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第5章
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私は最初から、どこまでいっても一人だった。
期待をした自分が馬鹿だったのだ。
もういいのかもしれない。もう、こんな人生には辟易する。
いいじゃないか、だって私の命なんだから。したいようにしたって、それで。
天井を見上げる。蜘蛛の巣が見えた。
それから、ここ数日で起こったことが走馬灯のように流れていく。
嫌なことは立て続けに起こるものだけれど、最近は特にひどかったな。
最後に柊くんには会って話をしたかったけれど、もう無理かもしれない。
毎日毎日、死のうと思うことが辛いんだから。
だから、明日の朝は必ずここで、この場所で、人生に終止符を打とう。
そう決めたら、ずいぶんと楽になった。
もう生きなくてもいいのだと思えたら、私は自由になれた気がした。
電車に乗り、自宅に帰っては、誰もいない部屋で「ただいま」とつぶやく。
仏壇の前にいる母は、もう姿かたちもないけれど、どうしてもここへ来てしまう。
寂しくて、母の写真を見ながら目を閉じた。
どこまでも、一人で、孤独で、苦しくて辛い。
一人にしないと、高津先輩は言ってくれるけれど、やっぱり私は一人だ。
なんの夢を見ていたのかわからないけれど、起きたら涙が流れていった。
寝ながらぼろぼろと泣いていたらしい。こんな寝起きは初めてだった。
シャワーを浴び、それから出かける準備をする。リビングを出るとき、母を見つめた。
「ごめんね、こんな娘で。まともに生きられなくて、ごめんね」
そう呟いてから、玄関を出て、明るくなった空の下を歩き、さざなみ駅へと向かった。
ここから見えるマリーゴールドとバーベナ。母の好きだった組み合わせが唯一、この駅から見える。母が、そこにいるような気がする。
ああ、今日は水やり当番だ。
柊くんに連絡をする。もう水やりはできません。花壇をよろしくおねがいします。ところどころ文字を間違えていたような気もするけれど、そんなのどうだってよかった。
死ぬときぐらい、自分の悲しみに浸りたいけれど、現実が邪魔をする。花壇の水やりなんて、この期に及んでも思い出してしまう。そんなに愛着などなかったくせに。
死んでしまおう。プルルと、そうなったのは直後のことだった。
鳴り止まないそれを、振り切るようにホームを歩く。今日は電話に出ない。もう、死ぬのを邪魔されるわけにはいかない。
死ぬなら今日と、もう決めてしまったから。
だから、今死なないといけないのに──いくら待っても、電車はやってこない。
不思議なことにホームにある時計は一分も進んでいなかった。まるで世界の時間が止まってしまったかのように。
いまだに鳴り続ける電話は、私を待っている。
足が自然と公衆電話へと引き寄せられていく。
どうして、こんな時に限って、この電話は私を呼ぶのだろう。
そっと、受話器を取り、それから小さく応答した。
「……もしもし」
『だから死ぬな馬鹿!』
未来の私が怒ってる。三十秒しかないのに。
『これが最後なの。お願いだから生きてよ、過去の私! そうじゃないと』
電話が切れる。だらりと耳から受話器を離す。
死にたいと思う私に、死ぬなと未来の私は言った。
でも、もう無理だ。
「萩野!」
駅の階段から、スウェット姿の柊くんが、全速力で駆けていた。セットもされていない光の束は、ぺしゃんと力なく伸びているだけだ。
「……柊くん」
「なんだよあのメール。意味が」
息を整えるその顔が驚きに満ちる。目を見開き私を黙って見ていた。泣いていることに、言葉が続かなかったのかもしれない。
膝から崩れていく。立っていられない。
「萩野! おい、どうした、なんだよ、なにがあったか」
死んでしまおうと、そう思っていた。もうこの世界に未練などないと思っていた。あのね、と口を開けば、涙が口内に広がった。
「未来の私が、死ぬなって……でも、ちょっと疲れた」
継ぎ接ぎだらけの言葉を、柊くんは戸惑いながらも必死に受け止めようとしてくれている。
何をどう説明したらいいのかわからない。どこまで信じてもらえるのか、そもそもこの話を全部信じてもらえるのかわからないのに、今は誰かに聞いてほしくてたまらない。
どうして、柊くんに会えるのだろう。どうして、柊くんには話せるのだろう。
