解体新書から始まる、転生者・杉田玄白のスローライフ~わし、今度の人生は女の子なのじゃよ~

呑兵衛和尚

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自由貿易国家編

そして二つの年月が……

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 玄白と深淵を狩るものがヴェルディーナ王国を離れ、早くも二年が経過していた。

 その間に越えた国の数は、全部で八カ国。
 道中通りすぎた全ての国で玄白たちは各国の国王に謁見を求め、ヴェルディーナ王国で起きた事件を説明する。
 すぐさま調査隊を送り出してくれた国もあれば、鼻で笑い嘲笑し、取り合ってくれない国もある。
 それどころか、玄白がエリクシールを作れることをどこかで知り得たのか、彼女を捕まえようとする奴もいれば、なんとかして王国に取り込もうとする国まで現れたのである。

 エリクシールを生み出す玄白=召喚聖女

 このような図式があちこちに広がりつつあり、やがてはヴェルディーナ王国から逃れてきた聖女が、亡国を救うために助力を乞うために旅をしているという噂まで流れ始める始末。

 それさえも、オリオーンを助けるためならばと玄白は嫌々ながらも聖女疑惑を速やかに受け入れた。
 それが功を奏したのか、あちこちの国での救済活動を繰り広げつつも調査団を派遣してくれた国には少しだけ留まり、そして報告を受けると次の国へと向かうという旅を繰り返すことになった。

 そして、バルバロッサ帝国の手前にある亜神種の王国パルフェノンへ続く国境都市にはいったとき。
 玄白は、『ヴェルディーナ王国が、魔族の侵攻によって滅亡した』という報告を早馬で受け取った。

 ヴェルディーナ王国があった場所には何もなく、ただ、黒い砂漠が広がっていると。
 その砂に触れるだけで、まるで命が刈り取られるかのように調査員も倒れ始めたと。
 それ故に、報告を受け入れた国は次々と調査団の派遣を取りやめ、この件には関わらないことにしたという。

「……どうしてこうなった……わしか? わしが素直にドラゴンを倒すために勇者と共に向かえば良かったのか? それともあの時、死を覚悟で魔族に向かえば良かったのか? わしが残り、皆を治癒し続けていたなら、魔族には勝てたのか?」

 御神体といえど、無理をすれば死が訪れる。
 それに、玄白は勇者ではない。
 人の病を、怪我を癒すことしかできない。
 その無力さに、玄白自身が腹を立てている。
 双眸から流れ落ちる涙など気にせず、玄白は拳を握り、やるせない気持ちに包まれていた。

「全ては、魔族が仕込んだ罠。それを見抜けなかった俺たちにも非があるし、なによりもあの魔族は狡猾であり過ぎた。ザビーネ伯爵が魔族の企みに気が付かなかったら、おそらくはもっと悲惨なことが起きたかもしれない」
「でも、そうさせなかった。少なくとも、オリオーンの人々の半分近くは、国境沿いにまで避難させられました。それは誇ってもいいことです」
「もしもあの時、残って戦うことを選んでいたら、オリオーンの民は全滅していたかもしれましん。何が正しくて、何が間違っているかなんてわからないが、少なくとも、助けることができた人たちがいるということですよ」


 スタークやミハル、マチルダがそう励ますが、玄白はすっかり意気消沈。
 
「……魔族とはなんなのだ……何が目的で、何をしたいのか……わからなすぎる。同じ知性を持つ生き物なのに、何故、このようなことをするのか……」
「まあ、過去の歴史からもわかる通り、魔族という存在は本当に危険でしたから。魔王を頂点として存在ですからね。それを知るためにも、私たちはパルフェノンへとやってきたようなものですから。まずは、体を休めましょう……暫くは、ここを拠点として活動した方が良いかもしれませんから」

 スタークの言葉で、玄白は涙を拭い、頷く。
 ヴェルディーナ王国消滅の報告書は解体新書ターヘル・アナトミアに写し取り、忘れてはいけない記憶として綴っておく。
 そして玄白は、少しずつではあるが元気を取り戻した。

──ガラガラガラガラ
 やがて街道の先に、巨大な壁が見え始める。
 ここが、亜神の王国『パルフェラン』。
 自由貿易国家の異名を持つ国であり、ドワーフ王の統治する国。
 バルバロッサ帝国の隣国にして、完全中立を宣言していること、さらに古の大賢者がもたらした超巨大複合魔術により生み出された多重結界により、魔族の侵入だけでなく大型魔獣すら、王国中央の王都へは近づくことができないという。

