ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

魅惑のサマーバケーション1

 まばゆいシャンデリアのように輝く海、遠い山岳に綿あめのようにかかる入道雲、僕ははやる気持ちでそれらをみつめている。
 その横をさわやかな風が抜けていく。
 青海が照り返しできらきらしているのを横目に、風すら切ってしまいそうな速度でこの海上列車、ブル・シエル号は進んでいる。

 そう、僕ことルナは今、めったに利用しない乗り物の中なのだ!

 黒陰暦46年。僕らの暮らすノワール国はとうとう八月を迎えた。
 ノワール国はどちらかといえば寒冷地になるが、真夏だけは例外だ。国を囲む山岳のおかげで特有のからっとした暑さが広がるせいで、連日連夜続く熱帯夜に悩まされることとなる。
 挙句今年は晴天続きで、みんな余計にバテていた。
 屋敷の面々が気だるそうに過ごしていると当主であるフレデリック様は使用人たちに一時的な暇を出した。

「エマ、リュカ、……それからルナくん。君たちは一緒に来てくれるね?」

 僕の頭の中では疑問符が浮かんでいる。そんなはてなだらけの僕を察してかフレデリック様はこう続けた。

「今年の夏は別荘で過ごそうか」、と。




 こうして別荘地へ向け出発し、汽車の中でまたたく間に切り替わる風景を目にしているのが、今現在である。

(別荘かぁ……、どんな所なんだろ?)

 リュカ様は向かいに座って目を閉じてうとうととなされている。
 腕を組んだままときおり寝息が聞こえてきそうなぐらいにはリラックスしている様子だった。
 現にこうしてためらいがちに彼を盗み見ても、普段ならば飛んでくる野次の類は一切、ない。
 日頃なにかと気を張っているらしい彼だから、起こさないよう細心の注意を払って、僕は窓の外の景色を楽しんでいた。

 そんな僕の視界に絶景が飛び込んできた。

 海と浜のロケーション、浅瀬をかき分けてはびこるサンゴ礁が織りなす自然の造形美と、人の手で造られた白亜の線路がどこまでも続いている。
 まさに沿線上の境界だ。

 なんでもこの線路は死んだ珊瑚の体を利用して造られたとか、そう車内アナウンスで流れている。

 そして、その先に広がるのが国内でも有数の別荘地だ。

 蒸し暑い街を出て目指す到着地点はノワール国でも北側に位置する、ノーステイル地方。ベルナルド家の屋敷が存在する発展都市サースタイル地方とはその特色も打って変わる。

 旧神話街と呼ばれるだけあって、古き良き建物、それに風流な文化が根ざす、歴史的な土地。

 目的はリュカ様の夏季休暇に合わせての避暑だが、見惚れる海上の光景に、今年の夏は最高のものになりそうな、そんな予感が僕にはしていた――。




 初めて訪れる場所に新鮮な気持ちが鼓動を叩く。
 高鳴る興奮は最高潮に達し、そのとき蒸気機関車は警笛と煙を上げる。
 ついに目的の駅が視界の端にまで迫っていた。

 気づけば窓に身を乗り出す勢いで張り付いていた。
 水をたたえた美しい孤島に思いを馳せていると、潮のうねりとともに巻き上がった海風が僕の帽子を連れ出そうとする。
 とっさに押さえるも、先のタイミングでちがう手が乗っていた。

「ふ。そそっかしいやつ。なくすなよ?」

 面映ゆい気持ちで座席に座り直す。たった一瞬の、リュカ様とのふれあいにすら僕はにやけ顔を我慢するのに必死だ。

「くぁぁ……、そろそろ降りる準備でもするか」

 まだ眠そうなリュカ様の視線が僕の顔の真ん中でひたと止まる。

「なんかお前……」
「はい?」

 ――楽しそうだな?

 鈴を転がすようなリュカ様の言い方に耳を撫でられる。
 くすぐったい気持ちの僕を乗せて、蒸気機関車は緩慢と駅舎に吸い込まれていった。
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