた枯れ木となってしまった。肌にはシミやシワ、なんだか分からないイボまである。
そんな外見と目を合わせて今日も今日とて失意に落ちる。
なにが悲しくて、いや、なにもかもが悲しくて否応なく悪夢のような現実を直視しなきゃならなくなる。痛感する自分の外見年齢に、成す術なく落ち込んだ。
この外見のせいで実家からは遠ざけられて、郊外の一軒家で一人寂しく暮らしている。よぼよぼの老人、独りで。
魔女に呪いを掛けられた後、俺はよたよたといった足取りで家へ向かった。ゆっくりとした歩みのせいで、着いた頃には夕方から夜になってしまった。
我が家は名家と名高い伯爵家。家と言うが、本来は屋敷である。
そんな豪華な屋敷に直進する見知らぬ爺さん。つまりは俺が門の前に立つと、当然のように門番に阻まれた。
「おいおい爺さん、ダメじゃないか。こんなところに来ちゃ。ここはあのヴィン家のお屋敷だぜ?」
「俺はここの人間だ。通してくれ」
「はぁああ? 爺さん嘘も大概にしろよ。ヴィン家の祖父母は知ってっけど、アンタみたいな顔じゃなかったぜ? もっと小綺麗な爺さん婆さんだったよ。ほら、さっさと家に帰んな」
しっしっと手を払う門番に苛立ちながら、自分の名を明かす。
「俺はルンガだ! ここを通せ」
「ぶっは! 爺さん冗談も程々にしてくれよ。ルンガ坊っちゃんといやぁ、アンタとそれこそ正反対の麗しの君だぞ?」
「そうそう。男にしとくのが勿体無い美人さんだ。あ~俺ルンガ坊っちゃん相手なら起つが、爺さん相手じゃ逆に萎えちまうよ。ぎゃははは!」
なんて下世話な門番なんだ。元に戻ったら執事長辺りに躾直してもらおう。
「何度も言わせるな」
「ま、確かに態度は腹立つぐらい高圧な坊っちゃんに似てなくもないが……なぁ? それって俺らをキレさせるだけだぜ爺さん。ボケが始まってるんだろうが、大人しく小屋に帰んな!」
「なッ……!!」
それから俺は何度言っても分からない門番を強行突破しようと足を前に出した。しかし、慣れない細足は上手く力が入らず、簡単に転んでしまった。
「お、俺達は何もしてないからな!? 爺さんが勝手にこけただけだからな!」
言われなくても分かってる。俺は別に耄碌した爺さんじゃないんだ。ただ、呪いだとか言うのを掛けられて……手足が枯枝みたいになってるだけだ。
「何を揉めているのです?」
と、そこへ馬車の音と共に青のドレスをまとった貴婦人が登場した。
「母様……!」
そこから俺は痛む足をなんとか叱咤して、母の前に立つと、自分がルンガであることをアピールした。
結果は、幸いにも俺の着ていた服が母さんの手作りであり、世界に一着しかない衣装で、家族にしか見抜けない些細な癖があったから俺がルンガ・ヴィンであると理解されたのである。
母さんは俺に駆け寄ると泣き崩れた。その日の家族会議は誰しもが沈痛そうな面持ちをしていた。
そして、俺にもその瞬間が訪れた。鏡越しに向き合った見知らぬ爺さん。よたよたと鏡に近寄り、俺の視界を遮るそいつ。それこそが、まさか自分だなんて、どうして素直に受け入れることができるだろうか。
それまで可愛い女の子から大人なお姉さんに至るまで幅広い女性にモテにモテた。門番じゃないけど、男に声を掛けられたことだって一度じゃない。でも今日日お声掛けなんて来ないだろう。ナンパなんてやったところできっと、箸にも棒にも掛からないはずだ。
こんな、こんな、ただの爺さんには。
あの絶望を、俺は忘れられないでいた。
今でもたまに悪夢を見る。朝起きたら急に老人へと変化している夢。でもその夢が夢じゃないと知らされて俺はまた塞ぎこむのだ。そう、今日のように。
魔女に呪いを掛けられたあの日から月日は経ち、俺は暮らすには普通なら不自由ない一軒家を与えられている。俺が、若者ならばの話だが。
もうすぐ冬が近づく季節。建前ばかりを優先した住居には隙間風が入り込み、足腰にくる。老化して、まず始めに分かったのは、大したことをしないでも何気なく動くだけで腰が痛むことだった。神経に作用してるのか、詳しいことは分からないが、とにかく地味に痛い。ピキッと体が固まるように動けなくなるのだ。じんわりと痛みが退くのを待ってから、のろのろと行動を再開する。それだけで時間が経過するのだからたまったものじゃない。
食事ひとつとっても大変な困難である。
