この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

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第5章

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【今から会えない? 話したいことがあるんだよね】

 亜希からだった。久しぶりの連絡には絵文字やスタンプが一切排除された、黒い文字だけの画面が映し出さいれている。
 わかってはいた。このまま夏を乗り切ることはないだろうなと。
 いつでも大丈夫だよ、と返した私の文面に、時間と駅の名前だけがぽんと送られてきた。
 配慮も遠慮もない、ストレートな喧嘩腰。亜希の苛立ちが、たったこれだけのやり取りで透けて見えたような気がする。
 さざなみ駅を使うことなく、最寄りの駅から十五分で着いた駅は、来たこともない場所で、亜希の地元だった。そして、高津先輩の地元でもある場所。
 改札を抜けたところに亜希の姿があった。私を見るなり、睨むような顔つきで、こっち、と顎でとある方角を示した。
 改札の目の前に公園がある。ブランコと鉄棒しかない小さな公園のベンチに亜希は座った。私は、少し離れた場所で立ち、亜希にどうしたのと訊ねる。

「どうしたのって、わかるでしょ。ここに呼び出された理由」

 わかるよ。私に怒りをぶつけたいことが。
 きっと高津先輩のことでしょう。
 蓮が、と亜希は言った。瞬時に、高津先輩の名前だと思った。

「蓮が言ってた。俺たちのこと、萩野に喋ったって。萩野、知りたかっただろうからって。それ、どういう意味? なんで知りたいとか思うわけ? なにを知ってんの?」

 亜希の冷静さがどこかに出かけているようだった。
 目の下にはクマがうっすらと滲んでいる。

「遼希は私と蓮のこと知ってたの? だったらいつから?」
「知らないよ。高津先輩から聞くまで何も知らなかった」
「じゃあ、なんで蓮がそういう言い方するわけ? 遼希が蓮に話させたんでしょ」

 どうしてそんな解釈になっているのか。高津先輩は亜希にどう説明したのか。そもそもなんで高津先輩は亜希に話したりしたのだろう。亜希が言えないことを、なぜ高津先輩は亜希の友人である私に明かしたのか。

「本当に何も知らなかった」
「嘘だよ、その話聞いて、私の弱みが握れたとか思ったんでしょう」

 おそらく私の言葉なんてなんの意味も持たないのだろう。亜希はただ私に怒りをぶつけたいだけ。言えなかった秘密を知られたことを、怒りで対応している。

「蓮は言ってた。遼希のことが好きだから、遼希には知っててほしかったって。なにそれ、二人して私のこと馬鹿にしてんの?」

 亜希が抱えているものが怒りに変わっている理由。
 それはなんとなくわかるような気がする。きっとあれだ。

「なんで遼希なの」

 亜希は、高津先輩のことが好きだ。
 高津先輩は、互いに好意はなく、それでも線は簡単に超えられると言った。けれど、それは高津先輩の場合だ。亜希の場合ではない。亜希が同じように抱えたわけではない。
 亜希は、高津先輩のことが好きだった。だから身体の関係にもなった。好きだから。

「言わなかった私が悪い? でも言えないことってあるじゃん」

 違う、亜希は別に、その秘密を知られたとしてもよかった。問題はなかった。
 ただ許せないのだ。高津先輩が私を好きだということが。その怒りが私にぶつけられている。

「遼希は、私の友達じゃないの? 私の友達なら、蓮を返してよ」

 そもそも私のものでもないよ。そう言いたいのに、言葉はなにも出てこなかった。
 大事に、したかったのにな。

「遼希ってさ、友達を裏切ったこと、今まで何回あった?」


 人と人との繋がり、その中で生まれる情というのは、あまりにも不確かなものだと思う。
 家族とは、血の繋がりがあれば家族とみなされる。
 学年が違えば、先輩後輩。
 ならば、友達という定義においては、どうなのだろうか。
 血の繋がりもなければ、年齢のようにわかりやすいカテゴリーも存在しない。
 とても曖昧で、とても脆いものだと思う。
 今までの人たちを仮に友達と位置づけるなら、おそらくそのほとんどを裏切ってきたことになるのだろう。
 私は亜希を利用していた。大事にしたいとは思った。だって一人になってしまうから。でも友達だと思ったことはない。どれだけ好意を抱かれたとしても、心を開いたことがなく、無意識に他人を傷つけてきたのかもしれない。
 亜希は私のことを、心から軽蔑しているような目で見ていた。
 忘れられない光景の一部になるんだろうなと、他人事のように思いながら、亜希の背中を見送った。
 小さな公園には花壇があった。鮮やかな黄色をこれでもかと咲かせていた向日葵は、私の少し斜め上を見上げていた。世界を照りつける太陽に、これでもかと自分をアピールしているように見えて、なんだか健気で仕方がなかった。

「遼希ちゃん、どこ行ってたの? 部屋行ったらいないんだもん」

 家に帰ると、リビングからひょっこりと百合子が顔を出した。遅れて冷気が玄関にいる私へと届き、灼熱の世界から無事に帰還できたことを痛感する。

「ちょっとね。なにかあった?」
「忘れちゃったの? 駅前の抹茶パフェ、今年はリニューアルしたから食べに行こうって話をしてたじゃん」

 そうだった。そんなような話をなんとなく、したような覚えがある。
 ああ、じゃあ行こうかと言ったけれど、百合子はじっと私を訝しむように見つめていた。

「もしかして遼希ちゃん、体調悪い?」

 すごい顔色悪いよ、と。百合子が眉を潜めた。
 どんな顔をしているのだろう。全く自覚がない。

「そんなことないよ。あれかな、外が暑いからやられたのかも」
「ええ、熱中症じゃない? 休もうよ」

 心做しかベッドが恋しくなった。そうする、と答えながら、階段を一段一段ゆっくりとあがっていく。身体が重いのは、亜希の言葉がすべてのしかかっているからだろうか。
 ベッドに倒れこみ目を閉じていると、遠くで扉がしめられた音が聞こえた。百合子が外に出かけたのだろうか。深く息を吐き出すと、頭の中はもう亜希のことでいっぱいだった。
 亜希を裏切った。裏切られた人間はあんな顔をするんだ。
た。
 画面上でするすると泳いでいく指は、お決まりの場所でスクロールをしてから、ピタリと止まった。

【まじで信用できない。友達だと思ってたのに最低】

 亜希が投稿していたツイートを見て、どくっと心臓が不快な音を立てた。
 なんだ、これ。なんだ、このタイミング。
 これを自分のことを思わないほど鈍いわけではない。
 高津先輩から明かされた二人の関係を知った今だからこそ、この投稿はどう考えても私だった。なんだそれ、なんだこれ。
 ああ、もう二人とは一緒にいられない。
 亜希の存在に目を瞑りながら高津先輩と会ったことが間違いだったのだろうか。
 私の選択はどこから間違っていたのだろうか。
 わからない、わからない、わからない。
 もう、こんなことの繰り返しだ。
 死にたいと思ったら死ぬタイミングを逃して、でもまた死にたくなって。
 命を軽視している。
 高津先輩に言われた言葉はそのとおりだと思う。ほんとうにそうなのだと思う。
 でも、どうしたら大事にできるか、もうわからない。
 どうしたらこの命を、この人生を、大切に思えるのだろうか。こんな命をどうしていけば。
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