ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

早すぎた倦怠期

 バーン、と扉を開けて勝手知ったるリュカ様の私室にお邪魔する。目が合って早速リュカ様には呆れられあきれられた。なぜだろうか。

「お前はっ……。俺が仕事の手伝いをしていたらどうするんだ?」
「え、構いませんけど」
「こっちは構う! 極秘資料だってあるんだ。大体、私的なことでも問題だぞ?」
「…………え。するんですか? まさかリュカ様もだらだらと昼寝を」

 じろっと僕の方を睨めつけるねめつけるリュカ様。

「ほぉ? さぞだらしない格好でサボるんだろうな、お前の中の俺は」

 ギクリッと僕は反射で背を伸ばした。

「ところでいつサボる暇があっただろうか。俺の記憶には昼寝の時間なんてお前のために割り振ったことはないが?」

 僕の(あ、やば)という顔がわかったらしく折檻せっかんの代わりに書類整理を手伝わされる羽目になってしまった。僕のばかー、なんで名目上のお仕事を使って休憩なんてしていたのさ!

「まったく。俺の従者は肝がすわってて困るな。しつけのし直し、でもするか」
(ひいいいん!)

 泣きながら書物の収納場所に苦戦する。どちらを向いても似たような棚があって、異国語の不明な書籍をどこに収めればいいか迷ってしまう。おろおろとあちらでもないこちらでもないと本の間をさまよう僕。

「こほっ!」
(ん?)

 むせたのか、リュカ様は手元のティーカップから急に紅茶をあおる。僕はそれをみながらあわあわと整理に追われたのだった。




「ところでなんのようだ?」
「あぇ? ……――あ! そうだった、リュカ様、さっそく治療を開始しましょ――」
「さわるな!!」

 さっそく治療をはじめようとしたらまさかの事態に。近寄ったら毛を逆立てる猫のように威嚇されて、僕は困惑してしまう。振り払われた手は宙をさまよったままだ。

 リュカ様もハッとしてから、すまないと言葉を続けている。僕の頭ではがーんがーんがーんと、世紀末みたいな響きで鐘が鳴る。

 あえっと声を漏らす僕な前で、リュカ様はそそくさと離れていってしまう。今はいいからと客間に追い出された僕は、ソファで呆然とぼうぜんとしている。

(もしかして嫌われた……? 僕がしつこいこから!?)



「この荷物はお邪魔だねぇ、ひっひっ」

 厨房ちゅうぼうでだらける僕に老婆の声がかかる。

「どうしたんだい」
「セクハラ問題が浮上しました……」

 手伝いに来ているおばあちゃんコックはメガネを上げて僕の相談に乗ってくれる。親切な彼女はお茶菓子を渡して僕を慰めてくれた。厨房の片隅に僕とおばあちゃんコックが座る。

「はぁ!? アンタそこ……ってこりゃひどいわね」
「きのこが生えそうな湿り気っぷりじゃない」
「わかる、わかる」
「リュナちゃんが元気ないとこっちもやる気でないわー」

 はーあとあからさまに肩を回して慰める彼女らには悪いが、僕は現在失意のドン底である。悲劇のヒロインムーブをかましてどすんと居座った。面の皮が厚いねぇとおばあちゃんには笑われてしまったが気にもならない。

 目下の悩みはリュカ様の態度だった。

「セクハラ問題って、何をやらかしたんだい?」
「やらかした前提……」
「で?」
「それがわかったら苦労しないよぉ! うぅっ」

 メソメソと男らしくもなく嘆く僕に姉御肌なルイーズねえがしょうがないわねと耳を寄せる。

「なにっ?」
「それ、倦怠期けんたいきじゃない?」
「けんたっ……!」
「危惧するのはわかるけどいくらなんでもそれはあんまりじゃあないかい? あれでうちらの坊ちゃまだ。何か考えがあるんじゃないかねえ」

 衝撃的なワードにぴきりと硬化した僕の耳に飛び込んできたのはみんなの頼れる屋敷の相談役、エマ様のボディーガードのフィリさんだった。今日も今日とて一人だけ強そうなオーラがでている。筋肉質な腕はノースリーブ部分から、タイトながらたくましい脚線美筋はスカートのスリット部分から惜しげもなくさらされている。ほおにあるちいさな傷も含めてまさに歴戦の戦士のよう。彼女は窓の外から顔をのぞかせ、よっ! と僕らに挨拶を送った。

 フィリさんが薬葉巻をくゆらせる。その様が画になること。だがしかし孫娘の煙が気に入らないドロシーおばあちゃんは片眉をはねあげさせた。

「ばーちゃん、これはちまたのやつとは違うよ、って何度言ったらわかるのさ。匂いだって野草のそれだろ? 煙はほとんど蒸気だし」
「そうはいってもお爺さんおじいさんの思い出があってねぇ」
「昔の記憶なー、わかるわかる。あれはくっさかった!」
「なんで娘まで吸うかねえ」

 ドロシーおばあちゃんは煙をあおいで退散させている。そんな彼女に教えるフィリさん。

「これは喉のための薬だよ。あたしの酒焼けしたみたいなのどが今じゃまともにしゃべれるんだ。な、いいもんだろ」
「わかってはいるんだが……複雑だよ」
「ネーミングでも替えればいいんかね」