指先は簡単に震えるから、食事はまともに食べられない。スープはよく溢すし、パンは柔らかくなきゃ噛みきれない。自分でも手のかかるものになってしまったことに嫌気が差した。
暮らすのは俺一人だが、世話役の執事や侍従なんかは数人ここへやってくる。だが彼らによく思われていないのは知っている。本邸から見れば寂れた郊外にあるここへ来るのは半ば左遷。その上、世話をする相手が本当に元のルンガ様か怪しいとのこと。呪いをなんていうインチキ紛いのこじつけでヴィン家の皆様は騙されているのではないか、とメイド達が話しているのを聞いたことがある。というか俺のことを耳が遠いと思っているのか目の前でぺちゃくちゃ喋っているのを聞いていた。我慢強くならなきゃ老人なんてやっていられない。
でも悔しい思いだってある。老人の体だからと動かないでいるのも体に悪いし、気が滅入る。だから散歩を日課にしている。本来の顔の時は、媚びを売られしなを作られした俺。だが、今では遅い俺を追い越す時には舌打ちをして抜かれていく。
実年齢はまだ25歳なのに、満足に用だって足せない自分が情けなくなるし、恥ずかしい。でもそんな泣きたい気持ちを発散する術はない。
この三年間、俺は魔女や呪いについて暇さえあれば調べた。だが結果は散々なものだった。おとぎ話や伝承、ホラの中にしか魔女は存在せず、呪いなんて所詮まやかし程度のものだった。根性や部屋の家具の配置なんていうのが対策に載っているぐらいだった。
実質的な解決策が見いだせないまま、焦りすら緩やかに衰え、そして、ついには諦めの境地へと至った。
吐く息は白いままなのに、この肺は簡単に音を上げる。ぜぇはぁと耳障りな音をかき鳴らしては俺の生を繋いでいた。
若々しかった外見は、今ではくすみ、老いぼれた枯れ木となってしまった。肌にはシミやシワ、なんだか分からないイボまである。
そんな外見と目を合わせて今日も今日とて失意に落ちる。
なにが悲しくて、いや、なにもかもが悲しくて否応なく悪夢のような現実を直視しなきゃならなくなる。痛感する自分の外見年齢に、成す術なく落ち込んだ。
この外見のせいで実家からは遠ざけられて、郊外の一軒家で一人寂しく暮らしている。よぼよぼの老人、独りで。
魔女に呪いを掛けられた後、俺はよたよたといった足取りで家へ向かった。ゆっくりとした歩みのせいで、着いた頃には夕方から夜になってしまった。
我が家は名家と名高い伯爵家。家と言うが、本来は屋敷である。
そんな豪華な屋敷に直進する見知らぬ爺さん。つまりは俺が門の前に立つと、当然のように門番に阻まれた。
「おいおい爺さん、ダメじゃないか。こんなところに来ちゃ。ここはあのヴィン家のお屋敷だぜ?」
「俺はここの人間だ。通してくれ」
「はぁああ? 爺さん嘘も大概にしろよ。ヴィン家の祖父母は知ってっけど、アンタみたいな顔じゃなかったぜ? もっと小綺麗な爺さん婆さんだったよ。ほら、さっさと家に帰んな」
しっしっと手を払う門番に苛立ちながら、自分の名を明かす。
「俺はルンガだ! ここを通せ」
「ぶっは! 爺さん冗談も程々にしてくれよ。ルンガ坊っちゃんといやぁ、アンタとそれこそ正反対の麗しの君だぞ?」
「そうそう。男にしとくのが勿体無い美人さんだ。あ~俺ルンガ坊っちゃん相手なら起つが、爺さん相手じゃ逆に萎えちまうよ。ぎゃははは!」
なんて下世話な門番なんだ。元に戻ったら執事長辺りに躾直してもらおう。
「何度も言わせるな」
「ま、確かに態度は腹立つぐらい高圧な坊っちゃんに似てなくもないが……なぁ? それって俺らをキレさせるだけだぜ爺さん。ボケが始まってるんだろうが、大人しく小屋に帰んな!」
「なッ……!!」
それから俺は何度言っても分からない門番を強行突破しようと足を前に出した。しかし、慣れない細足は上手く力が入らず、簡単に転んでしまった。
「お、俺達は何もしてないからな!? 爺さんが勝手にこけただけだからな!」
言われなくても分かってる。俺は別に耄碌した爺さんじゃないんだ。ただ、呪いだとか言うのを掛けられて……手足が枯枝みたいになってるだけだ。
「何を揉めているのです?」
と、そこへ馬車の音と共に青のドレスをまとった貴婦人が登場した。
「母様……!」
そこから俺は痛む足をなんとか叱咤して、母の前に立つと、自分がルンガであることをアピールした。
