この世界のどこかで息をする私たちは

茉白いと

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第5章

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 死ななかったからと言って、何かが変わったわけではないかもしれないけど、状況は悪化した。
 先輩のことを亜希たちが知った可能性があった。
 二人から聞かれたわけではないけれど、でも、どう考えてもハブられているとしか思えないようなことが起きている。
 それは、私と亜希と香澄だけで繋がっているSNSのアカウントがあったのに、今では使われていないということ。
 たった三人、なんてことはないツイートを垂れ流していたのに、今では閑散としている。どうしてこのアカウントがあるのだろうと思うぐらいに動かない。
 その理由はきっと、亜希と香澄だけで繋がっているアカウントを作ったからだろう。
 表のアカウントとは違い、特定の人だけに見せたいツイートを流す、裏のアカウント。
 本人たちは裏だとは決して思っていないけれど、別のアカウントがあるだけでそれは裏でしかない。
 私だけを除いた場所で、私だけの悪口を永遠と流しているのだろう。
 二人がしそうなことは目に見えていた。気に入らない人がいれば、表では仲良しを装いながら、裏ではああだこうだと悪口を連ねていくのだ。
 このアカウントを消してしまおうかなとも思うけれど、動いていないのだから、特段消す必要もないなとも思った。
 自分から行動することに嫌気がさしてしまったのだ。
 表のアカウントでは、亜希と香澄が冬の新作コスメで盛り上がっている様子が流れてきた。いいところだけを見せ、都合の悪いところは隠し通す。
 あまりにも脆い関係だったなと失笑が浮かんで、それからSNSは静かに閉じた。
 優しい二人を思い出す。私の噂から守ってくれた二人を思い出す。
 だからと言って、人間は優しさがすべてではない。
 残酷な一面を持っていることは当たり前であり、そのシーンが見えただけで人を貶すのは間違っている。自分には卑劣なことが行えてしまえる闇が潜んでいるというのに。
 それを自覚できている人間は一体どれだけいるのだろう。
 もう見ない方がいいだろうと、アプリを消して自分のスマホからなかったことにする。
 しばらくは見てしまいそうになる気持ちと葛藤しなければいけないけれど、それを乗り越えさえすれば気にもしなくなるはずだ。
 学校が始まったらそうもいかないかもしれないけれど、どっちみち友達ではなくなっているのだから、覚悟を決めなければいけない。
 高校卒業まで一年半。あまりにも長い月日に思えるけれど、卒業してしまえば亜希と香澄たちから解放される。

「死ななくてもいい理由か」
「何してんの」

 柊くんだった。なんでここにいるんだろう。

「何もしてないよ、何も」

 おはようと言うべきか迷い、結局それを飲んで質問に答えた。
 いろいろと話してしまいたい気持ちに駆られた。
 家のことも、母のことも、先輩のことも、亜希と香澄のことも。
 それでも柊くんにわざわざ言うことでもなくて、それらはここではなかったことにする。
 何もないのに、定期があるからと無駄にさざなみ駅に来てしまう。母の好きなマリーゴールドを見るために。
 でも、こんなときだからこそ、柊くんには会いたくなかった。
 弱いところを全部見せてしまいそうで。そんな自分を見られたら、柊くんからも嫌われてしまいそうで。

「空って、どこから見ても空だよな」
 
 少しスペースを空けて、柊くんは隣に座った。

「どこから見ても空って、なんか当たり前じゃない?」
「当たり前だけど、すげえことなんだよ」

 空を見ているその横顔に、つい見惚れる。どうして柊くんと一緒にいると安心できるんだろう。何も考えなくて済むんだろう。

「前にさ、なりたいものがあるかって聞いたの、覚えてる?」

 彼は笑みの余韻を残した顔で言った。
 将来の夢。そんな話を、まだ柊くんと話し始めたばかりの時期に出た話題だった気がする。私がうなずくと、柊くんは静かに笑みを浮かべた。

「俺、パイロットになりたかったんだよ」
「パイロットって飛行機を操縦する人だよね?」
「それ。操縦する人になりたかった。でも、俺はなれないってわかったのが、ちょうどあんたとその話をする前日だった」
「え……」
「操縦士になる道のりは厳しいんだけど、まあそんなもん、俺なら乗り越えられるって思ってた。余裕だろって」
「柊くんらしいね」
「だろ。でも、自信だけではどうにもならない問題があった」
「問題?」
「目がな、まあ問題があるんだよ。視力はいいんだけど、眼球の動きに問題があって……っていう、まあそういう検査があって。それを試しにやってみたらだめだったって話」

 なんてことはなかったかのように、夢がなくなった未来を、呆気なく語ってしまう。
 味気のないパンと同じくらい、とても軽い。中身を取り除いたみたいに。

「子供の頃から操縦士になりたかったから、結果知ったときはさすがにショックだった。笑えねえと思ったけど、なんだかんだ笑えてんだよな。今の俺って」

 笑えなかったのは、なにも私だけではなかった。
 柊くんだって同じように抱えていたのだ。それを他人に見せなかっただけで。
 自分の話なんて滅多にしない彼が、今は中身を抜いてでも話をしてくれる。味をなくしてくれている、

「……笑えてるよ、柊くんは」

 それは、心から笑えているものではないのかもしれない。
 頭の片隅には、操縦士になりたったという夢と、諦めなければいけない悔しさがいつまでも残り続けていくのかもしれない。
 それでも、柊くんは笑っている。なんてことはないことで笑ってくれている。

「……だから、飛行機の機種、すぐに言い当てられるんだね」
「唯一の特技だからな」

 覚えこんでしまうぐらい、きっとなりたかった夢だったのだろう。
 柊くんの大事な夢をいつまでも覚えていたいと思った。
 ただ、それだけだった。
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