狂い咲く恋の花

雪井氷美子

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狂い咲きの恋し花

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 あれから数日が経過して今日、六月一日は俺の誕生日だ。誕生日=告白を思い出して舌打ちする俺。今頃隆一は上手く行っただろうか。隆一からのメールも電話も一切無視していたから何も分からない。それでも、これでやっと吹っ切れると思った。前に、あるいは後ろに進める、と。
 そこへチャイムが鳴った。

「宅配便です。平野誠さんはいらっしゃいますか?」

 なにか宅配で注文していたかと、俺は考える。だがとくになにも思い当たる節は無い。あるいは父母からの仕送りだろうかとドアの鍵を開けて、俺は後悔する。

「ふっ、無用心だな」
「え、ああっ!?」
「開けてくれてありがとう、誠」

 そこには私服姿の隆一が居た。モニターがなくとも、せめてドアスコープから覗けばよかった。

「あんな言葉で俺と距離が置けると思った? 誠」

 意味も分からずぞくりとした。背筋が粟立つような低い声音で俺の名を呼ぶ隆一。玄関の扉を閉めると、勝手に俺を抱き締める。

「捕まえた」

 俺は真っ赤になって内心動揺しまくった。だってこの状況はおかしいだろう!? 好きな相手に抱き締められて喜ばない奴はいないと思う。重なる心臓から俺が興奮してるのがバレてしまうんじゃないかとか考えた。

「い、いいいつまでこうやってるつもりだよ」
「絡み付いて離さないつもりだけど?」
「……恥ずかしい奴」

 なんでそんなキザな台詞が今飛び出してくるんだよ! 違うだろ? お前がそれを言う相手は相手は――。

「なぁ、なんで俺と友達でいられないの?」

 悲しげに眉を下げて聞く隆一。イケメンは顔を歪めても格好いい。……じゃなくて! 何か言わなきゃ怪しまれる。

「そんなの決まってる! お、お前と俺じゃ釣り合わないからだよ!!」
「虚飾は嫌いだな。お前の本音を聞かせてくれないか。今までそんなこと言わなかったろ? 思ってる素振りもなかったのに?」
「今更……気付いちまったんだよ」

 まんざら嘘でもない。何でも華麗にこなすお前と平均的な俺。隣に立っているのが不自然だと俺は思わないでもなかった。それを今改めて暴露しただけだ。だからこれは虚飾なんかじゃ!?

「また考え事? 相談もなく、俺の許可もなく――勝手ばかりだね。誠はいつから、そんな悪い子になったんだ?」

 悪いって――お前は何の話をしている? 俺に落ち度があるとでも、伝えて。

「一体どうしたんだよ! 今日のお前、なんか変だぞ!?」
「変にもなるさ。こんなに、大事なのに。もうおかしくなりそうだ」
「はあ? 意味わかんねーよ。まともに話してくれよ、俺が何なんだって?」
「ああ、どうしてだよ! くそっ、やっぱりその花のせいか? お前が俺の前からいなくなろうとしたのは、その花が原因なんだよな!?」
「花……?」

 なぜ俺が離れたことと、俺の花が関係すると?
 アタラズモトオカラズ……いやいや待て! え? それだと俺が離れた理由が、俺の片思いだと知って、ここへ隆一は来たのか。まさか――!!

「なんで。これが原因だって?」
「ほんとにそうなのか。嘘だろ、なあ、誠、嘘だと言ってくれ」

 嘘なんかにはならない。だって俺にはお前とその相手を祝うことができっこない。お人好しのお面を被ったまま、道化に徹しろというのか。無理だ、そんなの。

「その邪魔な花さえなければ……」

 爪を噛んで悔しがる、様子のおかしい隆一。そして言う。

「おれが、……取ってやるよ。そんなまがい物、誠にはふさわしくない」
「っ!?」

 誰より否定されたくなかった本人に否定された恋心。傷ついた花は――彼が触れるまえに、落ちる。ボロボロと剥がれ落ちる花弁。落ちる前には蕾だった花は、どくどくしい色になって地面に醜い姿を晒していた。

