解体新書から始まる、転生者・杉田玄白のスローライフ~わし、今度の人生は女の子なのじゃよ~

呑兵衛和尚

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わたる世間に鬼はなし

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 ヴェルディーナ王国。
 大陸の北東に存在する、緑豊かな草原を中心とした農耕王国。
 周辺を深い森や山脈に囲まれているため、他国からの侵攻は歴史的にもほとんど存在していない。
 その王国と山を挟んだ隣国であるヘスティア王国との国境に位置するのが、交易都市オリオーン。
 ここは、多くの商人たちが集う交易都市として栄えていた。
 
 そのオリオーンの城門前で、玄白は入領許可を貰うために隊列に並んでいた。

「ランガさんは異邦人フォーリナーなので、国が発行した身分証は持ってないのですよね?」
「身分証? それはなんじゃ?」
「この国では、生まれて10年経った住民に対して『教会』が国民である身分証を発行するのですよ。これがその身分証でして」

 スタークが首に下げられた銀色のカードを取り出して見せる。
 そこにはヘスティア語でスタークの名前と性別、そしてカードの中央に嵌め込まれた半円形の水晶が青く輝いている。

「ほう? これはどこで手に入るのじゃ?」
「基本的には教会ですね。他国でも、たいていは十歳もしくは成人するまでに教会で発行されます。何らかの理由があって発行されなかったり、大陸の外から来たものでない限りは、これがその人の証となるのですよ」
「それにね、ギルドの登録にも身分証が必要なのよ。この真ん中の水晶に所持者の魔力紋が登録されていてね、魔力紋は何故か偽造することができないんだって」

 スタークのあとでミハルが捕捉をしてくれる。
 それ聞きつつ、玄白はひょっとしたらと解体新書を取り出し、頁を巡ってみる。

「う~む。流石に身分証までは用意してくれなんだか。まあ、それも仕方あるまい。しかし、この中に入るためには身分証が必要なのじゃろ? どうしたものか」
「それなら、仮証を発行してもらってから、教会で正式な手続きをしたら良いんじゃないですか? 海の向こうから来た冒険者って、たいていは仮証を発行してもらってから教会で正式な手続きをしたって話していましたから」

 サフトが得意げに話をしているので、玄白もなるほどなぁと納得する。
 玄白の生きていた時代にも、寺社が管理していた『宗門人別改帳』という戸籍を記した帳簿は存在した。
 こっちの世界でも、戸籍を管理しているのは教会という神に使えるものたちなのだなぁと、少しだけ苦笑しつつ、玄白は頷いている。

「では、そのようにしてみようか」
隊商キャラバンを商会まで護衛してからでよろしければ、教会まではご案内しますよ」
「それは助かる。うん、これも良き縁じゃな」
「では、まもなく私たちの順番なので、少々お待ちください」

 そのまま隊商キャラバンの護衛ということで、依頼書と身分証の照らし合わせを行うだけで、『深淵を狩るもの』は城門の中に入っていく。
 そして玄白は別室まで案内されて、仮証の発行手数料として銀貨五枚を支払うと、三日間だけ有効な仮証を手渡され、城門の中に入ることができた。

………
……


 城門の中に入ると、すぐ近くでエスパラード商会の隊商キャラバンが玄白を待っていた。

「ランガさん、こちらです!!」
「おお、隊商キャラバンの皆さんまで待っていてくれたとは。すまないのう」
「いえいえ、スタークさんのお客さんという話ですから。それに、マチルダさんの怪我を治したという治療師を置いていくなんて、できませんからね」

 エスパラード商会の隊商キャラバン責任者らしき人が、玄白に告げた。
 表裏のない笑顔だなぁと思いつつ、玄白も深々と頭を下げてから再び馬車に搭乗、そのまま都市部東にある商業区画へと向かう。
 その移動中、玄白は再び幌の外を眺める。
 江戸・日本橋の街並みとは異なる、異国風の建物。
 石造の土台に木造造り、二階建てが基本野ようで高い建物が理路整然と並んでいる。

「しっかりと整理された街並みじゃな。火災があったら、一気に燃えてしまいそうで怖いが」
「巡回騎士が定期的に街の中を歩いています。このあたりや東部、南部地区は治安もしっかりしていますけど、西部地区はスラムもありまして、あまり近寄らない方が宜しいかと思いますよ」
「すらむ? ああ、スラムな。たしかにそっちは危なそうじゃから、近寄らないようにするとしよう」
「この大通り辺りから商業区画です。宿も多いですし、大通りを北に向かうと冒険者ギルドもありますから、登録しておくのをお勧めしますよ」

 そうスタークに勧められて、玄白は苦笑する。

「荒事は苦手なのじゃけど。わしは蘭学医じゃからな」
「ランガクイ!! ランガさんの名前ですよね?」
「だから、わしの名前は杉田玄白、ス・ギ・タ・ゲ・ン・パ・ク!! ランガクイーノ・スギタではない。ランガも違うぞ!!」
「スギタゲンパク? ランガさんのほうが可愛いわよね」
「もう良いわ。身分証を見たらはっきりするじゃろうからな」

 やや諦め気味で、玄白が項垂れる。
 やがて馬車がエスパラード商会に到着すると、あちこちの馬車から冒険者たちが降り始める。
 そして荷物の引き渡しを終えて依頼修了証を受け取ると、クランごとに散っていった。

