彼が隠した憂愁な秘密

茉白いと

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第3章 千変万化

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「お前なんでさっき拝んでたんだよ」
 その日の昼休み。活用方法のない屋上に足を運んでみれば逢坂くんが陣取っていた。
 出ればすぐにフェンスがあるという生徒を立ち入りさせることを禁じているのではないかと思うような場所でも、座れる空間というのはある。そこが憩いの場だというのに、先客だ。
「えっと、少しばかり感謝の念を送っておりました」
「なんだ感謝の念って、気持ち悪いもの送ってくるな」
 悪態と毒を吐くことが趣味のこの彼、逢坂くんはまるでこの場所を占領するかのような勢いで先住民であるわたしを客として招き入れる。
「……あの、逢坂くん、何故ここが?」
「あ? 前にお前がここにいるの見えたんだよ」
 そう言っては顎でクイと示した先には緑色のフェンス。たまにではあるものの、そのたまにを目撃されていたのは恥ずかしい。
「それで今日はどうしてここに?」
「なんだよ、邪魔ならお前が出てけ」
「横柄という言葉をご存じでしょうか?」
「知るかそんなもん」
 そう言っては菓子パンが入った袋をあけ口に頬張る。今日はメロンパンか、とすかさず記録ノートに控える。
 狭い空間の中、彼の隣に少しスペースを空けて隣に座る。お弁当箱の蓋を開けては、真っ先に目に入ったプチトマトを箸でつまんで睨めっこ。
 昨日のトマトはとても酸っぱかった。噛むのに勇気が必要だ。今日はどうだと、思い切って口に放り込む。じゅわっと口に広がったのは甘味で、どうやら今日のは当たりらしかった。
 隣では、もさもさと美味しくなさそうに無言でパンを放り込み、スマホの画面に夢中になっているご様子。
 代り映えしないような空を眺め、ふと〝こうして誰かと昼食をとるなんて〟とぼんやりと思った。
 友人と他愛もない話をしながら昼食をとるのが夢だったけれど、どうやらその夢が叶ってしまった。いや、逢坂くんは友人ではないのでアウトか。
 つやつやと輝く玉子焼きに今度は箸を伸ばし、ぱくりと口の中に入れれば、砂糖の甘味が広がっていく。おばあちゃんが作ってくれる玉子焼きは出汁ではなく砂糖だから、甘くておいしい。
「あ」
「なんだよ急に」
 報告しようと思っていたことをすっかり忘れていた。
「さっき数学の授業のとき、櫻井さんに声をかけてもらって」
「櫻井?」
 一瞬、ひびが入ったのに歪んだその顔に違和感を覚える。
「うん?」
「いや、いい。そんで」
「……いや、まあ大したことではなくて、逢坂くんが数学のプリントわたしがやったことにしてくれたから……あ! それもありがとう。わたし、まさか逢坂くんが先生にあんなこと言ってくれるなんて夢にも——」
「いいから、話を進めろ」
「あ、そうだった。えっと……そう櫻井さんが、あの先生にコキつかわれてないかって心配をしてくれたみたいで。わたし、生まれて初めて連絡事項以外で声をかけてもらったから」
 思い出してもつい口元が緩んでしまい、両頬を支えるように手で押さえる。
「いつでも話しかけてと言ったら、嬉しい!って喜んでもらえて、これも逢坂くんのおかげだなと思って感謝の念を送らせていただいた次第です」
「……へえ」
 心温まる素晴らしいエピソードにも関わらず、どうも反応が悪いのは気のせいだろうか。
「そろそろ教室戻る」
「え、まだ食べ……もう食べ終わったの⁉」
「文句あるか」
「な、ないです」
 滞在時間は十分あっただろうか。
 菓子パンのゴミを手にしては立ち上がり、スタスタと階段をおりていく音だけが聞こえる。
 やはり反応がおかしいと思うのは気のせいではないはずなのに、あれでは本人に確かめようがない。
 昼休みが終わる直前、屋上をあとにしては教室へと戻る最中に「南雲さん」と可愛らしい声で呼び止められる。振り返ればついさっきまで考えていた櫻井さんが小さく手を振っている姿が見えた。
「南雲さん探したよ、せっかく昼休み話そうと思ったのに」
「え……!」
 話そうと思ってくれていたなんて……ああ、逢坂くんと密会している場合ではなかった。もちろん望んでした会合でもないのだけれど。
「ねえ、せっかくだから、南雲さんさえ良かったら駅前に一緒に行ってくれないかな?」
 駅前……?
 それってつまり、放課後を一緒に過ごすという友情イベント……?
 きゅるるんとしたまん丸の双眸が、愛らしく潤っている。
「も、もちろん! わたしで良ければ」
「わあ、ありがとう! 一緒に行ってくれる子探してたんだぁ」
 探していたなんて、彼女ならいくらでもお相手はいるだろうに、わたしを誘ってくれるなんて。
「今日なぐもん暇なら行かない?」
 ——なぐもん?
 なぐも、だから、なぐもん?
 櫻井さんの響きで脳内再生し、それからそれは人生初のあだ名だということが発覚して全ての動きが止まった。
「あ、ごめんね……なぐもんって可愛いかなって」
「とんでもなく可愛いあだ名でつい」
 つくづく可愛いあだ名だ。なんだかモンスターみたい、かなり弱そうなモンスターみたい、総じて可愛い。
「それで今日、どうかな? あ、別の日でも」
「きょ、今日行こう!」
「ふふ、じゃあ今日行こっか」
 肩を竦め、上品な笑い方を見せる彼女は、もう本当に女神のように美しい。ああ、女神とお話しているのかもしれない、わたしは。
 そのまま流れるように連絡先を交換し、すぐに可愛らしいスタンプが届き、こうしてわたしは、人生初めてクラスメイトの連絡を手に入れた。
 感無量。家族以外の連絡先を知ることができるなんて。
 こんな喜ばしいことが立て続けに起きて大丈夫なのか。このまま事故にあったり。すごい小さな嫌がらせとか続いたり。それはそれで怖くて生きた心地がしないけど、それでもクラスメイトとこんなにも近い距離になれたことが嘘のようで、嫌なことも受け入れてしまいそう。
「ちせちゃーん」と廊下でひょっこり顔を出している女子生徒に呼ばれた彼女は「またあとでね!」と甘い匂いを残してくるりと踵を返す。
 誰とでも仲良くなれて、こんなわたしとも仲良くしてくれる。
 棒付キャンディとにっこり笑顔の櫻井さんが写ったアイコンを見てどこまでも可愛い人だなとほっこり。
 わたしもいつか「ちせちゃん」なんて呼べる日がくるのだろうか。
 友達とは案外、呆気なく作れてしまうものかもしれない。これまでわたしが仰々しいイベントだと嫌煙していたからかもしれない。
 ああ、誰かに言いたい。こんな時、友達がいればこの喜びも分かち合ってもらえるのに、生憎そんな相手がいないということが悲しい。
 思わずスキップをしてしまいたいぐらい心躍るこの瞬間に、「おい」と今度は低音ボイスで呼び止められる。
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