 それを呆然と見る俺と唾棄しながら、靴で踏みつける隆一。こいつらしくない振る舞いと、想いを全否定されたショックで動けない。視界は白み、ついには。

 倒れた、と思ったら、俺の体は隆一に抱きしめられていた。その熱さえ、今は虚しい。
 捧げた心も、ふたりの思い出も。こいつに伝えたかった思いも。俺の全部は無駄だったのか。そう思うと、もう呼吸さえ出来ない悲しみが押し寄せる。

「っは、んん、……うっうう……」
「誠!?」

 涙は、決壊した。
 ひたすら泣く俺を前に、隆一の目からはどろりとしたものが消え失せ、次第に冷静な自分を取り戻したらしい。そして隆一は俺に謝る。さっきまでの暴挙を。でもそれは、どこか的外れ。

「すまない。俺、もうお前を見てられなくて。振られたってわかってるのに、女々しくまた告げようとして。それどころか、こんなに長い間思われている相手に嫉妬して。悪かった。でも、そんな相手をいつまでも引きずったって」
「そうだよな、無駄だよな。俺にはもったいないやつだもんな」

 歯を食いしばる。それでも未練はたらたらで。

「そう、無駄なんだよ! お前がいくら慕おうが、お前のことなんか見ちゃいない。咲き続けていたことこそ、その証拠じゃないのか!?」
「ああ、そうだよ。そうさ、お前のいうことは正しい」

 俺はお前に思われていないのだから。だけどそれをお前に指摘されるなんて思ってもみなかった。全部正しい。分かってる。こいつがここへ来たのは、きっと。俺は友人としては大事にされていたみたいだからきっぱり未練を断ち切って友達に戻ろうとか、そんな魂胆だろう。だからこうしてその口で諦めよるようにさとされている。でも、俺は。

「だったら」
「でも、まだ――こんなにもすきなんだよ」
「え?」

 隆一の目の前で。つきんと痛んだ胸元を晒す。シャツも全部脱ぎ捨てて。そこには。
 小さく、今まさに蕾から咲ほころぶ、青い薔薇。

「俺ってばかだよな。こんなに酷くされたのに、花が枯れ落ちてもしぶとく再生するぐらい、根深い恋心なんだよ」

 諦められそうにない恋心に苦笑するしかない。

「ずっと、ずっと前から想って」
「ああ、そう。ずっと前から……」

 前々から抱えていた、そう呟くつもりだったが。

「こんなに抱えても、好意の一片すら受け取って貰えないのか?」

 てっきり俺の話かと思えば。なにかが食い違っていることに気付いた。

「なんでだよ、誠はそんなになるまで、そいつが、好きなのか?」
「わかってるくせに、聞くなよ」
「……っ」

 それは初めて見る隆一の泣き顔だった。隆一は整った顔立ちを歪めながら、鼻をすすって泣いていた。泣き顔まで美しいと思ったのは初めての経験だ。途端、俺は動揺した。一体なぜこいつまでもが泣くのだ? その理由がつかめない。
「なんで、そんな悲しいこと言うんだ?」

「悲しいって、恥ずかしいから言いたくないだけで!? だからって泣く奴があるかよ!」
「俺だって悲しかったら泣くし、辛かったら人に縋りたい時もあるさ。なぁ誠、俺、お前にだけは距離を取られない事に安堵してたのに、なんで今なんだ? 俺、なんか失敗したか? 相談通りにやったけど、全部無駄だったのか? 俺、俺は、やっぱりこんな俺がお前に好意を抱くのは気持ち悪かったか?」

 今、なんて?

「好きなんだ、誠。俺はお前が好きだと気付いてから嬉しくなった。この恋はきっと叶う、どこかでそんな予感がしていた。だってお前だけは俺を普通に扱って、突然距離を置いていなくなったりしなかった。お前だけが、俺を友達だと笑ってくれた。その笑顔が何より大切だって気付いたとき、この花は生まれたんだよ。こんな弱気な俺は嫌いか? やっぱりこの想いは迷惑だったのか? なぁ、答えてくれ、誠」

 予想外の告白に俺がたじろいでいると、隆一はますます距離を詰めて、俺の唇を奪う。

「こんなにも愛おしいのに今更離れるなんて出来ない。お前が俺を突き放さない限り、確実にこの恋の息の根を止めてくれない限り、俺はお前を無理にでも襲うかもしれない」

 そう言って乱暴に俺の体を押し倒す隆一。ここ玄関!! 場所分かってる!?

