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第4章
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その日の午後。私は高津先輩を呼び出していた。
「萩野ちゃんから会おうなんて言ってもらえたのは、実は初だよね?」
直前までバイトがあったという高津先輩と合流したのは、太陽が傾いた十六時を過ぎた時間だった。
いつもの駅で待ち合わせをし、それから近くの公園と散歩がてら歩いていた。
「そうでしたね。大丈夫でしたか? いきなりお誘いして」
「いいんだよ。今日にしようって言ったの俺なんだから。それに萩野ちゃんに会えるならいつでもどこでも飛んでいくよ」
そんなセリフをなんてことはない顔で言ってしまう。
「何か俺と話したいことあった?」
「え?」
「いや、何かあったのかなと思って」
夕日に照らされた横顔を見上げながら、亜希の顔を思い浮かべた。
「あの、私、高津先輩と一度お話をしないとって思って」
「話?」
これから話すことを、高津先輩はどう思うのだろうか。どう解釈するのだろうか。きちんと伝わるのだろうか。
「こんなこと言うのは、おかしいかもですけど……高津先輩と、お付き合いできません」
私が高津先輩と付き合うというのはおかしい。
向き合うという形がどういうものなのかよくわかっていない。
仮にも向けられた愛を、こんな形で返して、私はどんな罰がくだるのだろう。
「それってさ、未来も変わらないのかな」
しばらく時間を置いたあと、静かに高津先輩が言った。言葉を選んでいるような、いい加減ではない態度に姿勢を正す。
夏の強い日差しは夕暮れになっても変わらない。その中で高津先輩は苦笑していた。
「可能性がもしゼロじゃないなら、それが一パーセントないとしても、ゼロじゃないなら俺はそっちに賭けたいんだ。だから、萩野ちゃんが許してくれるなら、まだこの話は先にしたいんだ。俺が先を急ぎすたってこともあるんだと思う。だけど、もう少しって……ごめん。俺、すげえ必死じゃん」
なんでも卒なくこなすことができる人。人望が厚く、それでいて優しさが巨大。
そんな人が、言葉をいくつも重ねながら、私という人間の未来に賭けてくれようとしている。死にぞこないの私に。
だからきちんと、伝える必要がある。それは、高津先輩がなぜ私に告白してきたのかということに繋がっている。
「高津先輩。先輩は──亜希のことが好きですよね」
日差しの中の先輩が、一瞬、固まった。
「最初から不思議だったんです。どうして私なのかなって。高津先輩は亜希のこと好きなのにって」
「……いつから知ってたの?」
「いつから……なんとなくです。視線がいつも亜希に向けられていたから。自然と、高津先輩は亜希に気があるのかなって思ってたんです。だから、最初は驚きました。私を好きだと言ってくれる高津先輩のことが信じられなかったんです」
嬉しかった。あの告白が嘘だと思ってるわけじゃない。ただ、どこまで真実なのか見極めることができなかった。
「私を利用してるのかなと最初は思ったんです。私に近づいてから……そうしたら、自然と高津先輩は亜希の視界に入る。でも、そうでもなさそうで。高津先輩は、本当に私が好きなように感じもします。だから、確かめたかったんです。高津先輩の心は、気持ちは、どうなっているのか」
本当に、どうなっているのか、ただただ疑問だった。
真意を知りたかった。だから高津先輩と一緒にいるようにした。
ぐにゃりと歪む。
高津先輩の笑顔が崩れ、吐き出された息の中には、逃げられないといった諦めのようなものを感じた。
亜希はさ、と高津先輩は言った。
「幼馴染なんだ、俺と」
そんな話を私は亜希から一度も聞かされたことはない。
私の心境を読み取ったのか、高津先輩は、言えないんだよな、と続けた。
「亜希は、俺と幼馴染だって言えないんだと思う。隠してるっていうか、言えない。その気持がよくわかる」
「どうしてですか?」
「亜希と身体の関係があったからだよ。付き合ってもないのにね」
ただの幼馴染ではない。繋がりが深いことが、高津先輩の言葉の端々に感じられた。