わからないことだらけなのに、それでも話さなければいけないと思っている私がいる。
死のうとしていた私が、今もまだ生きている。
おかしな話を、柊くんは決して笑うこともなければ馬鹿にすることもない。
「じゃあ死ぬなよ」
柊くんはまるで全部の話を受け止めるようにして、私の肩に手を置く。
「死ぬなって未来のお前が言ってんだから、死ぬな」
「……信じてくれるの?」
「いや、今でも信じられないけど、でもさっきの萩野が号泣してるの見たら、信じないわけにもいかない。萩野が嘘をつく人間にも見えないし。信じてるよ、最初から」
最初から、とそう言ってくれた柊くんの言葉がどれだけ心強かったか。どれだけ私の心を救ってくれたか。
「死にたくなるぐらい辛いことなんてたくさんあるだろ。だから俺に辛いって言えばいい」
辛いを、受け止めてもらえなかったら。そう思うと怖くて、もう口に出してはいけないのだと思っていた。他人にとって私の辛いはどうでもいいことで、あまりにも軽いものだと知ったから。
けれど柊くんは違う。辛いなら辛いと、そうしてもいい環境を許してくれる。
どうして柊くんは私がほしい言葉をくれるのだろう。私が求めている言葉をくれようとするのだろう。
「萩野の悩みは、辛いって言える権利ぐらいあるだろ。そう思ってもいいだろ。誰かがそれを許さなくても、俺が許すよ。だから辛いって言えばいい。辛かったって泣けばいい」
もう会えない人に、会いたいと思ってしまう、どうしようもない焦がれ。
抱きしめてほしい。大丈夫だと言ってほしい。
それが叶わないことが、生きている限り続くのだと思うと、途方もなかった。
テレビで罪のない子供や大人の死が流れると、どうして私ではなかったのだろうと思った。私にすればいいのに、と。そうしたら、誰かが悲しむことはないのにと。
「死ぬことを肯定してるわけじゃない。正しいとも言えない。だから、萩野が死ななくてもいい理由を、俺も一緒に探すよ」
高津先輩に笑われた話を、柊くんはまともに向き合ってくれる。笑わずに、死ななくてもいい理由を見つけ出そうとしてくれる。
それがどれだけ嬉しかったか。
「……やさしいね、柊くんは」
「やさしいよ、俺は」
そう言ってしまえるぐらいのかっこよさが、眩しかった。
ブブと小さくスマホが振動した。その画面の表示を見て思わず「え」と声が滑り落ちていった。
【──助けて】
亜希から届いたメッセージには、そう表示されていた。
期待をした自分が馬鹿だったのだ。
もういいのかもしれない。もう、こんな人生には辟易する。
いいじゃないか、だって私の命なんだから。したいようにしたって、それで。
天井を見上げる。蜘蛛の巣が見えた。
それから、ここ数日で起こったことが走馬灯のように流れていく。
嫌なことは立て続けに起こるものだけれど、最近は特にひどかったな。
最後に柊くんには会って話をしたかったけれど、もう無理かもしれない。
毎日毎日、死のうと思うことが辛いんだから。
だから、明日の朝は必ずここで、この場所で、人生に終止符を打とう。
そう決めたら、ずいぶんと楽になった。
もう生きなくてもいいのだと思えたら、私は自由になれた気がした。
電車に乗り、自宅に帰っては、誰もいない部屋で「ただいま」とつぶやく。
仏壇の前にいる母は、もう姿かたちもないけれど、どうしてもここへ来てしまう。
寂しくて、母の写真を見ながら目を閉じた。
どこまでも、一人で、孤独で、苦しくて辛い。
一人にしないと、高津先輩は言ってくれるけれど、やっぱり私は一人だ。
なんの夢を見ていたのかわからないけれど、起きたら涙が流れていった。
寝ながらぼろぼろと泣いていたらしい。こんな寝起きは初めてだった。
シャワーを浴び、それから出かける準備をする。リビングを出るとき、母を見つめた。
「ごめんね、こんな娘で。まともに生きられなくて、ごめんね」
そう呟いてから、玄関を出て、明るくなった空の下を歩き、さざなみ駅へと向かった。
ここから見えるマリーゴールドとバーベナ。母の好きだった組み合わせが唯一、この駅から見える。母が、そこにいるような気がする。
ああ、今日は水やり当番だ。
柊くんに連絡をする。もう水やりはできません。花壇をよろしくおねがいします。ところどころ文字を間違えていたような気もするけれど、そんなのどうだってよかった。
死ぬときぐらい、自分の悲しみに浸りたいけれど、現実が邪魔をする。花壇の水やりなんて、この期に及んでも思い出してしまう。そんなに愛着などなかったくせに。