「ちょ、ま、……待て!! 俺の話も聞け!!」
「誠の話……?」
「ごめん、本当待って! 俺にも時間をくれ!」
「ああ、やっぱり俺みたいな奴とじゃ釣り合わないんだ」
「ちがっ、そーじゃなくて……ああ、もう、じれってぇ!!」

 俺の方からキスを仕掛けた。ムードもへったくれもない強引なキス。それを受け入れた隆一はやっと落ち着いたのか、俺を離す。

「俺だって好きだよ、隆一のことが」

 そんな世辞は通じない、みたいな微笑を浮かべる隆一。

「だってその花」
「その前に! こっちの方が聞きたいわ。お前のその相談内容の相手って、俺だったの?」
「あ、ああ。お前にバレないように話を出来るだけぼかしていたんだ」
「じゃあ最近出会ったのは?」
「気付いたのが最近だって言ったし、俺は相槌は打ったけど肯定した覚えは無い」
「誕生日に告白するって……」
「だから今日、来たじゃないか」
「…………」

 途端嬉しすぎて状況が掴めない中、舞い上がる俺。

「俺からも聞いていいか。その青い薔薇の相手は?」

 隆一の言葉にそっと微笑む。普段は異様に勘がいいくせに気付いた様子がない。盲目な隆一にそっと囁く。

「お前だよ」
「は? え、でも、それだと友達で居られないってのは?」
「もう良い友達でも、まして相談相手なんかじゃ居られないって思ったから。だってそれ以上を望んだから。お前のこと好きで、嫉妬でおかしくなるかと思った。でも玉砕覚悟で告白して失恋することも出来なかったのに、馬鹿だよなぁ」

 しみじみ呟くと、隆一がうっと呻いた。

「それこそ俺だって。散々用意周到準備して、この前のゴタゴタで無駄になるかと思った。てっきり俺の邪な魂胆に気付かれたのかと思って、それで逃げられたのかと」

 俺は生唾を飲み込む。

「じゃあこれって両想いって奴でいいわけ?」
「そうなるよな?」

 俺達は互いに見合った。そして、隆一の方から場を仕切りなおした。玄関に肩膝をついて、俺の手をとって言う。

「親友から伴侶パートナーになってくれますか?」


 狂い咲く、――恋の花。俺は期待してもいいのだろうか。
 胸元を見ると、服の隙間から花びら一枚一枚が蘇るように、青い色素の混じった花が咲き誇る。

「はい、喜んで」

 頭の中で鐘が鳴り響く。俺の夢はこの瞬間叶った。そしてより真っ青に鮮やかに色付いた胸元の薔薇。

「本当に、友達じゃなくてもいいのか?」
「ああ。でも、俺達の友情は友情で不滅だろ、な?」

 俺の心配そうな言葉を吹き飛ばすようなニカッと笑う隆一の笑顔に、涙が零れた。

「そうだな」

 同意すればそっと涙を拭き取られ、ようやく実感が湧いた。


 恋花現象、と呼ばれる不思議な現象がこの国にはある。人が恋をすると胸に花が咲くのだ。そして最近の研究ではとある都市伝説が噂されている。
『恋した想いの種類によって、花が変わる』と。
 俺の心臓の上には青い薔薇が咲いていた。花は恋が実るとその役目を終えて、痛みもなく、その形状のままぽとりと落ちた。だが毒毒しい色で無残に散った花とは違い、綺麗に、手元に落ちた。恋に落ちると花が咲き、恋が終わると、花は落散おちる。


 そしてその先の未来。俺達の晴れやかな門出。式典の参列者には笑顔が窺えた。良い結婚式だと思う。神父の前で続けて愛を誓う。

「「永遠の愛を、ここに誓います」」

 手を挙げて愛を誓う。俺達は誓いのキスをした。それは解き放たれるようで、なにより幸せな瞬間だった。

 神の祝福を受けて俺達は結婚する。その胸元のポケットには――プリザーブドフラワーにした花を添えながら。二人で手を繋いで、ヴァージンロードを歩くのだった。

《完》
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