「萩野ちゃんは、利用って言葉を使ったね。だとしたら、俺と亜希は互いに利用してたんだ。鬱憤を晴らすっていうか、そうだな、腹いせのような」
腹いせ。
爽やかな爽やかな高津先輩からは、とても似合わない言葉。
じりりりり。響き渡る蝉が、適度な雑音を演出している。
「俺の父親と、亜希の母親が不倫してたから。身体の関係だった。結婚する前から」
暗闇の中から弾き出されたような、穴の空いた声。
「好きだったのに、別の相手と結婚した。けれど諦めきれなくて、結局今も関係が続いている。そのことを俺が最初に知って、それから亜希も知った。気持ち悪いだろ」
笑いながら、爽やかに、黒く染まっていく。
高津先輩の瞳が、沼のように濁っているように見えて、私の知らない先輩がそこにいるような気がした。
「なにがあったってわけじゃない。でもただ、流れで亜希とそうなった。結局は親の血が流れてるんだから、そうなるんだろうな。で、結局違う相手と結婚して、同じようなことをする」
「……高津先輩は」
声が掠れた。思っていた以上に声量が出なかった。
友達だと思っていた亜希は、私に何も話さなかった。何も打ち明けなかった。
そんな出来事を背負っているようには、本当に見えなかった。
「亜希のこと、高津先輩は好きじゃないんですか?」
訊ねてしまってよかったのか、わからなかった。けれど聞かずにはいられなかった。その笑顔を崩したかったのかもしれない。
高津先輩は首を振った。横に。苦笑しながら。
「わからない。亜希もそうだと思う。でも、恋人じゃなくてもそういう関係にはなれる。好きなのかどうかわからないような状態でも、簡単に線は越えられるんだよ」
「それは……」
「ごめん、亜希はすごく嫌がると思う。萩野ちゃんには言わないでほしかったと思う。でもこんな話を聞いても、萩野ちゃんは受け止めると思ったんだ」
あの噂を気にしないように、そう続いていたのだろうか。そう続けなかったからわからないけれど、きっとそうだったのかもしれない。
「亜希とは友達でいてやってほしい。俺が言えた義理じゃないけど」
「友達ではいたいです。亜希は優しいですから」
でも亜希が知ったら、逆に私から離れていくのではないか。どちらかというと、そっちのことの方が心配だ。
「あの、先輩」
どうしたの、と高津先輩は私を見た。
「くだらない話をしてもいいですか」
「萩野ちゃんのくだらない話?」
聞くよ、なんでも。穏やかに、私の言葉を待つ高津先輩に、喉元で引っかかっていたものを吐き出す。
「……私、何度か死のうとしたんです。たまに自分では自分のことを抱えきれなくなるときがきて、途端に生きていることを投げ出してしまいそうになります。この夏も、死にたいと思って過ごしてることの方が多くて」
なにも、特別なことを待っていたわけじゃない。こういうことがあったんです、それぐらいの気持ちで。
向き合うことから逃げないよう、立ち向かうための今だった。
高津先輩は驚いていた。目を見開き、それから言った。
「うそ、そんなことで死にたいって思う子、漫画とか映画だけの話だと思ってた。まじでそんなこと思ってたの?」
だから、まさかそんな返しを高津先輩からされるとは思わなかった。
話が通じる人だと、どこかで思ってしまっていたこと、期待していたことに、心が急激に冷えていく。
おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけどと、もう一人の私が見るからに呆れていた。
「死にたい動機が軽いっていうか。そんなんで死にたいとか思ったら人生もったいないよ。萩野ちゃんの人生なんて一回きりなんだから。命を粗末にしたらだめだって」
高津先輩の意見は正論だった。至極、当たり前だと思った。
受け取りようによっては、励まされる人もいるのだろう。この言葉に救われることもあるのだろう。けれど私はどうやら違っていたらしい。
「命を軽視したらだめだよ」
でも、私の話を軽視されたことが、何よりも辛いと思った。
死にたいと思ってしまうぐらい、私には深刻なことだった。生きてることがしんどいと訴えたつもりなのに、高津先輩は「そんなことで」と流してしまった。
「萩野ちゃん、なにがあったか知らないけど、萩野ちゃんは死ぬべきじゃないよ。もっと気楽に。多分萩野ちゃんは真面目なんだよ。だから何事も真剣に考えるんだろうな。死にたいなんて、そんな軽々しく思わないでほしい」