 さらに特筆すべき点は、パルフェランはパルフェランなりの法によって、国が動いているということ。

 他国での犯罪者などもこの国に逃れることはあるが、すべての城門前に設置されている【真実の鏡】が、そのものの魂の罪を暴く。
 故に、冤罪によって国を追いやられたものたちさえも、この国に安住の地を求めてやってくる。

「そこの馬車、止まれ!!」

 正門前の騎士が、スタークの操る馬車を止める。
 すぐさま場所は止まり、スタークを始めとした全員が、身分証カードを取り出して提出する。

「ふむ、【深淵をかるもの】か。冒険者ランクも確認できましたので、貴方たちは通って良し。それと治癒師のランガクイーノ・ゲンパク・スギタ。あなたは、こちらで真実の鏡による審査がありますので、こちらへ」
「馬車の中でスタークどのが話していた奴じゃな」

 納得するように頷き、堂々と前に進む。
 そして壁に設置されている鏡に向かうと、言われるがままに鏡に手を当てて。

………
……


──白い空間
 そこは、運命の回廊の手前にある部屋。
 運命の女神メルセデスが、突然姿を表した杉田玄白を悲しそうに見つめている。

「おお、いつぞやの女神ではないか。わしは真実の鏡というもので、審査を受けていたはずじゃが」

 普段と変わらない口調で、玄白はメルセデスに告げる。
 だが、メルセデスは頭を左右に振りながら。

「玄白さん。苦しくはありませんか?」
「苦しい?」

 メルセデスの言葉の意味を、玄白は理解している。
 この世界は、玄白にとってあまりにも厳しすぎる。
 特に、ここに至るまでのすべての国では、玄白の存在は自らの利権、国の利益としか気考えられていなかったものさえもいた。
 そんな中でも、玄白は旅から旅の最中にも、大勢の人を癒してきた。
 それでも、オリオーンは、ヴェルディーナ王国は救えなかった。
 それだけが、玄白の中にしこりとして残っていた。

「苦しい……か。そうじゃな、苦しいな。人の心の欲とやらが、助けられたかもしれないものを助けられなかった無念さが。わしが救えなかった人々の辛さ、苦しさが痛いほど突き刺さるわ……」
「もし、貴方が望むのなら。今からでも、輪廻転生の輪に乗り直すことができます。貴方は優しすぎます」
「いや、わしはそんなに優しくはない。それに……」

 今から転生するとなると、スタークたち、良き縁もすべて失う。
 ここまで無事に来られたのも、彼らの力があったからこそ。
 それを失って、一人で楽になるというのは、何か間違っていると玄白は考える。
 
「今、わしは生きている。やらねばならぬことなんぞわからんが、少なくとも新しい国で、これから何をすべきか、どう在るべきかを考え、新しい生活を楽しめるようにしたいとは思うがな」
「そうですか。では、貴方の罪は存在しない。それは私が保障しましょう。救えなかった、ではありません。救えた命も存在します。あの魔族の暴走は自然災害的なもの、どの国でも起こり得ることであり、それがヴェルディーナで偶然起きた……それだけなのです」

 悲しそうに呟くメルセデス。
 
「だから、全てを忘れることはできなくても、新しい思い出を綴ることはできます。貴方なら、それは理解できますよね?」
「うむ、それで構わんよ……彼らへの想いは、ここに全て記してある。同じ過ちを起こさない、それを実践するまで……わしは、この世界に来てから江戸では体験できなかったものを色々と体験できて楽しいのじゃよ。まあ、ここまで欲深な者たちがいるなどとは、考えてもいなかったが」

 メルセデスは、静かに玄白の言葉を聞いている。
 そして時折、うんうんと頷きつつも、玄白の言葉を否定するようなことはしなかった。

「それに、この解体新書ターヘル・アナトミアにはまだ書き記されていない、全てを癒す薬。魂すら再生する『ウイッシュ』という神の薬、これをわしは付が作り出さなくてはならない」

