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第3章
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花壇に水やりをしながら、吹奏楽部が奏でるさくらのうたを聞いていた。
朝から部活なんて偉い。そう思っていると、どうやら休憩に入ったのか、音が途切れる。それから窓枠を超えて
「やっほー」と手を振る香澄の姿。
「今日も水やり? 真面目だなあ、相変わらず」
「香澄だって真面目に部活参加してるでしょ」
「まあね。あ、でも今日は柊と一緒じゃないんだ?」
「ああ、一日おき交代でしてるんだ」
「そっか。あ、ねえ、最近亜希と連絡した?」
蛇口からホースを取り外しながら「亜希?」と聞き返す。
「そういえばしてないかな。どうして?」
「いや、なんかSNSも更新してないし。ほら、この前空いてるかって連絡きたときあったでしょ? なんかあったんじゃないかなって思って」
たしかに、あの時は亜希から誘われていたけれど、それから三人で集まることはなかった。
香澄の言う通り、何か話したいことがあったんだろうか。
「ごめん、休憩終わる。また連絡するよ」
「うん。頑張って」
「そっちも」
ひらひらと手を振ってはポニーテールを揺らしながら中へと戻っていく背中。
その後ろ姿を見送りながら、亜希の顔を思い浮かべる。
連絡をしてみようかとスマホを取り出したタイミングで「よお」と聞き慣れた声が鼓膜に触れた。
「あ、高津先輩」
夏休みでも校則違反を犯していない制服の着方は柊くんとは対照的だ。
「水やり? ありがとな、休みなのに」
「いえ、時間はあるので。高津先輩は?」
「俺は生徒会の報告書出さないといけなくて」
「うわあ、ご苦労様です」
「萩野ちゃんもね」
朝から爽やかな笑みを向けられ、日差しと混じって眩しく感じる。
「水やりは結局萩野ちゃん一人でやってるの?」
「いえ、柊くんと一日おきで」
さっき香澄にも同じことを話したな、なんて思いながらも、くるくるとホースを回収していく。
「へえ、柊が。ちゃんと仕事してるんだ」
「そうみたいです。意外と律儀というか。なんだかんだ、こういう仕事は真面目に取り組むみたいなんです。ぶっきらぼうですけど」
口を開けば八割毒づいてくるけれど、二割はまともなことも言ってくる。
あんな不良くんが、夏休みもしっかりと仕事をしているのだから高津先輩も意外だろう。
「仲がいいんだね、羨ましいな」
「どうでしょう。仲がいいと言ってしまっていいものか。ただたまに会うんですよ、駅で」
「へえ、どこの駅?」
「さざなみ駅です。なんか偶然鉢合わせるというか、よく話すんです」
「意外な組み合わせだ」
やはり他人から見てもそう見えるのか。柊くんも金ではなく髪を黒にでもすれば、外見で判断されることは少なくなるだろうに。
「あ、そういえば小梅先生から、近いうちグラウンドにあるフェンス近くの雑草を抜いとけって言われてるんだ。こんな暑い中申し訳ないんだけど、萩野ちゃんも手伝ってくれない?」
「こうちゃんもスパルタですね。私は全然いいんですけど。それなら柊くんも誘っておきます」
きっと、頼んだら来てくれるだろう。なんだかんだ言いながらも。
「ああ、じゃあ俺から柊に伝えておく。連絡先知ってるから」
「そうなんですか?」
まさか高津先輩が柊くんの連絡先を知ってるなんて。
夏の日差しが私たちを容赦なく照り付ける。じっとしているだけでも汗ばむ季節だ。高津先輩も汗を拭い後頭部をかきながら「他にもメンバー集めてみるから」と言った言葉に甘えた。
さすが人望が厚い。きっとほとんどの人の連絡先を知っているのかもしれない。
そんなことを思いながら、再び聞こえてきたさくらのうたに耳を傾ける。
「これ、好きなの?」
高津先輩が吹奏楽部の部室を見上げながら私に訊ねた。
「なんだか最初の入りと、それから続いていく世界観みたいなのが好きで」
この曲を知ったのも、香澄が吹奏楽部に入っていなかったら興味を示さなかっただろう。