「はい、こちらが『深淵を狩るもの』の依頼修了証です。今回も助かりました」
「いえ、ランガさんのおかげでマチルダも無事でしたから、最後のゴブリンの襲撃も被害者がなかったのです」
「そういう意味では、ランガさんにも報酬を支払う必要があるのでしょうけれど。冒険者登録をしていないそうですから、正式な報酬を支払ということはできませんので……」

 顎に手を当てて、責任者が考える。

「では、ランガさんが治療院を開院したら、必要なものはうちで購入しませんか? 割引しますので」
「それは助かる。是非ともよしなに」

 ガッチリと握手する玄白と責任者。
 そして挨拶をしてエスパラード商会をあとにすると、いよいよ教会へと向かうことにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

 
 聖ジャネット教会。
 大陸にある五つの聖教会の一つであり大地母神ジャネットを祀っている。
 開け放たれた聖堂は大勢の人々が出入りし、玄白にとっては少しだけ近寄りがたい雰囲気がある。

「う、うむ……伴天連の教会……う、うむむ……」
「バテレン? ここはジャネット様を祀っている教会ですよ? さあ、急いで登録しましょう!!」
「分かっておる。分かっておるが……」

 玄白は、島原の乱を知っている。
 キリシタン弾圧がどのようなものであったのか。
 江戸幕府は通商のためだけにフランシスコ会の入港を認めたものの、布教については許していなかったことを。
 それ故に、目の前の西洋風の大聖堂には近寄り難いものがあったのだが。

「さあ、行きましょう!!」

 ミハルに手を引かれ、聖堂の中に引き込まれてしまう。
 そして正面に立つ巨大な像の前で信徒たちと話をしている司祭の元へと辿り着く。

「おや、ミハルではありませんか。無事に帰ってきたのですね?」
「はい。それでてすね、マルコス司祭にお願いがありまして。彼女の身分証を発行来てもらいたいのですけど」

 マルコスと呼ばれた中年司祭が、ミハルの横に立つ玄白をチラリと見る。
 スタークと同じように魔力が成り上がっていくのを感じたが、特に対策をする必要もないと、玄白は涼しげな顔である。

「構いませんよ。異国からやってきたのですね。では、少々お待ちください」
「う。うむ、よろしく頼むぞ」

 少しだけ纏わりついた魔力からも、玄白はマルコスという男性司祭に悪意を感じなかった。
 だから、彼が戻ってくるまでは聖堂の中をグルリと見渡す。
 聖堂の中には、合計五つの像が立っている。
 正面のものが一番大きく、左右二体ずつ。
 位置取りから察するに、正面の像が主神であり、残り四体は従属神なのだろう。
 
「ミハルさんや、この像がジャネットなのか?」
「はい。大地母神ジャネットさまです。そちらが順に、戦神ジャッキー、芸術神マイケル、秩序の女神メルセデス、冥神ランディです。この五神は全て同格であり、世界を統べる8大神の中でも上神として信奉されています」

 この辺りの神の区分についても、明王と如来みたいなものだろうと玄白は頭の中で勝手に区分する。
 やがてマルコス司祭が黒い石板を手にやってくると、壇上に設置し、玄白を手招きする。

「こちらに手を当ててください。それだけで、あなたの身分証が作られます」
「ふむ、こうかな?」

──ペタリ
 玄白が手を乗せると、石板が淡く輝く。
 マルコスもミハルもその様子に驚く雰囲気がないので、ここまてまは普通なのだろうと玄白も理解した。
 そして手を乗せた真横に、ゆっくりとプレートが浮かび上がってきた時、マルコスはプレートの中央の水晶を見て絶句する。

『水晶が青銀色に輝くだと? このものの魔力波長は人のものを遥かに超えていると言うのか?』

 普通の人間なら、ただ薄らと輝くだけで色は見えることはない。
 だが、聖職者であるマルコスには、その輝きの強さと色合いを見出すことができる。
 王族などは金色に輝き、それ以外の貴族は銀色に輝く。
 この世界の人間にとっては、魔力波長はつよさの指針であり、そこから魔術師の『魔力』と戦士の『闘気』に区分される。
 貴族はより強い血を持つことが当たり前であり、そのためには魔力の弱い子が生まれた場合は廃嫡してなかったことにするのが大半である。
 それ故に、玄白の持つ『人ならざる青銀』は、この世界の常識を覆すだけの力を持っているとマルコスは理解した。

「はい、こちらがあなたの身分証です。お名前は……ランガクィーノ・ゲンパク・スギタ。スギタ家のランガクイーノさん、貴族名がゲンパクで間違いはないですね?」

 苗字を持つのは貴族のみ。
 しかも、玄白は上級貴族であるミドルネームも所持していることになる。
 それ故に、マルコスは玄白が貴族の血筋であることを理解した。

──ガクッ
 だが、玄白はカードを受け取り、名前を確認して膝から崩れ落ちた。

「ランガクイーノ……はぅあ、最初の挨拶でもう、間違っていたというのか!! わしの名前は杉田玄白、ゲンパク・スギタなのだ!! ランガクイーノは職業で……はうぁぁぁ」
「ま、まあ。この世界の神様は、貴方にランガクイーノという名前を授けてくれたのですから。では、こちらは寄付になりますので、ありがとうございました」

 崩れている玄白を宥めつつ、ミハルが腰のバッグから金貨袋を取り出し、一枚手渡した。

「ありがとうございます。お二人に、神の加護のあらんことを」

 右手を上げ、そう呟くマルコス。
 そしてガッカリと肩を落とした玄白を連れて、ミハルは教会をあとにした。

 








 
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