 わははと笑うフィリさんは再度僕に目を向けた。

「ルナは相変わらずだな。はいよ、これ」
「なんです?」

 とことこと近寄って包み紙を受け取る。

「庭師のじっちゃんがもってけって。新鮮なのだとしか……あー、こりゃ参ったね。重症だわ」
「んん? ん?」
「ほら、それ持って坊っちゃんとこに行ってきな。あとじっちゃんとセンセには感謝しろよ」

 馬にムチ打つように、僕のおしりを軽く叩いたたいて促すフィリさん。ニヤッと、彼女はまるで全てお見通しみたいなカオをしてのたまった。

「大丈夫倦怠期なんてすぐ吹き飛ぶさ。むしろあっちから仕掛けてくるかもな、なぁーんて」
(どういうこと?)




 確かめようにも僕は厨房から追い出されてしまった。そのため包み紙を手にリュカ様の寝室の前にいる。あれからどうもリュカ様はお部屋に引きこもっていらっしゃるらしい。珍しいこともあるもんだと思いながら、ためらって、ノックを数回する。

「だれ、だ?」
「ルナです。リュカ様、入って――」
「開けるな! すぐ引き返せ!」

 普段ならぬ語調に戸惑う。目を白黒させた僕はうつむく。思い切り悲しくなった、彼に突き放されたことに。だからノックしたままこの手は行き場がない。

「なら……こ、ここでお話しててもいいですか。ぼく、」
「いいかっ……っほ、か、えれ」
「ど、どうしてもですか!?」

 目からボロボロ涙が落ちる、あごをつたって、床の絨毯じゅうたんに透明なシミを作った。泣き声で、しゃくりあげながら訴えていると。

「おまっ、まさかっごっ……んん。――はぁ、はあ、――泣いてんのか!?」

 部屋の中からドタドタと物音がしたあとで扉が開いた。豪華なパジャマ姿でやつれた顔色のリュカ様は、僕をみて唖然とあぜんとしている。もちろん、僕も。

「え? その格好……」
「はぁ、っく、まさか俺が突き放したとでも思ったのか? しょうがないやつだな」
「だ、だって――」

 ぎゅ、と僕をおおう体。まとわりつく熱は普段より確かに高い。主人の身を苛むさいなむとわかっていても、その抱擁は拒めそうにない。

「不安にさせてすまなかった」
「ぐず……だってぇ、リュカ様、手を……ぐすん」
「ああもう分かったから。ほら許せ、払った俺が悪かった。だからそんなに泣くな、お前まで――」

 包み紙の中は確認するまでもなかった。

 僕は知っている。その中にはきっと。

 ――屋敷の薬師が認めている生薬の、飲み薬が包んであることを。





 僕はうながされて一緒にベッドにもぐりこんだ。もちろんリュカ様には飲み薬用のぬるいお湯を準備して服用してもらった後だ。だからその身を寝台に預けきってリュカ様をねだる。

「ほんとにいいのか?」

 わかっているのかと悩ましそうに眉をハの字にして尋ねられるリュカ様。えへへとのんきにわらって、僕はいいんですと言った。仕事をほっぽりだしたせいで後で業務を増やされるのは分かっているが、そんなこと、今はどうでもいい。

 わが主とともにいられる。僕はそれだけでいっぱいだった。


 結論から言うと、リュカ様は風邪だった。
 仕方ない、と隣で横になったリュカ様の気苦労も今ならわかる。うん、僕はわかっていませんでした。なにをって? それは――。


 翌朝、リュカ様は治って僕にはばっちり移ってしまったことである。

(ふええ。なにこれずるいぃぃぃぃ)

「ありがとな。お前が移させてくれたおかげで快調だ」

 リュカ様がご冗談を調子が良さげなのどでいう。反対に僕はというと。

「ズビ、ひどっ、んぐ、げっほけほ。……うう、カラダ辛いづらいです、だるいですー……うう。リュカ様、さむい、たすけてっっっ、ぐだざい゛ッ゙!」

 あの『いいのか?』は風邪が移って苦しむことになってもいいのか、という意味だったらしい。くっ、分かっていても逃げたと言いきれない僕は自分自身が憎いとさえ思ったのである。せめとてリュカ様を補給しようにも、彼はいい笑顔で学園からの課題消化、家庭教師との授業に行ってしまわれた。

(なんて事だ!)

 だがこの話には続きがあって――、静かな部屋にとり残された僕がさめざめと泣いていると、リュカ様が例の飲み薬を持ち帰ってあーんしてくれたのでその後はほくほく気分で熱冷ましが必要なほど熱に浮かされるのであった。しかしうれしかったので差し引きで相殺かもしれなかった。




 ちなみにリュカ様が風邪を引いたのは僕との休日を捻出するのに無理したせいでは? とのことだ。徹夜で体力や免疫が低下し風邪を引いたのだろうという医者の見立て。若いからと無理はほどほどにとお医者さんにはいい笑顔でくぎを刺されてしまった。僕のせいから始まって僕のもとへ帰ってきた風邪にふしぎな運命じみたものを感じていると、アホだろと吐き捨てられたのは、地味に苦い思い出である。たいへん解せぬ!
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