ミニュイの祭日

月岡夜宵

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前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

昔話に花が咲く2

 和やかなお茶会会場。だが突如、マダムの手により暴露大会となりそうな雰囲気が醸し出されつつある。さなかの僕は戦々恐々としながら椅子の上で固まっていた。そんな息子の気も知らないで、エマ様はティーカップに優雅に口をつける。口紅のあとを拭うと、ゆっくりと話し始めた。

「まずは、そうねぇ……引き取られた直後の様子を説明しておきましょうか。当時四歳で引き取られたルナちゃん。私たちの懇願もあって、半ば言いくるめられるように、屋敷まで連れられて来たわけだけど、その時は二歳年上のリュカのお家に遊びに行くような感覚だったらしいの。どうもそのへんがわかってなかった私たちやリュカは、ルナちゃんの心の機微が不透明で、あの子の変化に面食らってしまったの」
「というと……?」

 興味深そうな隣の婦人が、首を伸ばすように続きをうながす。

「三日目にしてホームシックになっちゃったわ!」
「まあ!  かわいらしいわね」
「ええ、そうなのだけれど理由も分からず幼い子が泣いてばかりいるのは心苦しかったわ」
「たしかに戸惑うのも無理ないと思いますわ。まして実の子でないとなると……」
「そのとおり、でね……」

(えっ待って!? ほんとにこの感じでいくの?)

 困惑しきりの僕を置いて、僕らの昔話が、季節の花々が開花するように披露される。


「リュカに誘われるまま玄門をくぐったルナちゃんは、庭園の様子から食卓に運ばれる食事やお菓子、あとは働くメイドたちや、ぬいぐるみの形にまでいたく感動していたわ」

 おっ、覚えている。


 一日目はリュカ様に手を引かれて屋敷の門をくぐった僕。約束していたぬいぐるみが立派なおもちゃ箱から出てきた時には、そりゃあもう喜びか爆発していた。

 テーブルにつくと、椅子に座ったままいぬのぬいぐるみを抱えた。それは、サプライズが成功したみたいな笑顔を向けられる彼のおかげだ。僕は目を丸くし、舌っ足らずな発音で彼の名を呼んだ。リュカ様は、鼻先をこすって「やるよ」とお下がりを兄弟に譲るようや気さくさでプレゼントしてくれたのだ。
 そうして、僕にぬいぐるみのワンちゃんが与えられたというわけ。

 なお、その子は今現在も枕元に控えている、最古参のぬいぐるみである。


 くるくると忙しなくせわしなく働いてはリュカ様のもとにまでやってきて、僕らを気にするメイドさんら。大人の女性にまで控えられるリュカ様をみて、僕は彼のことをほんとに王子様なのだと思った。

 何を目にするにしても好奇心や発見の連続――、初日はリュカ様と同じベッドに潜り込むまでわくわくでいっぱいだった。胸の中は初めての喜びだらけ。お腹おなかの中は食べきれないほどの豪華なディナーや目にも楽しいデザートで、たくさん。ふくふくとした気分のまま夢の世界へと落ちていったのだ。
 ただただ、明日も夢みたいなお屋敷にいたいなって、思いながらね。


「お客様のように歓迎されて目に見えてよろこぶルナちゃんの笑顔。に、私たちも気分がよかったわぁ。とくにリュカなんて秘蔵してたメダルを手にいっぱい持ってきてね、誇らしげに自慢してたのよ。きっとルナちゃんにすごいすごいって賞賛されるのが気分良かったんでしょう、ふふ」

(あ、そう言われるとそんなこともあったな?)

