ミニュイの祭日

月岡夜宵

文字の大きさ
38 / 44
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

魅惑のサマーバケーション6

 今は歩いて回っている、はずだ。そのわりに中は振動が少ない。これも担ぎ手のおかげだろう。
 乗り物を担ぐ若衆はかたんことんと停止しては捧げものを受け取っていく。そのたびに音が漏れ聞こえる。
 だが、それ以外の情報に乏しい。

 なにせ密室・・なので。

(リュカ様と、ふたりっきり……)

 時間の経過もわからない場所で、すぐ隣、彼の呼気すら聞こえるほどの距離にある。
 馬車でだって隣同士に座ることなんてない。なにせ僕らは主人と使用人なので。

 思わずこの好機に舞い上がって目を伏せた。
 落ち着け落ち着け、そう唱えるけれど心臓にはたいした効果がない。
 にぎやかな喧騒とは反対の、かごの中の静寂。
 御簾みすごしにうかがえる風景は非常にゆったりとしたものだ。時折、小川のせせらぎが聞こえ、鳥が飛び立つ場面が見えるばかり。

 儀式用だというお面をお互いにつけ、借り物の羽織り姿。

 ふと、横に座っているリュカ様と目と目が合った。
 ちかい。思わず浮かんだ感想はそんなものだった。
 こんな距離にいるのにリュカ様には動揺すらない。いや、動揺ってなんだ、誰が、誰を、意識するというんだ!?

 僕の頭はもう散らばったパズルのピースのようだった。
 
 そうこうしているとかごに傾斜がついた。すると中の人間のために作られた便利なグリップを発見し、僕はつかもうと手を伸ばす。

「あ、……っ」

 支えを無事掴むも、汗でじっとりした手ではうまく握り続けられなかった。
 そのせいか、前のめりに体がよろけてしまう。
 それでも間一髪、リュカ様の手が僕の胴を掴んでいて、あわやカゴから飛び出すなんていう醜態は避けられた……よかった。

「手が滑るなんて、また緊張してんのか?」とリュカ様は意地の悪い笑みを浮かべている。
「う、うるさいですね!」と僕は頬を膨らませてそっぽを向いた。

 こんな攻防には慣れっこというもので。わが主は清々しいほどマイペースである。

「はっ、なんだよ、その態度。お子様はいっそ俺にしがみついてろ」
「だだだだ。だれがお子様ですか、二歳しか違わないくせに!」

 僕がムキになって否定しているとかごの外から声がかかった。

「おしゃべりは構いませんよ。ですがこの先すこし揺れますので、どうか口の中には気をつけてください」
「あ、……はい」
「やーい注意されてやんの」
「共犯って言ったばっかでしょうが!!」


 一団は、どうやら山の方に向かっているらしい。
 松明たいまつを抱えた先頭が案内する方へゆっくりと登っている。
 後ろからもにぎやかな声や複数の足音がするから、たぶん、観光客以外の村人たちも一緒になって向かっているのだろう。幾重にも掛け声が聞こえる。


「そのまま動くなよ」
「え?」

 やけに真摯な瞳でみつめてるなーと思えば、ふいに笑った彼と早まったまま収まらない鼓動がぴたりとはまった。

 視線の先――、視界を占領するのはたいそう見目のいい顔。長いまつげの瞬き、それにかすかにかかる息遣い。

 ちゅ。

(ん? 今のなんの音だ)

 閉じられたままの窓、それが余計にふたりだけの世界みたいで、と思考がブレた瞬間、彼ははっきりとさきほどの行為・・について言及した。

「目、閉じないんだな」
「?」

 一体彼は何が言いたいんだろう。僕にはさっぱりわからない。

「ほら、母上のときはいつも目を閉じてたろ?」
「え、は、え? エマ様がって……、さっきからなんの話を?」
「だから世にいう、口づけ?」

(はあ。いや、待てよ)

「く、くっ、くちづけ!? なんで僕に! っていうかまさかリュ……」
「おーっとストップ!? なんだよ急にっ、お前がおとなしくしてたからご褒美にって、こら暴れるな!」
(そういう意味なんですね!?)

 危ないー、あと少しで全部ぶちまけるところだった!!!!

 口づけ、でもそれは親が幼子を安心させるためにするような、それだ。
 受けた場所だってリップではなく、額。

(あああああ、僕ってばほんとに恥ずかしいやつッ!!)

 前髪をおろして顔を隠すも、隣の彼はくすくすと笑い声をたてる。

 あーもう、びっくりしたなあ。ほんとにこっちの気持ちを慮ってほしいよ、もう!

「驚かして悪かったな。ほら、慰めてやるから」
「ん。そんなのいりませんー、べえーっだ!」
「ははは、これは不要か」

 思わぬご褒美の続き。右耳をさすられて変な声がでた。『んっ』、ってなんだよ、僕! すりすりと指の腹でされる極上のマッサージは案外……、ふわあ。




 と、僕が寝過ごしている間に、カゴは目的地に到着していたのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

響花学園

うなさん
BL
私の性癖しか満たさない。

イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。

ゆう
BL
八代秋(10月12日) 高校一年生 15歳 美術部 真面目な方 感情が乏しい 普通 独特な絵 短い癖っ毛の黒髪に黒目 七星礼矢(1月1日) 高校三年生 17歳 帰宅部 チャラい イケメン 広く浅く 主人公に対してストーカー気質 サラサラの黒髪に黒目

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。