この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

文字の大きさ
19 / 25
第5章

しおりを挟む
 私は最初から、どこまでいっても一人だった。
 期待をした自分が馬鹿だったのだ。
 もういいのかもしれない。もう、こんな人生には辟易する。
 いいじゃないか、だって私の命なんだから。したいようにしたって、それで。
 天井を見上げる。蜘蛛の巣が見えた。
それから、ここ数日で起こったことが走馬灯のように流れていく。
 嫌なことは立て続けに起こるものだけれど、最近は特にひどかったな。
 最後に柊くんには会って話をしたかったけれど、もう無理かもしれない。
 毎日毎日、死のうと思うことが辛いんだから。
 だから、明日の朝は必ずここで、この場所で、人生に終止符を打とう。
 そう決めたら、ずいぶんと楽になった。
 もう生きなくてもいいのだと思えたら、私は自由になれた気がした。
 電車に乗り、自宅に帰っては、誰もいない部屋で「ただいま」とつぶやく。
 仏壇の前にいる母は、もう姿かたちもないけれど、どうしてもここへ来てしまう。
 寂しくて、母の写真を見ながら目を閉じた。
 どこまでも、一人で、孤独で、苦しくて辛い。
 一人にしないと、高津先輩は言ってくれるけれど、やっぱり私は一人だ。
 なんの夢を見ていたのかわからないけれど、起きたら涙が流れていった。
 寝ながらぼろぼろと泣いていたらしい。こんな寝起きは初めてだった。
 シャワーを浴び、それから出かける準備をする。リビングを出るとき、母を見つめた。

「ごめんね、こんな娘で。まともに生きられなくて、ごめんね」
 
 そう呟いてから、玄関を出て、明るくなった空の下を歩き、さざなみ駅へと向かった。
 ここから見えるマリーゴールドとバーベナ。母の好きだった組み合わせが唯一、この駅から見える。母が、そこにいるような気がする。
 ああ、今日は水やり当番だ。
 柊くんに連絡をする。もう水やりはできません。花壇をよろしくおねがいします。ところどころ文字を間違えていたような気もするけれど、そんなのどうだってよかった。
 死ぬときぐらい、自分の悲しみに浸りたいけれど、現実が邪魔をする。花壇の水やりなんて、この期に及んでも思い出してしまう。そんなに愛着などなかったくせに。
 死んでしまおう。プルルと、そうなったのは直後のことだった。
 鳴り止まないそれを、振り切るようにホームを歩く。今日は電話に出ない。もう、死ぬのを邪魔されるわけにはいかない。
 死ぬなら今日と、もう決めてしまったから。
 だから、今死なないといけないのに──いくら待っても、電車はやってこない。
 不思議なことにホームにある時計は一分も進んでいなかった。まるで世界の時間が止まってしまったかのように。
 いまだに鳴り続ける電話は、私を待っている。
 足が自然と公衆電話へと引き寄せられていく。
 どうして、こんな時に限って、この電話は私を呼ぶのだろう。
 そっと、受話器を取り、それから小さく応答した。

「……もしもし」
『だから死ぬな馬鹿!』

 未来の私が怒ってる。三十秒しかないのに。

『これが最後なの。お願いだから生きてよ、過去の私! そうじゃないと』

 電話が切れる。だらりと耳から受話器を離す。
 死にたいと思う私に、死ぬなと未来の私は言った。
 でも、もう無理だ。

「萩野!」

 駅の階段から、スウェット姿の柊くんが、全速力で駆けていた。セットもされていない光の束は、ぺしゃんと力なく伸びているだけだ。

「……柊くん」
「なんだよあのメール。意味が」

 息を整えるその顔が驚きに満ちる。目を見開き私を黙って見ていた。泣いていることに、言葉が続かなかったのかもしれない。
 膝から崩れていく。立っていられない。

「萩野! おい、どうした、なんだよ、なにがあったか」

 死んでしまおうと、そう思っていた。もうこの世界に未練などないと思っていた。あのね、と口を開けば、涙が口内に広がった。

「未来の私が、死ぬなって……でも、ちょっと疲れた」

 継ぎ接ぎだらけの言葉を、柊くんは戸惑いながらも必死に受け止めようとしてくれている。
 何をどう説明したらいいのかわからない。どこまで信じてもらえるのか、そもそもこの話を全部信じてもらえるのかわからないのに、今は誰かに聞いてほしくてたまらない。
 どうして、柊くんに会えるのだろう。どうして、柊くんには話せるのだろう。
 わからないことだらけなのに、それでも話さなければいけないと思っている私がいる。
 死のうとしていた私が、今もまだ生きている。
 おかしな話を、柊くんは決して笑うこともなければ馬鹿にすることもない。

「じゃあ死ぬなよ」

 柊くんはまるで全部の話を受け止めるようにして、私の肩に手を置く。

「死ぬなって未来のお前が言ってんだから、死ぬな」
「……信じてくれるの?」
「いや、今でも信じられないけど、でもさっきの萩野が号泣してるの見たら、信じないわけにもいかない。萩野が嘘をつく人間にも見えないし。信じてるよ、最初から」

 最初から、とそう言ってくれた柊くんの言葉がどれだけ心強かったか。どれだけ私の心を救ってくれたか。

「死にたくなるぐらい辛いことなんてたくさんあるだろ。だから俺に辛いって言えばいい」

 辛いを、受け止めてもらえなかったら。そう思うと怖くて、もう口に出してはいけないのだと思っていた。他人にとって私の辛いはどうでもいいことで、あまりにも軽いものだと知ったから。
 けれど柊くんは違う。辛いなら辛いと、そうしてもいい環境を許してくれる。
 どうして柊くんは私がほしい言葉をくれるのだろう。私が求めている言葉をくれようとするのだろう。

「萩野の悩みは、辛いって言える権利ぐらいあるだろ。そう思ってもいいだろ。誰かがそれを許さなくても、俺が許すよ。だから辛いって言えばいい。辛かったって泣けばいい」

 もう会えない人に、会いたいと思ってしまう、どうしようもない焦がれ。
 抱きしめてほしい。大丈夫だと言ってほしい。
 それが叶わないことが、生きている限り続くのだと思うと、途方もなかった。
 テレビで罪のない子供や大人の死が流れると、どうして私ではなかったのだろうと思った。私にすればいいのに、と。そうしたら、誰かが悲しむことはないのにと。

「死ぬことを肯定してるわけじゃない。正しいとも言えない。だから、萩野が死ななくてもいい理由を、俺も一緒に探すよ」

 高津先輩に笑われた話を、柊くんはまともに向き合ってくれる。笑わずに、死ななくてもいい理由を見つけ出そうとしてくれる。
 それがどれだけ嬉しかったか。

「……やさしいね、柊くんは」
「やさしいよ、俺は」

 そう言ってしまえるぐらいのかっこよさが、眩しかった。
 ブブと小さくスマホが振動した。その画面の表示を見て思わず「え」と声が滑り落ちていった。

【──助けて】

 亜希から届いたメッセージには、そう表示されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...