結果は、幸いにも俺の着ていた服が母さんの手作りであり、世界に一着しかない衣装で、家族にしか見抜けない些細な癖があったから俺がルンガ・ヴィンであると理解されたのである。
母さんは俺に駆け寄ると泣き崩れた。その日の家族会議は誰しもが沈痛そうな面持ちをしていた。
そして、俺にもその瞬間が訪れた。鏡越しに向き合った見知らぬ爺さん。よたよたと鏡に近寄り、俺の視界を遮るそいつ。それこそが、まさか自分だなんて、どうして素直に受け入れることができるだろうか。
それまで可愛い女の子から大人なお姉さんに至るまで幅広い女性にモテにモテた。門番じゃないけど、男に声を掛けられたことだって一度じゃない。でも今日日お声掛けなんて来ないだろう。ナンパなんてやったところできっと、箸にも棒にも掛からないはずだ。
こんな、こんな、ただの爺さんには。
あの絶望を、俺は忘れられないでいた。
今でもたまに悪夢を見る。朝起きたら急に老人へと変化している夢。でもその夢が夢じゃないと知らされて俺はまた塞ぎこむのだ。そう、今日のように。
魔女に呪いを掛けられたあの日から月日は経ち、俺は暮らすには普通なら不自由ない一軒家を与えられている。俺が、若者ならばの話だが。
もうすぐ冬が近づく季節。建前ばかりを優先した住居には隙間風が入り込み、足腰にくる。老化して、まず始めに分かったのは、大したことをしないでも何気なく動くだけで腰が痛むことだった。神経に作用してるのか、詳しいことは分からないが、とにかく地味に痛い。ピキッと体が固まるように動けなくなるのだ。じんわりと痛みが退くのを待ってから、のろのろと行動を再開する。それだけで時間が経過するのだからたまったものじゃない。
食事ひとつとっても大変な困難である。
指先は簡単に震えるから、食事はまともに食べられない。スープはよく溢すし、パンは柔らかくなきゃ噛みきれない。自分でも手のかかるものになってしまったことに嫌気が差した。
暮らすのは俺一人だが、世話役の執事や侍従なんかは数人ここへやってくる。だが彼らによく思われていないのは知っている。本邸から見れば寂れた郊外にあるここへ来るのは半ば左遷。その上、世話をする相手が本当に元のルンガ様か怪しいとのこと。呪いをなんていうインチキ紛いのこじつけでヴィン家の皆様は騙されているのではないか、とメイド達が話しているのを聞いたことがある。というか俺のことを耳が遠いと思っているのか目の前でぺちゃくちゃ喋っているのを聞いていた。我慢強くならなきゃ老人なんてやっていられない。
でも悔しい思いだってある。老人の体だからと動かないでいるのも体に悪いし、気が滅入る。だから散歩を日課にしている。本来の顔の時は、媚びを売られしなを作られした俺。だが、今では遅い俺を追い越す時には舌打ちをして抜かれていく。
実年齢はまだ25歳なのに、満足に用だって足せない自分が情けなくなるし、恥ずかしい。でもそんな泣きたい気持ちを発散する術はない。
この三年間、俺は魔女や呪いについて暇さえあれば調べた。だが結果は散々なものだった。おとぎ話や伝承、ホラの中にしか魔女は存在せず、呪いなんて所詮まやかし程度のものだった。根性や部屋の家具の配置なんていうのが対策に載っているぐらいだった。
実質的な解決策が見いだせないまま、焦りすら緩やかに衰え、そして、ついには諦めの境地へと至った。
吐く息は白いままなのに、この肺は簡単に音を上げる。ぜぇはぁと耳障りな音をかき鳴らしては俺の生を繋いでいた。
3
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】
リラックス@ピロー
BL
ごく普通の会社員として日々を過ごしていた主人公、ヨウはその日も普通に残業で会社に残っていた。
ーーーそれが運命の分かれ道になるとも知らずに。
仕事を終え帰り際トイレに寄ると、唐突に便器から水が溢れ出した。勢い良く迫り来る水に飲み込まれた先で目を覚ますと、黒いローブの怪しげな集団に囲まれていた。 彼らは自分を"神子"だと言い、神の奇跡を起こす為とある儀式を行うようにと言ってきた。
神子を守護する神殿騎士×異世界から召喚された神子
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる