この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

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第6章

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 何が起こっているのか、確かめる必要があった。

「これ、どう考えても私だと思わない?」

 亜希に呼び出された駅まで行くと、そのまま向かいの公園へと二人で入った。
 スマホの画面に映し出されているのは、SNS上のとあるアカウント。初期設定のまま変えていないと思われるプロフィールには、盗撮日記と書かれていた。
 私がSNSから離れている間に、亜希は恐怖に貶められていたという。

「ストーカーの話、前にもしたでしょ? 多分そいつだと思う」

 亜希を遠くから狙った写真が、いくつも並んでいる。
 これが自分だったらと思うと、たしかに恐怖だった。背後から、自分を狙っている人間がいる。
 それは顔の見えない影のようで、その人間からは悪意を持たれている。
 いつどうなるかわからない。
 自慢げに話していた亜希が、今では恐怖で身体を震わせている。

「でも、どうして私に相談を? 香澄には?」

 亜希から向けられた憎しみの目。その目が今は勢いを失い、沼のような瞳に変わってしまっている。
 亜希が私に話してくる前に、香澄に話をしているのではないかと思った。それなのに、亜希は深刻そうに私に話をしてくる。そもそも、なぜここに香澄はいないのだろう。
 私を嫌っているというのなら、亜希だけでここに一人で来ることはおかしいような気もした。
 もしかしたらこれは、二人による私への復讐だろうか。だとしたら、なんでこのタイミングで。
 疑心暗鬼が顔に出ていたのか、亜希は罪悪感を抱いているような顔で「都合よくてごめん」と目を伏せた。

「遼希にあんなこと言ったくせに、困ったときは助けてほしいなんて都合がいいって自分でもわかってるの。でも、誰にも言えなくて……警察にも、一人で行く勇気なんてないし」
 警察という言葉があまりにも強かった。それだけ、追い詰められていたということだろうか。ううん、と私は首を振る。

「私も悪い。裏切るつもりなんてなかったけど、そう思われてもしょうがないって思う」
「違う」

 亜希は唇を噛み締めて目を瞑った。そうじゃないと、訴えている姿が違和感だった。

「違うって……どういうこと?」
「遼希のこと、うちら裏では馬鹿にしてた。いい子ぶってとか、でも遼希の前では友達のフリして。そういうの、香澄と楽しんでた」

 ところどころ声が震えていた。罪を告白するように、耐えきれなくなったかのように、亜希は涙をにじませる。

「ごめん……裏切ってたのは、ほんとうは私たちだったの」

 亜希が言っていたあのセリフは、おそらく自分へ向けていたものではなかったのか。
 憎しみは、自分に向いていたのではなかったか。

「でも、もううんざり。香澄のことも、正直どこまで信じたらいいか」

 ようやく出てきた香澄の名前に息をのむ。

「香澄にも、この話、したんだよね?」

 うなずいた彼女は、した、と認めた。けれど、それから続いた言葉に耳を疑った。

「これ、香澄じゃないかなって思ってて」
「え?」

 盗撮のアカウント。ただ、亜希の写真と日々の呟きばかりが載せられるアカウント。
 フォローは、出会いを求めているような男なのか女なのかわからない人物たちが卑猥な言葉とともに並んでいた。

「香澄に話した時もすごい驚いてた。こんなことする奴いるんだって、怒ってくれたし、通報しようとかいろいろ話聞いたりしてくれた。でも、見ちゃったんだよね」
「なにを?」
「香澄が、このツイートと同じような口調で呟いてるの」
「アカウントを間違えたってこと?」
「だと思う。たまたま呟いたあとぐらいに私が見て……でも、すぐに消されてた」
「ちなみに、間違えてツイートしてた内容は?」

 ──修羅場になってて笑える。
 そう書かれていたのを、亜希は見てしまったらしい。

「香澄に話したあとだったから、私と遼希のこと言ってるんだと思った」

 なんか信用できなくて、と続けた亜希に、香澄と思われるアカウントを見た。

 ──友達(仮)と友達(仮)が喧嘩したっぽい、関係脆すぎ。
 ──友達(仮)が友達(仮)の幼馴染と付き合ったんだけど、友達(仮)は幼馴染のこと好きだからめちゃくちゃ怒ってる、ウケた。

「香澄のアカウントが動かなくなって、たまたま篠崎さん……って香澄の同中の子なんだけど。その子のアカウント見てたら、香澄っぽいなって思う垢とやり取りしてたから」
「亜希が知らないアカウント?」
「うん、篠崎さんがこのアカウントを間違えてリツイートして、すぐリツイート消されてたけど、でも明らかにこれって香澄だよなって思って」

 なんとなく分かってしまうことがある。言葉では説明できないものが、たしかにある。
 写真も、口調も違って、でも、なんとなくその人っぽいという垢を見つけてしまえるのはどうしてだろうか。
 そして、簡単にそんな情報にたどり着けてしまうこのツールが恐ろしいと思えてしまう。
 友達の友達の日常を覗いてしまうことができるし、誰と仲がいいのか、誰と繋がっているのかが明白だから。

「香澄に聞いたの。呟かないけどどうしたのって。そしたら、忙しいからって返ってた。それからは結構頻繁に呟いてたんだけど、昨日ぐらいからまた止まって。だからまた、どっかで悪口言ってるんじゃないかなとか」

 知ってる、と思う。その予感。私もつい最近、二人のことをそう思ってた。けれど、私の場合は傷つかなかった。別にそれでいいとさえ思っていた。
 でも、亜希は気にする。ましてや、香澄に裏切られているかもしれないと思うと不安でたまらないのだろう。

「遼希、本当にごめんなさい。私、遼希にひどいこと言って、こんな相談だって聞いてもらえる資格ないのに。香澄のことがあったからって、遼希に逃げるのはおかしいよね。おかしいってわかってるのに」
「……いいよ。私も、亜希に謝ってもらう資格なんてないから。亜希たちの存在に、救われていたことはあるんだよ。だから、もう終わりにしようよ、こうやって謝るの」

 自分から解き放った言葉は、相手に伝えた時点で、もう自分の言葉ではなくなる。
 一生抱える傷になるかもしれないし、ふとしたときに幸せを奪うものかもしれない。
 どれだけ悔いても、どうしようもないことがある。私はそれをよく知っている。
 亜希がこれから、私に放った言葉を後悔するかはわからない。けれど、後悔してほしいとは思わない。その後悔を抱きながら生きていくことは、とても苦しいことだから。
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