ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

リュカ様の異変3

 僕らは寝室を同じくし、なんならひとつ布団のなかにいる。二人で一つの寝台を使って、ともに就寝準備に入っているのだ。心音まで聞こえそうな近さにぐうっと声がでてしまった。おかしな動悸どうきまで始まって、僕はもう、とにかく限界だった。

 リュカ様は僕をみかねてため息をついた。
 まじまじと僕をみつめる瞳にさえ体温はますます上がった。

(寝るってほんとに睡眠のことだったんだ……)

「おまえはほんとにはずかしーやつだな」
「うううう、ごめんなさい」
「はぁ。どうせおかしな勘違いでもしてたんだろ」
 そのとおりでございます、わが主。
「はずかしいな、ルナ?」
(またからかわれてるうう!?)

 ベッドで散々ごろごろしては床でのたうちまわった。見ていたのがリュカ様でなかったらただの奇行だったろう。

 とにかく僕は意識しまくりだった。冷静になったのはリュカ様が吹き出したあとだ。

「そそっかしいわ、どんくさいわ、んでとろいわ……逆にすごいな」
(ぜんぜんほめられてないぃぃぃ)

 あまりにも散々な形容に落ち込む僕だった。


「ところでリュカ様、あの話本当なんですか?」
「んぁ?」

 半開きのまなこで答えるリュカ様はすでにかなり眠そうだ。
 まさかこんな状態の彼が『不眠症』などとは到底思えない。

「……そのうちわかる」
「ん?」

 やけに不透明な瞳だった。
 目元は髪でおおわれてすぐに隠れてしまった。




 どうか一緒に寝てほしいとエマ様それにフレデリック様に頼まれたのは昼間のこと。
 僕らの騒ぎ――おもに僕の絶叫を聞きつけて――屋敷中の使用人たちが庭へ出てきた。
 騒々しい周囲は珍しい光景を興味深そうに眺めていた。
 庭師のおじいちゃんにはなかよしだねとからかわれてしまった。リュカ様は、たいそう不服そうであったが。

「どうしてですか?」

 冷静になった僕は理由をたずねた。エマ様がなぜそんな突拍子もないことを言い出したのかを。

「それ以上詮索するな」

 だがリュカ様に止められてしまった。探られるのを防ごうとする態度がよけいに気になる。

「そう、よね……ええ、ごめんなさいリュカ。ルナちゃんも巻き込んで悪かったわね」

 頼んだエマ様だが態度を一変させる。気まずそうに芝生に視線を落として。
 たいしてフレデリック様は使用人たちの様子を黙って観察していた。

 もしかして、人目を気にしているのかな?

「あの~、僕、久しぶりに中でもっとお話したいなあ……なんて」

 ぎこちない雰囲気の中、僕は予想して、口火を切った。
 この申し出を察したふたりはリュカ様に視線を向けた。|逡巡しゅんじゅん《しゅんじゅん》したあとでリュカ様は乱暴に頭をかいてから、わかったよと答えた。


 屋敷内のフレデリック様の書斎にぼくらは集められた。エマ様と僕はソファに、フレデリック様は机の前に陣取り、リュカ様は居心地が悪そうに本棚の前に立っていた。

「私の不注意だわ。うわさになったりは……」
「いや私も観察していたがいつもの戯れだとしか思われてないようだ」
「ごめんなさいあなた。リュカも改めてごめんなさいね」
「……母上が気にすることではありません」

 重々しい空気だった。彼らの様子からははかりかねる。
 エマ様がこれほど気落ちするなんて、ほんとうに何かあったのだろうか。

「それよりリュカ、本当にいいのかい?」
「本当にって――まさかこいつとなら眠れると? 冗談でしょ、父上」

 鼻で笑ったリュカ様。それを受けてフレデリック様は手を組んだ状態で告げた。

「いいや。四分五十一秒・・・・・・、君はたしかに眠っていた。短い時間ではあるけど」
「ばかな……」
「現に知らないだろう、ルナくんが何をしようとしていたのかを」
(ヒッ!?)

 話を蒸し返す気ですかとあわてふためく僕の前で目を細めるふたり。どうやら牽制けんせいしているみたいだ。

「どうせお子様みたいなイタズラをしようとしたんでしょう? 日頃の仕返しに」

(あー……バレてない?)

 安堵あんどする僕だったがフレデリック様の意味深なため息に緊張する。一触即発といった雰囲気に内心震えているとフレデリック様が言う。

「間違いのないようにいっておくが、ルナくんは何もしていないよ」
「……カマをかけるなんてらしくありませんね、お父上」
「君の方こそいつもならこんな引っかけにつまずくことはないだろう? これでも心配なんだ。愛する息子が、私だって」

 お父様の方が上手だったらしく、リュカ様はおとなしく負けを認めたらしい。降参したように、抵抗するのをやめて僕らの座るソファの向かいにどっしり構えた。
 それをみたフレデリック様は目元を和らげる。迂回うかいしてから、フレデリック様も僕らの方へやってきた。

「きっとリュカの不調を解決できるのはルナくんだけだろう」
「へ?」

 肩を、叩かたたかれた。

「頼りにしてるよ、ルナ」


 そうして切り出されたのは――……リュカ様が不眠症になり夜でも昼でも眠れていないという恐るべき話だった。




 時計の針が零時を越えたあたりだった。
 僕は奇妙な音に目を覚ました。

 はっとして毛布から出ようとしたそのとき、僕は、目撃してしまった。


 ないはずの毛が逆立つ感覚がした。

 のどもとに置かれた二つの手が、時折ぐっぐっと力を込めて、首に巻き付いている。血管が浮き出るほどに強い力がこめられているようだ。苦しいのか、頭部の血管まで膨らんでいる。それでもリュカ様の首からその手は離れない。

「なにやってるんですか!?」
 声をひそめて僕は話しかけた。

 同時に勢いよく手を出したが、リュカ様の全力に及ぶはずもない。
 説得してやめさせようと試みる。
 しかし黙って首を振るリュカ様。
(だめってこと?)
 このままでは絶対よくないはずだ。
 かといって放っておくことはできないし、誰かを呼ぶ? しかし……。


 昼間の会話や三人の様子を思い出す。彼らは総じてこのことが明るみにでてほしくなさそうだった。

 ――助けは呼べない。なら、どうする!?

(リュカ様、失礼します!!)

 とっさに僕は決断を下した。

 唇をかみしめて耐えているリュカ様、その体ごと引き寄せて、僕の体で抱き込んだ。

 トントン、と背中をやさしくたたく。たまにはさすったり、場所を頭へと変えたりしながら、赤子をあやす感覚で接した。

(もしかしたら早まっただろうか)

 いやな想像がぐるぐる回っても、僕は一定のリズムでそれを続けた。


 触ったらよくわかってしまった。
 あの大胆不敵な主人が何かにおびえるように震えている。リュカ様は声を押し殺すため、首を絞めてまで苦しんでおられるのだ。

 リュカ様に何が起きているというのか。
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