決して間違ったことを言われているわけではない。
けれど、私の悩みがこの人には届かないんだという絶望が今、私の心を支配していた。
辛いことを、この人は聞いてくれようとはしないのか。
それとも今、私が切り出せばいいのだろうか。
でも、それさえも受け止めてもらえなかったら。
──今みたいに、笑われてしまったら。
「悩みなんて、どうせいつか解決するんだから。そんなんで死ぬとかもったいないって」
正しいことを言われている。正論だ。だからすごく辛かった。
そうなのかもしれない。そうなのだと思う。でも、今の私には何一つだって響いてきたりはしない。
知ってもらおうなんて欲を抱いたからいけなかったのだろうか。
たしかに人から見たら、私の悩みなんてちっぽけなことかもしれない。
でも、辛い。ほんとうに辛い。
死にたいと思ってしまうぐらい、
そんな時はどうしたらいいの。どうすれば辛くないと思えるの。
「萩野ちゃんが病んでるのはしょうがないと思うけど、もう死にたいなんて思うなよ。俺は萩野ちゃんの味方だから」
その味方は、言葉だけの味方のように聞こえてしまう。中身のない味方。
病んでると、たったそれだけで片付けられた私のどうしようもない闇。
簡単に振り分けられるようなものではない。その中にはどれだけ複雑な闇が蠢いていると思っているのか。
けれど知らなくて当たり前なのだ。
私が高津先輩と亜希の関係を知らなかったように、他人には悩みなど見えやしない。
だから、こんなものなのだろう。
私の悩みとはこんなものだ。病んでる。たったそれだけ。
全部を受け止めてもらおうなどとは思っていない。でも、話をただ聞いてほしかった。
「一人にもしないし。辛いことあるなら言って。力になるから」
もう、話せないと思った。
きっとこの人にとって私の悩みは、あまりにもどうでもいいことなのだろうから。
「……ありがとうございます」
何も、解決などしなかった。
亜希のことを話す前から、これは話すべきではないと知った。
心と心が通じ合わないのだと、私の何かが叫んでいる。
引きつった笑みを浮かべる私を見て、
「萩野ちゃん、好きだよ」
このタイミングでそんな言葉をぶつける高津先輩が理解できなかった。
「萩野ちゃんから会おうなんて言ってもらえたのは、実は初だよね?」
直前までバイトがあったという高津先輩と合流したのは、太陽が傾いた十六時を過ぎた時間だった。
いつもの駅で待ち合わせをし、それから近くの公園と散歩がてら歩いていた。
「そうでしたね。大丈夫でしたか? いきなりお誘いして」
「いいんだよ。今日にしようって言ったの俺なんだから。それに萩野ちゃんに会えるならいつでもどこでも飛んでいくよ」
そんなセリフをなんてことはない顔で言ってしまう。
「何か俺と話したいことあった?」
「え?」
「いや、何かあったのかなと思って」
夕日に照らされた横顔を見上げながら、亜希の顔を思い浮かべた。
「あの、私、高津先輩と一度お話をしないとって思って」
「話?」
これから話すことを、高津先輩はどう思うのだろうか。どう解釈するのだろうか。きちんと伝わるのだろうか。
「こんなこと言うのは、おかしいかもですけど……高津先輩と、お付き合いできません」
私が高津先輩と付き合うというのはおかしい。
向き合うという形がどういうものなのかよくわかっていない。
仮にも向けられた愛を、こんな形で返して、私はどんな罰がくだるのだろう。
「それってさ、未来も変わらないのかな」
しばらく時間を置いたあと、静かに高津先輩が言った。言葉を選んでいるような、いい加減ではない態度に姿勢を正す。
夏の強い日差しは夕暮れになっても変わらない。その中で高津先輩は苦笑していた。
「可能性がもしゼロじゃないなら、それが一パーセントないとしても、ゼロじゃないなら俺はそっちに賭けたいんだ。だから、萩野ちゃんが許してくれるなら、まだこの話は先にしたいんだ。俺が先を急ぎすたってこともあるんだと思う。だけど、もう少しって……ごめん。俺、すげえ必死じゃん」
なんでも卒なくこなすことができる人。人望が厚く、それでいて優しさが巨大。
そんな人が、言葉をいくつも重ねながら、私という人間の未来に賭けてくれようとしている。死にぞこないの私に。
だからきちんと、伝える必要がある。それは、高津先輩がなぜ私に告白してきたのかということに繋がっている。
「高津先輩。先輩は──亜希のことが好きですよね」
日差しの中の先輩が、一瞬、固まった。
「最初から不思議だったんです。どうして私なのかなって。高津先輩は亜希のこと好きなのにって」
「……いつから知ってたの?」
「いつから……なんとなくです。視線がいつも亜希に向けられていたから。自然と、高津先輩は亜希に気があるのかなって思ってたんです。だから、最初は驚きました。私を好きだと言ってくれる高津先輩のことが信じられなかったんです」
嬉しかった。あの告白が嘘だと思ってるわけじゃない。ただ、どこまで真実なのか見極めることができなかった。
「私を利用してるのかなと最初は思ったんです。私に近づいてから……そうしたら、自然と高津先輩は亜希の視界に入る。でも、そうでもなさそうで。高津先輩は、本当に私が好きなように感じもします。だから、確かめたかったんです。高津先輩の心は、気持ちは、どうなっているのか」
本当に、どうなっているのか、ただただ疑問だった。
真意を知りたかった。だから高津先輩と一緒にいるようにした。
ぐにゃりと歪む。
高津先輩の笑顔が崩れ、吐き出された息の中には、逃げられないといった諦めのようなものを感じた。
亜希はさ、と高津先輩は言った。
「幼馴染なんだ、俺と」
そんな話を私は亜希から一度も聞かされたことはない。
私の心境を読み取ったのか、高津先輩は、言えないんだよな、と続けた。
「亜希は、俺と幼馴染だって言えないんだと思う。隠してるっていうか、言えない。その気持がよくわかる」
「どうしてですか?」
「亜希と身体の関係があったからだよ。付き合ってもないのにね」
ただの幼馴染ではない。繋がりが深いことが、高津先輩の言葉の端々に感じられた。
「萩野ちゃんは、利用って言葉を使ったね。だとしたら、俺と亜希は互いに利用してたんだ。鬱憤を晴らすっていうか、そうだな、腹いせのような」
腹いせ。
爽やかな爽やかな高津先輩からは、とても似合わない言葉。
じりりりり。響き渡る蝉が、適度な雑音を演出している。
「俺の父親と、亜希の母親が不倫してたから。身体の関係だった。結婚する前から」
暗闇の中から弾き出されたような、穴の空いた声。
「好きだったのに、別の相手と結婚した。けれど諦めきれなくて、結局今も関係が続いている。そのことを俺が最初に知って、それから亜希も知った。気持ち悪いだろ」
笑いながら、爽やかに、黒く染まっていく。
高津先輩の瞳が、沼のように濁っているように見えて、私の知らない先輩がそこにいるような気がした。
「なにがあったってわけじゃない。でもただ、流れで亜希とそうなった。結局は親の血が流れてるんだから、そうなるんだろうな。で、結局違う相手と結婚して、同じようなことをする」
「……高津先輩は」
声が掠れた。思っていた以上に声量が出なかった。
友達だと思っていた亜希は、私に何も話さなかった。何も打ち明けなかった。
そんな出来事を背負っているようには、本当に見えなかった。
「亜希のこと、高津先輩は好きじゃないんですか?」
訊ねてしまってよかったのか、わからなかった。けれど聞かずにはいられなかった。その笑顔を崩したかったのかもしれない。
高津先輩は首を振った。横に。苦笑しながら。
「わからない。亜希もそうだと思う。でも、恋人じゃなくてもそういう関係にはなれる。好きなのかどうかわからないような状態でも、簡単に線は越えられるんだよ」
「それは……」
「ごめん、亜希はすごく嫌がると思う。萩野ちゃんには言わないでほしかったと思う。でもこんな話を聞いても、萩野ちゃんは受け止めると思ったんだ」
あの噂を気にしないように、そう続いていたのだろうか。そう続けなかったからわからないけれど、きっとそうだったのかもしれない。
「亜希とは友達でいてやってほしい。俺が言えた義理じゃないけど」
「友達ではいたいです。亜希は優しいですから」
でも亜希が知ったら、逆に私から離れていくのではないか。どちらかというと、そっちのことの方が心配だ。
「あの、先輩」
どうしたの、と高津先輩は私を見た。
「くだらない話をしてもいいですか」