でも、香澄がいるあの部屋で、こんなにも綺麗な音楽が流れているのだと思うと、どうしてだか体を委ねてしまいたくなる。
「萩野ちゃんがそう言うと、俺も好きになりそうだな、この曲」
目を瞑ったその横顔は、私がこの音楽に聞き入っているような時と同じ心がある気がした。誰かと好きなものを共有したことなんて今までなかった。
あのさ、と高津先輩が言った。
「萩野ちゃんが好きだと思うもの、もっとたくさん教えてほしい」
「私のですか?」
「あまり言わないから。俺の話をいつも聞いてくれてるだけで、萩野ちゃんからそういう話って聞いたことがないから」
いつだって、高津先輩は自分が好きなものを惜しみなく教えてくれていた。
それは、心を開かない私を、少しでも安心させるためだったのかもしれない。
自分の好きなものを打ち明けるというのは、親しい間柄ではない限り難しい。
「会うたびに一つ教えて。そうやって、少しずつでもいいから萩野ちゃんのことを知っていきたいから」
ぎこちなくうなずいた私に「約束な」と高津先輩は笑う。
私の好きなもの、か。そんなものを聞きたいと思う人がいるんだということが正直信じられない。
穏やかで、でも誰よりも心が広くて、壮大だ。
だから、私に告白をしたということが嘘だったんじゃないかと思う。
「高津先輩が好きなものも、また教えてくださいね」
「もちろん。俺の場合は一つと言わず十、いや百は教える」
「そんなにあるんですか?」
「なくても見つけるよ。俺のこと萩野ちゃんに知ってもらえるなら」
高津先輩の愛は温かい。寒い日にストーブで手を当ててしまうような、凍えてしまいそうな時の火になってくれるような人。
惹かれるまでには時間の問題だろうか。
「駅まで送ってく」
当たり前のように高津先輩が私に笑みを向けてくれる。でも、これは当たり前だと思ってはいけない。些細なことで崩れてしまうことを、きちんと覚えておかなければいけないのだから。
幸せな時ほど、周りが見えなくなってしまう。
【遼希ちゃん、ごめんね。もう無理だ】
百合子からそう連絡がきたとき、その幸せは急速に引いていった。
朝から部活なんて偉い。そう思っていると、どうやら休憩に入ったのか、音が途切れる。それから窓枠を超えて
「やっほー」と手を振る香澄の姿。
「今日も水やり? 真面目だなあ、相変わらず」
「香澄だって真面目に部活参加してるでしょ」
「まあね。あ、でも今日は柊と一緒じゃないんだ?」
「ああ、一日おき交代でしてるんだ」
「そっか。あ、ねえ、最近亜希と連絡した?」
蛇口からホースを取り外しながら「亜希?」と聞き返す。
「そういえばしてないかな。どうして?」
「いや、なんかSNSも更新してないし。ほら、この前空いてるかって連絡きたときあったでしょ? なんかあったんじゃないかなって思って」
たしかに、あの時は亜希から誘われていたけれど、それから三人で集まることはなかった。
香澄の言う通り、何か話したいことがあったんだろうか。
「ごめん、休憩終わる。また連絡するよ」
「うん。頑張って」
「そっちも」
ひらひらと手を振ってはポニーテールを揺らしながら中へと戻っていく背中。
その後ろ姿を見送りながら、亜希の顔を思い浮かべる。
連絡をしてみようかとスマホを取り出したタイミングで「よお」と聞き慣れた声が鼓膜に触れた。
「あ、高津先輩」
夏休みでも校則違反を犯していない制服の着方は柊くんとは対照的だ。
「水やり? ありがとな、休みなのに」
「いえ、時間はあるので。高津先輩は?」
「俺は生徒会の報告書出さないといけなくて」
「うわあ、ご苦労様です」
「萩野ちゃんもね」
朝から爽やかな笑みを向けられ、日差しと混じって眩しく感じる。
「水やりは結局萩野ちゃん一人でやってるの?」
「いえ、柊くんと一日おきで」
さっき香澄にも同じことを話したな、なんて思いながらも、くるくるとホースを回収していく。
「へえ、柊が。ちゃんと仕事してるんだ」
「そうみたいです。意外と律儀というか。なんだかんだ、こういう仕事は真面目に取り組むみたいなんです。ぶっきらぼうですけど」