死んでしまおう。プルルと、そうなったのは直後のことだった。
鳴り止まないそれを、振り切るようにホームを歩く。今日は電話に出ない。もう、死ぬのを邪魔されるわけにはいかない。
死ぬなら今日と、もう決めてしまったから。
だから、今死なないといけないのに──いくら待っても、電車はやってこない。
不思議なことにホームにある時計は一分も進んでいなかった。まるで世界の時間が止まってしまったかのように。
いまだに鳴り続ける電話は、私を待っている。
足が自然と公衆電話へと引き寄せられていく。
どうして、こんな時に限って、この電話は私を呼ぶのだろう。
そっと、受話器を取り、それから小さく応答した。
「……もしもし」
『だから死ぬな馬鹿!』
未来の私が怒ってる。三十秒しかないのに。
『これが最後なの。お願いだから生きてよ、過去の私! そうじゃないと』
電話が切れる。だらりと耳から受話器を離す。
死にたいと思う私に、死ぬなと未来の私は言った。
でも、もう無理だ。
「萩野!」
駅の階段から、スウェット姿の柊くんが、全速力で駆けていた。セットもされていない光の束は、ぺしゃんと力なく伸びているだけだ。
「……柊くん」
「なんだよあのメール。意味が」
息を整えるその顔が驚きに満ちる。目を見開き私を黙って見ていた。泣いていることに、言葉が続かなかったのかもしれない。
膝から崩れていく。立っていられない。
「萩野! おい、どうした、なんだよ、なにがあったか」
死んでしまおうと、そう思っていた。もうこの世界に未練などないと思っていた。あのね、と口を開けば、涙が口内に広がった。
「未来の私が、死ぬなって……でも、ちょっと疲れた」
継ぎ接ぎだらけの言葉を、柊くんは戸惑いながらも必死に受け止めようとしてくれている。
何をどう説明したらいいのかわからない。どこまで信じてもらえるのか、そもそもこの話を全部信じてもらえるのかわからないのに、今は誰かに聞いてほしくてたまらない。
どうして、柊くんに会えるのだろう。どうして、柊くんには話せるのだろう。
わからないことだらけなのに、それでも話さなければいけないと思っている私がいる。
死のうとしていた私が、今もまだ生きている。
おかしな話を、柊くんは決して笑うこともなければ馬鹿にすることもない。
「じゃあ死ぬなよ」
柊くんはまるで全部の話を受け止めるようにして、私の肩に手を置く。
「死ぬなって未来のお前が言ってんだから、死ぬな」
「……信じてくれるの?」
「いや、今でも信じられないけど、でもさっきの萩野が号泣してるの見たら、信じないわけにもいかない。萩野が嘘をつく人間にも見えないし。信じてるよ、最初から」
最初から、とそう言ってくれた柊くんの言葉がどれだけ心強かったか。どれだけ私の心を救ってくれたか。
「死にたくなるぐらい辛いことなんてたくさんあるだろ。だから俺に辛いって言えばいい」
辛いを、受け止めてもらえなかったら。そう思うと怖くて、もう口に出してはいけないのだと思っていた。他人にとって私の辛いはどうでもいいことで、あまりにも軽いものだと知ったから。
けれど柊くんは違う。辛いなら辛いと、そうしてもいい環境を許してくれる。
どうして柊くんは私がほしい言葉をくれるのだろう。私が求めている言葉をくれようとするのだろう。
「萩野の悩みは、辛いって言える権利ぐらいあるだろ。そう思ってもいいだろ。誰かがそれを許さなくても、俺が許すよ。だから辛いって言えばいい。辛かったって泣けばいい」
もう会えない人に、会いたいと思ってしまう、どうしようもない焦がれ。
抱きしめてほしい。大丈夫だと言ってほしい。
それが叶わないことが、生きている限り続くのだと思うと、途方もなかった。
テレビで罪のない子供や大人の死が流れると、どうして私ではなかったのだろうと思った。私にすればいいのに、と。そうしたら、誰かが悲しむことはないのにと。
「死ぬことを肯定してるわけじゃない。正しいとも言えない。だから、萩野が死ななくてもいい理由を、俺も一緒に探すよ」
高津先輩に笑われた話を、柊くんはまともに向き合ってくれる。笑わずに、死ななくてもいい理由を見つけ出そうとしてくれる。
それがどれだけ嬉しかったか。
「……やさしいね、柊くんは」
「やさしいよ、俺は」
そう言ってしまえるぐらいのかっこよさが、眩しかった。
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