「萩野ちゃんのくだらない話?」
聞くよ、なんでも。穏やかに、私の言葉を待つ高津先輩に、喉元で引っかかっていたものを吐き出す。
「……私、何度か死のうとしたんです。たまに自分では自分のことを抱えきれなくなるときがきて、途端に生きていることを投げ出してしまいそうになります。この夏も、死にたいと思って過ごしてることの方が多くて」
なにも、特別なことを待っていたわけじゃない。こういうことがあったんです、それぐらいの気持ちで。
向き合うことから逃げないよう、立ち向かうための今だった。
高津先輩は驚いていた。目を見開き、それから言った。
「うそ、そんなことで死にたいって思う子、漫画とか映画だけの話だと思ってた。まじでそんなこと思ってたの?」
だから、まさかそんな返しを高津先輩からされるとは思わなかった。
話が通じる人だと、どこかで思ってしまっていたこと、期待していたことに、心が急激に冷えていく。
おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけどと、もう一人の私が見るからに呆れていた。
「死にたい動機が軽いっていうか。そんなんで死にたいとか思ったら人生もったいないよ。萩野ちゃんの人生なんて一回きりなんだから。命を粗末にしたらだめだって」
高津先輩の意見は正論だった。至極、当たり前だと思った。
受け取りようによっては、励まされる人もいるのだろう。この言葉に救われることもあるのだろう。けれど私はどうやら違っていたらしい。
「命を軽視したらだめだよ」
でも、私の話を軽視されたことが、何よりも辛いと思った。
死にたいと思ってしまうぐらい、私には深刻なことだった。生きてることがしんどいと訴えたつもりなのに、高津先輩は「そんなことで」と流してしまった。
「萩野ちゃん、なにがあったか知らないけど、萩野ちゃんは死ぬべきじゃないよ。もっと気楽に。多分萩野ちゃんは真面目なんだよ。だから何事も真剣に考えるんだろうな。死にたいなんて、そんな軽々しく思わないでほしい」
決して間違ったことを言われているわけではない。
けれど、私の悩みがこの人には届かないんだという絶望が今、私の心を支配していた。
辛いことを、この人は聞いてくれようとはしないのか。
それとも今、私が切り出せばいいのだろうか。
でも、それさえも受け止めてもらえなかったら。
──今みたいに、笑われてしまったら。
「悩みなんて、どうせいつか解決するんだから。そんなんで死ぬとかもったいないって」
正しいことを言われている。正論だ。だからすごく辛かった。
そうなのかもしれない。そうなのだと思う。でも、今の私には何一つだって響いてきたりはしない。
知ってもらおうなんて欲を抱いたからいけなかったのだろうか。
たしかに人から見たら、私の悩みなんてちっぽけなことかもしれない。
でも、辛い。ほんとうに辛い。
死にたいと思ってしまうぐらい、
そんな時はどうしたらいいの。どうすれば辛くないと思えるの。
「萩野ちゃんが病んでるのはしょうがないと思うけど、もう死にたいなんて思うなよ。俺は萩野ちゃんの味方だから」
その味方は、言葉だけの味方のように聞こえてしまう。中身のない味方。
病んでると、たったそれだけで片付けられた私のどうしようもない闇。
簡単に振り分けられるようなものではない。その中にはどれだけ複雑な闇が蠢いていると思っているのか。
けれど知らなくて当たり前なのだ。
私が高津先輩と亜希の関係を知らなかったように、他人には悩みなど見えやしない。
だから、こんなものなのだろう。
私の悩みとはこんなものだ。病んでる。たったそれだけ。
全部を受け止めてもらおうなどとは思っていない。でも、話をただ聞いてほしかった。
「一人にもしないし。辛いことあるなら言って。力になるから」
もう、話せないと思った。
きっとこの人にとって私の悩みは、あまりにもどうでもいいことなのだろうから。
「……ありがとうございます」
何も、解決などしなかった。
亜希のことを話す前から、これは話すべきではないと知った。
心と心が通じ合わないのだと、私の何かが叫んでいる。
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