口を開けば八割毒づいてくるけれど、二割はまともなことも言ってくる。
あんな不良くんが、夏休みもしっかりと仕事をしているのだから高津先輩も意外だろう。
「仲がいいんだね、羨ましいな」
「どうでしょう。仲がいいと言ってしまっていいものか。ただたまに会うんですよ、駅で」
「へえ、どこの駅?」
「さざなみ駅です。なんか偶然鉢合わせるというか、よく話すんです」
「意外な組み合わせだ」
やはり他人から見てもそう見えるのか。柊くんも金ではなく髪を黒にでもすれば、外見で判断されることは少なくなるだろうに。
「あ、そういえば小梅先生から、近いうちグラウンドにあるフェンス近くの雑草を抜いとけって言われてるんだ。こんな暑い中申し訳ないんだけど、萩野ちゃんも手伝ってくれない?」
「こうちゃんもスパルタですね。私は全然いいんですけど。それなら柊くんも誘っておきます」
きっと、頼んだら来てくれるだろう。なんだかんだ言いながらも。
「ああ、じゃあ俺から柊に伝えておく。連絡先知ってるから」
「そうなんですか?」
まさか高津先輩が柊くんの連絡先を知ってるなんて。
夏の日差しが私たちを容赦なく照り付ける。じっとしているだけでも汗ばむ季節だ。高津先輩も汗を拭い後頭部をかきながら「他にもメンバー集めてみるから」と言った言葉に甘えた。
さすが人望が厚い。きっとほとんどの人の連絡先を知っているのかもしれない。
そんなことを思いながら、再び聞こえてきたさくらのうたに耳を傾ける。
「これ、好きなの?」
高津先輩が吹奏楽部の部室を見上げながら私に訊ねた。
「なんだか最初の入りと、それから続いていく世界観みたいなのが好きで」
この曲を知ったのも、香澄が吹奏楽部に入っていなかったら興味を示さなかっただろう。
でも、香澄がいるあの部屋で、こんなにも綺麗な音楽が流れているのだと思うと、どうしてだか体を委ねてしまいたくなる。
「萩野ちゃんがそう言うと、俺も好きになりそうだな、この曲」
目を瞑ったその横顔は、私がこの音楽に聞き入っているような時と同じ心がある気がした。誰かと好きなものを共有したことなんて今までなかった。
あのさ、と高津先輩が言った。
「萩野ちゃんが好きだと思うもの、もっとたくさん教えてほしい」
「私のですか?」
「あまり言わないから。俺の話をいつも聞いてくれてるだけで、萩野ちゃんからそういう話って聞いたことがないから」
いつだって、高津先輩は自分が好きなものを惜しみなく教えてくれていた。
それは、心を開かない私を、少しでも安心させるためだったのかもしれない。
自分の好きなものを打ち明けるというのは、親しい間柄ではない限り難しい。
「会うたびに一つ教えて。そうやって、少しずつでもいいから萩野ちゃんのことを知っていきたいから」
ぎこちなくうなずいた私に「約束な」と高津先輩は笑う。
私の好きなもの、か。そんなものを聞きたいと思う人がいるんだということが正直信じられない。
穏やかで、でも誰よりも心が広くて、壮大だ。
だから、私に告白をしたということが嘘だったんじゃないかと思う。
「高津先輩が好きなものも、また教えてくださいね」
「もちろん。俺の場合は一つと言わず十、いや百は教える」
「そんなにあるんですか?」
「なくても見つけるよ。俺のこと萩野ちゃんに知ってもらえるなら」
高津先輩の愛は温かい。寒い日にストーブで手を当ててしまうような、凍えてしまいそうな時の火になってくれるような人。
惹かれるまでには時間の問題だろうか。
「駅まで送ってく」
当たり前のように高津先輩が私に笑みを向けてくれる。でも、これは当たり前だと思ってはいけない。些細なことで崩れてしまうことを、きちんと覚えておかなければいけないのだから。
幸せな時ほど、周りが見えなくなってしまう。
【遼希ちゃん、ごめんね。もう無理だ】
百合子からそう連絡がきたとき、その幸せは急速に引いていった。
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