 それがあれば、無念のままに死んでいった人々をも、今一度甦らせることができるかもしれない。
 そう玄白は告げてから、解体新書ターヘル・アナトミアを抱き抱える。

「バルバロッサ帝国よりも東の国は、過去の魔族との大戦での呪いに縛られています。勇者の仲間であった聖女ですら、その呪いを解くことができませんでした」
「呪いか。わしの霊薬なら、それは解除できるのか?」
「残念ながら。例え神薬を用いても、魔王の呪いは解除できません。唯一、全ての神の加護を受けたものにのみ作り出すことができる『ウイッシュ』ならば、それを和らげ、ゆっくりと解きほぐすことはできるのですが」

 残念なことに、東方の地には精霊の加護を得たものは存在しないと。
 そして全ての神の加護など、物理的にも普通の人間では不可能である。

「そうか。では、この世界はこのままなのか?」
「勇者ならば、魔王を倒して世界の呪いを打ち消すことができるかもしれません。ですが、人の業は全て消し去ることはできません。それを和らげるのは王たる存在であり、人を良き世界に導く賢王の存在が必要なのです」

 賢王。
 その名前を聞いて、玄白は頭を捻る。
 ここに至るまで、そのようなものの噂など聞いたことはない。

「それは、どこの国の王なのじゃ?」
「わかりません。いつか生まれる存在、神の啓示を受けた、本物の転生者。そのものが世界を救うべく立ち上がったなら、この世界に広がる闇を祓うことができるでしょう」
「そうか。まあ、いつかくる未来、それまではわしは、わしの出来ることをのんびりとやらせてもらうよ」

 その言葉で、メルセデスはようやく笑顔を見せる。

「では、そろそろ時間ですね。次に会うときは、貴方が天寿を全うしたときであることをお祈りします」
「御神体でも、寿命で死ぬのか?」
「はい。御神体も老いには勝てませんので。では、また……」

………
……


 スッ、と玄白の意識が戻る。
 そして周りを見渡すが、騎士が一人、鏡に映し出された文字を読んで震えている。

「ランガクイーノ・ゲンパク・スギタの罪は存在しない……運命の女神メルセデスが、それを約束する……か。これを持って隣の部屋へ」

 銀色の符打を手渡され、玄白は隣の部屋へと向かう。
 そしてそれを受付に渡すと、同じように驚いた顔で、新しい身分証カードを玄白に手渡した。

「スギタさん、貴方が無実であることは女神メルセデスの名において証明されました。こちらが新しい身分証カードです。そしてようこそ、自由の国パルフェランへ」

 最後は明るく告げた受付。
 それに玄白も笑顔で答えてから、部屋から出ていく。

「お、スギタ先生、どうやら無事でしたか」
「だから、問題ないって私もマチルダ姉さんも話していたじゃない」
「いや、まあ、そうなのだけど」

 心配してくれた仲間。
 【深淵をかるもの】に玄白は軽く手を上げると、にこやかに笑った。

「女神の証明付きじゃよ。さて、この国でも診療所を開くとするかのう!」
「それじゃあ、俺たちは宿の手配をしてきますよ。マクシミリアンとマチルダは、スギタ先生の護衛を頼む」
「了解」
「お任せください。とは言いましたけど、どちらに商業ギルドがあるのやら」

 とりあえず、一旦は全員で宿に向かうと、そこで商業ギルドの場所を教えてもらう。
 そして玄白は、商業ギルドの扉を開くと、受付に向かって堂々と宣言した。

「蘭学医の杉田玄白じゃ。この国でも、診療所を開こうと思う。その、許可を貰いたい!!」
「はい。身分証カードの提示をお願いします」

 すぐさま、玄白は新しい身分証カードを提示する。
 すると受付の顔色がサーッと青くなっていく。

「こ、この身分証カードの色は……少々お待ちください!」
「なんじゃ? 色が何か問題があるのか?」

 銀色の身分証カードは貴族相当。
 正式な貴族を示す青色の身分証カードとは異なり、為すべき義務は存在しない。
 それでいて扱いは侯爵相当と、破格な身分が約束されている。
 銀色は女神の加護を現し、ここ数十年の間、一度も歴史上に現れたことはない事からも、存在自体が希少であることを示している。

「……なあ、スタークさんや。わし、また何かやらかしたか?」
「さぁ? この国の文化や風習は独特ですから」

 スタークたち上位の冒険者でも、銀色の身分証カードのことは知らない。
 それ故に。
 これから起こるであろう出来事に、警戒しつつも楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 
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