蜜色の瞳のシェヘラ

よしき

文字の大きさ
上 下
5 / 45

祈りの歌

しおりを挟む
  どこからだろうか?
  美しいく、優しい祈りの歌ゲベートリート・・・
  その歌声でアレックスは目覚めた。
  「シェヘラ・・・?」
  アレックスは、ゆっくりと体を起こす。その感覚は、昨日までのものとは大分違っていた。疼きはするものの体を起こしても激痛が襲って来ることはない。しかも、心なしか体が軽い気がした。
  アレックスは、ベッドからゆっくりと足を下ろす。そして、やはり大丈夫なこ事を確認すると、バランスを取りながら立ち上がり、部屋の唯一の出口である扉の方へと歩いて行った。

  扉の向こうは、続きの部屋となっていた。先ほどまでいた部屋よりも広々としている。一段低くなったところには、暖炉や水桶などがある。シェヘラが寝ていただろうソファと、それに合わせた低い机。元のへやと同様、壁には沢山の引き出しと、本が並んでいる。流石に、天井には、草花は吊るしてはいないようだ。それにしても。こちらの部屋も、薬草の香りがし、整然と整えられてある。
「女臭さが全くない家のようだな・・・」
  アレックスは、歌声のする外へと足を運んだ。

  一歩外に踏み出すと、アレックスは、息を飲んだ。
  背の高く、緑繁った木。その下に木漏れ日の中、鮮やかな色彩が飛び込んできた。見たこともない無数の草が緑濃く生え、なんとも言えない芳しい香りと美しい花々が咲き誇る。そこはまるで、マジェスマルの森・・・
  アレックスはめまいを覚えたが、静かに深呼吸をする。・・・そう、ここはマジェスマルの森ではない・・・
  アレックスは、目の前にそびえる大樹の下へと歩いていった。空をも覆い尽くす様に枝を伸ばした大樹の下から、あの祈りの歌ゲベートリートが聞こえてくらのだ。
  アレックスは、歩みを止めた。そして、その歌声にしばらく耳を傾ける。
  大樹の下、祈りの歌ゲベートリート。素朴なメロディを優しくしっとりと、それでいて荘厳に・・・
  世界を包みこむ様に歌っていたのは、夜の空を集めた様な、美しい黒髪の・・・シェヘラだった。

  
  シェヘラは、一日の始まりに『星の輝きシュテルネン リヒト』と名付けた木の下で歌を歌う。
  それは、記憶のある限り毎日・・・
  シェヘラが歌うと、『星の輝きシュテルネン  リヒトの太い幹から温かな力が湧いてくる。
  シェヘラは、心を込めて歌を歌い終わると、
 「ありがとう。お前星の輝きが側に居てくれるから、大丈夫・・・」
 そう言って、星の輝きシュテルネン  リヒトを優しくさすり、感謝した。
  その後、シェヘラはゆっくりと振り返ると、銀髪の男をその瞳に映した。
「大分元気になった様だな。それなら、一人で食事も食べれそうだ・・・」
  シェヘラは、無表情にアレックスにそういった。
 「シェヘラのお陰で、今日は然程傷が痛まない。それに・・・」
  アレックスは、シェヘラの後ろに視線を落とす。
「この大樹の側で先ほどの祈りの歌ゲベートリートを聞いていたら、気分がとてもいい。」
  シェヘラは、少しだけ・・・アレックスには分からないほど・・・目を見張った。
星の輝きシュテルネン  リヒトの波動が分かるのか?」
星の輝きシュテルネン  リヒトというのか?この大樹?!」
  今度はアレックスにも分かるほど、シェヘラは笑う。昨日の夜の妖艶さは、どこにも感じ取れない。
「そう。昔からそう呼んでいる。」
  穏やかにアレックスを映す蜜色の瞳が、わずかに緑を帯びる。
「私の家族の様なものだ。」
「家族、ね。」
  アレックスは、もう一度星の輝きシュテルネン  リヒトへと、視線を向ける。大樹は、静かに風に枝をそよがせる。
「食事にしよう。」
  シェヘラはそう言って、家へと向かう。アレックスもそれに続いた。
  



  

  
  
  
  
  
  
  
  
しおりを挟む

処理中です...