ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

リュカ様の異変1

 朝食を終え、出立の準備を終えた主人のために玄関の扉を開けた。馬車の前へと案内するべく、先頭を歩く。
 春の花々が咲き誇る自慢の庭園を抜けて、御者の前に僕らは立った。

「お坊ちゃん方、お出かけですかい」
「ああ。さあ行くぞ、ルナ!」

 並んで着座し、馬車を出せと指示なされるリュカ様。今日の僕はリュカ様のお供として付いていくのだ。

 予定では視察の練習を兼ねて、領地の中でも遠方の田舎町を見て回ることになっていた。ついでに、エマ様のお土産とコック長から珍しいものがあればぜひにと食材も頼まれて。

 昨夜の風の影響か、肌寒い天候への対策としてを上着をかばんに詰めてある。リュカ様は愛用のステッキを握りしめて流れる窓の外をみつめておられた。その横顔に覇気がないように見えるのは気のせいだろうか。




「大丈夫ですか!?」

 本命の視察を終え、エマ様とコック長のお土産にと露店を見て回っている時だった。

 リュカ様は話している最中からどこか心ここにあらずといった顔をしていて、時折物憂げに視線をさまよわせていた。彼が心配で僕はその横顔にばかり注視していた。だから、。
気づけなかった・・・・・・・
 リュカ様の体が傾いかしいだ時には通りの反対から暴れ馬が来ていたのだ。

「ぅあっ、……あぶなッ!!」

 どんっと跳ね上げられる音。散らばる八百屋の野菜や服屋の布地。積んであった木箱が粉々に砕けて、破片が路面に散乱する。嘶いいなないて、荒ぶった馬はどこかへ駆けてしまった。
 惨状を見ていた僕の目に続いて入ってきたもの。

 リュカ様が仰向けあおむけで倒れ込んでいたのだ。

 僕は最初、動けなかった。
 なんとか動いた時には、震える手をさまよわせ、主人に呼びかけることしかできなかった。

「リュカ様! リュカ様ってば、しっかりしてください!!」

 返事がない? そんな、まさか馬に引かれて死んでしまうなんて、そんなこと。

「……頼むから、耳元では喚くわめくな。キンキン響いて頭が痛……うう」

 なんとリュカ様はご無事だった。
 彼は倒れ込み肘を擦りむいていたが、馬と衝突したとか引かれるといったことはなかったらしい。ただし転倒した影響で頭痛がするとのこと。頭は守っていたようだが、念の為ねんのため、医者に見てもらうべく病院へ急ぐ。


 簡単な診療後、軽い手当だけをして馬車に乗り込んだ。手のこんだ診察や治療は屋敷で行ってもらう方がいいとリュカ様が判断されたためだ。ただでさえ混んでいる町医者、とくに無邪気な子供たちの声がこたえているようで、リュカ様は一刻も早くと帰りたがっていた。僕はその要求を叶えるかなえるべく、御者に話を通し、こうして帰宅した。


 屋敷に入ろうと玄関に向かうがリュカ様が来なかった。不思議に思って引き返す。
 リュカ様は、庭園近くで頭を押さえたままうずくまっていた。
 やはりなにか後遺症が出ているのだろうか。
 まずいと思ってリュカ様を無理にでも起こそうとするが、そこで医者の言葉を思い出した。

『事後に急変する場合もあるので可能な限り安静に。彼に何か起きても、君が動揺して、無理に体を動かそうとしてはいけません。いいですね、安静に・・・、です』

 ――そうだった。
 リュカ様に丁寧に声をかける。

「玄関まで行けそうですか?」
「いや……無理だ。頭が重い」
「ならせめて、あのベンチ、あそこまではどうですか?」
「あー……。はぁ、そうだな。……行ってみよう」

 重く足を引きずる。リュカ様の肩を支えながら、庭のベンチまで誘導した。
 横になれるようにハンカチーフをベンチに落とすが、固さが気になる。なにか持ってこようか悩んでいる、と。

「ルナ、そこに座ってくれないか」
「え? はあ、いいですけど。……んぇえ!?」

 彼の頭が、僕の太ももに乗っている。
 男の膝枕なんて大丈夫なのかと聞こうとしたがリュカ様はすでにお休みになっていた。


 よほど堪えていたようだった。
 眉根をきつく寄せる表情は歪んゆがんでいた。苦しいのだろうか、愛用のステッキをつよく握り込んでいる。

 彼の手からステッキを解放し、代わりに握ってくれと僕の手を差し出した。
 ぎゅっと、思いもしない強い力に痛みすら覚えた。それでも彼の苦しみを思うと痛みなんかに構っているひまはなかった。
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