金ピカを腕に抱えてなにか話していた記憶がある。リュカ様は手に入れた経緯を語っていた気がするけれど、僕は純粋にキラキラ輝くメダルが珍しくって騒いでいた気がする。

「で、二日目はお庭で元気に遊び回ってたわ。ただし、夕方から妙にそわそわしててね、夜になるととたんに無口になっちゃったのよ。リュカがなにを話しかけても暗い顔をしていてね、なにか口を開きかけてはもじもじと言い出しにくそうにしてたわ」
「ええ、理由をちゃんと話さなかったの!? あんまりじゃない」
「あははー……、お恥ずかしながら体調も機嫌もいい息子の姿に舞い上がっててね、『今はそっとしてあげよう』なんて、様子見をしていたの」

僕はといえば、夕方からそろそろ孤児院に帰るのかと憂鬱で、夜にはまだ帰りが来ないのを不思議がっていたんだったか。結局同じベットに連れていかれて、布団をかぶるまでこちらも静観。お迎えは明日かな、なんて思いながら大胆な寝相のリュカ様の隣で、縮こまって眠った。


「三日目のこと」

 ――それは朝だった。

 エマ様とフレデリック様がメイドから聞いて慌てて駆けつけると、ほんとに朝早くから、まんじりもせずに螺旋らせん階段脇で座り込むルナリード、かつての僕の姿があったのだ。
 ふたりに気づくと、鼻をすすり、涙をつつつとこぼす、その子。
 大粒のしずくを流しては、ひたすら梅雨の雨のようにしとしとと。
 心配して声を掛けるもその子は泣くばかりであったとか。
 嗚咽おえつで聞き取れないなか、リュカ様も目覚めて異変に気づいたという。

「こうして『泣かないでルナちゃん! その涙のわけを教えてちょうだい』騒動と、散々手を尽くして泣き止まなきやませる作戦が始まったの」

 エマ様はしみじみと語っているが、その顔は僕からすれば|騙っかたって《・・・》いるともとれる。赤裸々に明かされる様子、僕は続きを語らせないために席を立とうとすれば。
 エマ様は扇子に流し目、さりげなく椅子の横で僕の腕を牽制けんせいし、にこやかにぶちまけた。

「ルナちゃんったら、自分が孤児院から捨てられてしまって、この屋敷に売られたと勘違いしてたのよー、かわいいでしょう? だから、すすり泣いて大人しく迎えを待っていたの。いい子にしてないと、お屋敷のわるーい大人たちに捕まっちゃうと思って、ね。告げ口されないように必死に口をつぐむ姿はあわれで、あわれで、もう言葉に出来ないわ!」
「あの『詩い手』と呼ばれたエマ様が!?」
「なんてことっ!」

 借りてきた猫のような様子で身をちいさくし、場を移した部屋の隅、一人延々と泣いていたのは、ぼ、……。

「ええ、たしかに僕ですよ!? そりゃ、ね。でも、幼児の頭に養子・・なんてわかるわけないでしょう! エマ様だってもらい泣きしてましたし! それにリュカ様なんて」
「そう。途方に暮れてルナちゃんの周りに石ころなんかを敷き詰めて魔よけの儀式を始めてたものね!!」
(さきに言われた!?)

 戸惑う僕を尻目に、貴婦人たちは目を丸くしている。

「ぐふっ、なんなのこの精神攻撃は」
「ぉぅぁ? ハッ、待って、あのリュカお坊っちゃまが?」

 たしかに今の実直で堅物なリュカ様から想像するとユーモアに溢れあふれすぎているかもしれない。というか、現在の姿で想像してしまったら面白すぎてだめだった……。路傍ろぼうの石ころを拾う主人なんてみるにたえないっっ、ひぎゅ。

 声を立てて笑ってしまったのがバレたのか、エマ様は目を細めて扇子を広げた。

(今のまさか……)
「その様子を担保に話を続けましょうね、ルナ・・ちゃん」
(あっ、あっあああああー、しっかりと告げ口が人質にされた!? 人や物以外も脅しの取り引き材料になるものなの? なんでリスク管理できてないの、僕ぅ)

 がっくりと肩を落として、仕方なく紅茶をすする。やはりおいしい茶葉だ。晴天が目にしみるのはなぜだろう。あーあ、こんなことならリュカ様にならって逃げるべきだった。と思うも、時すでに遅し。

 餌食になった僕は無念さを覚えながら話を聞く。

「揺すったり、お菓子でつったり、話をダメ元でせがんでみたり。しまいには夫が曲芸を披露しても、ルナちゃんはだんまりだったわ」
「さ、さすがフレデリック様ぁ……」

 器用貧乏なフレデリック様だが、あれで意外と多芸なのだった。

「最後の最後、頼みの綱はリュカだけだったわ。あの子もそれを感じて、責任感のまま、ルナちゃんの隣へ向かうの。私たちは拳を振って応援していたわ。背後から、こっそりとね」
「あなた達の様子が目に浮かぶのだけれど、どこがこっそりなのかしら?」

 エマ様はこほんと咳払いせきばらいをしていた。

「かくなるうえはと、最終手段を用いる私たち。リュカは立ち上がる、そして……」


『ぼ、ぼくが……おま、おまえをっ、まもる。……から、ジメジメ泣くな!!』


 当時のリュカ様がなにから僕を守ろうとしたのかは定かではないが、魔除けまよけの儀式をしているあたり、絵本の怪物とかかもしれなかった。

「息子のはじめての宣言に、私たち、胸が熱くなったわ。リュカったら鼻息も荒くかっこつけたくせに足は子鹿のように震えてたのよ? くすっ」

 それは覚えていないなあと僕が首を傾げてかしげていると、その理由も遅れて判明する。
 エマ様は、あの子の宣言を受けて、と改めて続けた。

「ルナちゃんは、泣きつかれたのか眠ってたわ。うん、ぐっすりだった」
「……」
(なぜだろ。みんなの無言の圧がこわい)

 エマ様とは反対隣にいたご婦人が僕の肩を掴んつかんだ。そして叫んだ。

「精一杯の力説がぁ!? なんでルナちゃん様、眠ってしまったんですのおおおおお!!」
「どうして僕が詰め寄られてるの!? あとその敬称は、一体」

 僕らのやりとりをみていたエマ様は品よく笑いながら、みんなに内緒話をするように耳打ちした。

 その後、起き抜けにトイレに行きたかった幼い僕は、恨みがましそうにベッドの横にいたリュカ様にギョッとしていた。彼はふくれっ面のまま、僕が数時間ほどで目覚めたのを確認すると、母親を呼ぶ。

 リュカ様には確認を取られたが、約束とやらをみじんも知らない僕は素直に首を振った。
 部屋に現れたエマ様は、彼がひどく傷心しているのがおかしかったという。

「ルナちゃん様……」
「いやなんで僕がっかりされてるのぉ!?」

 むくれるリュカ様は目に涙の膜を張ったままで、対する僕は|俄然がぜん《がぜん》せず。寝る前の悲壮感は、トイレに行きたい一心で吹き飛んでいたのだった。

「私達は遅い朝食を堪能しながらルナちゃんに説明したのよ。おかずを飲み込むようにだんだん理解が追いついてきたのか、ルナちゃんったら目に見えてほっとしてたわ。隣でぶすくれるリュカにも微笑んほほえんでね、あの子も機嫌を直してふたりはおしゃべりを再開したの。そこでやっと私達も安堵あんどしたってわけ」

 温かい食事をしながら把握し始めた僕は、心までぽかぽかしてきたんだった。孤児院のみんなとまた会えるのし、このまま新しいおうちにいられるのも嬉しいうれしいと思ったし。

「結局、突然のホームシックは無事治まって、ルナちゃんは正式にうちのことして暮らすし始めるのでした。はい、拍手ー!」

 一連の昔話がこそばゆくって恥ずかしくって、僕は顔をおおう。
 うろたえる僕へ向けられる視線もなんだか妙に生温かく……って、追加の紅茶が置かれていたよ!

「そういうとこよルナちゃん?」

 エマ様にはくぎをさされてしまった。


「はー。それにしてもほくほくというか、心がむず痒くむずがゆくなってたまりませんわ」
「これこそ満足感ですわね!」
「わたくし今気付きましたが……あのリュカ坊っちゃんの昔話なんて、相当貴重では?」
「「「それな!」」」

 完全に同意である、と揃うそろう皆さま。僕はすでに彼女らの熱量に引いていた。
 ところがどっこい、エマ様はサーブされたクッキーをかじると、エピソードらしきものを口頭で選び始める。その様子に僕は思わず声を上げていた。

「まだ続きが……? エマ様、あなた正気ですかッ!?」
「でねぇ、次は」
(まるっと無視されたぁぁぁ)
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